エイコ

chapter 04


「いつ来てもアツイねー、この部屋」
「冬は冬で寒い寒いって言ってるし、秋は秋でスッキリしない、春は春で……」
「頭が痛いって?」
「ずーと部屋にいてのぼせたかな?」
カズミはエイコの顔を覗き込みながら、持ってきた紙パックの麦茶を差し出した。
「ハイ、おみやげ」
「サンキュー」
先に来ていたミクは二畳ほどの台所に行き、珈琲カップとメーカー名の印刷してある二つの硝子のコップを持ってきた。珈琲カップに麦茶を注ぎ、敷きっぱなしになっている布団の上で胡座をかいているエイコに渡した。
「で、昼間の電話だけどさ、なんなの? 詳しく教えてよ」
ミクが切り出すと、
「少ししか言ってないんだけど、アンタから詳しく言ってもらった方がいいと思ってさ」
「電話で言ったとおりの事。詳しくって言われても私もまた聞きだからさ。でも出入り禁止の話はみんなもう知ってるよ。いくつかバンドの連中にも電話してみたんだけど、みんなめげちゃってて」
「でも、騒いだのはあいつらでバンドじゃないんでしょ? 店だって知ってるんじゃないの」
「だから、バンドが連れてきてるって考えなのよ。店は。店も雰囲気を変えようとしてるんじゃないの?」
「今風のアレ? 清潔バカのニューミュージック?」
ミクの言葉に苦笑いしながらカズミは続けた。
「バンドも別にパンクじゃなくっても出たがってる連中は一杯いるし、店だって、企画する毎に機材の心配しなくちゃいけないんじゃ疲れるんじゃない?」
「てことは、ほんとに、全面的に無くなっちゃうわけだ」
エイコが言い終わらないうちにカズミは
「他の店の話も聞いてみたけど、あの店が最後までやれてたクチなのよ。バンドの連中もいろんな店にオーディションや出演交渉しにいったみたいだけど、プロフィールを見ただけで突き返されたって」
「で、アンタはどうしようっての?」
「ウチのミニコミ、パンクの子達がけっこう読んでくれてるからこういう状況についてキャンペーンをはってみようかと思ってる」
「こういうジョーキョーって?」
「ミク、まぜっかえさないの!」
エイコに睨まれたミクはすねたように両手にコップをつつみ、麦茶をすすりながら、
「だってさ、キャンペーンはったって、どうなるの? 出るところのないバンド連中がブーブー傷口舐めあうだけじゃない? ヘタすりゃ頭に血が上った連中が店になぐり込みに行ってパクられてチャンチャンがいいとこじゃない?」
「そうだけど、そうかもしれないけど、じゃあミク、なんかいい考えあるの?」
「ない!」
エイコは平積みになったレコードから一枚引き抜いてターンテーブルに載せた。「女王陛下バンザイ!」とスピーカーから栄養失調で震えているような声が小さく流れてきた。
「このバンド、川の上で演ったんだっけ?」
ミクがカズミに尋ねた。
「そうそう。テムズ川だっけ。女王のナントカ式の時、ボートの上で」
「そんでボーカリストとマネージャーがパクられたんだよね」
ボートの上で演奏? エイコはフッと呟いた。
「電源ってどうしてたんだろう?」
「???」
ミクとカズミは顔を見合わせた。
「何いってんの、当然そんなもの……」
「当然?」
エイコはカズミを見つめた。
「当然、……どうしてたんだろ?」
「岸から這わせてたんじゃない? うんと長いタコ足でさ」
「バカ。そんな非現実的な事できるわけないだろ」
ミクの答えにエイコは少し憮然としながら、
「よくある野外のステージってどうやってるんだろ?」
「前に取材した時、埼玉の河原だったかな? かなり大きめのコンサートだったんだけど、電源車って言うのかな? クルマが発電機になってるヤツ、あれが置いてあったよ。ほらミク、アンタも行ったじゃない?」
「ああ、あの時の。なんにもない河原ででっかいステージ組んだヤツだよね」
「そうそう、2日間やったヤツ。2日で20バンドぐらい出たのよね、結構面白かったわ、あのライブ」
「それってタダだったの? チケットは」
「まるっきりのタダ。ただ、電車代はかかったけどね」
ミクは嬉しそうに言った。
「でも、知り合いのバンドが出演してたから、帰りはその人達の車に乗せてもらったから楽だったわ」
「丸一日がかりだったわよね。2日目も朝早くに部屋を出て」
「そうそう、2日目は知り合いが出てなかったから帰ったのはもう夜中、でもいいわよね野外は。開放感があってさ」
エイコはそのころはまだ、美容室での低賃金労働にいそしんでいたため、雑誌やラジオ等でしか新しい情報を得る事が出来ていなかった。当然休みも殆どないから丸一日をかけるようなライブには行く事が出来なかった。




>>>>next 


return<<<