ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ――この3つの楽器は形と構造がほぼ同じで、演奏法も基本的には同じ、つまり同属楽器であり、今日ではまとめてヴァイオリン属と呼ばれています。同属楽器の各メンバーはふつう、たとえばリコーダー属ならソプラノ・リコーダー、アルト・リコーダー……というように、楽器の名前に音域を表す語を添えて区別しますが、ヴァイオリン属ではサイズごとに別の名前で呼ばれているわけです。
ヴァイオリン属はバロック時代に作られたストラディバリウスなどの、いわゆる「歴史的名器」が今日でも重用されているため、当時から現代に至るまで楽器としてまったく変化していないと思われがちですが、実はそうではありません。
現代のヴァイオリン属と比べて、バロック時代のヴァイオリン属の最も大きな違いは、音量が小さいことです。なぜそうなのかというと、楽器本体はネック(棹)がやや短く、また胴体に対するネックの傾きが小さい(楽器を寝かせて横から見るとネックが水平に近い)ので、駒も低く、したがって弦から駒、さらに表板を伝わって胴体全体に加わるテンションが弱いからです。また、弓は現代のものに比べてやや細く、毛の量もかなり少ないので、弦に対してあまり大きな力を加えることはできません。
さらに、当時の弦は現代のようなスチールではなくガット(羊腸)だったので、強くて張りのある音はだせませんでした。ただし、だからガット弦は廃れてスチール弦に取って代わられたのかというと、そうともいえません。ガット弦は20世紀になってもよく使われていたからです。ヴァイオリンのハイフェッツやチェロのカザルスもガット弦を愛用したといわれています。弦の違いは単純に音量に結びつくものではないようですが、耐久性があり音程が安定しているスチール弦がしだいに主流となりました。
さて、それではバロック時代のヴァイオリン属の特徴は、現代の楽器に比べて音量が小さいだけかというと、もちろんそうではありません。弦が短いことと駒が低いことに加えて、魂柱は細く、力木(バスバー)も小さい。これらすべての結果として、音色もかなり違います。音色の違いを言葉で表現するのは難しいですが、柔らかく、しかも透明感のある音、といえるかもしれません。
ところで、演奏における表現との関係では、楽器本体よりもむしろ弓の方が重要です。現代の弓は木部の中央が内側(毛の側)に彎曲した「逆反り」型で、これにより弓毛の根本から先端まで、均等な力が弦に加わります。しかし、バロック時代の弓は木部の先端がなだらかにカーブし、毛を張ると木部が直線状か、あるいは中央がやや外側に彎曲します。この形から、弓毛の中央部に比べて両端では小さな力しか加えられません。現代の価値基準からすると、長い音を常に同じ音量で奏することができないのは、欠点になるかもしれません。しかしこれは、一つの音の中でも表情を変化させることが求められたバロック時代の美意識には、むしろかなっていたのです。
現代の名工、D.バディアロフ作のバロック・ヴァイオリン。
弓は、上が同じくバディアロフ作、下は作者不明。
現代のヴァイオリンの弓(上)とバロック時代の弓(中、下)
中世からルネサンス時代に存在したさまざまな弓奏弦楽器のうち、フィデル(フランス語はヴィエール)、レベック、リラ・ダ・ブラッチョなどがヴァイオリンの前身と考えられていますが、どのような道筋をたどってヴァイオリンに至ったのか、詳しいことはわかっていません(註-1)。おそらくさまざまな試行錯誤がごく短期間のうちに行われた結果、ヴィオラ・ダ・ブラッチョ(イタリア語で「腕の弓奏弦楽器」の意味)属が成立し、その中で最も小さなサイズがヴィオリーノ(小さなヴィオラ)、それよりやや大きなサイズが単にヴィオラと呼ばれるようになりました。ヴィオリーノが英語になったのがヴァイオリンです。
現存する最古のヴァイオリンは16世紀後半のもので、その頃ヴァイオリンの大型化も急速に進んだようです。ヴィオラ・ダ・ブラッチョ(腕のヴィオラ)だというのに腕で支えられず、床に置いて弾くようなものは、ヴィオローネ(大きなヴィオラの意味)と呼ばれました。17世紀半ば頃、このヴィオローネを改めて小型化し、脚で挟んで支えるようなサイズとして標準化したのがヴィオロンチェロ(小さくしたヴィオローネ)、つまり今日チェロと呼んでいる楽器です。こうして、ソプラノ(ヴァイオリン)、アルト(ヴィオラ)、バス(チェロ)の各音域を担当するメンバーが揃いました。
ヴィオローネの中で小型化されず、むしろさらに大きくなったのがコントラバス(英語ではダブルベース)です。コントラバスは今日ではヴァイオリン属とされていますが、外形や調弦法にはヴィオラ・ダ・ガンバの特徴もみられます。ヴィオラ・ダ・ガンバ属の最低音域もヴィオローネと呼ばれたので、おそらく低音弦楽器ではヴァイオリン属とヴィオラ・ダ・ガンバ属の融合が起こったのでしょう。
バロック時代のヴァイオリン属にはこれら以外にもいくつかのサイズがありました。このうちヴィオリーノ・ピッコロ(ピッコロ・ヴァイオリン)、ヴィオラ・ポンポーサ、ヴィオロンチェロ・ピッコロ(ピッコロ・チェロ)はバッハやテレマンの曲で使われています。
古典派、ロマン派の時代になるとヴァイオリン属にもしだいに張りのある大きな音、よく通る強い音が求められるようになりました。そこで、ネックを後ろに反らせて駒を高くし、魂柱を太くし、力木を大きくしました。また、弓を頑丈にして木部の形を変え、毛の量を多くしました。こうして19世紀半ばまでにはほぼ今日のヴァイオリン属と同じになったのです。
歴史的名器とされるストラディバリウスなども、実は同じ頃に、上記のような変化に合わせて改造されました。いや、ストラディバリウスなどイタリアの名器に限らず、バロック時代に作られたヴァイオリン属の楽器で、その後もまったく手が加えられていない楽器は、ほとんど残っていません。したがって現在、古楽演奏で使われているバロック・ヴァイオリンやバロック・チェロは、19世紀に改造された楽器を18世紀以前の姿に戻したものか、当時のスタイルに基づいて現代の製作家が作った楽器(レプリカ=模写)です。
註
- 1
- ヴィオラ・ダ・ガンバ(ヴィオール)属がヴァイオリン属の前身であるとの誤解がかなり広まっていますが、多少の影響関係は考えられるにしても、両者は全く別系統です。ヴィオラ・ダ・ガンバについては別項を参照してください。【本文に戻る】