BAR 『しんぐるらいふ。』 (第2回:マクスウェルの巻)



 その街の片隅に、小さなバーがある。
 小洒落た音楽を聴きながら、美味しいお酒を飲める店。それがBAR 『しんぐるらいふ。』。毎晩、都会の喧騒に疲れた音楽好きたちがどこからともなく集まり、一晩中物想いに耽っている。彼らの心に響く今夜のBGMは、いったいどんな曲なのだろうか…




冬 「こんちはー。喉渇いたなあ。今日はヒューガルデン・ホワイトお願いしまっす!」

マスター 「あいよ。専用グラス割らないでね」

冬 「…う〜ん、この芳醇な味わい、ベルギービールは最高っすね。…そうそう、ヤバいですよマスター。マスターのところに来るとダサいシングル盤ばかり聴かされて、後遺症で二度と回復できなくなるという噂が広まってますよ」

マスター 「それは冬くんが流してる噂でしょうが。困るんだよね営業妨害は…」

冬 「そこでですよ。今日はちっとはまともなシングルを紹介しませんか」

マスター 「…そうだねえ。シングル盤を買う楽しみのひとつに、アルバムヴァージョンとは別のテイクを堪能するっていうのがあるよね」

冬 「リミックスヴァージョンのことですか?」

マスター 「確かにリミックスはカッコいいね。オリジナルと雰囲気の違うサンプリングやBPMで再構築するのがリミキサーの腕の見せどころ。でも今日紹介するのはリミックスとはちょっと違うんだ」

冬 「…と言いますと?」

マスター 「マクスウェル(Maxwell)は知ってるよね?」

冬 「96年頃デビューのニュー・クラシック・ソウルの旗手でしょ? 1st の "MAXWELL'S URBAN HANG SUITE" はシャーデーのスチュアート・マシューマンが共同制作で、独特のお洒落な雰囲気を醸し出してて大好きですよ。自分のオールタイム22位に入れてるくらいに」

マスター 「単にお洒落なだけじゃなくて、1人の女性と知り合ってから熱愛、別離、再会を経てプロポーズするまでのコンセプトアルバムになってて。単にエレピやワウ・ギターを使う表層的なアレンジだけじゃなくて、70年代的なソウルを別の角度から90年代に蘇らせた感じだったよね。でね、彼のシングルが結構面白いんだ。まず手始めに、欧州で2枚に分けて発売されたこの "...Til The Cops Come Knockin'" から聴いてみようか」

冬 「うわ、これ超ディープな曲なんですよねー。マクスウェルの美しすぎる裏声で歌われる妖しくも甘美な性愛ソウル。『警官がノックしに来るまで…』って何のことかと思ったら、

♪Gonna take you in the room suga'
 Lock you up and love for days
 We gonna be rockin' baby til the cops come knockin'
 Papa gonna have to leave a message on the telephone baby
 There won't be no stoppin' me til the cops come knockin'


つまり部屋に鍵してこもりきり、2人で何日間も愛し合おうって歌詞なんですよね。なんてエッチ。このジャケット写真の【508】ってのはホテルの部屋番号なのかな」

マスター 「普通は捜索しに来た警官に逮捕監禁罪の現行犯で捕まるよね(笑)。アルバム中でもハイライトに近いこの楽曲をシングルカットしたマクスウェルなんだけど、シングル化にあたってさらに危ないモードに突入してて。それがこの青い方の "...Til The Cops Come Knockin' The Opus"

冬 「オーパスっていったら、『作品』って意味でしたっけ」

マスター 「そうそう。カンザスの曲やイングヴェイのアルバムに "Magnum Opus" ってのがあるけど、あれは『超大作』ってことになるね。つまりマクスウェルも単にシングルカットしたのではなくて、オリジナルテイクにインスパイアされて再アレンジ・再録音した別の『作品』なんだ。もちろん歌も録り直したパート1・2・3の約19分!に及ぶ組曲で」

冬 「3部構成って、プログレかよ〜(笑)」

マスター 「ま、それほど複雑な作りじゃないんだけどね。むしろ揺れるエレピや気だるいサックスにたっぷり浸れる心酔ヴァージョンって感じで。パート3はオリジナルのアルバムテイクと一緒なんだけど、パート1・2からメドレーで自然に流れ込んでいく様子がこの曲の「あるべき姿」を提示してるみたいで。なんとさらにパート4まであって、タイトルは "Lock You Up N' Love Fa Days"

冬 「あ、コーラス部分の歌詞と一緒ですね」

マスター 「よく気付いたね。そう、マクスウェルがこのインパクト強い歌詞を膨らませてさらに別ヴァージョンを生み出してしまったのだけれど、これはもうオリジナルの姿を全然留めない別の曲になっちゃってる」

冬 「ホントだ、ミドルテンポのぶりぶりファンク。カコイイ!」

マスター 「パート3までの世界と全然違う荒々しさが意表を突くでしょ。で、次はこの赤いジャケの方のシングル。マクスウェルはヴァージョンの名前が独特なんだ。普通 Radio Edit とか Album Version なんて表記するところを、それぞれ Cut、Uncut って言うんだよね。あと、Instrumental の代わりに Unsung。このシングルには "...Til The Cops Come Knockin'" の Uncut, Unsung ヴァージョンが収録されているんだけれど、最大の聴きものは3曲目」

冬 「…というと?」

マスター 「実はこれ、アルバム "URBAN HANG SUITE" の1曲目、"The Urban Theme" なんだよね。始まってものの5秒もしないうちに腰砕けになっちゃうくらい凄いグルーヴのインスト曲なんだけど、アルバムではあっさりフェードアウトして2曲目が始まっちゃうわけ。そこで、熱望にお応えしてこのシングルには4分52秒の Unfaded ヴァージョン、つまりロングヴァージョンが収められてるんだ」

冬 「おお、アルバムだととっくに終わってる部分を過ぎてもスチュアート・マシューマンがサックスをブロウしまくってる… 超カッコいいっす! マクスウェルのシングル、他にも在庫ありますか?」

マスター 「これは同じく1stからの "Ascention Don't Ever Wonder The Encore"。The Encore って断ってあるのは2度目のシングルカットだから。最初にこの曲の欧州盤が出たときにも未発表ヴァージョンが入っていて、"Ascension No One's Gonna Love You, So Don't Ever Wonder The Tribute" っていう曲名になってたな。あと、"Dub Ever Wonder (Ascension)" っていうダブヴァージョンもあるんだよ」

冬 「こっちの盤の売りはライヴですね」

マスター 「そのとおり。"Ascension (Don't Ever Wonder)" (US#36/96) と "...Til The Cops Come Knockin'" の1997年3月12日ワシントンD.C.での貴重なライヴヴァージョンが収録されてるんだ。聴いてみてどんな感じ?」

冬 「そうっすねー、マクスウェルって1stの後すぐに "MTV UNPLUGGED" をリリースしてるんでライヴ音源自体は手に入りやすいんですけど、このD.C.でのライヴはアンプラグドとは違ってもっとバンドが活き活きしてるような気がしますよ」

マスター 「確かに。でもアンプラグドはアンプラグドでいいんだよね。ケイト・ブッシュの "This Woman's Work" を美ファルセットで歌いこなしてたり、ナイン・インチ・ネイルズの "Closer""Gotta Get:Closer" に改題してとことんファンキーにアレンジしてたり。何より観客の女の子たちの黄色い歓声がすごい。軽く10人くらいは失神してると見た(笑)」

冬 「あれ、何でこんなもの持ってるんですか。これ2nd "EMBRYA" からの第1弾シングルだけど、結局アメリカではCDシングルが発売されなかった "Luxury:Cococure" じゃないですか」

マスター 「いやそれが "EMBRYA" にはスチュアート・マシューマンとの接点がほとんど感じられなくなってさ。結構聴き込んでみたんだけど、結局手放しちゃったんだよね。やっぱ俺はマクスウェルじゃなくてシャーデーが好きだったのかと。ところがこの "Luxury" だけはアルバム中でもすごく耳に残るトラックで、特にぶっといベースラインがたまらなくカッコ良かったから、どうしても音が欲しかったわけよ。そしたら神田駿河台と小川町の境界付近のマーブルディスクってお店で、アメリカ盤のプロモ用CDシングルを見つけて即購入!」

冬 「マーブルディスクって、あのジャニスとかの対面の2階にある、階段まで段ボール箱に埋まってるようなお店でしょ(笑)。開店当初から僕も通ってたからよく知ってるんですけど、あそこ業界の人が横流ししてるのか、プロモ盤がめちゃくちゃ豊富でしたよね」

マスター 「マーブルの店長ってすごくお人好しだったと思うんだ。だから他の店が引き取りたがらないプロモ盤が最終的にあそこに流れ着いて堆積していったような気がする。シングルコレクターのヤバいところは、こんな風にゲットしたお店とその価格とかを事細かに記憶してたりするとこなんだよね(笑)。さっきの "...Til The Cops Come Knockin' The Opus" とかも滅茶苦茶探しまくって。ホント、ありとあらゆる中古屋のありとあらゆるCDシングルコーナーを掘り返しまくったのに見つからなくて泣きそうになってて。で、ある日新宿ALTAのCISCOのお正月セールで、CDシングル大量投売り段ボール箱を漁ってたら、あっさりと200円で落ちててさ。あの時はマジ嬉しくてちょっと涙出そうだったかも」

冬 「でもこんな会話、一般の皆さんには時間の無駄以外の何物でもないでしょうね(笑)。あ、このシングルも終わりか…。マスター、今日の最後は何で締めてくれるんすか」

マスター 「そりゃもうこれしかないよ。99年全米4位まで上昇した最大のヒット曲 "Fortunate" のCDシングル」

冬 「おお! 確かにスチュアート・マシューマンの手は離れましたけど、新たにエロエロ大王R.ケリーとがっちりタッグを組んでイメージ一新。R.ケリーが全編作曲・製作したサントラ "LIFE" に収録するために実現したこの組み合わせ、ケリーのメロウネスとマクスウェルのファルセット・ヴォイスが史上最強の化学反応起こしまくりっすよね。

♪Fortunate
 To have you girl
 I'm so glad you're in my world
 Just as sure as the sky is blue
 I'm blessed the day that I found you


 一度でいいからこんなこと言われてみたいって女の子、たくさんいそうな感じ(笑)。でもこの感覚、分かるんだよなあ。本当に人を好きになった時って、心が純粋に喜びに満たされて、他に何も要らないって思えるじゃないすか。あのエクスタシーはこの感涙ポジティヴバラッドにすべて集約されてるっす。マジ最高! 一度R.ケリーに任せて1枚アルバム作らせてみたいくらいですよね。もう溶けまくり〜」

マスター 「(…ていうかこいつ、最後の最後に一番美味しいところを持って行きやがった…)」


(January, 2003)

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