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| 「Estilo y Libre」(型と自由の波間から) |
| 2001年11月19日・20日・21日 俳優座劇場 |
お客様の声 |
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| 出演 |
| 踊り 岩崎恭子 藤野ゆう子 土井若菜 |
| カンテ アギラール・デ・ヘレス ハビエル・ニコラス |
| ギター フェリッペ・マヤ フェルナンド・デ・ラ・ルア |
| スペインからの特別ゲストダンサー ドミンゴ・オルテガ |
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| 第1部 「型と自由の波間から」 生きること |
第2部 「型と自由の波間から」 踊ること |
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| そうすればあなたは輝く 音楽評論家・日本フラメンコ協会会長 濱田滋郎 |
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| 年齢を重ねても、内から燃え立ってくる意欲の火を消すことはなく、つねに眼差しを |
| 先の空へ向けている・・・日本には、そんな、うれしくも心強いバイラオーラが幾人かいる。 |
| 岩崎恭子は、疑いもなく、その1人である。日本人であって、日本にいて、アンダルシアの |
| フラメンコを踊る。これがいかに苦しく厳しいことであるか。思えば、「型と自由の波間に」 |
| というこのたびのタイトルは、そのことを象徴したものである。「型」をあくまでも |
| 重んじながら「自由」を息づく・・・これは難事ながら不可能ではない。歌、踊り、ギターの |
| すべてにわたって、フラメンコは、それが可能だからこそ、掛替えもなくすばらしい瞬間の数々を |
| 生んできたのだ。 |
| 1年ほど前になるだろうか、劇場公演ではなく、小さな舞台の設けられた店で踊る岩崎恭子を見た。 |
| そのとき、自分でも「なぜか無心によく踊れた」と言った彼女の姿と動きからは、かつてない |
| 奥からの輝きが、たしかに放たれて見えた。劇場でも、変わりないはずである。 |
| ドミンゴ・オルテガと踊る機会を得て、岩崎恭子はどうすればよいか。ただ、あのときの「無心」に |
| 己れを預ければそれでよい。そうすればあなたは輝く。私はそう思う。 |
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| 四半世紀の到達点 美術評論家・詩人 建畠 哲 |
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| 文化の翻訳は可能かと問われれば、究極的には不可能だと答えざるをえないだろう。 |
| しかしそのことは何ら翻訳という作業の不毛性を意味しない。実のところ、多くのアーティストが |
| 他社の文化の翻訳に取り組んできたのは、この不可能性への挑戦こそが、きわめてスリリングな |
| 永遠の課題であったからである。岩崎恭子は、ほぼ四半世紀の間、フラメンコにすべてを捧げてきた。 |
| フラメンコはスペインの風土に属する文化の精髄のようなものであり、おそらく彼女の努力は、 |
| 日本の踊り手として、いかに自らの身体言語のうちにそれを血肉化するかということに |
| 向けられていたに違いない。 |
| 「型と自由の波間から」と題された今回の公演は、そうした着実な、しかし緊張に満ちてもいたはずの |
| 道程の、一つの到達点をなすものである。といっても何も”型”がオリジナルで”自由”が |
| 翻訳であるというわけではない。四半世紀の戦いによってほぼフラメンコの世界を自らのものとして |
| 咀嚼しえたという自負が”型”と”自由”を並置させえたのであり、またその相互性の中から |
| 彼女自身の独自の踊りを柔軟に創出していこうという抱負が”波間から”という言葉を |
| そこに付け加えさせたといってもよい。フラメンコという他者の文化の精髄への挑戦は、 |
| 彼女にとってまさしく自らのレゾンデートルをかけた宿命的な課題なのである。 |