Olivia Newton-John@東京国際フォーラム



 正直に告白すると、僕は一抹の不安を抱えたまま会場に出向いた。オリヴィア・ニュートン=ジョンがスターだったのは70年代から80年代前半にかけての ことだ。最後の全米トップ40ヒット "Soul Kiss" (US#20/85) からも既に18年が経過している。まして今回の日本公演は25年ぶりだという。前回の1978年ツアーはアルバム "TOTALLY HOT" のプロモーションで、サントラ "GREASE" の大ヒットの勢いをそのまま持ち込んだ来日公演だったようだ。ということは、日本のファンの多くはその後発表された "XANADU""PHYSICAL" という大ヒット作を生で聴かないまま21世紀を迎えてしまったことになる。25年ぶりの来日公演がキャリアを総括するベスト盤的選曲になることは間違いな いとしても、54歳を迎えた今のオリヴィアは一体どの程度「歌える」のだろうか? それを思うと、どうしても不安にならざるを得なかった。

***

 4月6日(日)18時。東京国際フォーラムに集まった観客の年齢層の高さに圧倒される。40代の男性・女性が分布図に大きな山を作っている。もうひとつ 目につく層は彼らの子供たちで、40代後半のお母さんと二十歳そこそこの娘さんなんていう組み合わせも多かった。開演前BGMのジャズが終わり、静かに客 電が落とされたステージにバンドのメンバーたちが現れる。メンバーはステージに向かって左側から次のとおり。

 Dane Bryant: Keybords
 Andy Timmons: Guitar, Musical Director
 Warren Ham: Harp, Horns, Vocals
 Steve Real: Vocals,Percussion
 Marien Landin-Chapman: Vocals
 Lee Hendricks: Bass Guiter
 Dan Wojciechowski: Drums

 Andy Timmons ? そう、何と80年代後半にNYで活躍したハードロックバンド、Danger Danger のギタリストだったアンディ・ティモンズが昨年来このツアーに同行している。それも、単なるギタリストではなく音楽面の総指揮を任される形で。これはかな り意外だったが、結果からいうと、カントリー方面にも明るいという彼の堅実なギタープレイを堪能できたのは大きな収穫だった。1曲目は言わば導入曲で、オ リヴィアの過去のヒット曲のフレーズをつなぎ合わせたインスト・メドレー。ステージ上のスクリーンには、デビューからカントリー時代、「グリース」時代、 フィジカル時代、各種の音楽賞受賞の様子、マット・ラッタンジーとの結婚、娘クロエの誕生、乳がん闘病時代、音楽活動再開、近年の活動状況などを時代順に 追いかけるフィルムが映し出される。メドレーの進行と映像が絶妙にシンクロしていて、数分間でオリヴィア・ニュートン=ジョンという女性の半生を大まかに 理解することができる趣向だ。

 これが終わると、ステージ右端からいよいよオリヴィアが "I Honestly Love You"(「愛の告白」)のフレーズのさ わりを歌いながら登場する。ごく薄いピンクの、ひらひらした妖精のような衣装に包んだほっそりした身体。エンジェル・スマイルを浮かべた顔の横で両手で小 さく手を振って、深々とお辞儀をする姿は、54歳とは思えないほど可愛らしい。場内割れんばかりの大拍手、「おりびあー!」という野太い叫び声もかかる。 25年間じっと待ってきた人々の熱い思いは、僕のような新参者のファンにも強く伝わってきた。バンドが演奏を始めた正式なオープニング曲は "Have You Never Been Mellow"(「そよ風の誘惑」)。いきなり全米#1ヒット、さすが豊富なヒット曲を揃えているだけの事はあ る。だが驚くべきは選曲ではなく、オリヴィアの声だった。これまでレコードで聴いてきた「あの声」のままなのだ。中音域から中高音域にかけて特徴のある声 質だが、ハイトーンまでぶれることなくしっかり出ている。ファルセットへのスムースな移行が鍵となるこの曲でも、全く問題がないどころか、力強い声に圧倒 された。伸ばす音には独特のビブラートをかけて、気品のある歌を聴かせてくれる。歌全体を完全に「掌握」しているのが伝わってくるので、聴いていて不安が 一切ない。一瞬でも彼女の声を疑った自分を恥じた。やはりオリヴィアはプロ中のプロだった。ヴォイス・トレーニングも十分に行っているようだし、身体全体 にしても相当シェイプアップしてツアーに臨んでいるようだ。

 いきなりこんな代表曲持ってきちゃってどうするの、と思わせる間もなく明るいシンセのイントロがかぶさってきて、大好きな "Xanadu" が始まった。なんて贅沢なセットリスト! オリヴィアは軽くステップを踏みつつ、ステージ上を端から端まで歩きながら歌う。コーラスに合わせて遠くを指差す仕草もとてもキュートだ。何かが始まる前 のあのわくわくする気持ちを純粋培養して歌にしてしまったようなこの曲は、本当にオリヴィアにぴったりだと思う。なんて伸びやかな声なんだろう。コーラス 後半で高く高く舞い上がるパートがあるが、苦もなく歌いきってしまった。

 会場も十分にヒートアップしてきたところで、やっとMCが入る。上着を脱ぎ去って、肩を全部出した衣装が下から現れるとどよめきが起こる。そして滑らか な日本語で、「ミナサン、コンバンハ!」。25年ぶりに東京に帰って来れて嬉しいこと、次の曲も "XANADU" のサントラからであることを伝えて、全米#1ヒットの "Magic" が始まる。ミステリアスな雰囲気が魅力のこのナンバーも、日本で歌われるのは今回のツアーが初めてということになるわけだ。次の曲に移る前にバンドのメン バーを一人ずつ紹介し、一息ついて水を飲んでいた。この夜彼女は「空気が乾燥しているから」といって、客席に向かって「カンパイ!」と可愛く紙コップを掲 げてしばしば水を飲んでいた。喉を気遣ってのことだったが、その「カンパイ!」があまりにも可愛くて困ってしまった。

 続いての曲は昨年オーストラリアで発売された久々の新譜 "2" から "Love You Crazy"。タイトル どおり、全曲オリヴィアとゲストのデュエットで構成されたアルバムで、現地では大ヒットを記録しているようだ。デュエット相手には元 Savage Garden の Darren Hayes や、珍しい女性同士のデュエットになった Tina Arena、アメリカから駆けつけた Michael McDonald など多彩な顔ぶれが並んでいる。この日はバックコーラスのメンバーたちを前に連れ出してオリヴィアのヴォーカルに絡ませた。オリヴィアのヒット曲にはデュ エットものが少なくない。相手のヴォーカルを引き立てつつ曲を盛り立てていく絶妙の呼吸や間合いを、彼女はしっかりと会得しているようだ。

 個人的にはこの次に歌われた "Sam" がこの夜のベストテイクだった。1977年全米20位と決して大ヒットとはいえないが、イントロが流れただけで大きな拍手が起こったところを見ると、きっ とこの曲のファンは多いのだろう。ワルツ調のアレンジで、別れた恋人に向けて「毎日がとてもつらいの、私の部屋のドアは大きく開けてあるから入ってきて、 あなたに会いたいの」と歌いかけるものだが、音域がかなり広く、高度な技術が要求されるレパートリーだ。ハイトーンとファルセットを駆使したヴォーカル自 体が素晴らしかったのはもちろんだが、オリヴィアがとても感情移入しているのが伝わる丁寧な歌唱だった。手抜きなし、プロの仕事だ。

 「最初のヒット曲はカントリー・ウェスタンだったの。みんなカントリー・ウェスタンは好き? 私も大好きよ」としゃべって椅子に腰掛けた椅子に腰掛けたオリヴィアを、アコースティック楽器に持ち替えたバックメンバーが囲む。C&Wメドレー コーナーの始まりだ。"If Not For You""Let Me Be There""Please Mr. Please" など、ベスト盤で聴いたことはあります程度の古い曲が立て続けに演奏される。しかしこうして聴いてみるとひとつひとつが良い楽曲だし、何よりオリヴィア自 身が楽しそうに歌っていて、彼女本当にカントリーは好きなんだなあと思ってしまった。レコード会社の戦略で歌わされただけのヒットであればこうしてずっと 歌い続けることはないだろうから。メドレーのラストはドリー・パートン作の "Jolene"。これは日本では大ヒットしたようで、自分 も小さい頃にラジオで聴いたことがあるように思う。若いファンには White Stripes のフジロックフェス2002での演奏が、あまり若くないファンには Strawberry Switchblade の1985年全英第53位の小ヒットが知られている(?)かもしれないが、やはりこれはオリヴィアの声に合っているようだ。会場からはひときわ大きな拍手 が送られた。

 カントリーはここでいったん終わったが、オリヴィアはまだ椅子にかけているし、メンバーたちもまだアコギを抱えて周りを囲んでいる。ジャジーなイントロ が演奏され始め、それが「あの」リフを思い切りスローにしたものであることに気づいた僕は思わず立ち上がりそうになった(ちなみに会場全体最後まで着席の ライヴだった)。ゆったりと歌い始めたそのフレーズは…

"♪I'm saying all the things that I know you'll like, makin' good conversation..."

 そう、泣く子も黙る全米10週連続#1の "Physical" だ! ジャズ/ボサノヴァっぽいスローヴァージョンに生まれ変わり、オリヴィアのヴォーカルもより煽情的にスウィングする。メロディラインもかなりフェイクする アレンジが加えられているが、コーラスパートではやはりぐっと盛り上がる。ギターソロの代わりにメロウなサックス・ソロが挿入され、とてもしっとりと聴か せてくれた。わがままを言えばオリジナルヴァージョンと両方聴きたかったところだけれど、おそらく54歳になった今のオリヴィアにはこのアコースティック アレンジがぎりぎりの妥協点だろう。事実、この時期の他のヒット曲("Heart Attack"、"Make A Move On Me"、"Landslide" 等)は全く歌われなかった。歌い終わり、いつまでも鳴り止まぬ拍手に応えたオリヴィアが「私もこの曲("Physical") を歌うのは大好きなのよ」と言ってくれたのがちょっと嬉しかった。

 この後は再び "2" からの "I'll Come Running"、そして全く売れなかった94年の "GAIA" からの2曲へと続く。後者は乳がんからの回復時期に製作されたもので、再起と環境保護を強く訴える自作の歌詞が異彩を放っている。ブラジルの熱帯雨林保護 運動に力を入れたこともあってか、極めてラテン的なサンバ風アレンジが印象的な "Not Gonna Give Into It"、ソ プラノサックスをフィーチャーして「僕を切り倒さないで」と木の立場から訴える "Don't Cut Me Down" ともに悪くなかった。スクリーンに映し出される大自然の映像と相まって、オーディエンスにもメッセージが確実に伝わったのではないかと思う。9年前にリ リースしたときにはさっぱりだったアルバムだが、9年かかってようやく時代が追いついたというべきか、とにかくとてもナチュラルに響いた。僕も機会があれ ばぜひアルバム通して聴いてみたいと思う。このあたりからひとり、またひとりとステージに花束を持って駆け寄るファンが増え始める。オリヴィアは嬉しそう に1人ずつ花束を受け取り、さかんにお礼を言っていたが、結果としてライヴの終わりにはステージ上に花束の山ができるくらいの数が届けられることになる。 曲間にファンが直接プレゼントを渡すのは、コンサートの流れを中断して良くない、という言い分もあるだろう。この日見ていた限りではオリヴィア自身にとっ てもちょうどいい休憩になっていたようでもあり、また25年間のファンの思いを真摯に受け止めていたようでもあり、まあ我慢できないほどのマナーの悪さと いう印象は受けなかった。

 次は賛否両論を巻き起こした(おそらく否の方が多い)セクション。まず「17年前に娘が生まれて、映画を一緒に見るのが好きだった。一番好きだった "Wizard of Oz" から、この曲を歌います」というMCに導かれて歌い始めた "Somewhere Over The Rainbow"。これ自体はいい。何せ歌は上手いのだから、この手のスタンダード集を作ってくれてもいいと思うくらいだ。問題はその後で、2番 の歌詞から娘のクロエが登場してデュエットになる。これが上手くないのだ。歌手デビューが決まっているらしく、決して下手でもないのだが、ややハスキーで 低めのその声の通りは悪く、強烈な存在感を誇る母親の声と比較するとどうしても聴き劣りがする。目に入れても痛くないくらい自慢の娘なの、と紹介して自ら 力いっぱい拍手するオリヴィアの姿は、親バカを通り越して何やら痛々しいものすら感じさせた。続いてクロエがソロで歌った自作の曲とやらも、正直言ってど うということのない出来で、このセクションでライヴ全体のテンション及び価値を大いに低くしてしまったと言わざるを得ないだろう。完全に引いてしまった観 客を前に、娘に大きな拍手を送る母オリヴィア。これからショウビズ界に送り出すにあたり、絶好のプロモーション機会として自分のステージに上げたつもりな のだろうが、プロのエンターテイナーとして行うべき行為ではなかったのではないか。最後にもう1曲母娘でデュエットした "It Takes Two" はノリも良く、多少溜飲を下げたけれど。

 再びアコースティックセット、今度は既に他界した人々を悼むという企画で、日本でも人気のある曲を歌いますと紹介して始まったジョン・デンヴァーのカ ヴァー "Take Me Home, Country Roads"。これはオリヴィア自身のヴァージョンも知られているだけに驚かな かったが、もう1曲歌ってみせたカーペンターズの "Close To You" には感じ入った。ご存知のように比較的低い音まで降りてくる曲で、オリヴィアの音域では厳しいかとも思ったのだが、歌い出しの部分からカレン・カーペン ターが乗り移ったかのような見事なヴォーカルを聴かせてくれた。低音までよく出ているし、何といっても歌そのものが上手いのだ。ちょっとホロリとさせられ るパートだった。

 中期オリヴィアのほとんどの曲を書き、プロデュースした John Farrar だが、そんな中でもオリヴィア自身が最も好きな楽曲として紹介して歌った "Don't Stop Believin'"(確かにめちゃ くちゃ良いメロディ+詞、Journey とは同名異曲)、そしてデュエットものとしては最も好きな曲だという "Suddenly" (オリジナルはクリフ・リチャードと、この日はバックコーラスの1人と)を歌い上げたところでスクリーンに「グリース」のロゴが映し出され、会場の興奮が 高まるのが感じられる。いよいよクライマックスの "GREASE" コーナーだ。薄ピンクの肩出し衣装でひらひら踊っていた彼女も黒いジャケットを着て、革ジャンを着たコーラスの男性シンガーの1人と軽快に "You're The One That I Want" を歌う。一応振り付けがあって、ステージの端から端まで大きく使ってステップを踏みながら擬似トラボルタの男性シンガーと絡んでいく。「グリース」という のはある意味本当にすごい映画で、古いけれど全然古びていないし、何せ若いオリヴィアが実に可愛いので、もし万が一まだ見ていない人がいればレンタルでも してぜひ見てもらいたい。「『グリース』みたいな人気映画に出るのってどんな感じかしらとよく尋ねられたけれど、結構大変だったのよ。だってジョン・トラ ボルタと一緒に歌わなくちゃならなかったし、ジョン・トラボルタとダンスしなくちゃならなかったし、ジョン・トラボルタとキスしなくちゃならなかった し!」と言って会場を笑わせてから歌った "Hopelessly Devoted To You" も人気があるバラードだ。本編最後は会場の男性陣・女性陣にそれぞれ Boys のパートと Girls のパートを歌わせる会場参加型 "Summer Nights"。年配の人が多いこともあって、ちょっとノリが良くなかったかなとも思ったが、何とか盛り上がって終わった。

***

 アンコールはまず、ビー・ジーズのメンバーが書いてくれた曲です、と紹介し、さらに「今年亡くなったモーリスに捧げます」と言って歌った "Come On Over"。古い曲なのでライターまでチェックしていなかったが、言われてみれば確かに "Masachusetts" あたりを思わせるギブ兄弟らしさがある(ただし実際にはバリーとロビンの曲で、モーリスは関わっていない)。この曲はライヴで良さを見直すことになった。 歌詞も含めて、非常にいい歌だと思う。こういう隠れた良さに気づくことができるのがコンサートの魅力のひとつで、その後の一生を少しでも良い音楽に囲まれ て暮らすことができると思えば、生の演奏を聴く/見るために何がしかのお金を払うこと自体はちっとも惜しいことではない。

 いよいよオーラス。やはり最後は代表曲中の代表曲で締め括らねばならない。1974年全米#1ヒット、"I Honestly Love You"(「愛の告白」)。これも本当にいい曲だ。目を閉じて聴いていると、しみじみと、深く深く胸にしみこんでくる。これまで何度も歌ってきた であろうこの曲を、初めて生で聴く東京の観客のために、一音一音、しっとりと歌い上げていくオリヴィア。やはり第一級のエンターテインメントであると言わ ずにいられない。この曲の終了と同時にスタンディング・オベイションとなり、いつまでも拍手が鳴り止まなかった。相変わらずステージには花束やぬいぐるみ が届けられ、深々とお辞儀をしたオリヴィアが可愛らしく手を振りながらステージ袖に消えていく。四半世紀に1度の貴重な美しい彗星でも見てしまったような 気持ちで、僕はちょっぴり胸を温かくして会場出口に向かった。振り返ると年配のファンたちの満足そうな笑顔がたくさんあった。中には感極まって泣いている ファンたちの姿もあった。良い音楽は時代を超える。25年前といえば僕はまだ7歳で、洋楽なんて聴いていなかったわけだが、今こうしてこの会場に足を運 び、多くのファンたちと同じように素晴らしい歌声と楽曲に心を動かされて家路につこうとしている。音楽に込められた magic を強く感じさせられた夜だった。



Olivia Newton-John Japan Tour 2003 Set List
I Honestly Love You (Intro)
Have You Never Been Mellow (US#1/75)
Xanadu (US#8/80)
Magic (US#1/80)
Love You Crazy
Sam (US#20/77)
C&W Medley: If Not For You (US#25/71), Banks Of The Ohio (US#94/71), Let Me Be There(US#6/74), Please Mr. Please (US#3/75), Jolene
Physical (US#1/81)
I'll Come Running
Not Gonna Give Into It
Don't Cut Me Down
Somewhere Over The Rainbow (Duet with Chloe)
Reason To Cry (Chloe's Solo)
It Takes Two (Duet with Chloe)
Medley: Take Me Home Country Roads, Close To You
Don't Stop Believin' (US#33/76)
Suddenly (US#20/81)
You're The One That I Wnat (US#1/78)
Hopelessly Devoted To You (US#3/78)
Summer Nights (US#5/78)

-Encore-
Come On Over (US#23/76)
I Honestly Love You (US#1/74)

(April, 2003)

MUSIC / BBS / DIARY / HOME