オーボエとファゴット

 

バロック時代のダブルリード楽器

木管楽器はリード(葦、竹、木、金属などの薄片で、空気を送り込んで振動させ、発音源とするもの)があるものとないものとに大きく分けられます。前者はさらにリードが1枚のシングルリード楽器と、リードが2枚のダブルリード楽器に分けられます。それぞれの代表的な楽器は次のとおりです。

リードなし ・・・・・・・ フルート、リコーダー
シングルリード ・・・ クラリネット
ダブルリード ・・・・・ オーボエ、ファゴット

ダブルリード楽器は演奏が難しいこともあって、独奏楽器として使われることが少ないので、フルートやクラリネットに比べると、一般の音楽ファンにはあまり馴染みがないようです。しかしバロック時代(中期・後期)には、オーボエとファゴットはオーケストラの中でもきわめて重要な地位を占めていました。また、とくにオーボエのための独奏曲やオーボエを中心とした室内楽曲が多く残されています。

当時のオーボエとファゴットは現代のものといろいろな点で大きく異なるので、今日では「バロック・オーボエ」「バロック・ファゴット」と呼んでいます。

オーボエの歴史

オーボエは、ルネサンス時代から使われていたダブルリード楽器であるショームやポンマーといったものに、17世紀半ば頃、フランスの管楽器製作者ジャン・オトテール(Jean Hotteterre, c.1605〜c.1692)が手を加えて作り上げたと考えられています(したがって、バロック時代の初期にはまだオーボエは存在していませんでした。ほぼ同じ頃、リコーダーとフルートも、1本の木で作られていた時代から、3つないし4つの部分に分けて作られるようになり、ルネサンス様式からバロック様式へと変貌を遂げました)。公の場でオーボエが初めて使われたのは、1657年にジャン=バティスト・リュリ(Jean-Baptiste Lully, 1632〜1687)の宮廷バレエ「病める恋人(L’amour malade)」が演奏された時だったといわれています。楽器の名前はフランス語で“hautbois”(原意は「高い(音)、木」)、イタリア語で“oboe”、英語では“hautboy”または“hoboy”と呼ばれました。

リュリのオペラ以降、オーケストラの中でよく使われるようになったオーボエは、ヴァイオリンと重なって音量を補強したり、部分的に独奏を担当したりと、木管楽器の中でも中心的な役割を担うようになりました。

また、リードのない楽器に比べると音量が大きいこれらのダブルリード楽器は、野外音楽で使用する木管楽器としても重要で、例えばヴェルサイユ宮殿ではさまざまな木管楽器と金管楽器による「王の大厩舎付きの楽団」が、王の主催する野外行事や軍隊の一日のさまざまな動きに合わせて演奏していました。

もちろんオーボエは、室内楽、管弦楽曲、交響曲、さらにオペラや宗教曲まであらゆる音楽領域で、中期バロックから初期古典派の時代に最も頻繁に使われた管楽器で、オーケストラの管楽器部門は2本のオーボエ+ファゴットが基本形でした。

現代のオーボエとの違い

現在使われているオーボエは、19世紀パリのオーボエ製作者(会社)トリエベールが確立したコンセルヴァトワール(パリ音楽院)・システムと呼ばれるキー・システムを基礎にしています。この現代オーボエと比べてバロック・オーボエは、発音機構もリードの材料が葦であることも同じです。ただし、リードのサイズは現在のものより大きく、幅は9mm前後と、現在のものより1.5〜2mmぐらい広いことになります。リードを巻きつけるチューブ(ステープル)も現在のほぼ規格化されたものとは違い、管にも厚みがあって、長さやテーパー(チューブの広がり)は楽器によってさまざまです。奏者は自分が演奏する楽器によって、リードのサイズとチューブの長さやテーパーを試行錯誤しながら見つけだすことになります。このリードとチューブは大変重要なもので、これが楽器本体に合わないとピッチも音程も定まらないことになります。これは例えばフルートでいえば「頭部管」にあたる部分といえるでしょう。なお、現代のチューブは本体に挿す時のジョイント部にコルクが巻かれていますが、バロック・オーボエに限らず古い楽器では糸を巻いて調節します。

リードは遠目には現在のものとあまり変わりませんが、楽器本体はかなり違って見えます。現代のオーボエはそのほとんどがエボニーかグレナディラで作られているので黒く見えるものが多く、またキー・システムは大変複雑で、楽器の前面はほとんど金属製のキー・システムが覆っているように見えます。バロック・オーボエの材質は多くの場合、柘植(つげ)で作られ、茶色に着色されていますが、中には梨、エボニーやグレナディラ、ローズウッド、象牙のものなどもあります。表面には多くの楽器に轆轤(ろくろ)細工の装飾があり、国や製作者によってその形が微妙に違います。

管楽器は古い時代のものであればあるほどキーの数が少なくなっていくのが普通ですが、バロック・オーボエのキーは2つで、1つは指が届かない場所にある最低音のC(ド)の穴(トーンホール)を塞ぐためのCキー(押すと穴が塞がりCの音がでる)と、もう1つ(左手を下にして持っても演奏できるように、左右に2つ、すなわち一対の場合が多かった)はその横に付いているEs(ミのフラット)をだすキー(普段は閉じていて押すと穴が開く)です。トーンホールは全部で8つあり、そのうちの2つにキーが付いているわけですから、直接指で塞ぐ穴は6つになります。これですべての半音もだすことになるので、指使いは複雑で、半音をだすためには穴を順番にではなく1つ飛ばしてその先を塞ぐような指使い(クロス・フィンガリング/フォーク・フィンガリング)も必要になります。これはこの時代の木管楽器にはすべて同じように当てはまることです。

全体は頭部管、中部管、ベルの3つの部分に分かれていて、頭部管は左手で、中部管は右手でトーンホールを塞ぎます。ベルにはトーンホールは付いていませんが、ベルの首に当たる部分の両側に一つずつチューニング・ホールと呼ばれる穴が開いています。この穴は元々大きな音であるオーボエの音を横に逃がすためのものだとか、両膝を使ってその穴を塞ぐと、最低音のCより下のHの音がだせるとか、さまざまにいわれていますが、よくわかっていません。(フランスのバロック・オーボエの中に、最低音がCでなくCisのものがあるのですが、この楽器の場合はチューニング・ホールを片側だけ塞ぐと最低音がCになるようです。)

以下の写真はすべて、現代の製作者によるレプリカ(複製)です。モデルとなった楽器の製作者の名前を挙げました。オーボエはすべて柘植(ツゲ)材を用いています。


オトテール
(1700年頃、フランス)

ステインズビー・シニア
(1700年頃、イギリス)

ステーンベルゲン
(1720年頃、オランダ)

アイヒェントップフ
(1730年頃、ドイツ)

音の特徴

バロック・オーボエの内径は現代のオーボエよりは総じて広く、ピッチも作られた国や製作者、時期、用途によってさまざまですが、おおむね半音から全音低いものが多く作られています。

材質が柘植のものが多く、ピッチが低く、さらに内径が広いことなどから、楽器全体としての音色は現代のものに比べて刺激的なところがなく、柔らかく、しなやかで、軽く軋むような音が混ざるものが多いようです。ジョン・バニスター(John Banister, ?〜1725?)は『陽気な仲間』(1695)の中で、「トランペットに劣らず堂々として威厳があり、良いリードがあれば、吹きやすく、リコーダーのような柔らかい音もだせる」と書いています。

音域はト音記号の下第一線のC(ド)から3オクターブ上のD(レ)の音までで、2オクターブと1音です。この音域で、最低音のCの半音上のCis以外は理論上すべての半音がだせることになっています。ただし、バロック・オーボエの特性からいって、ハ長調とイ短調以外はフラット系の調性の方が吹きやすく、この点ではシャープ系が吹きやすいフラウト・トラヴェルソとは逆になります。

オーボエ属の楽器

最後に、バロック時代のオーボエ属の楽器を紹介しておきましょう。オーボエは最低音がc(ド)のC管だったのですが、その短3度下のA管の楽器としてオーボエ・ダモーレ、5度下のF管の楽器としてテノール・オーボエとオーボエ・ダ・カッチャがあります。

オーボエ・ダモーレ“oboe d’amore”(愛のオーボエ)はベルの先端が卵型をした楽器で、音域が低いこともあって、オーボエよりも柔らかく、甘く深みのある音がします。1720年頃に誕生したと考えられていますが、発明者はわかっていません。現存する楽器にはライプツィヒの楽器製作者アイヒェントップフ(Johann Heinrich Eichentopf, c.1686〜1769)のものが多く、ニュルンベルクのデナー(Jakob Denner, 1681〜1735)が製作したものも残っています。この楽器を使う作品はバロックの後期に限られ、特にJ.S. バッハのカンタータやテレマン(Georg Philipp Telemann, 1681〜1767)の協奏曲が代表的です。

テノール・オーボエはオーボエ・ダモーレよりもさらに低音を受け持ち、ベルの形はオーボエ・ダモーレと同じ卵型のものと、オーボエのように先が開いたものが混在しています。用例としてはオーボエ・ダモーレと同じようにバッハなどの宗教曲に用いられた他、オーボエ・バンドの中低音を受け持った楽器でもありました。

オーボエ・ダ・カッチャ“oboe da caccia”は「狩りのオーボエ」の意味で、テノール・オーボエと同じ音域ですが、管体を湾曲させてその表面に黒い革を巻き、さらにベルの部分はフレンチ・ホルンと同じ形の真鍮(または木製)のベルを付けた特殊な楽器です。“Wald-hautbois”(森のオーボエ)、“Jagd-hautobois”(狩猟オーボエ)とも呼ばれていました。ライプツィヒの楽器製作者J.H.アイヒェントップフは、真鍮のベルをもったオーボエ・ダ・カッチャを発明(1724年)し、おそらくその特許を取ったため、アイヒェントップフ以外の製作者はベルを真鍮で作ることができず、木で作られたものが残っているともいわれています。この楽器はきわめて特殊なもので、用例はバッハの宗教曲以外にはあまり見当たりませんが、「マタイ受難曲」「ヨハネ受難曲」「クリスマス・オラトリオ」など、重要な作品に登場しており、またテノール・オーボエに比べて独特な柔らかい音色をもつため、室内楽にも向くようです。さらに、初期のコール・アングレー(イングリッシュ・ホルン)はベルが卵型ですが、管体が湾曲し、革が巻いてあることから、オーボエ・ダ・カッチャがコール・アングレの前身と考えられています。


右から、 オーベルレンダーのオーボエ
アイヒェントップフのオーボエ・ダモーレ
キニッヒシュペルガーのテノール・オーボエ
(いずれも1730年頃、ドイツ、楓〔カエデ〕材)

アイヒェントップフのオーボエ・ダ・カッチャ
(1730年頃、ドイツ、楓〔カエデ〕材、
豚革が巻いてある)

ファゴットの歴史

(準備中)

 


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