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About the High Time Rollers




安在"タイロン"安在
clarinet, tenor saxophone & vocals
1963年、東京生まれ。中学の頃フォークギターにはまり、高校の頃まではジャズとは正反対の音楽ともいえるさだまさしが大好きな強面の純情少年としてすごす。TOTOのコピーバンドを結成するも1曲も仕上がらずに解散。そのころから何となくジャズに興味を持ち、早稲田大学入学後「早稲田ならジャズ研か落研に入らなければならん」と思い(本人談:何たってそのころはタモリとか巨泉(ちょっと古いけど)とか全盛だったし、ラブアタックとかにけっこう落研の連中が出てたんだよね。)、でもやはり音楽がやりたかったので、ハ○ソやダン○のように敷居が高くなく、初心者大歓迎のニューオルリンズジャズクラブ(ニューオリ)に入部。そのころのテレビアニメ「ハイカラさんが通る」のエンディングテーマの出だしがクラリネットのソロからだったので、それがどうしても吹きたくてクラリネットを選ぶ。入部してから即行でクラを買ったが、意外にすぐ吹くことができたので、「俺って、才能があるのかな」なんて思っちゃったりして、「ハイカラ…」のエンディングテーマを1回吹いたら満足したので楽器もクラブもやめようかと思ったが、バイトも紹介してもらったし、楽器もあるし、またほかのクラブを見て歩くのも面倒なので、とりあえず続ける。
 「まあ、結局はニューオリに入ったのが運の尽きってやつですね。」

  1987年、公平昭浩(現在ニューオリンズ在住)、古川奈都子、曽我清隆らと「ザ・チキンジャグラーズ」結成。都内でのライブ活動や自主コンサートのほか、台北高島屋開店イベント招聘、東京FM「イマジカルステージ」出演、初CD "Eh, La Bas!"の自主制作など幅広い活動を行う。
1999年、The High Time Rollersに参加。アーリーエリントン専門バンドThe Cotton Club Stompersに参加、’99浅草アマチュアジャズコンテストにて金賞受賞。実は幼少の頃声楽を習ったことがある。アイドルプレーヤーはWillie Humphrey, Edmond Hall, Louis Cottrell, Johnny Hodges, Jackie McLean, Gene Amonds, Sonny Stitt, Ben Webster, Leon Chu Berry, Gene Cedric など。

鈴木辰太郎
trombone

1976年、神奈川県生まれ。3歳でピアノ、パーカッションを親の夢を託され無理やりはじめさせられる。川崎少年少女合唱団でパーカッションを担当、ヨーロッパ公演に参加。中学校で吹奏楽部に入り、トロンボーンをはじめるが、高校ではバンドを組みドラマーとしてロック、フュージョンに没頭。勉強はしなかったもののハズミで早稲田大学に入学、早稲田大学交響楽団に入団、今度はコントラバスをはじめるが、いまいち面白くなく、たまたま入学式のときに新入生勧誘のため外で演奏していたニューオルリンズジャズクラブに入部、ジャズベースをはじめる。しかし、2年目にしてルイ・ネルソン(tb)を聴いて改めてトロンボーンのかっこよさを認識し、そして自分がトロンボーンも吹けたことを思い出し、再びトロンボーンをはじめる。日本人離れしたリズム感と曲の雰囲気を感覚的につかむ才能には非凡なものがあり、間違いなく日本のニューオリンズ系トロンボーンでは他の追随を許さないプレイヤーである。しかし本人はそのことを自覚しているのかいないのか・・・。

小川理子
piano & vocals

公式サイト
3歳でクラシックピアノを始め、相愛学園「子供の音楽教室」にて音楽基礎教育を学ぶ。幼い頃から父親の影響でジャズに親しむほか、ロック、ポップス、フォーク、フュージョンと様々な音楽を聴き、大学在学中にバンドを組んで、スタンダードジャズを始める。
大学卒業後、しばらくは勤務が忙しくピアノから離れたが、1993年からハーレムストライドピアノスタイルを中心としたクラシックジャズ、スウィングジャズの演奏活動を開始し、自身のソロ、トリオ、コンボでの活動のほかに、ニューオリンズスタイルのハイタイムローラーズ、クラシックジャズのヨーキムラトリオに参加。
1998年ガーシュイン生誕100年を記念して「My First Recital」を開催。2000年には大阪フィルハーモニー管弦楽団と大阪シンフォニーホールにてガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」を共演。
2003年7月大阪(中ノ島・中央公会堂)、10月東京(東京オペラシティ・リサイタルホール)で、ソロ活動10周年記念リサイタルを開催。
海外公演は1997年から開始し、2000年から5年続けてフロリダでのジャズフェスティバル「International March of Jazz」に出演し好評を博す。
2002年の同フェスティバルでは、自身のリーダーによるトリオとして、英国出身のベース・Dave Greenと米国出身のドラムス・EdMetz Jr.との初共演でStanding Ovationをうける。
2003年3月、同フェスティバル出演と同時に、主催者のクラシックジャズレコードレーベArborsRecordsにて、日本人として初めて、また初リーダーアルバムとしてレコーディングを行い、ArborsRecordsから2003年7月に全米リリースされた。メンバーは、いずれも国際的に活躍するHarryAllen(Tsax),PhilFlanigan(Bs), EdMetz,Jr(Ds)とのカルテットによる。このアルバムは、英国Jazz Journal International の2003年度 評論家投票にて第1位を獲得。2006年には、中山正治ジャズ大賞のアマチュア部門にてグランプリを獲得。
これまで、銀座・Swing、赤坂・LittleManuela、水道橋・東京倶楽部、渋谷JZBratにて、ソロ、デュオ、カルテットなど様々なスタイルで展開するとともに、浅草・HUB、西荻窪・ミントンハウスでは、ニューオリンズスタイルのハイタイムローラーズに参加。京阪神では、1993年から2001年まで曽根崎のニューサントリー5にレギュラー出演、そのほか全日本デキシーランドジャズフェスティバル、神戸ジャズストリーとなどへの参加が恒例となっていた。
2008年からはライブ回数を減らし、病院での演奏や、子ども向けコンサートでの演奏など、社会貢献での新たな挑戦を試みる。
CDは、国内自主制作にて9枚、海外制作にて1枚をリリースしたのち、2006年にビクターエンタテインメントからメジャーデビューを果たした。今もなお、会社勤務と音楽活動との二足のわらじを続けている。

上山実 
piano
レギュラーの小川理子が2008年に大阪へ戻ってからは、セカンドピアノとして東京でのライブの大半を担当。もともとドラマーであるが、20代でピアノもはじめるという異色の経歴。美しいハーモニーワークとツボを的確におさえたリズムでバンドを明るくグループさせる技量には秀逸なものがある。

五味伯文 
banjo & guitar
1968年、東京生まれ。中学時代にロックバンド「TOTO」のアルバムやビートルズの「赤盤」を聴きはじめ、洋楽に夢中になる。
高校2年の時、ギターを弾いていた友人のすすめでエレキベースを弾き始める。これが楽器との馴れ初め。ハードロックのコピーバンドを組んでいた。同時期にグリークラブに入部(ロック好きだった自分が、なぜ入部することになったのか?経緯が思い出せないが…)、「ジェリコの戦い」等を歌っているうちにゴスペルの存在を知る。このころから、ブルースやソウルなどのアフロ系の音楽に傾倒し始める。ジャズに興味を持ったのもこの時期。ポール・チェンバースやキース・ジャレットのレコードを時折聞いていた。
大学入学時にジャズを演奏したくなり、引き続きベースを志すつもりで色々なジャズ研を見学していたところ、ニューオルリンズ・ジャズの響きに魅せられ、楽器をテナー・バンジョーに転向し演奏を始める。飯田橋Swing、新宿Shakey’sなどのライブ・セッションに通うようになる。その約1年後、マンハッタントランスファーのアルバム「ヴォーカリーズ」でのフレディー・グリーンのリズムギター4ビート刻みに魅了され、今度はギターを弾き始める。カウント・ベイシーのバンドを良く聴くようになった。やがて、スイング・モダン・フリーなど、手当たりしだいに聴きあさっていくうちに、すっかりジャズの虜となり、いまに至る。過去に参加したバンド多数。現在も様々なバンドで活動中。
敬愛するプレーヤーは、Al Casey/Barney Kessel/Barry Galbraith/Charlie Christian/Freddie Greene/Grant Green/Jimmy Raney/Jim Hall/Johnny St.Cyr/Kenny Burrell/Oscar Moore/Pat Martino/Teddy Bunn etc.
「ジャンル・楽器を問わず、色々な音楽を聴きますが、やはりジャズが一番好きです。」

根岸潤一郎 
bass
1960年大阪生まれの東京育ち。6歳くらいからピアノを習うが、12歳の時に破門されて以来、中学・高校・予備校の7年間は音楽と無縁の平和な時(小学校の時にやってた「ミュンヘンへの道」ていう番組に影響受け、ずっとバレーボール部)をすごす。その頃聞いてた音楽はもっぱらBeatles。
1980年に早稲田大学に入学、バレーボール部に入部しようと思っていたが、当時早稲田はとても強く、こんなチビじゃレギュラーには絶対なれないのがわかって断念。それではもう一回破門になったピアノでもやろうかと思い、「初心者歓迎」ってでっかく書いてあったニューオルリンズジャズクラブに入部(一年生はタダ酒飲めるっていうし)。 ピアノをやろうと思って入ったものの、他にうまい新人が3人もいて、しょうがないから希望者の少ないベースになった(よくある話)のが運の尽き、一生重い荷を背負うて歩むがごときベーシスト人生がはじまる(注:ここでベースとはもちろんウッドベース。しかもガット弦のノーピックアップ。手が痛い。普通の人なら1曲で指血まみれ)。なれないベースに違和感を感じつつも、ニューオリンズを1983年にはじめて訪れすっかりはまる。
1984年、大学4年の時に「ザ・ラグピッカーズ」参加。1994年,New Orleans Jazz and Heritage Festivalに出演。Ernest Elly (ds)をゲストにレコーディングし、CD ゛The Rag Pickers Of Tokyo゛をGHBレーベルから発売。
アイドルプレーヤーはPops Foster, Placide Adams, Chester Zardis,
Ray Brown, Wellman Blaud 等々多数。

須崎"ケニー"兼継
drums
2004年の2ndアルバムレコーディングの直前に前任のドラマー吉井哲嗣の突然の脱退により、急遽レコーディング参加、そのままレギュラーとなる。ラグ・ピッカーズの伝説のドラマー、木田三七雄氏の後任としてラグピッカーズに参加。その後、北欧やロシアを渡り歩く。つぶの聞いた明るいビートと明るいキャラクターで、どちらかというと暗めなキャラが多いバンドの雰囲気をアッパーにしてくれるアニキである。