Queensryche @ Royal Albert Hall


10 March 1995

 ロンドンで生活を始めてから初めて見たライヴ、それがこの Queensryche だった。
 到着してからわずか数日後、UKでの『ぴあ』に相当する Time Out 誌で公演があることを見つけ、とっくにソールドアウトと知りつつも出かけてみた。会場はロイヤル・アルバート・ホール。

 金曜日だったので当然仕事帰り。会社のあるオフィス街、The City からは地下鉄で約30分の South Kensington 駅で降りてから15分近く歩いたところにホールがある。間に合うだろうか…と不安に駆られつつ、地下道を急ぐ。Time Out には19:30開演とあったが、ホールに着いてみると看板に「7:55-10:25」と書いてあってひと安心。

 さて、次はチケットの入手だ。ソールドアウトなのでダフ屋にあたってみるしかない。痩せたブラックのおやじがチケットを手に近づいてくる。
「チケット持ってるかい? 今夜はソールドアウトだ。コレで見なよ」
 定価は14ポンド。当時のレートで約2,100円程度だが、一応尋ねてみる。
「いくらなら売ってくれる?」
「30だな。売り切れなんだぜ」
 ソールドアウト、に力を込めて言いやがるが、それは高過ぎ。早速値切り交渉に入る。
「高いなぁ。他にあたるからいいよ」
「ちょっと待った。じゃあいくらなら出せる?」
 開演時間が迫ってきたため力関係が逆転。どこの国でも同じだなあ。
「せいぜい20ポンドかな」
「よし、それでいいよ」
 商談成立。実はイギリスでは街角のチケットショップで買うときも4〜5ポンドの手数料が上乗せされるので、初心者の値切りとしてはまあまあではないだろうか。なんといっても、日本の約半額で Queensryche が見られるのだから。

 チケットを手に、意気揚々と会場に入る。ロイヤル・アルバート・ホールは元々クラシック用のホール。3階席くらいまである大きな円形の建物で、内装も極めて格調高い。今夜は出し物がロックだけに、ジーンズにブーツといった格好の若者が9割方を占めているが、クラシックならそれなりのスタイルが要求されるのは当然のこと。ちなみに自分のように仕事帰りのスーツ姿の勤め人はほとんど皆無。

 そして自分の席は… なかった。

 というか、チケットは日本でいうアリーナ部分(本会場では Promnade と呼ばれる)のものだったのだけれど、椅子なしのスタンディング状態だったのだ。あのダフ屋がこんな席のチケットを持っていたとは。いずれにせよ、おかげで至近距離で彼らのライヴを見られる!

 ほぼ定刻に新作 "PROMISED LAND" 1曲目のSEが流れ始める。客電が落ち、ステージのバックドロップに貼られた2枚の大型スクリーンに映像が映し出される。心臓の鼓動音に合わせて、病院に担架で運び込まれる男性の緊迫した映像。しかし彼の鼓動はついに停止し、同時に胎児の映像に切り替わって新しい生命が暗示される。このあたり、完全にピンク・フロイド的なシアトリカルな演出。そしてジェフ・テイト自身が短い演技をする映像が流れて会場を沸かせた後、"I Am I" のイントロが鳴り響いてメンバー登場。スコット・ロッケンフィールドのドラムセットは前に見た "EMPIRE" ツアーの時よりも小さくなったようだ。

 ジェフ・テイトはなんとダークスーツに身を固めていて、4人ほどのカメラマン&新聞記者を演じるエキストラが出てきてステージ上でジェフにまとわりつく。彼はサングラスをかけ、マイクは持たずにヘッドセットを付け、さかんに周りの記者たちを振り払う演技をしながら歌っている。…が、どうも演技過剰のように思えた。確かにヴォーカルも演奏も完璧。でも観客側がその歌/演奏に集中できない程度に目を引く演出というのはやっぱりやり過ぎではないか。

 続いて "Damaged" に移る瞬間、ジェフのスーツは剥ぎ取られ、黒のショートパンツ1枚にサングラス姿となる。鍛え上げられた筋肉を誇示しながら歌い続ける彼だが、どうもこの曲も、続く "Bridge" も今ひとつ会場が盛り上がらない。やはり自分同様、観客も「あのアルバムの曲」を期待しているのだろうか。数曲こなした後、ジェフの短いMCが入った。
「イギリスにまた戻って来れて嬉しいよ。このホールは本当に綺麗だ」

 そして暗転、聴き慣れたSEをバックに病院のアニメーション映像がスクリーンに流れ始め、会場全体が大いにどよめく。そう、"OPERATION:MINDCRIME" の始まりだ。やはり本作の知名度はここイギリスでも圧倒的に高い。それまでじっとしていたファンたちが "Anarchy X" のビートに合わせて身体を動かし、"Revolution Calling" のコーラスは大合唱になる。残念ながらアルバム全曲は演奏せず、これに "Operation:Mindcrime" "Mission" を加えた前半部と、"I Don't Believe In Love" "Eyes of A Stranger" "Anarchy X" からなる後半部をつなげた短縮版での再現となったが、観客はほとんど歌詞を覚えていて歌いまくる。間違いなくこの "MINDCRIME" セクションがこの日最大の盛り上がりだった。

 こんなにも素晴らしい作品を作り上げてしまった彼らならではの贅沢な悩みかもしれないけれど、観客がいつまでもこれを求め続けるのと、新作も演奏しなくてはならないという現実とをいかに両立させていくかが今後の課題なのかな。事実、その後で演奏された "PROMISED LAND" からの楽曲は、ジェフがサックスを吹いたりする新しい趣向はあったものの、やはり "MINDCRIME" と比べるとオーディエンスが冷めていたのは否めない感じ。

 ライヴの後半では "EMPIRE" からの曲が立て続けに演奏された。"Empire" "Jet City Woman" ともによくこなれた演奏で、ライヴ映えする実にいい曲だと思う。自分も周りと一緒に大声で歌ってしまう。クリス・デガーモがピアノを弾く "Lady Jane" やサントラ収録曲ながら侮れない "Real World" なども聴きどころ。アンコールでは "Silent Lucidity"(コーラス大合唱!)、"Take Hold of The Flame" "Someone Else" などが演奏されて、大喝采のうちに幕が降りた。

 というわけで、ロンドンに来てから初めてのコンサートはおしまい。
 感慨は大きかったけれど、彼らに期待していたものとは少しズレたライヴだったかもしれない。確かに非の打ち所のない演奏だった。でも車椅子に乗って登場するようなジェフの too much な演技が気になったし、全体を通してみても何を言いたいのか見えにくいショウになってしまっていたような気が。"PROMISED LAND" のダークな雰囲気のせいもあるんだろうな。まあ、個人的にはアリス・クーパーの "TRASH" ツアーでのコテコテな演技に超感動してしまったクチなので、全然平気だったんですけど。

 ただ、彼らがだんだんヘヴィメタル/ハードロックの領域から足を踏み出しつつあるのが如実に感じられて。例えば Dream Theater なんてもはや既成のHM/HRの概念では括りきれなくなっていて、かといってプログレと一括しちゃうのも難しくて、北米エリアではプロモーションのしようがないみたい。Queensryche もそういう孤高の地位を築きつつあって、個人的にはもちろん信ずる道を堂々と歩き続けてほしいわけですが、肝心の彼ら自身に迷いがありはしないか? というのが唯一の不安だったりして。アリス・クーパーにはちっとも迷いがないでしょう? そういうのと比べた時に、ね。


May 2001 追記

 Queensryche はこの前の "EMPIRE" ツアーを横浜文化体育館で観てまして、"OPERATION : MINDCRIME" の完全再現も含めて非常に印象に残っています。それだけに、このロンドン公演は十分に感情移入しきれなかったのが残念でした。
 しかし、この後の彼らのすさまじいまでの求心力の低下には目を見張るものがありました。まさに堕ちるところまで堕ちた現在から見れば、このころが分岐点だったのかもしれません。ほとんど直感的に感じた彼らの「迷い」が、悪い方に出てしまったわけです…


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