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モンキーレンチのニュー・アルバムにしても、マッドハニーの前作にしても、ブルーズのフィーリングが聴いて取れるのですが、あなたがブルーズを聴くようになったのはいつですか?

Mark:うーん、ブルーズってもともとロックンロールの一部だよね? 意識して聴いてきたわけではないかもしれないけど、惹かれた部分があったのは確かで、例えば俺が一番最初にやったバンドでは、ライトニング・ホプキンスをTVで見た次の日に真似てバンドでやってみたいって思って、ショウの最後に20分ぐらいやってみたりしてたよ。

やはりマッドハニーとモンキーレンチの根底に共通するものはブルーズってことになるんでしょうか?

Mark:いや、というよりも、むしろパンクだと思うよ。メンバー全員が共通して聴いてきたものだからね。ドラマーのマーティンはオーストラリアで16ぐらいの時に、ヘッド・オンってバンドでプレイしてたんだけど、そのバンドっていうのが、レディオ・バードマンやセインツなんかの影響を受けてたんだよね。2年後にはバースデイ・パーティみたいな、もっとアバンギャルドな方向にいったけど。まあ、みんないろいろ聴いてきたとは思うけど、共通してるのはパンクだと思うよ。

あなたが言う場合のパンクというのは、イギリスのオリジナル・パンクだと捉えていいんでしょうか?

Mark:いや、イギリスのパンクも人気があったと思うけど、俺たちの場合はアメリカのパンクかな。テレヴィジョンとかラモーンズなんかのね。ピストルズ以前のパンクさ。ティムは、俺やスティーヴよりは少し年上だから、70年代後半のパンクを現体験してるかもしれないけど、俺たちに関しては、80年代に生まれたハードコア、例えばマイナー・スレット、フリッパー、ブラック・フラッグとかネガティヴ・アプローチなんかをよく聞いてた。その当時、ティムはビッグ・ボーイズってバンドにいて、アンダーグラウンド・レベルではあるけど結構人気もあったし、アメリカ国内では有名だったんだ。今でも彼はディスコードの連中とかミスフィッツのメンバーなんかとも仲がよくて、いろんな友達がいるんだよ。

では、あなたやスティーヴは、そういったアンダーグラウンドのパンク、ハードコア・バンドをどのようにして知るようになったんでしょう?

Mark:スティーヴに関しては話すことはできないけど……俺は郊外で育ってね。それに「これがカッコいいよ」って教えてくれるような兄弟もいなかったから、ラジオなんかを聴いてたんだけど、それでもあんまりいいなって思うような曲はなかったかな。たまにいいなって思うのもエアロスミスなんかだったり……覚えてるのは、当時行ったものすごくでかいアリーナ・コンサートで、死ぬほど退屈したこと。キンクスなんかがプレイしてたんだけど、「おー、いい曲だねー(パチパチ)」って程度でさ。そこでは何にも感じなかった。その後、ラジオで流れ始めたニュー・ウェイヴを聴き出した頃に、友達とディーヴォを見に行ったんだ。そこは大きな会場ではあったけど、でもまだクラブって呼べるぐらいの大きさの場所で、オーディエンスがみんな跳びはねたりしてて、それもショウの一部みたいだった。後ろで座って退屈してるなんてこともなくて、すごい一体感があったんだ。衝撃だったね。そういったことがきっかけになったんじゃないかな。

そこから何がきっかけで自分自身も楽器をプレイするようになったんでしょうか?

Mark:パンクを聴くようになるまでは、音楽雑誌の記事なんかを読んだりしても、自分自身がミュージシャンになるってことは、まるで違う次元の問題で、とても自分たちには手が届くもんじゃないと思ってた。例えば18才って年令は楽器を始めるには遅すぎるように感じてたし。だってみんな13才なんかで楽器を手にするだろ? でも、俺と友達は……本当に長くて複雑な話になっちゃうけど、高校時代に俺と友達は架空の“バンド”を作ってたんだ。バンド名を考えてね。そんなバンドは実在しないし、楽器すら持ってないのに……まあ、退屈だったからね(笑)。その友達の一人がフランス語の授業を取ってて、夏にフランスに研修旅行に行くってことになった時、「バンドがヨーロッパ・ツアーに出る!」ってことにしたり(笑)。そうやってバカなことばっかりやらかしてたなあ。それから、当時みんなでよくたむろしてたレコード屋っていうのがあって、そこではあらゆる種類の音楽を流してたんだ。当時のパンクはもちろん、60年代のフリー・ジャズとか、アート・ロック、ロキシー・ミュージックやブライアン・イーノまでね。で、そこでつるんでる友達の中でダレンってやつがすごくいいドラマーだったから、そういうのを聴き始めた時点で、すごく安いギターやアンプをそろえて、だんだん、本当にゆっくりしたペースで、練習を始めたんだ。テープをまわして、ただのノイズをレコーディングしたり、単純に自分たちが楽しむためだけにね。そうして、もしかしたらどこかでプレイできるかも、なんて考え始めてフライヤーを勝手に作ってシアトル中にばらまいたりして。もちろんそんなショウはないんだけどね(笑)。その後、デッド・ケネディーズのサポートをやったシアトルのハードコア・バンドを見たんだけど、そいつらが本当にひどくてさ、ドラマーがただ叩き続けてるだけっていうようなもんだったんだ。でもそれを見て、ビートが続いてさえいれば何をやってもいいんだなって思って、そのこともバンドの原動力につながったよ。まあ、ちょっとの間はね。でもダレンがドラムをプレイしてる横で、俺たちは満足に音も出せなかったし、コードすら知らなかったんだ。ギターをただフィードバックさせてるだけでさ、どうなってんの?って感じ(笑)。ちなみに、ダレンは後々スティールポール・バスタブでプレイすることになったんだけどね。

それでは、プロフェッショナルなミュージシャンとして食べていこうと決心したのはどのタイミングでのことなんでしょうか?

Mark:わかんないよ。未だに自分がプロだとは思えないし……経験だけはあるアマチュアみたいなもんだからさ。こうなってしまったのは、ある意味間違いというか、あくまで成り行きであって、全然計画してたことじゃないんだよ。こうなりたいって思いながらバンドを続けてきたわけじゃないんだ……ただ気が合う仲間と楽しくやってるってだけで。今の状況にはすごく満足してるけどね。

そういうきっかけで始めた音楽活動が、90年代に大きなムーヴメントを起こして、世界中に影響を与えたことについてどう思いましたか?

Mark:うーん、影響を与えたって聞くと変な感じがするけど、でも実際そういうことがあったのは事実だってこともわかってる……自分に関して言うなら、むしろ自分達が影響を受けてきたものを含めて自分がプレイしているだけ、っていうことなんだよね。

でもオーディエンスは、そんなふうにあなたが受けてきた音楽の影響から生まれる、あなた自身の音楽を楽しんでるわけですよね。

Mark:うん、俺が言いたいのは、ただコピーするってことじゃない。そんなのは全く意味がないことだから。でも“借りる”ってことはしばしばある(笑)

(笑)例えば今回の来日でも、以前マッドハニーとして来日した時でも、あなたがたのファンである日本のバンドがサポートしてくれているわけですが、こんなに離れた島国にもそういったバンドがたくさんいる事実を知って、どう思いますか?

Mark:うん、本当に嬉しいことだと思うよ。今回の来日に関しては、他のメンバーがやってるバンドのファンもいるんだろうけどさ。例えば10年前にマッドハニーとして来日した時……当時アメリカやヨーロッパなんかをツアーしてた時の前座って本当にひどかった。ほとんどがひどいもんだったんだけど、日本で共演するバンドはいつも素晴らしかったよ。

ありがとうございます。さて、そんなふうにして続いてきたあなたの音楽活動も、もう20年にもなりますよね。ふと振り返って、感慨深いものを感じるような時ってあるんでしょうか?

Mark:俺はなんてバカなことをやってるんだ、ってかい? ハハハ、うん、いつもだよ。後悔もしてないけどね(笑)

すばらしい(笑)。では最後に、年を取ったなあとか、俺も大人になったなあと感じることはありますか?

Mark:年はくったけど、成長はしてないね(笑)。たまに、つい最近のことだと思ってたことが、実は85年のことだったりしてびっくりしたりすることもある。あとは……腰かな? 時々ね(笑)

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