Top  About Schedule Discography Blog Lyrics Blahs

About the Musicians

  ABOUT the HIGH TIME ROLLERS

 曽我 清隆(そがきよたか) Trumpet, Flugelhorn, Vocals, etc.

1966年10月横浜市生まれ。

5歳くらいからピアノを適当に学ぶ。小学5年生でシンガポール日本人学校吹奏楽部に入部、トランペットに触れる。中学生になってからは人並みにギターもいじり、高校ではどちらかというとギターやピアノの方が好きな少年であったが、YMO→坂本龍一→KYLYN→渡辺香津美という流れで徐々にジャズっぽい方向へ関心が向き、高校の寮のクリスマスパーティーではルイアームストロングオールスターズのコピーバンドを披露(でもそのときはベースを弾いていた)。早稲田大学入学後は、有名な「モダンジャズ研究会(ダンモ)」か「ハイソサイエティオーケストラ(ハイソ)」に入ろうと心に決めていたものの、入学式が終わって会場を出てきたところでデモ演奏をしていた「ニューオルリンズジャズクラブ(ニューオリ)」が、高校の時「カナディアン・ブラス」というブラスアンサンブル楽団のレコードに入ってたJust A Closer Walk With Theeを演奏しており、知ってる曲だったことで印象に残り、なんとなく門を叩いてしまったのが運の尽き(付き?)、そのままずるずると引きずりこまれ、そんなうちにモダンジャズ研究会からは「新歓ライブ」の案内ハガキがとどくも、「入部する人は入部費1万円、入らない人はライブチャージ2500円払ってね」とのそっけない内容に敷居の高さを感じたのと、ニューオリの某先輩から「ハイソやダンモに入ったら間違いなく留年やで」という脅しもあり、そのままニューオリに正式入部。とはいうものの、しばらくしてハイソにも入部、夏まで2部掛け持ちをする。さすがに諸々きつくなってきたのと、ニューオリ夏合宿でニューオリンズジャズの素朴で自由な世界にすっかりはまり、ハイソは退部、ニューオリ1本で行くことにした(これがその後延々つづくトラッドジャズとの付き合いになるとは・・・)。在学中はニューオリンズジャズ原理主義者として鳴らし、キッド・トーマスを史上最高のジャズトランペッターとあがめるちょっと偏ったジャズ観を持つ。

1987年(大学3年時)に2つ上の先輩公平明浩(bj)、古川奈都子(p)とSt. James Infirmarysを結成、後、安在太郎(cl)が加わり、さらに小林武彦(ds)、中島信哉(b)、大橋俊弘(tb)が参加し、The Chicken Jugglersと改称。飯田橋Swing、恵比寿Rose Room、HUB浅草などにレギュラー出演するほか、台北の高島屋開店イベント出演、FM東京「イマジカル・ステージ」出演、アルバム「Eh, La Bas」製作など、幅広い活動を行う。

1995年、本業の転勤で米領グアムへ。 ゴルフくらいしかすることないよ〜と聞かされていたものの、自社施設のバーで生演奏していたフィリピン人ミュージシャンから人脈を開拓し、フィリピン人が集まるバーを中心にフィリピンポップバンドに飛び入り活動を開始。やがてグアム人のジャズミュージシャンにたどりつき、Michael DiAmore(alto sax)、Patric Palomo(piano), Sal DiAmore(drums), Carlos Laguana(bass)といったトップミュージシャンに連夜交じり、慣れないスタンダードを中心に演奏。97年、ブルースバンドDanny Perez & The Blues Scholarsにトランペット兼ピアノプレーヤーとして参加、ブルースミュージックやニューオリンズニューオリンズR&B等を演奏。Fats Kimonoの名前を授かる。98年、John Hoffman(g)とデュオ「New Orleans Serenaders」結成、98年10月に北マリアナ諸島連邦ロタ島へ演奏旅行。Kerry Jamesのアルバム"Sunset Samba"に参加。一方、グアムの在住日本人で作ったロックバンドにもキーボードで参加。ビートルズから中山美穂、GLAYまで節操もなにもありゃしないレパートリーでグアム日系企業のパーティー等を荒らしまわるなど、さまざまなジャンルの音楽活動を経て、99年、「ニューオリンズジャズもモダンジャズもフュージョンもファンクもみそもくそも結局一緒だ!」という結論に達し、日本へ帰国(というか会社の人事異動で帰国)。

同年、日本橋久松町の小料理屋「久松」でRag Pickers(当時)の東海林幹雄、根岸潤一郎らと飲んでいた勢いで、The High Time Rollers結成。思いがけずこれがメインのバンドとなる。これまでに3枚のアルバムを製作するほか、西荻窪MINTON HOUSE、HUB浅草でのレギュラー出演、新宿トラッドジャズフェスティバル、神戸ジャズストリートなどのジャズフェス等に数多く出演。また、田中泰博(bj)のプロジェクト「Cotton Club Stompers」で1999年浅草アマチュアジャズコンテストに参加、アーリーエリントンのセレクションが審査員にヤヤウケで金賞受賞。
2004年、Mooney(g)のアルバム「Fats with Us」レコーディングに参加。以来、Mooney & his Lucky Rhythmのメンバーとして「Hey Good Rockin'」「Hoagy's Back」と計3枚のアルバムに参加。その他、Yancy(p)、今西太一(vo)のレコーディングへの参加や東京・横浜を中心としたライブ活動など、精力的かつほどほどに活動している。


演奏スタイルは、トラディショナルなニューオリンズジャズ、メインストリームジャズをベース。アイドルプレーヤーはLouis Armstrong, Red Allen, Jimmy Clayton, Milton Batiste, Clark Terry, Clifford Brown, Freddie Hubbard, Nicholas Payton, Leroy Jones, Ruby Braff, Arturo Sandoval, Harry Edisonなど。 自分が目指しているスタイルにもっとも近いのはRed Allenだと最近つくづく思っている。

アンデスの民族音楽のバンド「インカの乞食」でギターを弾いていたという経歴も・・