■FIDDLE
アイリッシュミュージックの象徴がハープで、粋とも言えるのがバッグパイプだとすれば、フィドルはダンスチューンの花形。もっとも親しまれ、広く演奏されているものです。クラシックで言うところのヴァイオリンが、フォーク・ミュージックの世界ではこのように呼ばれるのです。
でも「Fiddle」を辞書で引くと、楽器の意味の他に、くだらないとかつまらないとか、フィドラーに至ってはのらくら者、ペテン師などと、ろくでもないことの代名詞になっていて、ずいぶんひどいなあと思います。あんまり面白くてハマってしまうため、とうとう童話のきりぎりすのように、怠け者のシンボルにされてしまったのかもしれませんね。
たしかに、クラシックに比べて使われる音数はずっと少なく、ポジションもほとんど変えずに弾くことができます。パイプやアコーディオンのように、筋力もあまり要らなそうです。しかし、独特なリズムをたたきだすボウイングに始まり、アイリッシュ独特の華やかな装飾音や、繰り返す毎に趣向を凝らすバリエーションなど、フィドルの世界はとても奥が深いのです。
このフィドル、アイリッシュの他にもブルーグラスや東欧のジプシー音楽、北欧、ユダヤ系、インド…、と至る所ですでにその土地の音楽になじみ、親しまれています。アイルランドでは16世紀の中頃よりすでに使われており、ダンスの伴奏に優れ自由に装飾がつけられるということで、18世紀には一般化していたということです。実際に、無数にあるアイリッシュ・ダンスチューンの多くはフィドル奏者によって作曲されていることが、そのメロディーパターンからもうかがわれます。
ともあれ、アイルランドでは今夜もどこかのパブで、爺ちゃんや若い娘や、まだソプラノ声で話す少年なんかが一緒に肩を並べ、ダンスチューンの演奏に浸っていることでしょう。そして彼らのフィドルは、松脂が真っ白について傷だらけだったり、誰かのお下がりだったりがほとんどだけど、ひとたび名人の手にかかった日には、一台数千万円のヴァイオリンにもひけをとらないほど、人を楽しませ元気づけてくれるのです。
-->>NEXT おとのかたち FRAME |
|
|