KISS@日本武道館
2001年に「さよならツアー」を敢行して来日もしたKISSだが、大方の予想通り、何事もなかったように再来日することになった。どういうわけか僕はメイクのKISS来日を見逃していたので、今回は是非というわけで3月13日の武道館公演(3日目)に足を運んだ。 KISS自体は95年初めのツアーをやはり武道館で見ている。この時はメイクもなし、メンバーもブルース・キューリックとエリック・シンガーだったが、それでも個人的には物凄く満足できた。これまで見たライヴの中で10本の指には入るショウだったと思う。それは、予定調和のエンターテインメントに徹したロックンロール・パーティ型のライヴが結構好きだという理由もある。同趣向のアリス・クーパーの "TRASH" ツアーも非常に楽しめた。余談だが、この時のアリス・バンドでドラムを叩いていたのがエリック・シンガー(ジョナサン・ムーヴァーは来日せず)、キーボードを弾いていたのが後にドリーム・シアターに加入するデレク・シェリニアンだった。ギターはアル・ピトレリだったが、それはさておき。 95年と比べるのもどうかと思うが、現在のKISSのライヴを一言でいえば「伝統芸能」だろう。70年代以来、彼らが緻密に創り上げてきた「KISSのコンサート」のイメージをほぼ完全に再現するものだ。コスチュームひとつ取ってもそうで、詳しい人によれば今回のものはあの "ALIVE!"時代のものらしい。1975年である。28年前である。50代に入ったオトナたちが、ステージ上で28年前の若者たちのコスプレをしているといったほうが正確かもしれない。もっとも、ポール・スタンレーもジーン・シモンズも声は非常によく出ているし、身体もよく鍛えて絞ってきたようだ。さらにこれまでビデオ等で見てきた「あの」動きを見せつけられると、全てがどうでもよくなってしまう。具体的にはポールの軽やかなステップ(有り得ない高さの厚底ブーツで!)や腰のくねり、ジーンの長い舌出しやブーツを左右に大きく上に振り上げての歩き、そしてフロントの3人が1か所に集まり、揃ってギターのネックを上げ下げするアクションなど。どれひとつとして手抜きなし、真剣な表情でひとつひとつのお約束をこなしていくプロのお仕事だ。まさに「伝統芸能」以外の何ものでもない。 超満員の武道館にモントローズの衝撃のデビュー作『ハード★ショック!』が流れる。サミー・ヘイガーファンの自分にとっては猛烈に嬉しい選曲だ。1曲目の "Rock The Nation"、続く "Bad Motor Scooter" ともにロック史上に残るアンセムなだけに、会場のテンションも一気に高まる。ステージは全体が黒い幕で包まれており、内部を窺うことができないようになっている。エンジン音がぎゅんぎゅん唸る "Bad Motor Scooter" が終わるとともに会場が暗転し、ファンなら誰もが知っているあのアナウンスが入る。 "Alright, Tokyo! ...You wanted the best, you got the best. The hottest band in the world... KISS!!!" 幕が引き落とされ、大歓声に包まれてバンドが飛び出してくる。全くもって無駄なこのオープニング演出こそがKISSのライヴの醍醐味だ。4人は舞台の上で「KISS」という華麗なキャラクターを演じ、僕ら観客はとことん酔い痴れる。この夜の1曲目は "King of The Night Time World" だった。武道館3公演は微妙にセットリストが変更されており、毎晩通っても全く同じということはない。ちなみに前2公演及び横浜公演のオープニングは "Deuce"だった。"Deuce"→"Strutter" のシークエンスと言えば当然 "ALIVE!" の再現だ。95年の来日でもオープニングには "King of..." が使われていたが、個人的には "Deuce" の方が相応しいような気もする。見回すと、武道館は2階席奥までぎっしり埋まっている。完全なソールドアウト・ショウだ。空席のない武道館をステージから見上げながらプレイするのはさぞ気持ちいいことだろう。そうこうしている間に、ステージには女性ファンがブラジャーやパンティをどんどん投げ込み、ジーンやポールが1枚ずつ拾ってはマイクスタンドにぶら下げていく。これもお約束。 オーソドックスなベスト盤的選曲が続く中、やはり80年代以降のヒットは多少割を食っている。"Lick It Up" は何とか許容範囲としても、"Forever" では会場も完全に冷め切っていたようだ。90年全米8位と、"Beth / Detroit Rock City" の全米7位に次ぐ大ヒット曲なのだが、マイケル・ボルトンと共作した典型的な産業バラードというイメージが嫌われているのかもしれない。マイケル・ボルトンといえばかつて Blackjack というバンドでブルース・キューリックと組んでいたりして、KISS人脈的には侮れなかったりもするのだが…。ついでに言えば、ブルースが KISS に加入したのも、兄弟のボブ・キューリックとKISSが浅からぬ縁だったことによる。"KILLERS" や "PAUL STANLEY" アルバムに参加しているほか、自身のバンド Balance で81年に "Breaking Away" という全米22位のスマッシュヒットを放っているが、これは余談。 再結成アルバムのタイトル曲 "Psycho Circus" も、ファンは義理で聴いてやっている感じを受ける。「『サイコー』という言葉には2つの意味がある…」などと駄洒落MCで導入した時点で結構冷めてしまったのか。個人的にはスタジアム仕様の派手な展開が気に入っている楽曲だし、"♪Welcome to the show..." というフレーズもいかにもライヴ向きで好きなので、古いファンたちも少し寛容になってくれるといいのだけれど。毎晩 "Deuce" ばっかり演奏するのはもう飽き飽きしてるだろうから、バンドにとっても気分転換が必要なのも確かだろう。意外だったのは "Goin' Blind"。ひょっとすると日本で演奏されたのは今回のツアーが初めてではないか。ジーンが朗々と歌い上げるナンバーだが、想像以上にオーディエンスの反応は悪く、静まり返っていたといってもいいだろう。ジーン自身は気に入っているようだが、如何せん会場全体で盛り上がるという曲調ではない。これも彼にとっての気分転換と思ったほうがよさそうだ。 今回、ステージセットは比較的シンプルだった。ビデオスクリーンはなく、ドラムセットの後ろに「KISS」の大きな電飾サインがあるのみ。もっともそれは良い方向に作用して、無駄なものを省いてすっきりさせたおかげで、ステージに死角がなく全体がよく見えた。もちろんトレードマークの火炎演出は欠かさない。"Firehouse" のラスト、サイレン音の中たいまつを持って登場したジーン・シモンズの火吹き、"Heaven's On Fire" のコーラスに合わせてステージ左右から立ち上る巨大な火柱(火力が強く、1階席でも肌が熱い)など、これぞKISS!という見せ場が多数用意されている。直前に米国でグレイト・ホワイトが火災を起こしただけに心配していたが、杞憂だった。 「飛び道具」系の見せ場も用意されている。まずは "God of Thunder" でジーンが血を吐きながらベースソロを弾きまくる。その後、武道館の天井近くに作られた小さなステージまで垂直に吊り上げられ、会場を見下ろして歌うという Bat Lizard の面目躍如というべき趣向。"Love Gun" ではポールが飛ぶ。アリーナ席中央に設けられた小さなステージに向かって、メインステージから吊ロープで観客の頭上を水平移動していく。厚底ブーツを引っ掛けてロープにつかまっている割に着地が異様にスムースで、相当練習してるのかなと思わせる演出だった。そしてピーター・クリスも飛ぶ。本編ラストの "Black Diamond" はピーターがリードを取るドラマティックな曲で、個人的に大好きなナンバーだが、ここではドラムセット全体がスモークを噴出しながらせり上がり、空中で叩きまくりながら歌うピーターが演出される。もっともこの曲に関していえば、95年来日時のエリック・シンガーの方が巧かったかな。正直に言えば、ドラムプレイ自体もエリックの方がタイトかつラウドに感じられて好みだ。それはさておき、こうしてみると、飛ばなかったのはエースだけということになる。 いや、エースじゃなくて。 今回の来日公演に唯一参加しなかったのがエース・フレーリーで、代役としてトミー・セイヤーがギターを弾いていた。元Black N' Blue のギタリストだが、それ以上にKISSのコピーバンド Cold Gin のエース役として知られるようだ。確かに遠くから見ていると、自分のような素人目にはメイクのみならず歩き方や弾き方に至るまで、十分エースっぽく見える。さすがコピーバンドにいただけのことはある。ソロもまさに完コピ、というかむしろ本人より上手いんじゃないかと思わせるくらいだった。肩に円盤のついた "ALIVE!" 期のコスチュームは良かったのだが、さすがに武道館の大舞台はプレッシャーだったのか、"Calling Dr. Love" の途中で厚底ブーツのバランスを崩し、コケて尻もちをついたのは見逃さなかった。しかしすぐに立ち上がって、ちょっと照れつつもギターを弾き続けたのはさすがプロというべきだろう。全般に自分の立場をわきまえた、一歩引いた(しかし的確な)プレイには好感が持てた。 この他面白かったのは "Black Diamond" の前にポールがギターを爪弾きながらさらりと歌った "Angie" や "Stairway To Heaven" のカヴァー。物まねは得意のようで、いずれも非常に似ていたし、観客も大受けだった。会場全体に歌わせた "Sukiyaki"(「上を向いて歩こう」)にも和んだ。あと、ポールが「ハイ! ドモアリガトゴザイマシタ! ハイ! ソウデスカッ!」みたいな早口の日本語フレーズを繰り返していたのも印象的。何かの真似のつもりなのだろうが、いったいどこで覚えたのだろう。ウドーの事務所でよく見られる光景なのか? さて、2時間のライヴもいよいよアンコールへ。 ピーター・クリスがバラの花を持って1人ステージに現れ、熱狂的な歓声で迎えられる。歌うのはもちろん "Beth"。カラオケのようなトラックに合わせて歌ったが、マイクの調子が悪い。歌の聴かせどころでたびたび音が途切れ、ピーターは機嫌悪そうにステージ袖の方を振り返る。間奏でバラを1本ずつステージに投げ込んで大いにウケたピーターだったが、結局最後まで伸び伸びと歌いきれず、曲が終わるとマイクを床に投げつけてしまった。ジーンに肩を抱かれて慰められ(たように見えた)、気を取り直してドラムセットに戻るといよいよラストスパート。まずはジーン、ポール、トミーがステージ中央に集まってやや腰を落とし、低い位置に揃えて構えたギター/ベースで弾き始める "Detroit Rock City" のイントロに、武道館は完全にイッてしまう。ツインギターのソロが興奮をさらに煽る。何十年たってもかっこいい曲はかっこいい! ラストはお約束の "Rock and Roll All Nite"。冒頭、米英軍によるイラクへの武力行使を意識して、世界平和を訴えるポールのMCが入った。状況だけ考えると浮いてしまいそうなフレーズだったが、ポールの表情は真剣で、つい引き込まれてしまう何かを感じた。こうしているうちにも戦争という名の人殺しが始まってしまう。でもロックでは戦争は止められない。僕はもどかしさを感じながら、みんなと一緒に拳を突き上げるばかり。ステージ手前からアリーナ上空に向かって、巨大な送風機で色とりどりの紙吹雪が吹き出される。ステージ上では再び灼熱のパイロが炸裂。これぞロックンロール・パーティ、理屈抜きで会場全体が一緒に大騒ぎできる最高の演出だった。最後の最後までお約束、ギターを渡されたポールがステージ中央に歩み出てくる。そう、ギター壊しだ! 振り上げたギターで十二分に観客を煽った挙句、床に二度、三度と叩きつけてぶっ壊す。その行為に何か意味を求めてはいけない、全くの演出のための演出だが、ある種ロックの本質を突いている。大歓声に包まれてバンドが去った後、客電の点いた会場に流れる "God Gave Rock N' Roll To You II"。本当に神様ありがとうと思わせてくれる、いいコンサートだった。 *** "You wanted the best, you got the best." 彼らの原点にあたる名ライヴ盤 "ALIVE!" のオープニングに入るMCのフレーズは、28年経った今でも全く色褪せることがない。なぜなら、KISSのコンサートは、観客が求めているものをほぼ完全な形で与えてくれるものだから。文字通り You wanted the best, you got the best. だから。これほどプロ意識の強いバンドのライヴをまだ見ることができるのはとても幸せなことだ。それは、終演後に会場から吐き出されてくる大勢のファンたちの表情を見ても分かる。いやー、今夜も本当に楽しかったねえ。そんな幸せそうな会話があちこちで交わされている。ポールはMCで「これが最後の日本公演じゃない。近いうちにまた帰ってくるよ!」と叫んだ。僕らには現実の生活があるから、KISS が歌うように一晩中ロックして、毎日パーティすることなんてできない。それでもまた彼らが来るのならきっと会場に足を運ぼう。心地良い疲れを感じながら、僕らにそう思わせてくれるロックンロール・ショウの余韻は、今もまだ残っている。 P.S. Sakiさんのお陰で良い席で見ることができました。どうもありがとうございました。うさぎやのどら焼きも美味しかったです! KISS ALIVE in Japan 2003 Set List King of the Night Time World Deuce Strutter Let Me Go Rock and Roll Lick it Up Calling Dr. Love Goin' Blind Psycho Circus God of Thunder Shout It Out loud Forever Firehouse Do You Love Me Heaven's on Fire Cold Gin I Was Made For Lovin' You Love Gun (Angie and Stairway to Heaven, etc.) Black Diamond -Encore- Beth Detroit Rock City Rock and Roll All Nite (March, 2003) |