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交響曲第6番ヘ長調「田園」 作品68


概要

ひとめぐり

第1楽章「田舎に到着した時の嬉しい気分」(Allegro ma non troppo, へ長調)

 2/4拍子のソナタ形式。最初から,パストラーレ・オルゲルプンクトと呼ばれる5度の持続低音 [♪] に乗って,第一主題 [♪] が現れる。この主題は,同時期に作られた第5番ハ短調の主題とはまるで違う主題に聞こえるが,意外と共通点も多い。

  1. 曲頭から前奏なしに始まる。
  2. 1拍目の最初に八分休符がある。すなわち,休符から始まる。
  3. 第一主題の最後にフェルマータがある。

 また,この主題の2小節目の音型 [♪] のリズムは,楽章全体を貫くものである。第一主題を提示して,短い展開があった後,さっそくこのリズムが10回以上に渡って繰り返される。続いて第一主題の前半が3つの声部に分かれて確保されるが,この手法は第5番ハ短調の第一主題を確保する手法としても使用されている。
 急に3連符のリズムが刻まれ,第一主題が何度か織り込まれて転調すると第二主題の提示 [♪] に入る。ここではまずヴァイオリンの高い声部が耳につくが,実際の第二主題はチェロによって演奏される低音の主題 [♪] である。この提示も立体的で(ベートーヴェンは交響曲第1番以来,第二主題を立体的に提示することを特に好んでいたようだ),楽器を移して3回演奏される。そして経過部に入るが,ここの主題 [♪] はとても美しい主題で,前半は第一主題のリズムに,後半は第二主題のリズムによっている。これがもう一度繰り返され,さらに後半だけが変奏されながら2回繰り返される。提示部の最後の小結尾は,第一主題のリズムで締めくくる。そして,提示部は繰り返す。

 展開部ではまず,最初に2回第一主題を利用して転調をする。続けて,第一主題の2小節目の音型が延々と繰り返される。それでもときどき音を変え,調を変え,楽器を変えて繰り返されるので,聞き手を飽きさせない。中間にもう一度第一主題を挟むが,また第一主題の第2小節目の音型が繰り返される。ここの調の進行の仕方は第二主題の前半と同じものである。続いて第一主題の展開時に用いられた動機を中心に軽く展開部を締めくくる。
 再現部は展開部から続いて演奏される。第一主題は完全な形で演奏されるが,その後にヴァイオリンによる軽い装飾が続く [♪] 。これは,交響曲第5番の再現部で,第一主題提示直後にオーボエによる装飾が入るのにも似ている。それから3連符によって多少の変化は見られるものの,提示部の時とほとんど同じように第一主題の展開を行う。第二主題への経過句もあまり変化はなく,第二主題の再現も提示部の時とほぼ同じである。
 コーダでは小結尾の主題がもう少し流麗になった主題が使われている。緩やかな音符を中心に少し沈滞したところで,第一主題のリズムが沸いてきて少し元気になり,そのまま楽章を締めくくる。

第2楽章「小川のほとりの景色」(Andante molto mosso, 変ロ長調)

 12/8拍子。ソナタ形式ではあるものの,歌曲風の楽想を持った楽章である。
 まず,特徴のある伴奏に乗って第一主題がヴァイオリンに現れる。この主題の前半は途切れ途切れのもので,後半は滑らかな音階風の音型となっている。まさに歌詞をつけて歌うと,そのまま歌曲になりそうな主題である。この主題はクラリネットとファゴットによってもう一度繰り返される。幾らか断続音が続いた後(この特徴のある断続音は,第1楽章に現れたものと似ている),第一主題の旋律を使って転調を行う。第二主題は上下にゆるやかに揺れ動く旋律で,次第に揺れが大きくなり,揺れが最大になった時点で,鳥のさえずりを思わせるトリルに落ち着くというものである。その後に,最初の第一主題の伴奏が再現して軽く提示部を締めくくるが,提示部は繰り返されない。
 展開部の最初は,第一主題後の経過部に現れた旋律が2回繰り返されるが,やがてフルートの上向音に乗って第一主題の展開が始まる。その後もどちらかといえば第一主題中心の展開が続き,第二主題はあまり姿を見せない。
 やがて,様々な楽器の上向音に乗って第一主題が再現し,再現部に入る。再現部では提示部とはだいぶ雰囲気も変わっているが,だいたい型通りに第一主題と第二主題を再現する。小結尾の形は提示部の時とあまり変わらない。続いてコーダに入るが,コーダでは鳥のさえずりを思わせる木管楽器の演奏が2回ある。そして,静かに楽章を閉じる。

第3楽章「田舎の人々の楽しい集い」(Allegro, へ長調→変ロ長調)

 快速なスケルツォである。スケルツォ部は3/4拍子であるが,トリオは2/4拍子になっているのが目新しい。大きく見れば複合3部形式であるが,実際にはABCABCAという構成になっている。

 最初(Aの部分)は典型的なスケルツォである。ここには2つの主題があり,片方(主題a [♪] )は軽快なスタッカート中心の主題,もう片方(主題b [♪] )は滑らかな元気の良い主題である。まず主題aがへ長調で始まるが,主題bを提示する段になるとニ長調に転調してしまう。もう一度主題aがへ長調で入るが,主題bになるとやはりニ長調になってしまう。今度は主題aがニ長調で入り,途中でハ長調で入りなおすと,今度は主題bはハ長調になる。そしてへ長調に戻って主題aがへ長調で演奏され,以降はへ長調に落ち着く……という具合に,落ち着きなく転調するところが面白いところである。この導入の方法は,どことなく交響曲第3番「英雄」の第3楽章にも似ている。
 短い経過句を挟んで,次(Bの部分 [♪] )には木管楽器によってのどかで素朴な主題が現れる。この主題はおよそへ長調に落ち着いており,最初はオーボエで,続いてクラリネットで現れる。最後は速度を上げ,そのままトリオ(Cの部分)に突入する。
 トリオは変ロ長調で2/4拍子となっており,それ以前の部分とは強いコントラストを感じる。これはほとんど同じ主題 [♪] の繰り返しから成っており,それが滑稽でもある。最後は次第に形が崩れて静まり,Aの部分につながる。この楽章では,交響曲第4番,第7番と同じく,スケルツォとトリオを2回ずつ繰り返している。
 3回目にAの部分が現れた時には,少し異変が感じられ,すぐにヘ長調に落ち着く。そして急に慌てたように速度を上げ,導音で締めくくって第4楽章になだれ込む。

第4楽章「夕立,嵐」(Allegro,ヘ短調)

 4/4拍子の自由な幻想曲風であるが,変奏曲風でもある。次の第5楽章ともつながりや主題の関連が深く,両者をまとめて1つの楽章として見ることもできる。
 この楽章のみ,ピッコロとトランペットとティンパニが登場する。また,この楽章で初めてトロンボーンが登場する。

 第3楽章の最後の音を変ニ音の連打が受け継ぎ,ただちに中音に主題 [♪] が変ロ短調で現れる(ただし,主題自体は長調とも短調ともつかない感じである)。あまり印象に残りやすい旋律ではないが,重要な旋律であり,この楽章内で繰り返し展開されるほか,次の第5楽章とも関連を持つ主題である。この主題は,転調して1音上がり,もう一度繰り返される。
 続いて,全楽器によって猛烈な嵐の場面が表される。稲光のような激しい上向音と,それに応答するような下降音が繰り返される。続いて雷鳴のような低音と稲妻のような上向音が繰り返される。
 またしばらく冒頭の主題が繰り返して現れ,豪雨を思わせる主題,突風を思わせる主題が続く。このうち,突風を思わせる主題は冒頭の主題の変奏である。
 やがて各主題は次第に静まり,最後には冒頭の主題が長調の2分音符に展開されて,雷鳴の主題が遠雷のように響く。そしてフルートの音に導かれて,そのまま休みなく次の第5楽章に入る。

第5楽章「牧人の歌――嵐の後の感謝の念」(Allegretto,ヘ長調)

 冒頭に現れる牧笛 [♪] を中心としたゆるやかな楽章で,6/8拍子のロンドソナタ形式をとる。但し,ロンドソナタと言ってもきわめてロンドに近い形である。

 前楽章に引き続くため,ハ長調で始まる。パストラーレ・オルゲルプンクトの上にクラリネットで素朴な分散和音が現れる。続いてホルンがパストラーレ・オルゲルプンクトの上で分散和音に基づく牧笛を奏でる。
 まもなくヴァイオリンで,ヘ長調の第一主題 [♪] が現れる。これは冒頭の分散和音を旋律化したものである。これは次第に盛り上がりながら3回演奏される。第一主題の提示が最高潮に達したところで経過句に入る。経過句の主題は4度,5度,6度の上昇の後に下降する音型で,これも3回繰り返される。この主題の最後の下降のみがさらに繰り返されて転調し,ハ長調で第二主題 [♪] が現れる。この第二主題は,前楽章の嵐の主題と音型がよく似ている。第二主題はカノン風に立体的に提示されるが,提示は短くすぐに小結尾に入る。小結尾は再び牧笛の分散和音による。

 次に,第一主題が最初に現れた形と全く同じ形で1回演奏される。これを繰り返すときに変化が入り,展開を始める。展開の前半は新しい主題によって行われる。この主題は,どこか第一主題の面影を残している。後半は第一主題そのものの展開である。最後にまたパストラーレ・オルゲルプンクトが響き,再現部に入る。
 再現部では,第一主題はそのままの形では再現されず,16分音符に細かく修飾されて現れる。またこの旋律の進行は,前楽章の主題と同じものである。その背後に,次第にこれも第一主題が変化した音型が迫ってきて,3回目に主題を繰り返した際にはこちらが優位に立つ。第二主題への移行は提示部と全く同じで,ハ長調に転調しようとしたところでヘ長調の和音を強調し,ヘ長調で第二主題の再現に移る。これ以降も,調がヘ長調に変わった以外は提示部の時と同じである。

 再現部が終わるとコーダに入るが,コーダは非常に長く,また新しい素材も使用されているため,第2の展開部と言えるようなものである。最初に主題がまた変化した形で現れる。今度は主題の2小節めの終わりから4小節目にかけての動機が強調され,繰り返される。伴奏には第2楽章で現れた特徴のある伴奏が使用される。やがて上向音のみとなり,次第に盛り上がるが,最高潮に達しようとしたところでしぼんでしまう。分散和音の第一主題の一部が再現し,続いて再現部で現れた16分音符で修飾された第一主題がまた現れる。それから前回と同じように主題の2小節めの終わりから4小節目にかけての動機が繰り返され,やがて上向音のみとなって盛り上がる。今度は途中でしぼむような事はなく,そのまま感謝の歌を歌い続ける(この辺りの和音の進行は,実にみごとである)。
 やがて静かになると,本当の意味でのコーダになる。弦楽器が静かに語りかけるように,あるいは思い出すように,第一主題の変形の旋律を奏でる。すぐに後半を全奏が繰り返す。それから余韻を残した上で,展開部で使用された伴奏を背景に冒頭の牧笛を繰り返し,曲を閉じる。

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