エイコ
chapter 08
日曜の歩行者天国は、原宿駅から代々木八幡に抜けるおよそ1キロの車道が歩行者用に解放されているのだが、エイコ達が原宿駅に着いた歩行者天国開始時間の午後1時には、もうすでに皮ジャンリーゼントのロックンローラー達のグループとカラフルな衣裳の竹の子達のグループ、それを見ようとする人達、それを毛嫌いする人達でごった返していた。
「ほかに誰が来るの?」
待ち合わせ場所の五輪橋にはエイコ、ミクそしてカナエが来ていた。
「カズミの話だと、あと二人、男の子」
カナエは夕べカズミから編集会議の時にこの話を聞いた、と答えた。
「それって、編集の子達?」
「うん、ひとりは。もうひとりは知らない」
「ふーん」
エイコは人混みにカズミの姿を見つけようと爪先立ちになって辺りを見回した。
「来たよ、来た来た」
その辺の自動販売機にジュースを買いに行っていたミクがカズミ達と現れた。ふたりの後ろには皮ジャンに安全ピンと鎖をくっつけたぷくっとしたのと、ちょっと地味そうなのが少し離れて立っていた。
「ごめんね、遅れちゃった。えっと、沢口と室中クン」
「ども」「ども」
ふたり同時に一歩前に出て軽く会釈をした。
「彼女が言い出しっぺのエイコ、んで、ミク。室中クンは初めてだよね、カナエ。沢口はウチの編集スタッフ。室中クンは沢口の学校の連れで、ミキサーができるの」
「へー。やったじゃん、鬼に金棒だね」
ミクは嬉しそうに言って室中の顔を覗くと室中は真っ赤になってうつむいた。
「とりあえず、行って見てみようよ」
エイコは切り出すと、6人はゾロゾロと歩き出した。
歩行者天国のスタート地点の原宿側は四、五個のロックンローラーのグループがラジカセを中心にして踊っている。ラジカセの音は割れてしまっているがみんな一様にリズムに乗っている。竹の子達は10個ぐらいのグループになってロックンローラーと同じ様な形で踊っている。歩道では彼等を見ている見物人で一杯で、まるでラッシュアワーの電車のようだ。ようやく喧噪を抜けると歩行者天国の3分の1ほどの所に来てしまっていた。この辺りはウソのように静かだ。ときおりサックスやトランペットの練習をしているのがいるくらいだ。後は犬の散歩か、数組の家族連れ。
「結構歩いたね」
「ここまで来ると静かだね」
「うん」
「でもここって、もう原宿じゃないんじゃない?」
「遠いよね」
ミクはカズミにちょっと疲れたと言うような顔をして話しかけた。
カズミは
「確かに」
というと何事かをメモし始めた。
エイコは興味深げに辺りを見回している。
沢口と室中は彼女達から少し遅れてついて来た。
左手の少し高台になっている芝生の上に各々腰を下ろした。
「こんな所まで見に来るかなぁ」
ミクは少し面倒くさそうに言った。
「でも、踊ってるラジカセの音は聞こえねぇな、ここなら」
「面倒はないかもしれないね」
カナエと沢口の会話にカズミはつけ加えた。
「駅からココまで大体10分、もっとも入り口は混んでいたからね。急げば5分くらいかな?」
「ライブハウスだって駅から10分や20分歩くじゃない? 遠い近いはあんまり関係ないよ。それよりローラーや竹の子の子達とトラブルにならない事の方が重要じゃない? なんて言ってもあっちの方が先にやってんだからさ」
エイコがこう言うと、
「許可ってとってやるの?」
と室中が皆を見回しながら
「警察とか、公園管理事務所とか? 必要なんじゃないですか?」
と消え入りそうな声で言った。彼は少しばかり彼女達に気後れしていた。
「許可? 必要なの? そんなの」
エイコはビックリしたようにカズミに尋ねた。
「さあ? だってここは道路じゃない? 公園管理事務所は関係ないし、じゃ、警察?」
「だって、デモとか集会は届けをださなきゃいけないわけだし」
「私達のやろうとしてるのは、デモじゃないわよ。それに集会ってわけでもないし。ただ演奏をするだけだし。ましてやカネを見物人からとるわけでもないから商売でもなし。ただここにいるだけ。じゃない?」
室中はエイコの言葉に多少違和感を持った様な顔した。
「だって昔、新宿西口のフォークゲリラが」
「なに言ってんだ、あんな大昔の話。だってあれは通路だからって事でやられたんだぜ。見てみなよ。皆寝ころんでるぜ」
沢口が指差した方ではカップルが芝生の上で抱き合ってころがっていた。
「心配するなって。俺達はここで遊ぶんだよ。楽器を使ってな」
「そうそう、遊び遊び」
ミクに覗き込まれて室中はしぶしぶ頷いた。
「万が一、何かあったとしたら、えー、むつかしい事わかんなーい。って言っちゃえば平気よ。そういう時のための女の武器」
「げっ、カズミがそれ言うの? 似合わねえ」
「あっそう、じゃあ、沢口を差し出しちゃえばいいんじゃない? この人がやれって言ったんですーって」
「うへ! その目、冗談じゃないな?」
「本気、本気。沢口なら警察も『なんだ? このチンピラは』って、すぐ釈放してくれるわ」
「ひでー」
沈滞していた空気がやっと流れたみたいに室中も苦笑いしている。
「ところで」
エイコは皆を見回しながら尋ねた。
「ここでいいのかな?」
「面倒だからここにしよ」
ミクがそう答えると、カズミもカナエも苦笑いしながら、
「いいんじゃない」
「平気でしょ」
「オレもイイと思うよ。この忘れられたような場所にパンクスが集まっちゃうかと思うとワクワクするな」
「はい」
消え入りそうな声で室中は答えた。
「室中クンって何かアンタに借りでもあるの?」
歩行者天国を見に行った夜、気になったカズミは沢口に電話をした。
「うん。オレ、ヤツの先生なんだ、パンクの。アイツ、地方出身者なんだけど、イナカじゃあんまり情報が届かないじゃない? 多分、高校の時にラジオでも聴いてイカレちまったんじゃないの。オレの格好見て話しかけてきたんだぜ。なんか本で読んだ知識ばっかみたいでさ、パンクは反権力だって言ってるの。でもけっこう臆病でさ。今回の事も本能はやりたい。でも理性がビビりまくってんの」
「大丈夫なのかしら?」
「うん。あれからつい今し方までかけて説得したから平気。間違いなくやるよ。それにミクに興味あるみたいだし」
「まあ!」
彼女達は具体的な事を話し合うために、そのまま原宿から渋谷の喫茶店に行った。実際にアンプをレンタルするのにいくらかかるかはカズミに頼まれた沢口が、発電機についてはエイコが電話帳で探し出して調べてきていた。ライブに必要なギターアンプ、ベースアンプ、ドラムセット、PA、マイクなどもろもろの機材、それを運ぶためのレンタカー。そして発電機。総額は大体で4万円ほどだった。それを元に一人当たりいくら出せばいいのか、いくらなら自腹を切っても平気なのかを決めなければならない。そのためにまず出演バンドの数をいくつにするかを話し合った。
経費から算出するとやはり10個ほどが理想だったが、歩行者天国は夏時間で午後1時から6時までの5時間、10月になると5時までの4時間。実際には搬入と片付けの事も考えると1時間はとられてしまう。また、なにかトラブルがあった時のロスタイムに30分。正味3時間ほどだ。セッティング込みで1バンド20分としても6バンド。増えても7バンドが妥当な数だ。ではそのバンドをどうやって選び出すかだ。
最初はカズミのミニコミで募集しよう考えていた。しかし、次の号が出るのは予定では3週間後。それからバンドを選んでいたのでは待ちきれない。それに初めての企画だ。見た事も聞いた事もないバンドより知っているバンドの方がいいと言う事で、ジャンルは問わず、それぞれが出て欲しいバンドに声をかけてみる事にした。しかし、中にはジャンルが違うというだけで敵対感情を持つ連中がいる事も危惧はした。しかし既に盛り上がっている彼等は漠然と「何とかなる」のではないかという気分になっていた。皆言葉では説明できなかったが。
必要経費から算出した額は一人千円だったが、募集してきたのならば多少強気で「一人アタマ千円」と言えるが、今回はお願いすると言う立場になるのでもうちょっと安くした方がいいのではないかという事になった。それによって彼女達の負担は増えるのだがそれはそれで仕方ない。
出演交渉の期間は一週間。当然カズミのミニコミに広告を載せる事も決めた。日程は10月第1日曜。雨天の時はその次の日曜。代表はエイコ。ここまでは素早く決まった。若干一名を除いて。
最後に決めなければならない事で皆悩んでしまった。それはこのグループの名前だった。「ストリートキッズ」などはまだましな方で「ロックンパンクス」だの「つくしの子」だの、やはり自分達でバンドがやれない大きな理由のセンスのなさを露呈するだけだった。
その時、ほとんどうつむいたままだった室中が口を開いた。
「道路でやるから問題ないんですよね。道路だからいいんですよね?」
訴えかけるように皆を見回すと彼はこう言った。
「ロードサイド・スナイパー、路上の狙撃者」
一瞬皆黙ってしまった。その一瞬の後、すかさずミクが叫んだ。
「ステキ!」
室中は真っ赤になっていた。