Chicago@東京国際フォーラム
2003年2月1日(土)のシカゴの日本公演を東京国際フォーラムで観ることができた。前売り券の発売が終了するまで迷ってしまったので、当日券を買うことにした。前日にキョードー東京に電話してみると、「2月1日の公演の当日券は、一応出しますが、若干枚しかありません」とつれない答えが返ってきた。1月31日(金)の分は平日公演であるせいか、比較的たくさん残っているようだ。「17時開場、18時開演なので、当日券の販売は16時半からになります」というキョードー東京の女の子の言葉に、明日は気合を入れて並ばなくちゃと思った。 せめて15時からは並ぶつもりだったが、用事を片付けるのに手間取ってしまい、翌日15時30分に国際フォーラム内の当日券売り場に到着してみると、既に一組のカップルが並んでいた。3番目で列に並んだわけだが、直後から続々と人が集まってきて、16時の時点では30人以上の列ができていた。しかし運命の女神は僕に微笑む。非常に年配の女性2人が僕の前のカップルに接近してきて、なにやら話しかけている。「当日券に並んでるんですよね?」 「ええ、そうですけど…」 「実は私たちS席の券が余ってしまって… よろしければいかがかと思って」 「そうなんですか!」 「ここじゃ何ですから、あちらへ一緒に来ていただけますか?」 するすると2人が抜けていったスペースに繰り上がり、16時10分時点で僕は当日券待ちトップの座を勝ち取ったのだった。 列はその後も膨張を続け、最終的には50人以上並んでいたのではないだろうか。そんなこんなで16時30分に予定どおり当日券の販売が開始された。「それでは列の先頭から5番目までのお方はカウンターにどうぞ」。誘導にしたがってカウンターに出向き、S席料金8,500円を払った僕の手に渡されたチケットは、1階5列12番というもの。え? 本当に? 1階5列12番? そう、それは紛れもなく前方席、ステージの左端にあたる部分なのだった。というわけで、PA前ながら事実上最前列になる席でシカゴのライヴを見ることになった。 *** 僕にとってシカゴのコンサートは初めての体験だったが、結論からいえば非常に楽しむことができた。3 decades 以上に渡って第一線で活躍し続け、膨大なヒット曲のリストを持つバンドならではのセットだったと思う。オープニングからして組曲 "Ballet For A Girl In Buchannon"なわけで、例えばイエスだったら「危機」や「スターシップ・トゥルーパー」で幕を開けるようなものだろうか。"TWENTY 1" でレコード会社ともめた後、好きなようにやり始めた彼らの定番となっているようだが、会場は総立ちでいきなり興奮の頂点に達する。それにしても何とみずみずしいホーンの音色だろう。多少ロックの歴史をかじったことのある人なら、「ブラス・ロック」という言葉くらいきっと知っているだろう。だが、読むと観るとではまさに大違いだ。Walter Parazaider (sax, flute, etc.)、Lee Loughnane (trumpet, etc.)、James Pankow (trombone, etc.) の3人から成るシカゴ・ホーンズの一糸(一管?)乱れぬ驚異的なアンサンブル、特に James Pankow が大きなトロンボーンを振り回して吹きまくる様は、このバンドのリード楽器がギターでも鍵盤でもなくホーンであることを強くアピールする。もちろんホーンが常に鳴っているわけではなく、他の楽器の隙間を埋めるように挿入されるフィルイン的なフレーズも多い。そんな場合でも、直前までおどけた仕草で遊んでいる(ように見える)彼らが、さっとマウスピースを口に当てるや否や、「あの」音が柔らかくあるいは力強く会場を満たす様は、まさしく one and only のマジックだ。 続いて演奏された "You're The Inspiration" に、会場が一斉にさーっと着席していく。これは意外だった。確かに80年代以降のいわゆるバラードヒット時代については議論がある。だが自分などはリアルタイムで体験した初めてのシカゴだっただけに、それなりの思い入れもある。オールドファンたちのこの一斉行動は、決して楽曲そのものを否定しているのではなく、単に体力的に長丁場のライヴを立ち通せないのでペース配分した結果、と理解したい。(だがその後もかなり明確に旧曲で起立、新曲で着席のパターンが繰り返され、最後まで違和感は残った。) 自分は身体が大きいので、周りの席の人の邪魔にならないように気を遣う。そういう意味で、「ここは立つべき場面なのか、座るべき場面なのか」という<シカゴのコンサートにおけるお約束>をかなり意識させられた夜ではあった。演奏はといえば、思った以上にスタジオテイクに忠実に感じられた。あの時期のAORサウンドはスタジオで相当いじられた結果だと思い込んでいただけに、「忠実度」のバロメータがかなり甘くなった可能性はある。しかし、Jason Scheff と Bill Champlin の掛け合いも見事で、十分に満足できる演奏だった。 続く "If You Leave Me Now" では、僕の目の前でずっとギターを弾いていた Keith Howland がセンターに移動して、何とリードヴォーカルを歌った。これがすこぶるひたむきな良い歌唱で、個人的には非常に印象に残った。Keith は95年からの参加になるようだが、バンドを陰で支える忠誠な仕事ぶりが目につくステージだった。若くてルックスも良いこのギタリストには、隠れ女性ファンも結構いるのではないか。この他にも "Old Days" や "Just You 'N Me" でリードを歌い、よく伸びる高音(しかし Cetera よりはずっとまろやか)を披露してくれた。彼に大きくスポットが当たったのはこのツアーのポイントだろう。僕は "Old Days" (US#5/75) がとても大好きな、つまりは軟弱なファンだ。後ろ向きな歌詞かもしれない。過ぎ去った時間を取り戻すことはできないのだから、一緒に歌ってみても何も解決しないのは確かだ。しかし、"♪Please take me back / to the world gone away / Memories / seem like yesterday" という感覚に共感する人は多いだろうし、何より James Pankow が書いたこの曲のホーンの輝きはピカイチだ。CDで何度もリピートして聴くこの曲を生で聴けただけでも、この夜出かけた意味はあった。 "Hard Habit To Break" はこれまで何度もレコードで聴いてきた曲のはずなのに、この夜の演奏ではかなり胸に迫るものがあった。Jason のリードヴォーカルは Peter Cetera をうまく踏襲したものだったと思う。これに絡む Bill Champlin のパートなど、強烈な自己主張に貫禄すら感じさせる。中間部に短いながらもリズムチェンジとブラスのブレイクがあり、終盤もやや壮大な進行を聴かせるこの曲は、自分が思っていた以上に緻密な構成であった。そのことをライヴで初めて体感できたのは収穫だったし、歌詞も含めて今後ますます思い入れが深くなりそうな気がしている。 Bill Champlin といえば、88年の全米年間チャート#1ヒット "Look Away" が見せ場になっている。といってもあの大げさなスタジオテイクの再現ではなく、アコースティック・ギターを抱えて、ほとんどソロコーナーとしての扱いだ。例によって客席はすっかり着席して眺めているわけだが、僕は大いに引きつけられて観ていた。周知のとおり、この曲はヒットメイカーの Diane Warren が書いたいわゆる「産業バラード」で、あるいはシカゴのキャリアの汚点に数える人もいるかもしれない。だがこのコーナーでの Bill の熱のこもった歌唱は、ある種壊れ気味の危なさすら感じさせるもので、自分もこれまでの印象を完全に覆されることになった。別れた彼女から電話がかかってきて、新しい恋人ができたと告げられ、「それは本当に良かった…」と答える男の歌。僕は大丈夫、だけどもし街で会ったときに僕の目に涙が溜まっていたら、こちらを見つめないでおくれ、と歌う主人公に、僕は長いこと非現実性と女々しさを感じ続けてきた。なのにこの夜 Bill が熱く歌う歌詞の一行一行を身体全体で受け留めるうちに、急に理解できてしまったのだった。もちろん88年から2003年までの僕の経験や、心の持ち方の変化とも関係しているだろう。だが僕は、音楽の、そしてライヴの力を感じずにはいられない。この曲は88年からこの方ずっと存在していた。ラジオやレコードで何度となく聴いてきたものであるにもかかわらず、僕の心に響くことは2003年2月1日までただの1回もなかった。それが、思い切り心のガードを下ろして出向いた初めてのシカゴのライヴで、180度ひっくり返ってしまったのだから。これから "Look Away" を聴く度に僕はこの夜を思い出すだろう。そして世界中でこの曲を支持する人々と同じく、時として歌詞に涙を流し、時として立ち上がる勇気をもらうだろう。オリジナルのアレンジを完全に破壊しつくした裸の Bill Champlin ヴァージョンを、僕は支持したい。 さて、James Pankow のひょうきんさも、Keith Howland の若々しいギターも、Jason Scheff のベースプレイも、Bill Champlin の熟練ぶりも(ついでに言えば "Happy Man" で Lee Loughnane がヴォーカルをとって驚かせてくれたのも)印象的ではあったが、コンサートを見て最も好きになってしまったのは、何を隠そう Robert Lamm だった。バンドリーダーなのだから当然といえば当然なのかもしれないが、彼の存在の抜群の頼もしさと、それを慕う他のメンバーたちの強い絆が、シカゴのコンサートの安定感につながっていることが目に見えるようなステージだったと思う。"Another Rainy Day In New York City" で Robert がステージ中央に出てきてから "Saturday In The Park" 経由でラストに向けて、バンドの一体感が一層増したように感じられた。"Does Anybody Really Know What Time It Is?" でのヴォーカルの冴え具合はまさに絶品で、これまで数え切れないほど演奏し歌ってきたであろう曲に、毎晩新しい命を吹き込んでいる姿に深く感じ入る。そうそう、Robert に関してはショルダーキーボードの構え位置が非常に低かったのと、メンバー紹介コーナーで「〜デス!」と日本語?で滑らかにアナウンスしていたのも印象的だった。セクシーなヴォーカル、要所を締めるキーボード、長身でスリムなスタイル、単純にカッコいい、絵になる男だなあと。Heart of Chicago はここにあったのだなあと。(もっとも本人はブルックリン出身だが) 本編ラストは、"Hard To Say I'm Sorry / Get Away"。これなど<シカゴのコンサートのお約束>の最たるものだろう。つまり、大ヒット曲「素直になれなくて」はあくまでも序曲に過ぎない。コンサート最大の盛り上がりが訪れるのは、メドレーで演奏される「ゲット・アウェイ」の方。会場全体が割れんばかりの手拍子でノリまくるこのインスト曲の存在を知らずに訪れる人がいるかどうかわからないが、万が一いたとしても大丈夫。この日演奏された多くの曲が収録された最新の2枚組ベスト盤 "THE VERY BEST OF CHICAGO: Only The Beginning" にも、ちゃんとメドレーのアルバムバージョンで収録されている。一度聴くとこの前でフェードアウトするのが不自然に感じられるようになるから不思議なものだ。 アンコールは、"Free" で Walter Parazaider の響き渡るフルートソロに酔い、定番中の定番 "25 Or 6 To 4" で締める。後者ではコーラスに合わせて指を2本、5本、1本、4本と順に立てる仕草があるようで、ステージ上で James Pankow がやってみせていたほか、周りの観客も真似していたようだった。あまりにも「お約束」があって全員が一斉に同じ動きをするコンサートは苦手なのだが、なぜかシカゴのこの程度のことにはそれほど嫌悪感を感じなかった。ファンが温かくバンドを応援したいがための表現なのだろう、と自然に思えたというのが正直なところか。ただ、歌い出しの度に Jason Scheff が出遅れていたように聞こえたのは気になった。今回のツアーで唯一引っかかったところがあるとすれば Jason で、それは彼の力量に関することではなく(特にベースは非常に良い演奏だった)、本当に今のシカゴを楽しんでいるのだろうか?という疑問が胸をよぎった点だった。たまたまステージに近い席が取れたものだから、メンバーの表情があまりにも直接見えすぎて、つい余計なことを考えてしまう。Jason が歌う曲で会場が一斉に着席するシーンが多かったが、自分が歌い出した途端に視界にある全観客が席についてしまうのをステージから眺めるというのはどんな気分だろう、と思ってみたりもした。だがすべては僕の余計な気遣いで、取り越し苦労なのだろう。僕はこれまでシカゴの極めて熱心なリスナーであったわけではない。冷静に考えれば、もう Jason だって20年近くこのバンドにいるわけだ。単なる「Peter Cetera の高音パートも歌える代替ベーシスト」に過ぎなければ彼の存在はとっくになくなっているはずだし、僕もそんな風に思っているわけではない。ただ、ステージ上で見せたちょっとした表情に… いや、気のせいだったに違いない。この話はここまでにして、次のスタジオアルバムでも元気のいいベースと、美しいヴォーカルを聴かせてくれるのを待つことにしよう。アンコールは終わり、ステージ中央で一列に並んだシカゴのメンバーたちは、満面の笑みを浮かべて手を振りながら去っていった。 *** シカゴのライヴは、いいんですよ。 彼らの場合、いつも一定のレベルを保ってくれるんですけど、そのレベルというのが非常に高い位置にあるんですよね。 そんな話を前の晩に聞いて、ますます期待しながら観に行ったコンサートだったが、出かけて本当に良かった。すべての偶然は、必然だから。思い立って当日券に並んだこと、たまたま1番に繰り上がったこと、ステージの目の前の席で見ることができたこと、そして何よりこの夜のコンサートにめぐり合えたこと自体に、何らかの意味があったのかもしれない。少なくとも、そんな気持ちになったって罰は当たらないだろう。果たしてあと何回来日公演の機会があるか分からないが、見られるうちに見ておくべきアーティストであることは間違いない。今回見逃した方も、次回は是非。 CHICAGO 2003 Japan Tour Set List Ballet For A Girl In Buchannon Make Me Smile So Much To Say, So Much To Give Anxiety's Moment West Virginia Fantasies Colour My World To Be Free Now More Than Ever You're The Inspiration If You Leave Me Now Hard Habit To Break Old Days Look Away (I've Been) Searchn' So Long Mongonucleosis (Instrumental) Dialogue Prelude (Instrumental) Here In My Heart Happy Man Another Rainy Day In New York City Saturday In The Park Feelin' Stronger Everyday Just You'N Me Beginnings Does Anybody Really Know What Time It Is? I'm A Man Hard To Say I'm Sorry/Get Away -Encore- Free 25 Or 6 To 4 (March, 2003) |