曲目解説


クラウディオ・モンテヴェルディ ヴェネチア聖マルコ教会のための合唱曲集より
Claudio Monteverdi

 クラウディオ・モンテヴェルディ(1567〜1643)が活躍したのは、音楽史上で初期バロック時代にあたります。同じ頃アルプスの北のドイツではマルチン・ルターによる宗教改革後の旋風が吹き荒れ、新旧両派による長期の宗教戦争で国土は荒廃し、音楽文化は多大の影響を蒙りました。しかしイタリアでは、まだカトリック教会の権勢は強大で、科学をはじめ新文明には頑迷な態度であり、ガリレオ・ガリレイの地動説は異端審問にかけられ撤回させられるような時代でありました。
 彼は北イタリアのヴァイオリン製作で有名なクレモナの生まれ、25歳でマントヴァ公に奉職しましたが、その名声が高まると共に、1624年にはヴェネチア聖マルコ教会の楽長に任命されました。当時のヴェネチアは東方交易の商業・貿易都市として栄え富裕階級が多かったのです。その寄進で建てられたビザンチン風建築の聖マルコ教会は北イタリアの中心的存在であり、ここの楽長は当時では最高のポストであったのです。彼は1643年に世を去るまで約30年間この職にとどまりました。
 生涯に作曲した夥しい数の教会音楽の殆どは残念ながら消失し、「聖母マリアへの6声ミサと夕べの祈り」(1610)、「倫理的・宗教的な森」(1641)と「4声ミサと詩編曲集」(1650)などの曲集のみが後世に残されました。本日は彼の死後に出版された「詩編曲集」からの合唱作品を中心に、通奏低音を伴う曲のみを演奏しますが、使用楽譜はイタリアの作曲家フランチェスコ・マリピエロ編纂の「モンテヴェルディ全集」(1942公刊、戦後アーノルド校訂で再刊)で、これがモンテヴェルディの音楽を伝える現在世界的に唯一の資料です。

「主のしもべらよ、主をたたえよ」(詩編113)
 遺作「詩編曲集」の第7曲です。この曲集はミサ曲、数曲の詩編、連祷と多数の宗教モテットが含まれます。詩編はヘブライ語の原詩自体が韻律を踏み、典礼では旧約朗読のあと常に詩編が歌われたといわれます。詩編はそのように極めて音楽的なテクストなのです。
 詩編113は神への賛美と感謝の歌で、過越の祭りで歌われます。モンテヴェルディはこの詩編で各節ごとに曲想を変化させ、たとえば et super caelos(天を越えて)と suscitans a terra inopem(弱者を起こし)ではオクターブの上昇音形で音楽が飛翔します。matrem filiorum(子持ちの母の喜び)では、ほのぼのとした母性愛の喜びが各声部のカノンで暖かく歌われます。このように歌詞のもつ人間感情をあますことなく多彩に伝える技法こそモンテヴェルディ音楽の本質であり、これが彼を先駆者とする音楽史上で重要な「第二作法」につながって行くものであります。
 終わりには Gloria patri ... 以下の栄唱が伝統的に歌われ、三位一体の神を賛美します。

「すべての市民よ、歓喜せよ!」(聖人祝日のモテット)
 前の「詩編曲集」より10年前に出版の曲集「倫理的・宗教的な森」に収載の独唱モテットです。「倫理的・宗教的」とは典礼用と宗教的歌曲を意味し、「森」は曲集を指します。これも「詩編曲集」と同様に連作曲ではありません。
 この曲には「対話形式による」の副題があり、譜面には「沈黙」(tacet)と「歌」(canta)の指定がありますが、その意味は理解不能です。全集編者マリピエロが注釈する「語り」と「歌」の対話を一人二役で歌うのが、最も妥当と考えられます。この点では「語り」の部分は音域が低めでテンポも遅いので、一人二役でも十分に対話風の効果は演出されます。「歌」の部分で輝かしく歌われる高音域のソプラノ独唱は祝祭的気分が漲っています。
 教会暦の聖人祝日は沢山ありますが、この曲は誰の聖人を指すのか明らかでありません。(マルコ教会の守護聖人・福音書記者マルコの祝日ならば4月25日です。)

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