オーディオはさだめ、さだめは死



 音楽を聴くことを趣味とする者にとって、オーディオ装置は重要な意味を持ちます。僕とオーディオの関わりについて、少しだけ書いてみることにしましょ う。最初にお断りしておきますと、他のテキストと同様、これは僕自身の極端なスタンスに基づくごく個人的な考え方を記したものです。オーディオに命を捧げ ていらっしゃる人の中には異なる意見をお持ちのお方もいらっしゃることでしょうが、どうか軽く読み流していただければ幸いです。

【目次】
1. 「良い音」への憧れ
2. Audioslave?
3. チープ&ローファイなオーディオごっこ
 (1) 「馬子CDにも衣装」〜低音+大音量は七難隠す
 (2) 「スピーカーを捨てよ、町へ出よう」〜可動型リスニングルームという発想
 (3) 「快感発生装置」〜めくるめくヘッドホン音響の誘惑
4. オーディオ論の果てに




1. 「良い音」への憧れ

 僕のオーディオ原体験は、1980年前後、田舎にあった叔父さんの広い部屋に遡ります。彼は兄である僕の父親とは全く異なる性格及び趣味の持ち主で、当 時は充実したシングルライフを送っていました。フィットネスに凝り、自ら美味しい料理を作り、最新の映画をたくさん観ており、読書家で、さらにはたくさん のレコードを所有していました。当然、彼の部屋には充実したオーディオシステムが構築されていた訳です。これは余談ですが、今にして思えば僕は無意識のう ちに彼のライフスタイルを追いかけているような気がする。そんな叔父さんも、数年後には結婚して2人の子持ちとなってしまい、上記のような「理想的な」シ ングルライフを続けることはできなかったのですけれど。

 さて、叔父さんに可愛がられた僕は、しばしば彼の部屋で音楽を聴かせてもらっていました。オープンリールのデッキに録音されたイーグルスのライヴ音源 や、アナログ盤のレコードから暖かく流れ出すスティーリー・ダンの "AJA"。モダン・ジャズのレコードがずらりと壁を飾る、きちんと 片付けられた広大な部屋で、小型冷蔵庫ほどもありそうなJBLの スピーカーから吐き出される巨大な音の塊を僕は身体全体で受け止めていたのです。カセットデッキ、チューナー、アンプといった機器はもちろんセパレートで 組まれており、当時最も良いと言われていたメーカーのものが揃えられていたようでした。この部屋で聴かせてもらったAORやフュージョンのサウンドが、僕 の根っこにあることは間違いありません。叔父はまたドライブも好きでした。何事も先取りするのが得意だった彼は、ずっと後に流行することになるワンボック スカーを当時から乗り回していました。僕ら兄妹弟3人は、叔父の車でどこかに連れて行ってもらえるのが何より楽しみだったものです。そしてもちろん、カー ステレオも素晴らしい音で鳴っていました。スピーカーその他、自作部分がかなり多かったように記憶しますが、大音量で流れていたドナルド・フェイゲンの "THE NIGHTFLY" のイメージは何年経っても褪せることがありません。

 1983年、中学生になって洋楽に目覚めた僕に、叔父はいろいろと手助けしてくれました。「それじゃお古だけど、アナログプレイヤーとアンプとスピー カーをあげよう」とすぐに僕の部屋に持ってきてくれ、自作のオーディオラックにセットしてくれました。これらと、親にねだって買ってもらったダブルカセッ トのラジカセを接続したものが僕の初めてのオーディオシステムでした。アンプのボリュームつまみは小音量ではガリガリ言っていたけれど、全体としては暖か い音を鳴らしてくれましたっけ。

 FM fan や週刊FMといった雑誌類を買ってFM番組のエアチェックにも凝りました。昔はアルバムのほとんど全曲をかけてくれる便利な番組が多かったものです。学校 が終わると走って帰ってきてラジカセの電源を入れ、番組表の曲目を眺めながらカセットの録音ボタンを押すのが日課のようになっていました。エアチェック用 には奮発して少し高めのハイポジションのテープを用意し、録音したテープをダブルデッキで編集してオリジナルテープを作ったりね。レコードはあまり買えな かったので、「友&愛」などのレンタルレコード(死語?)で借りてきたものを大切にテープに落として、何度も何度も聴き込んだものです。サウンドレコパル などの初心者オーディオ雑誌を読んで、細かいテクニックも試してみたりしていました。たとえばアナログレコードのレーベル面に重しを載せるスタビライザー とか、レコード面に吹き付ける盤面保護&静電気防止スプレーとか、カセットデッキの帯磁除去とか。MD時代の今の子たちにはわからないかもしれないけれ ど、たとえばカセットデッキのヘッドやピンチローラーの部分は非常に汚れやすいものです。音質劣化の元凶なので、綿棒とクリーニング液でのお掃除はまさに 日課のようなものでした。

 思えば、この頃からしばしば電気屋さんを回っては、オーディオコーナーで時間をつぶすようになっていました。オーディオ売り場には独特の機械の匂いがあ ります。あの匂いに包まれて、到底自分では買うことのできないスピーカーの前で音に耳を澄ますのが好きでした。また、カタログを集めては、部屋で音楽を聴 きながら何時間も眺めていたりしたものです。自分が当時使っているシステムはあり合わせのものだという認識が強くあったので、より良い音で音楽を聴きたい という思いや高級オーディオへの憧れは人一倍強かったように思います。


2. Audioslave?

 それではその後、僕はオーディオ志向を究めてマニアへの道を歩んだか? 
 答えは明確にノーです。僕は音響の奴隷にはならなかった。なぜでしょう。

 大好きな音楽をできるだけ「良い音」で聴きたい。

 オーディオ趣味の目標を要約すると、この1行に尽きます。ところが問題なのは「良い音」という概念の定義が困難だということです。不可能といってもい い。はっきり言えば、100人いれば100通りの「良い音」が存在する。音に関する趣味はこれほど個人差が大きいのです。そのことに気づいた瞬間に、ハー ドウェアへの投資の優先順位は一気に下がりました。巷に溢れる膨大な種類のオーディオ、そこから得られる膨大な種類の「音」をひとつひとつ試しながら自分 だけの「良い音」再生装置を探す旅に出るには、僕の予算も人生の残り時間も圧倒的に足りない。まさしく「オーディオはさだめ、さだめは死」なのです。

 高級なオーディオ機器を揃えるだけなら不可能とはいえないでしょう。しかし、それを本当に「良い音」で鳴らすためには豪華な「箱」が必要です。最上級の ステレオセットを6畳一間の借家に構築して、小さな音量でジャズやクラシックを聴くような生活は何かが根本的に間違っているような気がする。最低でもオー ディオ用の個室、できれば防音されたリスニング専用の地下室みたいなものを設けるのが理想なのですが、こうなってくるとちょっと「趣味」としての音楽の範 疇を逸脱して、金持ちの道楽になってしまう。少なくとも僕の考えるお気軽な趣味としての音楽リスニングはそういうものではないのです。

 そんな諸般の事情を鑑みて、限られた財源の使途を考えるにあたり、僕はハードウェアに大金を投じるよりも、ソフトウェアをたくさん揃える道を選びまし た。学生時代はお金はありませんが時間ならたくさんあります。どちらを取るかと言われれば、止むを得ない選択だったのではないか。ティーンの終わりから 20代前半にかけて、できるだけたくさんの音楽に触れるために思い切って投資したのは間違いではなかったと思っています。投資したといっても、新譜を買う お金はなかったので、ほとんど全てのCDは中古屋さんで買いました。中古屋さんめぐりはとても楽しい遊びで、語りだすときりがないのですが、これについて は別の機会に譲ることにしましょう。

 かつて所有したもののうちで、多少なりともまともな音で鳴るオーディオだったのは、96年春にロンドンから帰ってきてから2000年春に転職して引っ越 すまで使用した、ONKYOのミニコンポ 「INTEC」シリーズでした。アンプ、CDプレイヤー、カセットデッキともに基本的にバラ売り仕様で、それぞれ高級感溢れる造りこみがなされていまし た。またD-052というスピーカーは、小型ながらも中音から低音域にかけて、非常に厚みのあるまろやかな音を再生してくれました。特に違いが大きかった のはヴォーカルもので、それまでのチープなコンポやCDラジカセの類が高音と低音を不自然に強調したいわゆるドンシャリ型だったのに比べ、ふっくらした 「声」の像が目の前に形を伴って立ち現れるようなリアルさがありました。スピーカーケーブルをモンスターケーブルに替えてみたり、コンクリートブロックの 上に10円玉を三角形に置いて、その上にスピーカーをセッティングしてみたりといろいろ試してみた時期でもありました。

 しかしそれも、わずか5畳程度しかない会社の寮の一室でのこと。周囲の部屋への迷惑が気になって大きな音で鳴らすことができず、「ちまちましたオーディ オ遊びならやらない方がマシだ」という極端な結論に達して、転居の際にオーディオユニオンに下取りに出してしまいました。今思えば極端すぎる考えだったと思います。僕はいつだって そんな極端な判断に基づいて人生の選択をしてきたし、結果は見てのとおり大切な人やものを失ってばかりの失敗の連続。この時の決断もある種の貧者のひがみ に過ぎないわけですが、いずれにせよ僕は高級オーディオ志向を捨て、2000年4月から新しい部屋で思い切ったシンプルライフに突入しました。


3. チープ&ローファイな「オーディオごっこ」

 それでは高級オーディオがなければ音楽は楽しめないのか?
 これも答えは明確にノーです。そんなことはありません。貧者には貧者なりのチープシックなオーディオの遊び方があると思うのです。そこで、現在使用して いるハードウェアを中心に、僕なりの音楽のローファイな楽しみ方について書いてみたいと思います。

 キーワードは3つ。「低音+大音量」「ポータブルオーディオ」「ヘッドホン」です。

(1)「馬子CDにも衣装」〜低音+大音量は七難隠す

 僕の現在のメイン機種はSONYのZS-M35というパーソナルミニディスクシステム(99年発売)です。

 よくあるCD/MD/チューナー/スピーカーが一体になった小型システムですね。要するにセパレート型コンポへの反動として、極端にミニマルでチープな 仕様に走ったわけです。購入時にはKENWOODのRAMPAGEという同種モデルとずいぶん迷ったのですが、最終的にはMD周りの仕様でSONYに決定 しました。具体的にいえば、ミニディスクは基本的にSONYが開発したオーディオ規格であり、データ圧縮方法であるATRACの信頼性を考えるとSONY 機器で録音・再生するのがもっとも安心できること、そして本体とリモコンの両方にテンキーが付いていてMDの曲目入力が楽そうであったことの2点。単純に 筐体の頑丈さとスピーカーの良さだけを比較すれば明らかにKENWOODが優れていたのに、敢えてSONYのこのマシンを選択したことからも、当時の僕が MDに大きく依存した音楽生活を送ろうとしていたことがわかります。

 世の中にはMDを「データ圧縮メディアであり、原音に忠実でない」として非難する方がいらっしゃいます。まさしくそのとおりではありますが、では一体 「原音」とは何でしょうか。CDだって周波数サンプリングと非可聴音域の切り捨てを行っています。アナログレコードは暖かい音を鳴らしますが、これだって カッティングによっていくらでも音が変わります。それでは語義に忠実に、録音が行われた現場のスタジオなりコンサート会場で一度だけ鳴らされた、オリジナ ルの音のことでしょうか。その場に立ち会わなかった人に向かってそんな「原音」論を振りかざしてみても無意味です。そもそも、その場に立ち会えないからこ そ録音メディアが必要なのです。のみならず、打ち込みでデジタルなトラックが量産される今日この頃では、もはや概念的な「原音」が存在していない可能性す らあります。

 こだわるお方は別ですが、MDLPモードで2倍・4倍録音をしない限り、僕個人はMDのサウンドは「耐えられる」レベルだと思っています。十分満足でき るとか、積極的に好きだとは言いませんが、耐えられる。なぜそうかと言えば、データ圧縮による音質劣化のデメリットをを上回るメリット、すなわち圧倒的な 編集可能性があるからです。実は僕自身はカセットテープを愛用していた時代が長くて、A面・B面の区別やきっちり時間を計算して収録していく作業に今でも 相当の思い入れがあります。ニック・ホーンビィの小説「ハイ・フィデリティ」を偏愛するのは、オリジナルテープ作りへの郷愁という側面も大きい。それでも 一旦MDを利用し始めるともうカセットには戻れなかった。それくらいに画期的なメディアでした。適当にどんどん録音していって、後でじっくり曲順を並べ替 える。要らない曲は躊躇なく消し、その分空き時間に追加録音する。出来上がったディスクに曲名データを入力する。などなど、これだけ遊べて、なおかつこれ だけ小さく携帯性に優れたメディアであるならば、遊んだ者勝ちだと思っているわけです。

 さて本題に入ります。クラブ遊びをする人や、ジャズ喫茶に通うようなお方なら、きっとそこでかかっていた音楽に感動して、つい衝動買いして帰ったことが おありだと思います。あるいは大型CDショップの試聴機でもいい。1曲ずつ聴いてみるうちにめちゃくちゃ素晴らしいCDに思えて、そのままレジに直行して 「お持ち帰り」になった経験がおありでしょう。ところが家で聴いてみるとたいしたことないということがあります。いや、そういうことは非常に多い。これに は明白な理由があります。外で聴いた音楽は、ほぼ例外なく低音がたっぷり出るシステムで、しかも大音量でかかっていたということ、さらには高級なスピー カーやヘッドホンを通して聴いた音だということです。「低音+大音量」。これこそが危険なキーワードです。要するに低音をたっぷり利かせて大音量でかける と、大抵の音楽は評価が2段階くらい甘くなってしまう。しかもタチが悪いことにダサい音楽ほど改善効果が大きい。「馬子CDにも衣装」とはこの現象を指す フレーズで、僕らはCDショップやクラブで大音量でかかっているダメCDをまんまと掴まされる可能性が極めて高いといえます。

 とはいえ、これを逆手に取れば、家で聴くときも「低音+大音量」を実現すればよい、ということになりますね。実際のところこの2点をクリアできれば、 ハードウェア自体はある程度低レベルでもそれなりに聴ける音になります。ちなみに僕は、防音性を最大のポイントにして部屋探しを行いました。現在住んでい る賃貸マンションは、両壁とも相当がっちりした鉄筋コンクリートで、周囲の部屋からの音漏れがほとんどありません。このような部屋であれば、ZS-M35 のような小型のシステムでも、音質調整機能で低音部を補正し、かつ一定以上の音量に上げると、筐体のボックス構造によってそれなりにブーストされた低音を 鳴らすことが可能です。試してみてください。思っていたよりいい音で鳴るでしょう? CDラジカセのようなシステムはある程度以上にボリュームを上げて初めて多少まともな音に近づく、そんなものだと割り切って鳴らさねばならない。そうすれ ば、掴まされたダメCDを家で聴いても「失敗した!」と地団太踏んで悔しがるような事態は減るでしょう。しかし、そこまでしてダメCDを可愛がる必要があ るのか? むしろダメCDはダメだとはっきりわかった方がいいのではないか?という根本的なツッコミはなしの方向で… なお、部屋の壁が薄くて大きな音を出せないお 方の問題解決方法はまた後ほどお話します。

 さらに、僕のZS-M35は部屋にあるアルミシェルフの最上段、床から160cmくらいのところに置いてあり、しかも本体後方下部に物を挟んでかなり前 傾させたセッティングにしてあります。したがって、音は部屋の天井付近からやや下向きに降ってくるような形になります。バーやカフェなどではよく天井に小 さなBOSEのスピーカーが取り付けてあって、上から柔らかくBGMが流れてくるようになっていますよね。あの感覚を自分の部屋でも真似したかったので す。回転台の上に置いてありますから、本体の向きを変えるのも簡単。たとえば読書用の机と就寝用のベッドは位置が離れていますが、それぞれの方向にスピー カーを正対させることができます。これは大型のシステムコンポでは実現が難しい点でしょう。スピーカーを動かすことができないので、理想的なリスニングポ イントはかなり限定されてしまうからです。

 ちなみに、僕の一番好きなリスニングポジションは、部屋の隅に置いてある愛用の無印良品リラックスチェアです。これが両スピーカーの中心軸上に来るよう にZS-35を正対させて、理想的リスニングポイントを作ります。そして夜であれば照明を消して真っ暗にし、上から降ってくる大音量のサウンドに身を任せ るのがお気に入り。録音の良いライヴ盤などをかけながら缶ビールなど飲んでいると、部屋全体が音に包まれ、さながらコンサート会場にいるような気分になれ ます。「明かりを消す」というのは単純ながらかなり有効なテクニック。人は視覚を遮断されると、それ以外の聴覚や触覚などがとても敏感になります。そう、 あれだ。目隠ししてエッチすると興奮するのと同じ理屈。鋭敏になった耳が格段に多くの音情報を捕捉し、音楽の世界に入り込むことができるのです。それまで 表面だけを聞き流していたCDに、こんなにたくさん音が入っていたのか、と新しい発見があること請け合い。いつもというわけにはいかないかもしれません が、大好きなアーティストの新譜を開封して初めて聴くときなど、集中して音楽に向かい合いたい時に試してみる価値はあるでしょう。

 …いやいや、試すのは目隠しエッチじゃなくて。


(2)「スピーカーを捨てよ、町へ出よう」〜可動型リスニングルームという発想

 音楽は常に部屋でスピーカーに向かい合って聴かねばならないものか?

 これも答えはノーでしょう。断定形でないのは、部屋で聴く方が音響的に優れているのは間違いないからです。ある人が喝破したとおり「音楽は自分の部屋に 帰って聴くのが一番いい(ただしライヴは例外)」というのが正解です。ですがしかし、ある種の音楽は外に連れ出してあげた方が有効に機能する場合がある。 たとえば、いわゆる産業ロックやAORといった音楽をカーステレオで聴いてみましょう。もう大変です。効果200%アップ(当社比)です。車という密閉空 間、後ろに流れ去る景色、助手席の女の子といった諸条件があたかも当初から想定されていたかのようです。女の子の表情も徐々にリラックスし、会話が弾んだ 挙げ句、往々にしてドライヴの行き先が沿道のホテルに変更されてしまったりします。

 まあそこまで劇的な展開をもたらすかどうかはともかく、要するに部屋でステレオに向かい合って聴くより、多少音響を犠牲にしてでも、外で聴くことによっ て面白い効果を挙げる音楽があるというのがポイント。しかも「チープ&ローファイ」がキーワードですから、車なんてありえない。そう、あるのは僕らの脚だ け。歩きながら、ポータブルオーディオで音楽を聴こうというのです。これもいろいろ試してみる価値があります。歩くリズムとスピードにぴったりくる音楽と いうのがきっとある。人によってはエレクトロポップだったり、LAメタルだったりすることでしょう。UKギターロックかもしれないし、70年代ディスコか もしれない。個人的なお勧めは、殺伐とした西新宿高層ビル街のBGMとして聴くメガデスの "COUNTDOWN TO EXTINCTION" や、近所の公園でのんびり聴くブラーの "PARKLIFE" だったりしますけど。とにかく部屋から音楽を連れ出すこと。すると聴き慣れた音楽も新鮮に聴けるし、見慣れた風景も新しく感じるし、何より歩くこと自体が 楽しくなってきます。「今日はどの音楽を連れて行こうかな?」と選ぶ時間もまた楽しいものですよ。

 音楽を外に連れ出すといっても、リスニングに適した場面とそうでない場面がありますね。たとえば電車内では振動音の影響を大きく受けますから音響的には 非常に厳しいし、それにつられてボリュームが大きくなりがち。シャカシャカした音漏れが周囲の乗客に迷惑をかけてしまいます。ちなみに僕個人は、電車の中 でポータブルオーディオを聴くことはほとんどありません。基本的には静かな道を歩いている時だけ音を流し、電車内では音楽を止めて本や新聞を読んでいま す。この場合、ヘッドホンが軽い耳栓の代わりになって集中できるという副次的効果もありますね。満員の通勤電車を利用する方、特に身長の低い女の子などは 本を取り出すことも難しくて、音楽を聴くくらいしかすることがないというお方もいらっしゃるかもしれません。ただ、電車リスニングは自分の耳にも悪い影響 を与えますから注意が必要です。難聴は徐々に進行し、しかも回復が難しいので、どうしても聴くときには高音部分を絞ったマイルドな音にするなどの工夫が必 要でしょう。都市生活者にとっての隠れたリスニングポイントはホテルのロビーだったりします。大きな街を歩いているとあちこちにホテルがあるものですが、 その位置を頭に入れておいて、歩き疲れた時や、CDをたくさん買い込んだ時などに立ち寄ってみましょう。ホテルのクラスにもよりますが、比較的静かな空間 と柔らかいソファなどがあることと思います。ポータブルオーディオがありさえすれば、そこは一気に貴方のための臨時リスニングルームに変身。そんな自分に とっての隠れ家的スポットをいくつか確保しておくことは、ポータブルオーディオを連れての街歩きをぐっと楽しいものにしてくれます。

 さて、ポータブルオーディオにはさまざまな種類があります。僕もひと通り使ってきました。オリジナルテープを作るのが好きだった頃は、ポータブルカセッ トプレイヤー(いわゆるウォークマン)を愛用していました。カセットテープメディアはA面とB面が明確に分かれているので、編集作業にも自然と力が入りま す。A面の最後に大曲っぽいバラードを持ってきたり、B面の最初には元気のいいロックナンバーを入れてみたり。以下にテープの時間ぴったりに収めきるか、 に命を懸けて計算しまくっていたあの頃が懐かしいですね。ポータブルCDプレイヤーは89年頃から Panasonic のものを使っていました。CDを外に連れ出すのは当時の夢でしたが、今から思えば音飛びも多かったし、音質的にも決して満足のいくものではなかったです ね。

 昨今の主流はポータブルMDプレイヤーでしょう。僕自身がポータブルMDを買ったのは結構遅くて97年頃、SONYの録再機でした。当時は小型化が劇的 に進行する過渡期にあって、サイズ的にはカセットウォークマンよりはひと回り小さいかなという程度(今よりずっと大きい)、音質もやや硬めで低音が弱い印 象を受けましたが、それでも充実した編集機能やジョグダイヤルによる操作を楽しんでいました。2000年春の引越し時に処分して以来、しばらくポータブル オーディオなしのシンプルライフを送りましたが、今年の2月に思い立って再びポータブルMDを購入することにしました。ミニディスクに関してはSONYと SHARP(及びそのOEM)という2大巨頭が存在しており、音響的にはこのいずれかを選択すべきなのが構造上明らかなところですが、ちょっと面白がって 別のものを買ってみました。Victor の XM-ZX3 です。

 選択した理由は極めてシンプル、「充電池の持ちがいいから」。何が苦手って、ポータブルオーディオの電池が切れそうなのを心配しながら聴くことほど精神 衛生上良くないことはありません。そこへいくとこの機種は、付属充電池+単3アルカリ乾電池でLP4なら225時間、僕は付属充電池のみ・SP(標準) モードでの利用ですがそれでも48時間持つという驚異的なスタミナを誇ります。事実上、ほとんど充電する必要がない。実際に通勤時に使ってみた印象では、 1ヶ月以上充電なしで毎日使えています。果たして48時間も持つ必要性があるかどうかについては議論の余地がありますが、いずれにせよ助かっています。省 電力設計なので出力は3mW+3mWと低め。他社の同等機種では5mW+5mWが主流なので、消費電力をケチった分どうしても音質的には聴き劣りするはず ですが、実用上はほとんど問題がありません。というのは、サウンド調節機能があって低音・高音をそれぞれ4段階動かせるので、かなり狙ったとおりの音が出 せるからです。

 省電力が問題なのはむしろリモコン。今や主流となったスティック型のリモコンで、ボタンの配置や使い勝手は、はっきり言うとソニーの「クルクルピッピ」 型に遠く及びません。残念ながら。上部にいろいろ集中してしまっているものだから、1曲送ろうと思ったのに停止ボタンを押してしまったり、ボリュームを上 げようとしたのに次の曲に行ってしまったりということがよく起こります。これはまあやむを得ません。スティック型リモコンについてはソニーに一日の長があ る。ですがこの機種のリモコンが真に特徴的なのは、省電力設計を極めた結果、5分後になんと「寝て」しまうということです。最後のボタン操作からしばらく するとリモコンの液晶表示が消えて電力消費を抑えます。曲タイトルどころか、何曲目なのかすら分からなくなる。この時点ではいずれかのボタンを押すと復活 しますが、最後の操作から5分を経過すると完全に「寝て」しまって、ボタン操作に対するロックがかかってしまうのです。音量を上げようとしてもボリューム ボタンに一切反応しない。MDを止めようと思ってもウンともスンとも言わない。再生/一時停止ボタンを一回押すとようやく「目を覚まし」ます。それから別 のボタンを押して停止するなり、ボリュームをいじるなりしなくてはならないという二重構造。気の短い人には耐え難い仕様かもしれませんが、個人的にはむし ろ面白がってます。「おいおいVictor、そこまでやるか!」と。たかが省電力、されど省電力。「標準モード48時間連続再生」という営業上の命題のた め、身を削る思いで設計した技術者たちの工夫を気にかけてあげるのがユーザとしての正しい楽しみ方というもの。

 再生音質については、比較的低音も出ていますし、それなりに聴ける音だと思います。外歩きをしながら聴くものであることを考えれば、ポータブルMDに高 音質を求めることにはあまり意味がない。そう割り切って演奏時間の長さで機種を選択したので基本的には満足しています。しかし、何か足りない、もうひと押 し何かが欲しいというお方もいらっしゃることでしょう。簡単に言えば、ポータブルMDに付属しているインナーイヤーヘッドホンが鳴らせる音には明らかな限 界がある。そこで、いよいよ3つめのキーワードに移ります。


(3)「快感発生装置」〜めくるめくヘッドホン音響の誘惑

 さてと、これまでのテキストの中での積み残しは何だったかな?

 いくつかありますね。まず、巨大なスピーカーシステムが発する音は素晴らしいが、「良い音」の追求には終わりがなく、膨大な経済的負担が必要であるこ と。次に、貧弱なステレオでも「大音量+重低音」の法則によりある程度聴けるようになるが、そのためには防音性の高い部屋に住んでいる必要があること。そ して、ポータブルオーディオに付属しているヘッドホンはいい加減なものであること。

 これら諸問題への有効な対応策が、ヘッドホンの購入/買い替えです。比較的安価な投資でめくるめく音響世界を堪能できるヘッドホン遊びは、一度ハマると 容易に抜け出せなくなるほどの危険な魅力に溢れています。専用のリスニングルームは不要、スピーカーで大音量を鳴らせない部屋でも安心。スピーカーやアン プと違って何十万円も投資する必要はありません。ひとつずつ明らかに異なる音場を、プラグの抜き差しだけで再現することが可能という、ある意味究極のオー ディオ体験ができるとも言えます。

 特に、ヘッドホンで聴いていて音がびしっと左右の然るべき位置に定位してくれたときの気持ちの良さは、言葉で表現しがたいほどの快感です。右前方45度 のピアノと左前方30度のサックスとか、目の前に楽器の位置が浮かび上がるようなミックスがなされている音源を聴いていると、本当に没入してしまって ちょっとアブナイ状態になっちゃうくらいです。ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズなどは「ホロフォニック録音」を試みていました。単なる左右のス テレオ感に飽き足らず、上下前後に音が動き回るような立体音響仕掛けになっており、ヘッドホンリスニングだと面白さが倍増します。このように録音やミック スダウンといった作業の重要性がわかってくると、アルバムのエンジニアクレジットを読むのも楽しくなってきますね。

 もっとも、ヘッドホンを楽しむにあたっては次の3点を十分に理解しておく必要があります。

★その1:スピーカーの音と直接比較することはできない。
 同じ「音を聴く」ための装置なのですが、これらは全く異なる存在です。耳の近くで鳴らし、鼓膜に直接音を届けるヘッドホンと、部屋全体の空気を振動させ て音響を伝えるスピーカーとでは、やっていることが全然違う。どちらが良いというのではありません。途中に遮るものがなく、澄んだ音を直接耳に送り込める ヘッドホンと、巨大なウーファーで「腹に響く」重低音を鳴らせる大迫力のスピーカーを比べることは不可能だといっているのです。ピンク・フロイドとキン グ・クリムゾンを比べて、どちらがより優れているか議論するようなものです。(それは議論可能だ!と暴れだすプログレ者たちは あっちに置いといて)

★その2:他人のレビューは当てにならない。
 スピーカーも他のオーディオ機器も同じことですが、ヘッドホンの音から受ける印象の個人差は特に顕著です。音だけでなく耳や頭へのフィッティングによっ ても大きく左右されますので、可能であれば実際に装着してみて試聴するのが望ましい。本格的なオーディオショップなら試聴できると思いますが、量販店にお いても、例えば新宿西口のヨドバシカメラマルチメディアなどで多くの機種が試聴できます。ここはヘッドホン好きにとっての「聖地」のようなところで、国 産・輸入含めかなりの機種が揃っている上に、ディスプレイされたヘッドホンの多くがプラグにつながれ、それぞれに試聴用の音楽も流れています。店内が騒が しいので集中して聴くのは簡単ではありませんが、到底購入できないであろう高級なヘッドホンのかけ心地を体験できるだけでも貴重なスペースだと言えます。 一度は足を運ぶ価値があるでしょう。

★その3:エージングは必須。
 これも他のオーディオ機器と同様なのですが、買ってきてプレイヤーにすぐつないでも、ヘッドホンは十分な音を鳴らすことができません。しばらくの間は 「ならし運転」をして音を流しっぱなしにしてやる必要があり、これを「エージング」と呼んでいます。例えば当初こもり気味の音だったものが、次第に霞が取 れてクリアなサウンドに変わっていったり、高音がキンキンして聴きづらかったものがまろやかでゴージャスな音に変化していったりします。特に決まった方法 はないようなので、自分はプレイヤーに普段聴くCDを入れて多少大きめの音量で何時間かリピート再生させています。機種により数時間で効果が現れるものも あれば、何十時間も利用していくうちに次第に雰囲気が変わってくるものまでさまざま。買ってきてすぐに「音が悪い」と投げ出さず、根気良くいろいろなアル バムを聴きながら「ならし運転」をしていきましょう。

 さてさて、それではヘッドホンのタイプごとにいくつかレビューしてみましょう。

【インナーイヤー型】
 ポータブルオーディオで音楽を聴く場合にもっともポピュラーなのがインナーイヤー型のヘッドホンでしょう。最も鼓膜に近い場所で音を鳴らせるという意味 で究極のオーディオリスニングかもしれません。小さい音・電圧で駆動することから歪みも発生しにくく、ハウジングのビリつきも極小と言われています。欠点 はどうしても「頭の中」で音が鳴ってしまうことですが、何といってもコンパクトですし、ポータブルオーディオ機器を購入するとほぼ必ず付属しているので、 そのまま利用している人も多いことと思います。「こんなもの、音に違いなんてあるの?」と思った貴方、まだまだ甘い。これこそまさに危ない世界への入り口 なのです。

 といっても、僕自身はインナーイヤー型にさほど思い入れはありません。このタイプの最高級機としてしばしば紹介されるSONYのMDR-888についても、実際に購入したことはありません。下位機種のMDR-838とMDR-868は利 用したことがあって、明らかに解像度や高音の抜けが違うことを体験していますので、888の評判の良さについても想像は可能です。しかし、8,000円と いう希望小売価格は自分の考える「チープでローファイなオーディオごっこ」にはあまりにも高価過ぎる。8,000円あれば他の機種を3つか4つ買って比較 してみたい、と思うあたりが僕のオーディオ遊びの限界でもあります。遮音性の低さと耳からの抜けやすさもまたインナーイヤー型が苦手な理由です。車の多い 通りを歩いたり電車に乗ったりする時には、周りの音がうるさすぎてプレイヤーを止めてしまいます。また首の後ろに回したコードが引っ張られて耳から抜けた りするのも非常に気になります。

 これらの不満点をほぼ解消するアイテムを最近購入したので紹介しておきましょう。

SONY MDR-EX51
 これは「カナル(耳栓)型」と呼ばれるタイプで、耳穴の中に押し込むようにして装着するものです。シリコンイヤーピースが耳穴にフィットし、高い密閉性 を誇ります。そのため、外界の音が相当程度遮断されます。具体的に言えば、電車の中でも普通に音楽を楽しむことができますし(周囲への音漏れもほとんどな し)、大音量で聴きながら道を歩くと車の接近に気づかなくて危ないくらい。さすがにポータブルオーディオでは一日の長があるSONYだけあって、イヤー ピースの完成度や、高音から低音まで良く鳴らす小型ドライバーユニットには感心します。中音域はやや弱いのですが、少しだけボリュームを上げてやると全体 的なバランスが改善します。実売3,000円程度の割には音の解像度も高く、電車や飛行機などで移動する時間が長いお方にはとりあえずお勧めできます。耳 からすっぽ抜けることもほとんどなくなりました。

 この他、カナル型としては米国KOSS社の「The Plug」が非常に有名です。これは2ちゃんねるのヘッドホンスレッドで賛否両論を巻き起こした商品 ですが、簡単に言うと上記のSONY製品のイヤーピース部分がいわゆる「科学の耳栓イヤーウィスパー」状態になっているもの。これを指で押しつぶして耳の 奥に入れると、中で膨らんで本当に完全密閉されてしまうという代物です。しかもその音質ときたら大変な低音過多で、最初は100人中100人がププッと吹 き出してしまうほど物凄い低音がぶおんぶおん鳴るようです。ところが逆に、実売2,000円以下のヘッドホンでこれだけ低音が出るのは面白いと話題にな り、電車内で聴くなら The Plug に限る!と絶賛する人が出現したり、装着感に難のあるイヤーピース部分の改造法が紹介されたりと大変なことになっています。

 もうひとつだけ有名な商品を紹介しておくと、ドイツのゼンハイザー社のMX500。自分は所有したことがないので詳しくは別のサイトに譲るとして、インナーイヤータイプとしては圧 倒的なコストパフォーマンスを誇る製品とされています。低〜高音まで非常にダイナミックに音を鳴らし、左右への広がりやヴォーカルの再生音についても、実 売価格2,500円程度とは信じられないほどのクオリティとのことですが、遮音性はほとんどないので電車内等でのリスニングには不適でしょう。この製品も 上記の The Plug もヨドバシカメラ新宿西口マルチメディア館などで取り扱っていますので、興味のある向きはぜひご自分で確かめてみてください。ちなみに僕は、コードを首の 後ろに回せるネックチェーン型が好きなので、Y字コードになっているこれら2機種を購入する予定はあまりありません(半田付けとか得意なら自作も可能です けど)。ついでにいうとゼンハイザーMX500にはコードの途中に小さなボリュームコントローラーが付いているのですが、自分にとっては必要がない上に、 コードも長すぎるようです。

【耳掛け型】
 という呼称が適切なのかどうかわかりませんが、要するに耳の外側に引っ掛けるように着用するタイプです。これは6〜7年前から非常にポピュラーになり、 今では多くのメーカーが似たような商品を多数発売していますが、装着感と音質の良さを高いレベルで両立しているものは少ないように思います。ヨドバシ店頭 でいろいろ試してみましたが、結局のところ、僕は次の製品を大切に使い続けています。

○ SONY MDR-G62(自分のものは黒色。色違いのG61はこちら(G61/62ともに販売終了))
 第1号機はMDR-G51という型番だったように思いますが、いずれにせよその斬新なデザインが圧倒的な支持を集めたSONYのヘッドホンです。確か当 時は中田やカズなどJリーグの選手もよく使用していたんじゃなかったかな。インナーイヤー型は耳が疲れる、オーバーヘッド型では髪型が崩れる(あるいは ヘッドホンがずれる)という声に応えて登場した製品ですが、最初に使ってみたときはうまく馴染めませんでした(実はおしょうさんに売ってしまいまし た…)。音質にもやや不満があったように記憶しますが、マイナーチェンジされて色違いが多数出たのを機会に再購入してみたらなかなか気に入ってしまいまし た。さてこの製品の特徴は、左右に良く広がる音場です。ドライバーユニットが口径30mmと大きめであること、耳の外側から音が鳴ることなどから当然では ありますが、インナーイヤー型と比べると圧倒的に広がりがあります。ただ、激烈な低音を鳴らせる仕組みではないのでレンジ的にはやや狭めです。もっとも、 外で聞き流す分には特に問題はないし、各楽器の分離やさっぱりした高音部など、個人的にはお気に入り。ネックバンドと耳掛け部分の装着感は好みが分かれる でしょう。僕にとってはちょうどいい締め付け感で、しばらく付けていると存在を忘れて頭の周りに広がる音響に没頭出来るくらいです。ただこれも痛いという 人はいますので、個人差があることを申し添えておきます。

 現在ではMDR-G72という折りたたみ型(シルバーのみ。黒があればいいのに…)や、MDR-G73という怪しげなコイル式ネックバンド型(装着しに くい…)も登場していますが、壊れるまではとりあえず現状のものを使う予定です。ちなみにこのタイプに限っては SONY 製品の出来が非常に良いように思います。ルックスだけ後から追いかけた Victor のアームレスタイプ Be! やパナソニックの類似品などは、音響的には相当辛いドンシャリ(若しくはモコモコ)なので、個人的にはとても購入する気になれませんでした。

【密閉型】
 ヘッドホンは用途に応じてタイプを使い分ける必要があります。インナーイヤー型は持ち運び用としては軽快ですが、自宅のステレオにつないでじっくり音楽 を聴くとなると、どうしても物足りません。耳掛け型も然りです。そこで登場するのが密閉型というわけで、こいつは外部音をしっかり遮断してくれる上に、ダ イナミックレンジも広く、繊細な楽器の鳴らし分けもできる機種が多数揃っています。…金に糸目をつけなければ、の話ですけれど。

 そう、ヘッドホン遊びを極めていくと密閉型の超高級機種にブチ当たってしまうのです。そりゃ札束を積めばいくらでもすごい製品を買えますよ。たとえば オーディオテクニカのW100なんて定価42,000円です。ゼンハイザーのHD600なら定価69,000円だし、世の中には もっともっと高いヘッドホンがいくらでもあります。しかしです。チープでローファイなオーディオ遊びを目指す立場からすると、高くて音質が良いのは当たり 前。出来る限り安く、満足のいく製品を探したいわけです。僕がこれまで所有したことのある密閉型なんて、SONYのMDR-CD360くらいのものです が、これだって実売3,000円以上して「高い」と思ったくらいです。大体69,000円も持ってたら、僕は迷うことなく中古CDを100枚買う方を選ぶ と思う。

 そんな自分も「この値段でこの音なら!」とびっくりしたのが次のアイテム。

AIWA HP-X121
 2001年の発売以来、巨大掲示板2ちゃんねるのオーディオ板で話題沸騰の超ハイコストパフォーマンス機。何といっても定価2,000円! ヨドバシカメラのような大型量販店では実売価格1,500円前後で投げ売られています。大体、アイワ製品という時点で自分から買うことは有り得なかった。 すみません、誹謗中傷のつもりじゃなくて実際の使用経験上、アイワ製品は恐ろしく安価だがクオリティは高くなく、壊れやすいという印象を持っていたからで す。「アイワ製品を買うと "哀話" になる」(失礼!)という哀しいコピーまで作って、店頭でつい安さに負けそうになる自分を引き留めていた過去もありました。しかし今、自信を持って宣言し ます。このX121は本当に凄いヘッドホンであると。他社の5,000円クラスの製品を買うくらいなら迷わずこっちを2台買えと。HMVやタワーレコード の試聴機に付いているヘッドホンはすべてX121に取り替えよと。

 …ちょっと熱くなってしまいました。それにしても1,500円ならシャレですまされる金額ですから、もし少しでも興味のある向きはぜひトライしてみてい ただきたい。家に帰り、ステレオにつないで普段のCDをかけた瞬間、貴方は絶句することでしょう。「何じゃこの低音は〜!」。そう、正直言って頭がおかし くなるくらい低音がブーストされたサウンドが鳴ります。それはそれで面白いのですが、あわてず騒がずそのままエージングに入りましょう。CDをリピートで 鳴らしっぱなしにして夕食を作り、ゆっくり時間をかけて食べ、お風呂に入り、髪を乾かし、服にアイロンをかけ、6〜8時間くらい経ったあたりでそろそろ音 楽でも聴きながら寝ようかなとヘッドホンを耳にかけてみると、貴方は再び驚くことでしょう。先ほどの猛烈な低音がやや収まり、代わってバランスよく伸びた 高音部と、適度な厚みを持った中音部が実にいい感じでお気に入りのCDを鳴らしていることに。この値段ですから厳密な解像度を求めるのは酷というものです が、「バランスの良さ」という点で他社製品を圧倒的にリードしている。密閉型だからこそ、長時間聴いていても音楽に疲れないためにもサウンドバランスの良 さが重要なのです。

 やはり最大の特徴は低音部。このクラスの製品の中では素晴らしい低音を鳴らします。しかも、コモった音をゴワゴワ鳴らすのではなく、変なクセの少ない低 音部です。一方の中高音部も、育ちがいいというか、あまりいじらずに素直な音が伸びています。結局のところそれがハイC/Pにつながっているようですね。 他社の同等クラスの製品はどこかひねろうとして結局疲れる音になっている。しかし所詮は実売1,500円のヘッドホンですから、装着感には多少難があるか もしれません。僕自身はほとんど気になりませんが、イヤーパッドがペラペラで耳が疲れるという人はいます。ただこれも、イヤーパッドを開けてティッシュを 詰めるといい感じにフィットするという改造例があちこちで報告されています。それからこの製品、デザイン的には全くいただけません。シルバーのハウジング に赤いテープがチラ見えしてるのですが、何故かウルトラマンの顔を想起させるどうしようもないセンスの悪さ。この辺で最後にAIWAらしさを取り戻したっ て感じでしょうか(笑)。まあ密閉型なので、外に持ち出して他人に見せることはほとんどないでしょうけれど。コードが細身で頼りない、プラグが金メッキさ れておらず高級感に欠ける、ホワイトノイズを拾いやすい、といったケチはいくらでも付けられます。しかしそれを補って余りある値頃感のある製品、チープ& ローファイなオーディオを楽しめるお方なら買ってみて損はありません。現在ではSONYの完全な傘下に入ったAIWAですが、ときどきこういう隠れた名品 を出してくれるので侮れません。僕自身は非常に気に入ってしまい、部屋にあるすべてのCDをこのヘッドホンで聴き直したいという無謀な欲求に駆られていま す。
(本機種はその後、ロゴを変えただけの後継機種X-122に型番変更されました)

 その他、手頃な密閉型としては、SONYのeggoシリーズがありますね。どちらかというとアウトドアに連れ出すことも想定したスタイルで、耳への フィットぶりも音質も悪くないとは思いますが、価格帯がやや高めなのが気になります。2,000円前後で買えるようだといいのですが…


4. オーディオ論の果てに

 少しでも良い音を追求したい、というオーディオ好きのスタンスを守りつつ、多少ひねった角度からテキストを書いてみました。しかし最後の最後に全部引っ くり返します。「良い音楽は、再生装置に関係なく良い音楽である」。

 これが極論だということは分かっています。ひどいステレオと、最高級ステレオで同じ音楽を再生した場合に、後者の方が良い音楽に聞こえることは間違いあ りません。また、作り手だって無駄にお金をかけてミックスダウンやマスタリングに力を入れているわけではない。やはり自分の音楽をより良い音で聴き手に届 けたいからだということも分かっています。なのに敢えてひどい再生装置で鳴らして「これでもいい音楽だ」と強弁することが作り手に対するリスペクトでない ことは当然のことです。ですから「良い音」を求めてオーディオ道の深みにハマっていく方々の存在も否定しません。僕だって莫大な資産家だったらきっとひと 通りオーディオ遊びをしたに違いないのです。

 それでもやはり、良い音楽には音質を超えた何か不思議な力があると信じたい。そのルーツは子供の頃、AMラジオにかじりついて聴いた深夜放送から流れて きた曲に勇気付けられた体験であったり、街角の有線放送で偶然流れてきたメロディに心打たれた経験であったりするでしょう。たとえチープな音質であって も、本当に良い音楽は、最終的には僕らの頭の中、心の内側に入り込んできて永遠に流れるものです。そこには何百万円もするオーディオ機器など不要だし、 ヘッドホンを取っ替えひっかえする必要もありません。ただ心の音に耳を澄まし、その曲が流行っていた頃の思い出に浸ったり、明日から始まる毎日に向けて心 を整理したりしさえすればよい。

 そのことを忘れてしまうと、オーディオ遊びなんて結局金持ちの空虚な道楽になってしまうと思うのです。「オーディオはさだめ、さだめは死」なのですか ら。もっともそのことは、自分自身ある程度オーディオ(らしきもの)にお金と時間を投じて初めて見えてきたのであって、これまでの道のりは決して無駄でも なかったのでしょう。そしてこれからも、一生付き合っていきたい大好きな音楽たちを、自分のお小遣いの範囲でどういう風に鳴らしていけるか、どういう音で 聴き込んでいけるか、そんなスタンスで無理のないオーディオ遊びを続けていければと思っているのです。

(July, 2003)

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