曲目解説

ハインリッヒ・シュッツ (1585〜1672)

 大バッハよりちょうど百年前に生まれたシュッツは、生涯の約半分を宗教改革の後遺症である三十年戦争に翻弄されながらも、力強く創作活動を続けたドイツの音楽家であった。彼は2度ののイタリア留学で、当時は最高水準にあった絢爛豪華なイタリア音楽の手法を学び取り、これをドイツの伝統音楽に融合・発展させて、後のバッハをはじめドイツ作曲家に大きな影響を与えた。彼が「ドイツ音楽の父」と呼ばれるのは至極当然なことであろう。
 当時の音楽家の多くがそうであったように、ザクセン選帝候はじめ各地の諸侯に奉職したシュッツの作品は、多くは教会の典礼音楽であった。それだけに独唱・重唱・合唱を含む彼の声楽作品は、合唱愛好家にとって珠玉の宝庫であり、その名作の多くがもっと人々に知られるべきものである。

教会合唱曲集 (Geistliche Chormusik 1648)

 三十年戦争が遂に終結した1648年に、シュッツはこれまでに書いたモテットから29曲を選んで、「教会合唱曲集」として公刊した。シュッツ63歳のときで、彼はこの曲集をライプツィヒ市参事会と聖トマス教会聖歌隊に献呈している。
29曲のモテットは5声から7声の作品からなり、熟年のシュッツが精神的にも技法的にも高度な水準に達したことを立証する作品ばかりである。彼はこの曲集の序文で、「徒に当世流行の新規さを追うよりも、旧くから培われてきた対位法の極意を学べ」と述べており、旧いポリフォニーの伝統に戻っている。以後のシュッツは内省的な高い精神性に裏付けられた晩年の傑作の森を生み出している。

小教会コンツェルト (Kleine Geistliche Konzerte 1636/1639)

 三十年戦争の影響は宮廷へも及び、経費削減と楽員の徴兵などで宮廷楽団は小編成になってしまった。シュッツがこの時代に書いたのが「小教会コンツェルト 1636/39)」である。小編成の器楽アンサンブルまたは通奏低音を伴なう独唱・重唱曲からなるが、ここで彼は第2次イタリア留学で学んだモノディー様式を完成させ、歌詞のデクラメーションを重んじた切実な訴えかけの表現を行なうのである。

(1) 主よ、あなたに依り頼みます。SWV377
 (教会合唱曲集第9曲 合唱 SI/SII/A/T/B)
 歌詞は詩編31:2-3からとられ、悩みと苦しみを神に訴える嘆願の歌であるが、最後には神への感謝が力強く語られる。救いを求める避難所(Hort)は、「神はわが逃れの岩」といわれるように、「教会」に結び付けられる。

(2) 涙とともに種蒔く人は SWV378
 (教会合唱曲集第10曲 合唱 SI/SII/A/T/B)
 詩編126:5-6の有名な言葉である。「涙」と「種」の言葉は、「一粒の麦は地に落ちて死ななければ、それは一粒のままだ。しかし死ねば豊かな実を結ぶ」を想起し、信仰上の重要な問題を提起する。

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