エイコ
chapter 10
それぞれが交渉したバンドのリストを見ながら進行役のカズミはボソっと呟いた。
「順番、どうしようか?」
エイコの部屋で6人は車座になって真ん中に置いてあるリストを覗き込んだ。パンク、ハードコア、モッズ、ビートパンク、オイパンク、ジャンル分け不可能なもの。相当なキャリアやネームバリューがあるもののあれば、無いのもある。カズミがどうしても二つを推薦したいと言っていたので全部で七つになっていた。
「これは有名だから最後にしたら」
あるバンドを指さして沢口が言った。
「なんかさぁ、そういうのヤじゃない?」
ミクの言葉に沢口はしゅんとなった。エイコが沢口の替わりに交渉に行った事は皆知っている。言う事は凄い=ムズカシイ、だけど、ちょっと役立たず。との評価になんとか沢口は汚名挽回しようとしているのだが、なかなか上手くいかない。
「くじ引きはどうかな?」
室中が言った。
「どうせバンドからは機材代もらうのに会わなきゃいけないんでしょ? その時に皆でくじ引きしてもらったら?」
「そうしよう、それいい」
満場一致。大体悩んでいる時間は長いクセに決まるのは妙に早いんだな。エイコはおかしくなった。
「それで、次の、タイムテーブルはどうしようか? 各バンドセッティング込みで20分だから」
「午後1時に歩行者天国が始まるから、それからドラムとPAを組んで。それにどのくらい時間かかる?」
沢口の問いに室中は
「速攻で15分。20分はかかんないですよ」
「それじゃ、1時半スタート」
カナエが言うと、これも満場一致。
「それじゃ、全体のミーティングは来週の日曜日、新宿のアルタ前にしよう。あそこなら分かりやすいし。午後1時でいいかな」
エイコの提案にこれもまた、満場一致。事務的なミーティングが終わるととたんに皆ヘロヘロと力が抜けていった。たった3項目の議題に4時間が経過していた。
「ところでさぁ」
エイコは今朝あった事を皆に話した。
「よく分かったわね、ここの電話番号」
カズミは感心した口振りで言った。
「冗談じゃないわよ。朝の5時よ、まったく」
「よっぽど出演したいのね」
カナエまでもが感心している。
「バンドの連中の反応もいいしね。二、三話してみたの。みんなキラキラ目輝かしてたわよ」
ミクが嬉しそうにしている。
「でも広告出したら、これからもっと増えるかもね、そういう電話。問い合わせの時間、決めとこうか」
「そうして、カズミ。夜9時から11時まで。でもね、時間の事だけじゃないのよ。アタマにきたのは」
「?」
皆がひざを乗り出してきた。
「つぶしてやるって」
「あん?」
沢口が素っ頓狂な声を上げた。
「なんだって?」
「だから、出れないんだったらつぶしてやるって」
「それって、あいつらじゃないの?」
ミクの言葉にカナエが
「あいつらって?」
「ほら、ライブハウスで暴れてた、あいつら」
どうやら「やったるでぇ」の一団の事らしい。確かにやりかねないかもしれない、とエイコは思ったが、
「でもあいつらってバンドやってるの?」
と水を向けると、
「いやー、聞いた事ないな」
と沢口は続けた。
「あいつらは客だろ? バンドじゃないよ。ステージで演奏してるのなんて見た事無いもん。それにバンド関係者だったら顔パスで入ったりするじゃん、あいつら律儀にチケット、店から買ってるの見たぜ。それにちょっと話してるのを聞いたけど、ライブ情報にエラく詳しいみたい。何日のどこそこに出る何とかってバンドは骨があって良い音だとかなんとかって」
「ふーん、じゃその電話はどこのどいつだ?」
ミクは不機嫌そうに言った。
「了見の狭いのがいるのよ、世の中には。でももう情報が流れてるってわけ? 早いわねぇ。まぁそれだけ反響があるってのは良い事なんじゃない? 今度の号の発売以降が楽しみだわね」
カズミはケラケラと笑った。エイコはほんの少し、冗談じゃないわと思ったのだが、深く気にしない事にした。
カナエは今度のミーティングでバンド達にも注意するように伝えようと提案したが、無用な気遣いをさせるのも何かという事で、この件は口外秘という事にした。それに悪い事を予想しても仕方がない。何と言っても良い反応の方が圧倒的に多いのだから。
「じゃ、今度の日曜日という事で」
カズミはミーティングの終了を告げた。
「それじゃ、俺らは帰るわ」
沢口は室中と一緒に立ち上がった。室中は靴を履きながら
「レンタカーの運転はボクがやるんですよね? スタジオから機材運ぶのにもうひとりお願いできませんか?」
すると、
「ミク、アナタやってくれない?」
カズミがすかさずミクの顔を見て言った。
「えっ、私?」
「ミクちゃん、お願い! 頼むよ」
沢口は拝みながら室中の横腹を肘でこずいた。
「お願いしますッ!」
室中は真っ赤になりながら最敬礼をした。
今夜、一歩現実が近寄ってきた夜になった。