Mary J. Blige @ 東京国際フォーラム
クイーン・オブ・ヒップ・ホップ・ソウル。 新しいもの/人が出現すると、とにかく何でもキャッチコピーを付けずにはいられないのがマスメディア。しかし往々にしてそのコピーはポイントを外しているもの。90年代の「グランジ」ムーヴメントやデジロックなんてその最たるものでしたね。メアリー・J・ブライジを指してしばしば用いられる「ヒップ・ホップ・ソウルの女王」なるこのフレーズも、何かを言っているようでいて実は全然意味が分からない。特にこの3月13日(水)のライヴを観た後となっては、ひたすら空虚に響くばかり。実際に僕が目にしたものはもっと異質な、熱くたぎる溶岩のような濃ゆい黒人音楽なのでした。 会場を埋め尽くしたファンの多くは、いかにも流行りのヒップホップ/R&Bが好きそうな若者のカップルやグループが多くて。中には会社帰りに一人で観に来ているOLもいます。心なしか、女性ファンが多いような。驚いたのは、グッズ売り場で¥2,000のツアープログラムが飛ぶような勢いで売れまくっていたこと。ゴージャスな写真集の如き体裁のそのプログラムを大事そうに抱えて席に向かう女の子たちを見ていると、メアリー・Jが単なる歌手というだけでなく、ファッションリーダーとしても機能しているという事実を強く思い知らされます。その他、Tシャツやバンダナなどの種類も豊富で、全米でも大評判になっているこの "NO MORE DRAMA" ツアーをそのまま大きなホールに持って来てくれたことへの期待と興奮が次第に高まってきました。 さてライヴの方はといえば、ブラックミュージックのエンターテインメント性を、歴史と伝統に則って忠実に演出した極めて計算高いものでした。とにかく派手な「見世物」。ステージ上にはドラマー、パーカッショニスト、ダンサー等も入れて10人強の大バックバンド。オープニングは新作1曲目の "Love" で、スクリーンにメアリーの巨大なシルエットが映っただけで場内熱狂の渦。緊張感のあるアップテンポのこの曲には16小節の無駄に長いメアリーのラップパートまであって、唾が飛んできそうな凄まじくキップのいいラップを歌い切ります。 完奏される曲はほとんどなく、メドレー形式でどんどん曲がつながっていく様子は、クラブのDJプレイを見ているみたい。でもそのビートは紛れもなく生演奏のグルーヴで、特に巨大な肉体を揺すりながら腕も折れよとばかりに叩きまくるドラマーのリズムはどファンク。ヒット曲をあらかた消化してしまうこのメドレー部分には、いろいろ聴けて満腹感が味わえる一方で、出来ればフルで聴きたいなーと思わせる飢餓感も共存。痛し痒しです。この辺の構成は98年のライヴ盤 "THE TOUR" とほとんど同じだったように思いました。このアルバムは物凄くお気に入りなので、ぜひぜひご一聴をオススメ。 メドレー形式のDJプレイ的なライヴ。ヒップホップ風じゃないか。ヒップホップ・ソウルの女王メアリー・J・ブライジでOKじゃん。何が空虚に響くんだよコラ。 という声にお答えするならば、既にあちこちでレビュウされているとおり、メアリー・J・ブライジのヴォーカルは圧倒的にブルージィだったのです。ソウルフルなんてもんじゃない。ましてや軽やかなR&Bなんかじゃない。どろどろのブルーズ。中盤のバラード攻勢が始まるにつれてステージ中央から黒々と立ちのぼり始めた、野太くどす黒い濃密なブルーズに、僕らはただ立ち尽くすのみだったのです。だってしょうがないよ。身近に教会の聖歌隊もないし、黒人差別の歴史からも遠いところで生まれ育った僕らの多くは、メアリーが怨念をもって喉を振り絞るそのブルーズを、正面から受け止めるだけの文化的バックグラウンドがないのだから。 しかし、メアリーがこれほどまでに黒い喉を持っているとは思わなかった。正直、恐れ入りました。2時間弱のライヴの間ぶっ通しで、ひたすら全力でガナリまくるそのタフな喉。何度も書いているように彼女は決して歌の「上手い」歌手ではありません。むしろ音程の不安定さという決定的な爆弾を抱えている。にも関わらず、ひとたびメアリーがあの独特の声で歌い始めると、僕らはすっかり引き込まれてしまうのは何故だろう。全ての歌手がアレサやチャカのようである必要などない。メアリーがメアリーとしての強烈なオリジナリティを全開にし始めたこのツアーを体験できたのは、僕にとって幸運でした。前作 "MARY" の如何ともし難い中途半端なポップさに耐えきれず、一度は見放しかけた彼女。最新作の "NO MORE DRAMA" にはメロディアスな楽曲はほとんどありません。ざっくりと剥き出しにされたリズムとヴォーカルを正面から叩きつけるその作風は、ライヴでこそ真価を発揮するもののようでした。 最大の見せ場は、アルバムタイトル曲の "No More Drama"。この曲の前にお色直しで一旦退場した彼女が、ぴったりした白のパンツスーツに着替え、白のハットを被って再登場すると場内のテンションがピリピリと一気に高まります。ピアノのイントロに導かれて歌い始めるメアリー。 ♪Broken heart again Another lesson learned Better know your friends Or else you will get burned... 実はこの曲は非常に内輪受けというか、楽屋オチというか、メアリーがこれまで経験してきた激しい恋愛と失恋、業界での賞賛と裏切りといった「ドラマ」の背景を知らないとよく分からない作りになっています。様々なトラブルに巻き込まれてきた彼女が、「もうゴタゴタ(=ドラマ)はこりごり、これからは穏やかに生きたい」と宣言するわけです。しかし見たところ、観客の大半はそうした内幕をよく承知しているようでした。ネット等に情報が溢れるこの時代、こうした「お約束」の筋書きをパフォーマーとオーディエンスが共有してよりライヴを盛り上げるという演出も可能になってきたのかもしれません。壮絶なまでにドラマティックなこの曲で聴衆のひとりひとりを完全にノックアウトした彼女。全米トップ10ヒットにこそなりませんでしたが、今後もライヴでの定番として歌い継がれる名曲になっていくだろうと確信させる熱唱でした。マジすごかった。 アンコールは全米#1ヒットになった "Family Affair"。ビデオクリップでは、これまた決して上手とは言えないステップを踏んでみせたメアリー、このステージでもバックダンサーたちと一緒にあの振り付けでしっかり不恰好に踊ってくれました。なんだかホッとする瞬間。圧倒的に濃密だったこの夜の演奏の中で、この曲が何だか場違いなまでに唯一緊張を解いてリラックスできる瞬間だった、というレビュウを書いたとしたらプロデュースの Dr. Dre は喜んでくれるだろうか、それとも悲しい顔をするだろうか。 (April, 2002) |