「スピリチュアルズ」-U
アフリカ西部からアメリカへ奴隷として売られてきた黒人たちが歌った
宗教的色彩の濃い歌謡が"ニグロ・スピリチュアルズ"(黒人霊歌)と呼ばれる
ようになった。アフリカ音楽を基盤として、彼らが新大陸でうけいれたキリスト教
の教義および賛美歌の要素がとり込まれ、ヨーロッパ音楽の影響もうけている
一種独特のアマルガム(合成物)が生まれたのである。バーバラが挙げている
特徴のほかに、シンコペーションの多い複雑なリズム、東洋的な五音音階、
幅広いヴィブラートなども特記されてよいであろう。
黒人の歌唱と歌謡が広くアメリカ全土に知られるようになったのは、
南北戦争(1861-65)以後のことであった。黒人のための最高学府である
フィスク大学の音楽教師兼合唱指揮者をつとめていたジョージ・L・ホワイト
(1838-95)が同大の黒人学生のヴォーカル・グループ"ジュビリー・シンガーズ"
を率いてアメリカ各地に演奏旅行を行なったのに刺激されて、南部の黒人専用
の大学やカレッジに続々と黒人学生によるヴォーカル・グループが生まれ、
北部にまで、黒人の歌唱はひろまっていった。彼らのプログラムのメインが
「スピリチュアルス」と呼ばれる宗教的な歌謡であった。その草分けである
ホワイトは、1871年-85年の間、ヴォーカル・グループの指揮をとっていたから、
「スピリチュアルズ」という特別な用語を発明したのは、たぶん彼であろうと
言われている。
・「スピリチュアルズ」-U