KATE結成までの物語
〜第十二回〜

(1998年01月11日)

「オムニバス収録までの軌跡 その一」

 ビックリハウスに掲載されてからは、しばらくの間、学校の授業も手につかなかっ
た。「あ〜、もしメジャーデビューってことになったらどうしよう…」「高校卒業し
たら東京へ出てこいって鈴木慶一から誘いがあるかも…」そんなことばかり考えてい
た。まあ、私だけじゃなくメンバー全員そんな感じで大盛り上がりだった。

 誌上で紹介された優秀作品を聞くことが出来る「ビックリ水族館電話」という、テ
レフォンサービスがビックリハウスで企画され、光栄にもその第一弾にわが集団下校
の「僕ら、集団下校」が流された。鈴木慶一館長に直々に曲紹介をしてもらったとき
の感動は今でも記憶に残っている。そのテレフォンサービスの電話番号を親戚、友人
に知らせて回った。ひろみちゃんもどうやら聞いてくれたらしくて、「Kaseo、すご
いやん!聞いたよ!」とわざわざ電話をくれたことがあった。ふふふ、もう遅いぜひ
ろみちゃん。オレにはもうお目当ての女の子がいるし、そのうち東京へ進出すること
になるからなあ。忙しくなるからキミの相手なんかしていられなくなるのさ。オレを
ふったことをせいぜい後悔するがいいぜ!なんてことはちっとも思ってなくて、久し
ぶりに聞くひろみちゃんの声はやっぱりかわいいなあ、と未練たらたらであった。

 しばらくしてビックリハウス編集部から封書が送られてきた。「あなた方の曲
(「僕ら、集団下校」)をオムニバスに収録することが決定いたしました。早急に楽
曲のいちばん素となるテープを編集部へ郵送してください。」という連絡通知だった。
うひゃ〜、あれがレコードになるのか!ムチャするなあ、ビックリハウスも。早速、
マスターテープを送ろうと準備していたのだが、そのテープには他にもいろいろと音
が入っているからそのまま送ってしまうと返却されないと困るので、一回ダビングし
たものを送った。本当は少しでも音の状態が良いものの方がいいのだろうが、どうせ
元々音質が悪いものだったし、そのローファイな感じも含めての曲だったので、これ
でいいのだ。

 それからまたしばらくして編集部から、今度は電話があった。「こちらビックリハ
ウス編集部ですけど〜。」「あ、どうも。お世話になります。」「あのねえ、例の
ウィー・アー・ザ・ワールドなんだけど、レコーディングのために全員で東京の方へ
出て来れないかな?また後日、詳しいことは連絡するけどね。」オムニバスに参加し
たメンバー全員で、当時流行っていたウィー・アー・ザ・ワールドばりにビックリ水
族館のテーマ曲をレコーディングしようという企画があったのだ。早速、メンバー全
員に連絡をとったのだが残念なことに部活や追試、学校側からの反対などの問題があ
り、東京行きは実現できなかった。クソッ!「そうかあ、残念だなあ。じゃあ対策を
考えてまた連絡するね。」

 結局、テーマ曲のレコーディングは東京と大阪の2ヵ所で行われることになり、参
加できなかった人達はなんと電話でレコーディングするという画期的な方法がとられ
た。編集部から東京でレコーディングが完了したパートを録音したカセットテープ
(4本―メンバー分)が歌詞カードとともに送られてきた。歌詞カードには集団下校
の歌う部分に赤丸が記されている。「◯月◯日◯時にこちらから電話をしますので、
メンバー全員川瀬さんのところの電話の前に集合してください。それまでに歌の練習
をしておいてください。」ということだった。

(つづく)

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