Candy Dulfer @ ブルーノート東京
2003年10月13日、Candy Dulfer のブルーノート東京公演(2ndステージ)を観てきた。 4年ぶりの新作 "RIGHT IN MY SOUL" のツアーだが、今作は「歌」に力を入れたのが特徴だ。これまでもラップ程度のヴォーカルは披露していたが、ほとんどの収録曲で本格的な歌を聴かせるとなると尋常でない。アルバム全体のトーンもこれまでのファンキー路線からややアダルト&クールなクラブサウンドに接近している。自分にとっては初めての生キャンディとなるだけに、期待に多少の不安が入り混じったコンサートになった。 結論から言おう。キャンディ・ダルファーはライヴに限る。 約80分のショウで全8曲。1曲あたり10分近いロングヴァージョンで展開されたステージはやはりファンキーそのものだった。オープニングは Average White Band の全米#1ヒット、"Pick Up The Pieces"。すっかり自分の代表曲にしてしまっているナンバーだが、いきなり派手なソロをぶちかまして満員のブルーノート東京を沸かせてくれる。超ダンサブルなインストだけに早くも場内は手拍子の嵐。バンドのアンサンブルがまた素晴らしい。キーボードの Thomas Bank は公私ともに良きパートナーだし、ギターの Ulco Bed もデビュー前からの長い付き合いだ。この日特に声援を集めていたのはドラマーの Cyril Directie で、時折任されるドラムソロでは小さめのセットを最大限に活用して叩きまくっていた。キャンディのアルバムのドラムは大抵打ち込みで、個人的にはそこが唯一の不満なのだが、ライヴでこうして黒人のリズムセクションが入ると曲の表情が全然変わってくる。前のアルバムのツアーは "LIVE IN AMSTERDAM" としてライヴアルバム化されており、生々しい迫力満点の演奏が聴けるので、興味がおありの向きはぜひ。 2曲目は新作からのシングルカット "Finsbury Park, Cafe 67"。キャンディは曲間にマイクを持ってたっぷりMCを入れてくれる。ジョークも満載で思わず笑ってしまうのだけれど、このステージ慣れ具合はたいしたものだ。若い頃からステージに立っていただけあって、場の盛り上げ方や注目の集め方を実に良く知っている。ライヴ時点ではこの曲は全米のスムーズ・ジャズ・チャートで2位まで上昇していた。「もっともっとエアプレイされて1位になってほしいから、みんな応援してね!」という声に大歓声が上がる。タイトルはロンドンのフィンズベリー・パークから取ったのだろう。軽快で小洒落たインスト・ナンバーで、ライヴで聴いて一発で気に入った。曲の後半では Ulco Bed の火を噴くような凄まじいギターソロが登場する。Ulco のギターはこの夜全体通して非常に光っており、産業ロック的なセンスを感じさせるプレイが随所で聴かれた。なおこの曲は10月後半には全米のスムーズ・ジャズ局で最大のエアプレイを集めてチャートの頂点に立った。日本から遅れること数年、いよいよキャンディは全米を制覇しつつある。 "Freak Out" ですごいサックスソロを聴かせたあとの "What's In Your Head" では「もしよかったらみんな立って踊ってね!」との呼びかけに応えてブルーノート東京がオールスタンディングになってしまう。これらの曲はアルバムではクールさを強調するあまり不完全燃焼の感が強いのだが、ライヴではエネルギー全開のジャズファンクに大変身する。比較するまでもなく、ライヴ版の方が圧倒的に気持ちいい。目の前で小さな身体を折り曲げて力いっぱいアルトサックスをブロウする可愛いキャンディのヴィジュアル分を差し引いても、だ。彼女のサックスにしてもアルバム程度のもんじゃない。もっともっと激しくて、力強くて、グルーヴを感じさせるものだ。彼女の良さはライヴでないと伝えられない。 本編のラストは今や彼女の代名詞になった感のある "Sax-A-Go-Go"。軽く10分を超える長さに引き伸ばされたこの曲で、キャンディはソロを吹きながらステージを降り、そのまま会場の一番後ろを通って場内を一周。通路沿いの席だった僕の目の前50cmくらいのところを通過したキャンディは、思っていたよりずっと小さくて可愛い女性だった。アルトを吹きまくり、時に腰を振って笑顔いっぱいでダンスしつつ再びステージに戻った彼女は完全に全観客の心を鷲掴みにしていた。アンコールで出てきた彼女は「偉大なサックス・プレイヤー、ジョン・コルトレーンの曲をやります」と言って "Impressions" を吹き始めたが、コルトレーンらしさを感じさせたのは冒頭の1分程度までで、途中からは急速にキャンディ・ダルファー印のダンサブルなファンクにアレンジされ、これまた大盛り上がり大会になってしまった。ここまで徹底して楽しませてくれるとさすがという他ない。 *** ひょっとしてヴォーカル曲ばかりになるのでは…という心配は杞憂に終わった。ハスキーな中音の喉を聴かせてくれたのは全体の4割弱くらいだろうか。だがヴォーカルパートがある曲でも歌い終わるとすぐにサックスに切り替わり、観ている方が熱くなるようなパワフルなブロウを聴かせてくれるので、少しも歌モノ過多という印象はない。むしろ北米市場でのエアプレイ獲得を目指したポジティヴな変化と言えるだろう。これまでのところプラスに作用しているし、1ヵ所に留まらず常に前進しようとする彼女らしさも感じる。僕とほぼ同い年のキャンディ、ますます応援していきたいと思う。最後にブルーノート東京という会場について一言。珍しく一月に2回も出かけてしまったが、別に極端に好きな会場というわけではない。個人的にはステージ前のテーブル席は苦手だ。ステージに対して正対していないし、二人連れで行くと向かい合わせにされる。両隣が他人という状況で食事をしながらライヴを観るのは決して望ましい環境ではない。ベストと思われる位置は一段上がった後ろの通路沿いの席で、ステージほぼ正面から全体を見渡せる上に、出口のレジもすぐそばだ。だがブルーノートに関する最大の問題は喫煙が許されていることだろう。禁煙席もあるが席の位置が悪く、オープンスペースで空気が流れてくるので何の意味もない。演奏時間の割に高めのチケット料金であることが多いが、この種のジャズクラブが寡占に近い状態にある限り仕方ないことかもしれない。もう少し気軽に楽しめる会場があると良いのだけれど。 <セットリスト> Pick Up The Pieces Finsbury Park, Cafe 67 Freak Out What's In Your Head Let Me Show You Lost and Gone Sax-A-Go-Go -ENCORE- Impressions (November, 2003) |