■CONCERTINA by 吉田 文夫
私がトラッド系の音楽を聴きだしてから、この楽器の音色に惹かれた最初の音盤は、リチャード・トンプソン達が、イングランドのモリス・ダンス曲の演奏を試み、その名も「Morris on」と題したLPレコードだったと思う。ジョン・カークパトリックの奏でるメロディオンやコンサーティーナに憧れて、後に自分も蛇腹楽器の演奏を志す要因になった。このアルバムでは賑やかなダンスチューンのあいまに、時おりコンサーティーナだけの演奏になって、その素朴な音色が際立って聞こえてきた。伝承歌<I’ll go and List for my sailor>ではその魅力がたっぷりと味わえる。それからもトラッドのいろいろな作品を聴いていく中で、この楽器とはおもに歌の伴奏の場で出会うことが多かった。ただこの六角形の蛇腹楽器をコンサーティーナ(当時はよくコンセルティーナと呼ばれていたが)、と呼ぶことを自分がいつ頃知ったのかは記憶がさだかでない。余談だが私はずっと「手風琴」という言葉は、この楽器のことを指すと思い込んでいた。実際にはアコーディオンのことをそう呼ぶらしい。これもまた記憶が怪しいが、70年代にハムだったかカレーだったかのテレビCMで、大男に扮した外国人の役者さんがコンサーティーナを手に踊っていた。それに最近ではNHK朝の連続ドラマ「やんちゃくれ」で、造船所の親方役である柄本明さんが、なぜか時折この楽器を弾きながら物思いにふけるシーンがあったりとか、珍しい楽器の割には世間に知られているのは、一度見たら忘れられないそのルックスのお陰だろう。
初めて英国、アイルランドを旅行した時に生の演奏を観ることが出来た、英国ノースアンバーランド州のアリステァー・アンダーソンのプレイには驚かされた。静かに弾くものとばかり思っていたこの楽器だったが、彼は立ったまま時には振り回さんばかりのアクションと共に、激しくダンス・チューンを演奏していた。コンサーティーナには、同じボタンが押し引きで音高の変るアングロと、音高が変らずより小さいボタンが数多く並んだイングリッシュの2種類がある。アンダーソン氏はこの両機種どちらも使用していた。氏の演奏は幾つかのソロアルバムと、氏の属したグループ「High
Lebel
Lanters」の諸作で聴くことができる。
自分自身が始めに演奏にトライしたのはメロディオン(ボタン・アコーディオン)の方で、アングロ・コンサーティーナはちょっと遅れてさわりはじめた。先述の旅行がきっかけでアイルランド音楽に傾倒し始めていたが、そのころは何も知らなかったので、どちらの楽器もキーのシステムがイングランド音楽むきのものを使っていた。コンサーティーナの場合それはG/Dというキー配列で、本来アイルランド音楽ではC/Gが好まれるという事を知ったのは、ずっとずっと先のことになる。メロディオンにしてもコンサーティーナにしても、その頃は自分自身が他人と一緒に演奏するなどという段階ではなかったし、また世間もそういう状況ではなかったので、自分の使っている楽器のキーがなんであろうと何も気にはならなかった。こういうダイアトニック系蛇腹楽器の場合は、C列でもD列でもその一列だけを弾くものと信じて疑わなかった。
アルバム「Noel
Hill&Tony
Linnae」等でのノエル・ヒルの驚異的な演奏に感激して、一時期熱心に弾いていたコンサーティーナだったが、アイリッシュでの一般的奏法(クロス・フィンガリング)を知った事もあり、いつのまにか遠ざけるようになってしまった。メロディオンの場合旋律は利き腕の右手だけで弾けばよいのだが、コンサーティーナでは左手でも弾かなくてはいけない。小指や薬指を意のままに動かすことなどとても無理なように思えた。何年かが過ぎた後、また弾きはじめるようになったきっかけは、周りにこの楽器にトライする人が増えてきたからだ。自分は売るばっかりでろくすっぽ弾けない、などという情況はあまりに恥かしいやないかというわけである。
アイルランドの中でも伝統音楽のメッカと言われ、コンサーティーナの普及度が顕著な、クレア地方の音楽にも大きな魅力を感じるようになった。後に「Solas」のメンバーにもなった、ジョン・ウィリアムスや、女性奏者(結構多い)キャシー・カスティ等の各ソロアルバムは、クレアの雰囲気がたっぷりで、練習する意欲を引き起こしてくれた。今でもやはり左手の指はうまく動かせないが、名プレイヤー達の音盤を聴きながら、あそこはこうしているのか、ふむふむなるほど、、、といろいろ発見しながらの練習は楽しい。苛立つこともしょっちゅうあるが、軽くて小さいのでまたすぐ気を取り直して持ってしまう。いろいろな楽器に手を出してきたが、今はこのコンサーティーナが一番のお気に入りである。
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