エイコ

chapter 11


「手が出た。窓からすーっと手が出たぁ」
台所からカナエが顔をひきつらせながら戻ってきた。
「あん?」
エイコが立ち上がって台所に行った。蛇口と30センチ四方の流しがついているだけ2帖程の台所、その正面に木の柵のついた小さな窓がある。エイコの部屋は一番奥、つまり道路に面していないため、その窓の外に通行人が迷って立ち入る事は無い。確信犯なら別だが。
「何もなかったよ」
「えー、でも顔を洗って顔を上げたら、目の前の窓の隙間から手がすーっと」
「見間違えたんじゃない?」
カズミは企画の原稿を書いている。
3人は沢口達が帰った後しばらくして部屋を出たのだが、カズミとカナエが終電に間に合わずまた3人でエイコの部屋に戻ってきたのだった。
「えーっと、こんなんでいいかな?」
とカズミは原稿をカナエに見せた。
「本当なのに。窓から手が」
そう言いながら原稿を受け取り読み始めた。
そこに青ざめた顔をしたミクがトイレから戻ってきた。
「ねえ、台所の窓……」
カズミが立ち上がり台所に行くと、窓の向こうで何か人影らしいものが動いた。
「電話! エイコ! 電話! 警察!」
「もしもし、ノゾキです。えっと、住所は」
4人は固まったままジッとしていた。
「遅いなぁ」
ミクはますます青くなっている。
「逃げちゃうよねぇ」
カナエはイライラしている。15分もしただろうか、コンコンとノックする音が聞こえた。
「警察です」
エイコが少しドアを開けると警官が一人立っていた。外を覗くとパトカーが1台、赤灯を回しながら止まっている。車内には何人かの警官が乗っているようだ。
「通報されたのはお宅ですね。今、この辺りを見回ってみたのですが不審人物はいませんでした」
「もうとっくに逃げちゃってるわよ。遅いんだから」
とカナエが怒ると
「いや、とりあえずこの辺を見回っていたんです。通報を受けてからすぐ」
と憮然として警官は答えた。
「何か盗られたとかの被害はなかったんですね」
「そんなのがあってからじゃ遅いじゃない、未然に防ぐのがあなた達の仕事でしょ?」
エイコは思わずムッとして答えた。
「それじゃ、とにかくもう少し見回ってみます」
義務的に答え立ち去ろうとしたが、くるっと振り向き興味深そうに彼女達と室内を覗き込んだ。そして意味あり気にニヤッと笑うと
「戸締まりは厳重に」
と言って帰っていった。
「何アレ、何か無けりゃ何もしないのかしら」
カナエは憤懣やるせない顔をしている。
「あんなもんなんじゃないの」
カズミはやれやれと座り込んだ。
ミクはまだ青ざめている。
「警察なんてこんなものかしら」
釈然としないエイコだった。結局あまりの気持ち悪さに4人ともまんじりとせずに朝を迎えてしまった。皆が帰った後に寝たエイコが目覚めたのは寝汗にまみれた昼だった。




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