Yes @ 東京国際フォーラム
2003年9月15日(火)、東京国際フォーラム。 不覚にも、期待していたより遥かに良いコンサートだった。こんなことなら全公演行くべきだったと思ったくらいだ。最も好きなバンドのひとつだが、今回のいわゆる「黄金時代」を築いた5人のラインナップを観るのは初めて。この5人を含む8人なら観たことがあるのであまり正確な書き方ではないかもしれないが。3時間近くに及んだ2部構成のセットについて、演奏曲ごとに簡単にコメントしておこう。 【第1部】 Firebird Suite 〜 Siberian Khatru このメンバーでの名ライヴ盤 "YESSONGS" のオープニングを再現。ストラヴィンスキーの『火の鳥』から、大好きな "Siberian Khatru" への流れを生で見られてぞくぞくする。イントロでスティーヴ・ハウのギターがややもたついたように感じたが、バンドが走り出すとさすがに安定した演奏だ。リック・ウェイクマンのハープシコード音のソロはこれまで何度もCDでリピート再生してきた思い入れ深いもので、2階席から見下ろす彼の速い指さばきに感慨もひとしお。コーラスを重ねているのは主にクリス・スクワイアで、スティーヴはあまりマイクには向かわないようだ。 Magnification 現時点での最新作のタイトルトラック。結局ライヴまでに同作を手に入れられなかったので初めて聴くことになったが、思っていたより良い曲だという印象を受けた。3ヶ月経過した今となってはメロディの断片も思い出せないが、聴き込んできた過去の名曲群と比べるのは酷というものだろう。 Don't Kill The Whale 賛否両論ある「クジラに愛を」。日本公演のセットリストから外すかどうかが注目されていたが、結局大胆に演奏。個人的には鯨を食す習慣がないのであまりピンとこない議論だし、むしろ初めてライヴで聴けたのが嬉しかった。ついでに言うとライヴで聴くとリックのキーボードソロが生々しく、スタジオ盤よりずっと良い曲に思えた。 In The Presence Of これも "MAGNIFICATION" からの選曲。比較的壮大に盛り上がるナンバーだったが、楽曲の出来云々よりもこうして新曲を演奏してくれること自体を喜ぶべき、そんな曲。 We Have Heaven 〜 South Side Of The Sky 今回のツアー最大の目玉がこれ。名盤『こわれもの』のA面ラストに配された重厚な楽曲でありながら、これまでライヴ演奏されたことがほとんどないという「南の空」。オリジナルに忠実にジョン・アンダーソンによる "We Have Heaven" を冒頭にくっつけて再現。もともとアルバム中でも非常に好きな曲で特に楽しみにしていたが、期待を裏切らぬ好演奏だった。ヘヴィなリズムセクション。主としてリックのピアノ音によるドラマティックな展開。中間部の荘厳なコーラスパートの再現。実にライヴ映えするナンバーだ。これを聴けただけでも観に行った甲斐があった。 And You And I それに比べると「同志」は何度も観ているし、もういいよ〜という思いもあったのだが、ひとたび演奏が始まるとやはり引き込まれてしまう。さすがは黄金ラインナップ、これまで観てきたどの「同志」より良いと感じさせてくれるから流石だ。特にリック・ウェイクマンの鍵盤が壮大に盛り上げるパートは彼ならでは。何度聴いてもこぶしに力が入ってしまう。 To Be Over 〜 The Clap (Steve Howe Solo) 第1部終了の前にスティーヴ・ハウのソロコーナー。今回のライヴを観て強く感じたのはスティーヴの調子が良かったこと。以前観た時にやや冴えない印象を受けたのだが、この日は非常に切れのあるギターを随所で聴かせてくれた。このソロセットではまず "RELAYER" 収録の "To Be Over" を、イントロからコーラスを経由してラストまでアコースティックギター用に編曲し直して演奏。手抜きなしの真面目な仕事で曲の良さを見直したのだが、よく考えてみるともともとスティーヴはギターで作曲したはずで、実はこれは編曲ではなくこの曲の当初の姿に戻してみただけなのかもしれない。イエスの楽曲の大半を書いてるのは俺だ!的な誇りを感じさせる演奏だったと思う。続く "The Clap" は彼の名人芸として定番中の定番。多少つまづきかけても味わいのうち、終わって拍手を浴びるスティーヴの笑顔が素敵だった。 【第2部】 Tour Song (Turip) 〜 Show Me (Jon Anderson Solo) 第2部はジョン・アンダーソンのソロコーナーから。毎回ツアーの度に日本の童謡を歌って僕らを赤面させてくれる彼だが、今回挑戦したのは「チューリップ」。「♪咲いた、咲いた、チューリップの花が…」と歌う彼だったが、「ちょっと変わった人」キャラを天然で演じきれる無邪気さが根強い人気の秘密なのだろう。かなり昔に書いたままレコーディングせずに放置していた曲が見つかったので歌います、という "Show Me" も彼らしいシンプルで良いメロディを持っていた。MCは話半分で聞くことにしているのだが、もし本当なら新作に入れてくれてもいいかなと思う。 Six Wives of Henry VIII, etc. 〜 Rick Wakeman Solo 見世物としては相当な迫力があるリックのソロパート。名盤『ヘンリー8世の6人の妻』をはじめ、さまざまなマテリアルからお得意のフレーズをコラージュして高速運指で観客を圧倒する。例によって城砦の如く積み上げた10台近い鍵盤に囲まれて、全く無駄に両腕を広げて鍵盤を弾きまくるその勇姿。今回の売りのひとつは本物のミニムーグを持ち込んだこと。なかなか調整の難しい楽器のようだが、自分が見た日は比較的調子も良くて、そんじょそこらのデジタルシンセでは鳴らせないぶっとい音を聴かせてくれた。 Heart Of The Sunrise 「燃える朝焼け」もそろそろいいんじゃないか、と思っていたのだが、アラン・ホワイトが全身に力を込めて叩き出すイントロのドラムを観ていたら、結局こちらまで身体全体に力を込めて観ることになってしまった。実際まとまった演奏で、クリスとアランの息は特によく合っていたと思う。楽器演奏陣は全体に良好なコンディションだったのだが、実は一番気になったのはジョン・アンダーソンのヴォーカルなのだった。しばしば「全く衰えない高音…」などと紹介されるが、間違いなく衰えを見せている。年齢を考えれば当然だし、むしろよく出ているほうだとは思うが、声量もやや小さめだし、音程によっては厳しそうな部分がライヴ中数箇所あった。あまり無理をすることなく、喉を大切にしてほしいと思う。 Long Distance Runaround〜Whitefish 〜On The Silent Wings Of Freedom (Chris Solo) 「遥かなる思い出」から「ザ・フィッシュ(改題:ホワイトフィッシュ)」へのメドレーの出典も『こわれもの』。途中からクリス・スクワイアのソロコーナーになり、白いベースギターを片手で頭上に持ち上げて仁王立ちとなる。それにしても太ったねえ。かつてのほっそりした長身ベーシストの面影はなく、巨大な肉塊で圧死させられそうだ。もう30年も組んでいるアラン・ホワイトとの一糸乱れぬリズム・アンサンブルもさることながら、個人的には "Whitefish" のバックで延々と例の7拍子のギターリフを刻み続けていたスティーヴ・ハウに恐れ入った。ベースとドラムが爆音で交錯する中、僕なんて何度もリズムを落っことしてしまったのに、彼は涼しい顔でリフを刻み続けていたのだ。まるでクォーツ時計のような精度で。 Awaken 楽しみにしているファンも多いだろうからあまり声高には言えないのだが、個人的には少々眠くなる曲だ。もちろん眠くなるのは不快な音楽でない証拠なのだけれど、陶酔状態というよりは本当に寝てしまうのでやや困る。イントロのピアノや終盤の壮大な盛り上げなど、リック・ウェイクマンの演奏を楽しむには良い曲だが、クリス&アランのタイトなリズムセクションが好きな自分にとっては物足りない部分もある。多少うとうとしつつ、ラストのドラマティックな展開で音の洪水に包まれて目が覚める(Awaken)瞬間の心地良さこそがこの曲を楽しむ秘訣です、と言ったら怒られるだろうか。それにしてもアラン・ホワイトは本当に「いい人」キャラだなあ。この曲の大半の部分、黙々とシンバルか何か叩きながら、彼は一体どんなことを思っているのだろう。それに比べれば、ほとんど必然性もなく突如トリプルネック・ベースを持ち出して観客席を大いに煽るクリスは無邪気なものだ。黄金時代の5人にとってアルバム "GOING FOR THE ONE" はある種「再結成」的な位置づけにある思い入れの深い作品なのだろうと思う。 【アンコール】 Owner of A Lonely Heart アンコールのサプライズはこれ。前日まで "I've Seen All Good People" だったのに、スティーヴが突如ギターで弾き始めたリフに場内騒然。噂によるとスティーヴ自身が「独自の解釈によるロンリー・ハートを編み出した。どうしてもやりたい」と言ってきかず、他のメンバーの反対を押し切ってこの日演奏されたとか。スティーヴのみならず、リック・ウェイクマンまでが楽しげに身体を揺すりながらオーケストラ・ヒットを鳴らしたりしていて、和気藹々としていた。同曲のオリジナルに参画していない2人だからこそ、シンプルに楽しめるのだろうか。イエス唯一の全米#1ヒットはこうして一種のタブーを打ち破ったのだった。 Roundabout ラストの定番。決して簡単な曲ではないはずなのに、彼らが楽しそうに演奏する様を見ているとちっとも難しそうには見えないから不思議だ。個人的には "Starship Trooper" を聴きたかったところだが、これほどのコンサートを見せてくれたのなら文句はない。それに、もし万が一 "Roundabout" なしでライヴが終わってしまったとしたら、それはそれで何か足りない気分になるに違いないから。 *** というわけで、ライヴそのものも良かったのだけれど、個人的には休憩時間に「きっとあの場所で真っ赤なドレスで白ワインを飲んでるに違いない」と思ったKyonさんが本当にその姿でそこにいたので、邪魔しちゃまずいかな?と思いつつも、つい嬉しくなって声を掛けてしまったのが妙に印象に残っていたりする。 また、イエスが必ず宿泊する赤坂のキャピトル東急ホテルで出待ちなんぞというものをしてみた。午前11時ごろ到着したのだが、早起きのリック・ウェイクマンはリハーサルのため既に会場に向かった(早い!)とのことで会えず。また、ジョン・アンダーソンはいつも熱々の奥さんと近くに散歩に出たということだった。しばらく待っていると、スティーヴ・ハウが食事に降りてきて僕の前を通り過ぎた。すかさずファンが2人ほど走り寄ってアナログ盤にサインしてもらっている。スティーヴは相好を崩すでもなくしかめ面をするでもなく、淡々とサインしてレストランへ。歩く姿勢が背筋をぴんと伸ばして英国男性然としていたのが印象的。しばらくするとジョン・アンダーソンと奥さんが散歩から帰ってきた。さすがにファンが多く、8人くらいに囲まれてサインをせがまれる。いちいち驚いたようなアクションをしたり、にこやかに握手したりとサービス精神旺盛な人だ。結局僕は彼らに近づくのを遠慮して遠くから眺めているだけだったのだが、一番好きなクリス・スクワイアにだけはサインをもらおうとCDを持参していた。しかしそのクリスは、白っぽいスウェットのようなラフな格好でさっさと玄関を通過してしまい、結局誰も声を掛けることすらできなかった。行動が遅いことで知られるクリス・スクワイアだが、今回の来日中は比較的朝早く起きてさっさとリハーサルに出かけていたようである。アラン・ホワイトが遅いというのは意外だったが、待ちきれなかったので僕はホテルを後にすることにした。待っているファンたちの中にどうしても挨拶しておきたい古い知り合いがいたので、一言だけ声を掛けて国際フォーラムへと向かった。先方にとっては迷惑だったのかもしれないが、自分にとっては何年も胸の中に引っ掛かったままになっていたことだった。Ten true summers が過ぎ去った頃、いつかまた普通に話せるようになれればよいのだけれど… (December, 2003) |