ALBUMS 20 - 11


順位 アルバム名 アーティスト YEAR
20 POWER WINDOWS Rush 1985
19 SLIPPERY WHEN WET Bon Jovi 1984
18 LIKE A VIRGIN Madonna 1985
17 THE NIGHTFLY Donald Fagen 1982
16 LARKS' TONGUES IN ASPIC King Crimson 1973
15 JAGGED LITTLE PILL Alanis Morissette 1995
14 HYSTERIA Def Leppard 1987
13 WISH YOU WERE HERE Pink Floyd 1975
12 FISH OUT OF WATER Chris Squire 1975
11 ABONDONED LUNCHEONETTE Daryl Hall & John Oates 1973


20. POWER WINDOWS - Rush

 カナダが生んだ史上最強のロックトリオ、ラッシュには駄作と言い切れる作品はありません。1枚だけと言われると非常に難しいのですが、割り切って一番よく聴いたものを選びました。初めて聴いたのは貸しレコード屋で借りた前作 "GRACE UNDER PRESSURE" と名作 "2112" でしたが、本当に聴き込んだのはピーター・コリンズ制作のこのアルバムから。今聴くとシンセサイザー過多と思われるかもしれませんが、80年代という時代背景もあるし、楽曲自体の質は少しも劣るものではないと思っています。

 まずはオープニングの "The Big Money" が痛烈に批判する金銭崇拝社会。きらきらしたシンセ、猛烈なスピードで動き回るベースリフ(しかもヴァース毎にパターンが変わる)、ドラマティックな間奏。渾身のギターソロが加速し、3人の演奏が頂点に向けて上り詰める瞬間は何度聴いても手に汗握ります。エノラ・ゲイによる原子爆弾投下をテーマにした "Manhattan Project"が希求する核のない平和な世界や、壮大な "Territories" が描く大国同士の愚かな領土争いは、この数年後に終わる冷戦時代の最後の名残と言えるかもしれません。しかしご覧のとおり、21世紀になっても人間は戦争をやめようとしない。真の意味で「国際的」になろうとしない。

♪Don't feed the people but we feed the machines
 Can't really feel what international means
 In different circles we keep holding our ground
 In different circles we keep spinning round and round and round...


 ラッシュの警句はいつの時代にも「今そこにある危機」であり続けるのです。その一方で、いつか抜け出したいと思いつつ小さな町で暮らす人々の切ない日常をスケッチした "Middletown Dreams"、原始的リズムに宇宙的な規模での神秘的な力を感じる "Mystic Rhythms"、そして人生を長いマラソンに例えた本作のハイライト "Marathon" など、パーソナルな作品も印象に残ります。"Marathon" のストリングスと合唱隊は本物で、ストリングスのアレンジ/指揮は Anne Dudley。『フル・モンティ』でアカデミー作曲賞(ミュージカル/コメディ部門)を受賞するなど多くの映画音楽を手がけていますね。



19. SLIPPERY WHEN WET - Bon Jovi

 「降雨時スリップに注意」、これ米国の一般的な道路標識。もちろんボン・ジョヴィは交通事故防止キャンペーンアルバムを作ったわけではありません。そう、濡れて滑りやすいのは路面じゃなくて女の子の肌。米盤では右の写真は差し替えられて地味なジャケになりました。健康的なお色気はボン・ジョヴィのイメージを壊すものじゃないのにね。

 表紙だけでは本の価値を判断できないように、レコードも中身が勝負。結果は数千万枚のセールスになって返ってきました。くすぶっていた炎が一気に燃え広がった3枚目はまさにロック史上に残る大傑作。パイプオルガン音の壮大なイントロ ("Pink Flamingos") からメドレーでつながる "Let It Rock"、スタジアム仕様のビートは明らかに前2作とは異なる領域、思わず「やったじゃないか!」と肩を叩いてあげたくなるくらい。自信に満ちたジョンのヴォーカルとより逞しくなったバンドの音は、凄まじいスケジュールで全米を隈なく回ったライヴを通して勝ち得たもの。80年代HRの手本になった音造り、エコーたっぷりで重低音を利かせつつ、派手めのシンセでアクセントを付ける時代がかったサウンドは Bruce Fairbairn + Bob Rock の師弟コンビによるもの。エンジニア/ミキサーを務めたボブ・ロックがモトリー・クルーやメタリカで物凄い音を録るようになるのはもうしばらく後のことです。

 確かに産業ライターの Desmond Child 先生を迎えたのは大きい。世界を席巻した2大ヒット、"You Give Love A Bad Name""Livin' On A Prayer" のフックを書けたのは彼と組んだおかげでしょう。でも他のほとんどの曲は Jon Bon Jovi/Richie Sambora の手によるもの。2人の才気が全編に漲る「本気で全曲シングルカット可能」な作品集です。80年代後半以降では間違いなく Lennon/McCartney に匹敵するライターチームですよね。個人的にはむしろ非シングル曲に好きなものが多くて、B面1曲目の高速アンセム "Raise Your Hands" もいいし、バラード "Never Say Goodbye" にはいつも泣ける。そして "Without Love" は僕の心にいつも流れる隠れた名曲なのです。

♪I see my life
 There's some things I took for granted
 Love's passed me by
 So many second chances
 I was afraid
 But I won't be afraid no more




18. LIKE A VIRGIN - Madonna

 必ずしも彼女の最高傑作とは思いません。彼女が本領を発揮するアップテンポのダンストラックはむしろデビュー作にたっぷり詰まっていますし、精神性や独創性を感じさせるのは "RAY OF LIGHT" のようなアルバムです。にも関わらず僕が本作を推すのは、彼女が徹底的に「商品」になる道を選んだ潔さを支持するから。少なくとも84年夏の時点では、それは正しすぎる戦略だった。

 それは本作品がいわゆる Nile Rodgers ものの1枚であるという事実に象徴されています。CHIC のギタリストだったナイルは、80年代に入って様々なアーティストの作品をプロデュースするようになりました。元同僚の Bernard Edwards と Tony Thompson を従え、弾力的なビートと独特の都会的センスを発揮した作品を大量生産し、本作以外にもデヴィッド・ボウイの "LET'S DANCE" や、デュラン・デュランの "NOTORIOUS"、イン・エクセスの "Original Sin" などがことごとく大ヒット。中でも際立っていたのがこの "LIKE A VIRGIN"

 刺激的なビデオクリップや際どい歌詞が話題になったものですが、個人的には事実上の CHIC 再結成とでも言うべきバックトラックのカッコよさと、その上を転がるマドンナのあどけないヴォーカルの対比にやられました。バーナード・エドワーズ独特の濃いベースラインにナイル・ロジャースのシャープなギター、そして真面目にヤバいトニー・トンプソンの太鼓。タイトル曲や "Material Girl" のようなごく普通のポップソングの背後で血管切れちゃうほど無駄に激しいフィルインをドンガラバシャーンとかまし、砕け散りそうなシンバルクラッシュに耳が釘付けです。やや軽い音で録られているのが残念ですが、その不満は後にリリースされる The Power Station 名義のアルバムで解消されることに。

 楽曲的にも印象深いものが多くて。"Angel" はついに運命の相手に出会えた喜びを歌うポップ&キュートな楽曲、シンセの短いブレイクが切なくて大好き。The Virgin Tour のライヴ映像での決めポーズが印象的だった "Dress You Up" はめちゃめちゃカッコ良い曲で、ナイルのギターソロも実にクールに決まってます。Rose Royce をカヴァーしたバラッド "Love Don't Live Here Anymore" はやや荷が重すぎたのか、軽めの "Shoo-Bee-Doo""Over And Over" の方がお気に入りかな。時代が最もナイル・ロジャースを求めていた時代に敢えて彼色に染まってみせたマドンナの、音楽業界をしゃぶりつくそうとする貪欲さを感じる1枚。



17. THE NIGHTFLY - Donald Fagen

 コンパクトディスクがポピュラーになり始めた頃、オーディオ雑誌の試聴用ディスクの欄には必ずこのアルバムが入っていたものでした。優秀な録音であったばかりでなく、楽曲も演奏も一級品で、まさしく時代を超えて聴き継がれるであろうスタンダードな作品と言えるでしょう。

 スティーリー・ダンの後期と比較すると、音楽性はややシンプルでストレートです。1950年代後半から60年代前半のアメリカ北東部の郊外の都市に住む若者の心情をコンセプトにした作品ということで、まだ世の中がそれほど複雑でなかった無垢な時代を表現している模様。どこかノスタルジックで、それでいてみずみずしい音も、シンプルであるが故に飽きることなく何度も繰り返し聴けるのかもしれません。

 シングルヒットした "I.G.Y." に代表されるタイトなリズムとかっちりしたホーンズが全体の基調。ホーンのアレンジは Rob Mounsey ですし、トランペットは Randy、アルトサックスは Michael の Brecker Brothers です。他の曲の参加アーティストも豪華絢爛で、Jeff Porcaro、Greg Phillinganes、Larry Carlton、Rick Derringer、Michael Omartian、Marcus Miller、Ed Green、Will Lee などなど、素晴らしいスタジオミュージシャンたちが顔を揃えています。これだけの面子を集めながら、抑制の利いたストイックなアレンジに徹したのが成功の秘訣だったのかもしれません。もちろんスティーリー・ダン時代から一貫して制作を手がけてきたゲイリー・カッツや、録音エンジニアのロジャー・ニコルズ、そしてミキサーのエリオット・シャイナーらの裏方仕事に負う部分も多いわけで。

 スリリングな "Green Flower Street" や、昔の女性を想いながらJAZZをかける孤独なDJを描いた "The Nightfly" も死ぬほどカッコいいけれど、個人的にはラストの "Walk Between The Raindrops"。わずか2分半のトラックですが、ドナルド・フェイゲンの弾く軽快なオルガンが「どんなに辛いことがあっても、最後はきっとうまくいくさ」という気分にさせてくれる、とてもポジティヴな1曲なのです。



16. LARKS' TONGUES IN ASPIC - King Crimson

 実はこの文章を書き始めるわずか5秒前まで、ここにはアルバム "RED" のタイトルとジャケット写真があったし、楽曲単位でもっとも好きな "Fracture" は74年発表の "STARLESS AND BIBLE BLACK" に収録されている。73年の本作『太陽と戦慄』に始まる3部作は、それほどまでに甲乙付け難く、いずれも自分に強烈な影響を与えた/与え続けている音楽だ。

 取っ付きやすかったか? とんでもない。
 デビュー作の『クリムゾン・キングの宮殿』の展開はひたすら分かりやすかったし、上記3部作中でも "RED" ならすぐに入り込めた。タイトル曲はHR/HMのリフみたいだったし、ジョン・ウェットンが「運命的なブリティッシュ・ヴォイス」で歌い上げる "Fallen Angel" には心酔した。だがこの『太陽と戦慄』というやつだけは駄目だった。凄いアルバムだという噂はさんざん聞いていたが、初めて聴いた時には全く理解できず、かなり落ち込んだものだ。イエスのようなシンフォニック・ロックでもなく、激しいソロ・ブレイクを弾くリード楽器も存在しない。聴きようによってはひどく地味で暗い音楽ともいえる。

 それはあくまでも「聴きようによって」のこと。逆に言えばこれほど派手でギラギラしたエネルギーを発散する肉体的なアルバムなど存在しない。タイトル曲の「パート1」と「パート2」をアルバムの冒頭と結末にそれぞれ配置し、中間に小曲を挟んだ構成。最大の特徴は、やはり本作のみの参加となったジェイミー・ミューアの存在だろう。タイトル曲のパート1には貴重なスタジオライヴ映像が残っているが、ジェイミーの鬼気迫るパーカッション演奏は一度見れば決して脳裏から離れない。"Book of Saturday""Exiles" といった小品での寂寥感・虚無感は、ジョン・ウェットンの声とリチャード・パーマー=ジェイムズの詞の幸福な結婚がもたらしたものだろう。半ば破綻した暴力的な美学を聴かせる "Easy Money"や、ロック史上に数ある中でも最も劇的なメドレーのひとつ、"The Talking Drum""Larks' Tongues In Aspic Part 2" に至っては、興奮せずに聴けという方が無理というものだ。

 こうして楽しめるようになるまで、一体何回このアルバムをかけ続けたことだろう。いつかきっと分かる時が来る。少しも良くないと思いながら、そう信じて繰り返し聴いていたあの頃が懐かしい。ある日、僕は突如としてこの作品全体を受容できるようになっていた。あたかも初潮の訪れの如く、それはあまりに自然で、あまりに美しい体験だった。



15. JAGGED LITTLE PILL - Alanis Morissette

 とにかく、最初にやっちゃった者勝ちなのですよこの業界は。二番煎じは7掛け、三番煎じは6掛け…とインパクトは薄まるばかり。たとえ荒削りであろうとも、最初の1回が最も強烈。それは僕らがファーストキスや初めてのセックスを一生忘れないのと同じこと。

 「怒れる若き女性シンガーソングライター」という新たなマーケティング戦略で1995年の北米市場に乗り込んだこのアルバムは、シングル "You Oughta Know" の過激な歌詞とともに爆発的な注目を集めて全米1位に上り詰め、最終的に全米で1,600万枚、全世界では3,000万枚以上売れたとも言われます。自分自身、当時は歌詞をむさぼり読みながら聴きまくったアルバムですが、何年も経って冷静に聴いてみるとそれ程凝った音造りが成されているわけでもありません。確かに「グランジ以降」を意識した歪んだギターの多用や、同時代の免罪符として有用なレッチリの Flea や Dave Navarro を起用するなど目配りは利いている。しかしそうした飾りを取り去ったあとに残るのは意外なくらい素朴なメロディばかり。ロックと呼ぶのもはばかられる。

 想像するに、オリジナルのデモテープはずっと地味な「フォーク歌集」だったに違いない。そこで本作の制作を任された産業ポップ請負人の Glenn Ballard は考えた。もうちょいメロディに起伏をつけて、歪んだギターで空間を埋めて、ところどころ声を裏返らせながら恨み節っぽくフックを叫ばせよう。この際キーワードは「怒りと苛立ち」でいこう、と。全曲をアラニスと共作し、大半の曲でギターとキーボードとプログラミング(要するにほとんどの音造り)を手がけた Glenn の狙いはズバリ的中。とにかく最初にやった者が勝つ。あまりにも的確に95年の空気を封じ込めた1枚、破格の成功ぶりがその後長くアラニス自身を苦しめたのも今では懐かしい。



14. HYSTERIA - Def Leppard

 「いいアルバムなんだけどさ、長いんだよね…」。
 驚くなかれ、これが発売当時カセットテープにダビングしてくれたクラスメートのセリフなのでした。何が驚きか分からない? 高校生だった僕らはレコードを買うお金などなく、友人それぞれが好きなジャンルを中心に購入したものをお互いにダビングしてあげてたのです。あの頃最もポピュラーだったテープは「46分テープ」。つまりLPの片面は大体23分程度に収まっていたのですね。(逆にこっちのほうが驚きかもしれない) そこに全12曲・62分38秒のこのアルバムが登場。60分テープにも入りきらない微妙な長さにクラスメートが苦言を呈したのも理解できるところですが、これ以上削ることができなかったデフ・レパードの連中の気持ちはもっと理解できる。何しろ選りすぐりの粒より楽曲ばかり、発売から丸2年に渡って7曲もの全米ヒットを生むことになります。

 制作に長い時間をかけました。前作 "PYROMANIA" から実に4年半、その間に交通事故で左腕を失ったドラマーのリック・アレンは、このアルバムのトラックをすべて右腕と両足で叩いています。彼専用のエレクトロニックなドラムキットの影響もあり、全体的に装飾過多なプロダクションですが、やはりどこかに英国メタルの薫りがする。例えばオープニングの "Women" なんて Lepps 史上最もへヴィなサウンドだし、B面1曲目の "Gods of War" の壮大な展開は6分半という時間を感じさせないものです。最終的には歌メロのキャッチーさとギターリフの強さ、練りに練られたコーラスワークで全編を支配したことによる勝利。

 冒頭の友人の言葉は即ち、「長いんだけどさ、いいアルバムなんだよね…」でもあった訳で。CD時代を迎えて収録時間は長くなる一方、今やボーナストラックを入れて80分ぎりぎりなんて作品が巷に溢れています。でもこのように最後まで緊張感が途切れないCDなんてめったになく、逆にもっと絞り込んでよねと言いたくなるものばかり。全12曲・62分38秒という集中力の「限界」を提示した本作の意義は今こそ再評価されるべきではないかと。



13. WISH YOU WERE HERE - Pink Floyd

 他の作品にもそれぞれ強い思い入れがありますが、ピンク・フロイドというバンドの「凄さ」を思い知らされたのはこのアルバムなのでした。何がって、『狂気』の次にこれを出したということ自体が凄い。丸腰です。弱さ丸出しのレコードだと思うのです。まるで力石徹にノーガード戦法で立ち向かう矢吹丈の如く。

 リアルタイムでこのアルバムの発売を待っていた人たちにとって、前作からの2年半という期間は恐らく人生の他の期間の10年分にも匹敵する長さだったことでしょう。バンドにとっても、軒並みチャートの1位を獲得し批評家とリスナーの双方から大絶賛を浴びた『狂気』に続くアルバム制作にかかった重圧は想像に余りあります。本作は期待を反映して全米チャート等で1位になりますが、マスコミやファンたちの多くに「期待外れ」と酷評され、僕自身も初めて聴いた時は同じように感じました。緻密な作業によって構築された『狂気』とい目くるめく音響万華鏡を体験してしまった後では、この音はあまりにも地味すぎる。弱すぎる。

 しかしこのむき出しの弱さこそが人間の人間たる所以。装飾を取り去ったところに現れた脆さ、優しさ、暖かさ、儚さといったものが僕の心に触れるようになったのは聴き始めてから何年か経ち、僕にとって大切な親戚の一人を亡くしてからでした。アルバムのオープニングとエンディングを飾る大作の組曲「狂ったダイヤモンド」がこれほどにも切なく、痛い音楽だったなんて。デイヴ・ギルモアの有名なギターフレーズにリック・ライトの静かなシンセサイザーが被さってくると、僕の思考回路はしばし停止し、全身が穏やかな喪失感に包まれていくのです。このアルバムがオリジナルメンバーのシド・バレットに捧げられていることはよく知られています。初期フロイドを支えたカリスマでありながら精神を病んで去った彼をイメージしながら、各リスナーがそれぞれの立場に引き寄せて理解することもできる歌詞になっています。

 何かを手に入れることと何かを喪うことは表裏一体。バンドはシドの亡霊をこれで振り切りました。あたかも矢吹丈が「力石をよ!ふっきったんだ!…きれいさっぱりとよ!」と叫んだように。そしてこの数年後、さらに巨大なスケールで世界を席巻する超大作「ザ・ウォール」を制作することになるのです。



12. FISH OUT OF WATER - Chris Squire

 イエスのメンバーで一番好きなのがクリス・スクワイアだ。理由は3つある。1) はっきりしたメロディを書くから。2) ジョン・アンダーソンの声質と適合する絶妙なコーラスが歌えるから。3) ベース・ギターという楽器の凄さを教えてくれたから。特に3)については書き過ぎということはないだろう。それまでベースなどあってもなくても同じようなポップソングばかり聴いていた自分だったが、イエスのアルバムで縦横無尽に動き回るベースラインには度肝を抜かれた。一聴して彼と分かる独特のゴリゴリした音色で複雑な変拍子を弾きこなすクリス・スクワイアと出会ってから、ポップソングも含めていつもまずリズムセクションに耳が行くようになってしまった。

 アルバム "RELAYER" 後の各メンバーのソロアルバムは個性が出ていて楽しめるが、中でもクリスのこれは最も完成度が高い作品だろう。ゴリゴリしたベース音が圧倒的に前に出るようにミックスされており、「リード・ベーシスト」の面目躍如。A面3曲+B面2曲、それぞれ曲間なしでつながっているので大作指向かと思いきや、意外にもポップなメロディに溢れた楽曲集だったりする。起承転結のはっきりしたメロディに起伏と緩急を付けて、最後まで飽きさせずに一気に聴かせる。ベースが主役なので他の楽器は控えめだが、脇を固めるのはビル・ブラフォード(Drums)、パトリック・モラーツ(Key)、メル・コリンズ(Sax)など錚々たるメンバー。特にラストの "Safe (Canon Song)" で絶妙のフルートを聴かせる Caravan のジミー・ヘイスティングスのプレイは特筆に価する。この曲にはピート・シンフィールドのクレジットもあって、さながら当時のプログレ界名鑑の如し。イエス meets クリムゾンとも言える組み合わせはプログレ好きにはたまらないところだ。

 メロディはシンプルだがアレンジは凝っている。Andrew Pryce Jackman がアレンジして指揮したオーケストラが随所でドラマティックにフィーチャーされている。全編を貫くビル・ブラフォードの特徴的なドラムは時に3拍子、時に7拍子、時に4+4+3の11拍のビートを叩き出す。「こわれもの」「危機」といった名作をクリスと作り上げただけあって、息の合ったリズムセクションだ。分かりやすいメロディと力強いベースラインとクリス・スクワイアの澄んだヴォーカル。僕がイエスに求める要素のかなりの部分がここにある。



11. ABANDONED LUNCHEONETTE - Daryl Hall & John Oates

 僕にオーディオの手ほどきをしてくれた叔父の部屋の壁に飾ってあったアナログレコードの1枚がこれでした。打ち捨てられた軽食堂、というタイトルどおりのそのアルバムは、素朴で暖かいフォーク/ソウル集です。これを聴く限りでは、彼らが80年代に "PRIVATE EYES""BIG BAM BOOM" といった作品で「時代の半歩先を行く」最先端の存在になるなんてとても思えないことでしょう。彼らにとって商業的には大成功とはいえないまでも、音楽的には間違いなく70年代の最高傑作。

 僕はジョン・オーツの音楽性に惹かれるファンの一人ですが、80年代H&Oに唯一不満があるとすればジョンの出番が少ないこと。もちろんダリルを前面に押し出して女性ファンを獲得しようとした狙いはよく分かるけれど、彼の音楽はジョンという絶妙の相棒による制御なしでは面白くもなんともない。自己耽溺しがちなダリルを客観的な視点からまとめるジョンあってこそのH&Oだと思うのです。その点本作などは嬉しいくらいにジョンがフィーチャーされていて、実に素敵な歌声を聴かせてくれます。"Had I Known You Better Then""I'm Just A Kid (Don't Make Me Feel Like A Man)" といった曲でのリードヴォーカル、さらにはダリルとのハーモニーも最高。

 アコースティック楽器を中心にした爽やかなアレンジが全曲を貫いており、いつ聴いてもみずみずしい気持ちになれるアルバム。もちろん、巨匠アリフ・マーディンのツボを押さえた制作や、バーナード・パーディやリック・マロッタといったドラマーの安定したリズムによる部分もありますが、何より信じられないほど楽曲の粒が揃っていて、個人的には彼らの中で最も聴く機会が多い作品です。近年の傑作 "DO IT FOR LOVE" を聴いて真っ先に想起したのがこれでした。回帰すべき原点を持っている人たちは強い。果たして僕らはそんな「原点」を心にしっかり持っているだろうか?


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