John Wetton @ 渋谷クラブクアトロ
2003年9月23日(火)、渋谷クラブクアトロ。…はあ。こんな夜もある。 1曲目の "Sole Survivor" の歌い出しを聴いた僕は耳を疑った。喉の調子が最悪で、ほとんど声らしい声が出ていない。ジョン・ウェットンともあろう歌い手が正確な音程をヒットすることすらできず、終演まで「聞こえているヴォーカル」と「歌われるべき音程」の差分修正作業に追われるライヴだった。これは極めてストレスフルな事態で、当然のことながら彼のベース演奏にはいささかの問題もなかったことが居心地の悪さに拍車をかけた。僕の見ていた場所の近くでは日本語でJWに罵声を浴びせ続けていたファンもいたくらいだ。ついでに言えば翌日同じ会場で行われたらイヴでは、まるで別人の如く回復した喉で完璧なヴォーカルを聞かせたというのだからショックがより深まった。JWの同一ツアー内でのヴォーカルの出来・不出来の差が激しいという情報を知ったのは帰宅した後のことだ。 *** さて、こうした事態はJWに限らず一般的に起こりうる。例えば Dream Theater のヴォーカリスト、James LaBrie も当たると素晴らしいが、風邪などひいて来日すると大変に惨めな声を聴かされることになる一人だ。さしあたっての解決法を考えてみたい。まずは次のようなものになるだろう。 解(1) 「アーティストはプロなのだから、体調管理も仕事のうちだ。お金をもらってライヴをやる以上、常にファンが支払った金額に値する舞台を見せねばならない」 まったくもっておっしゃるとおり。これは正論だ。だが現実世界では正論こそがもっとも弱い。なぜなら人間は時として体調を崩すことが避けられないし、身内の不幸や不可避の事故など体調管理の次元を超えて降りかかる事態を考えると、完全な状態なんていう概念そのものが机上の空論に過ぎない。現に悪いコンディションに陥ったとして、ツアー日程は先に組まれているのだから、とりあえずは来日してリハーサルせざるを得ない。問題は、リハしてみたらとても人様にお見せできる状態ではなかったという場合だ。少なくとも本番前にそう判明したならば、次のような解が考えられるだろう。 解(2) 「とてもお聞かせできる状態ではないので、大変残念ですが公演をキャンセルし、全額払い戻します」 解(3) 「とてもお聞かせできる状態ではありませんが、それでも声を振り絞って歌います。但し、良い状態の時との差額○○○○円については入場時に払い戻しいたします」 解(4) 「とてもお聞かせできる状態ではありませんが、それでも声を振り絞って歌います。但し、公演は無料とし、終演後にもし『よくやった、感動した!』と思っていただけたなら、その気持ちに見合った額を出口にてお支払いください」 読んでのとおり、解(3)(4)は現在の前売りシステムにおいては空論に過ぎない。現実的なのは解(2)だが、ずっと前から楽しみにしてきたファンもいることを思うと、一概にすべてキャンセルせよとは言い切れない面もある。空論に過ぎないとはいえ解(4)には一定の妥当性があるのではないか。結局昔ながらの「大道芸に対する投げ銭システム」がもっとも合理的なのかもしれない、という虚しさが漂うのだった。 *** さてジョン・ウェットンの公演に戻ろう。JWの最近の作品をしっかりフォローしていないため、どうしても古い曲の演奏に興味がいってしまうのだが、何と言っても "Starless" をJWのベースで聴くことが出来たのは大収穫だった。バンドが若いこともあり、キング・クリムゾン版の再現にはならないが、苦しいヴォーカルが終わった後のインスト部分からラストにかけての激しいベースプレイには目を見張った。よく考えると "Starless" を生で聴くこと自体初めてだったのだが、JWの素晴らしいベースで聴けたことで喜びは何倍にもなった。同様に、"In The Dead of Night" も初ライヴ体験だった。ジョン・ベック(Key)をはじめとする若手のバンドの演奏はかなり新鮮で、良い曲がこうして演奏され続けていく姿を眺めること自体、何だか温かい不思議な気持ちにしてくれる。ジョン・ベックに関して言えば時々トランス状態に陥ったかのような妖しい首の揺れを見せながら、的確な指さばきで鍵盤を操っていたのが印象的。しかし何より強烈だったのはジョン・ウェットン本人の太りようだった。近年の彼の容姿をまったくチェックしていなかったのだが、あれほどまでに腹が出て丸々とした満月のような顔になっているとは思わなかった。正直、「またグレッグ・レイクが代理で来たのかよ」とか思ってしまったくらいだ。もちろんJWの歌やベースには何の関係もないことだけれど。 もうひとつ、クアトロはスタンディングだとばかり思い込んでいたのだが、右手前に若干の椅子席があることを知った。あそこなら例の大きな柱に邪魔されることもなくじっくりステージを見られるね。当然のことながら、席にかけていたのは熱心なファンたちばかりのようだった。比較的新しい楽曲についても覚えやすい良いメロディばかりだった。次回はぜひ良い状態で歌ってほしいものだと思う。 【セットリスト】 1. Mondrago (Gtr, Keys) 2. Sole Survivor 3. In The Dead Of Night 4. Don't Cry 5. Voice Of America 6. A New Day 7. Book Of Saturday 8. The Smile Has Left Your Eyes 9. Walking On Air 10. Who Will Light A Candle? 11. Rendezvous 6.02 12. Take Me To The Waterline 13. After All 14. Starless <encore> 15. Red 16. Battle Lines 17. Heat Of The Moment (December, 2003) |