R.マリー・シェイファーの著作と音楽作品の変遷

西川尚生研究会 3年 高橋雄大


、序

、シェイファーについて

、シェイファーの音楽作品と著作

、今後について


、序

レイモンド・マリー・シェイファー Raymond Murray Shafer(1933-) は、カナダの主要な作曲家であるとともに、「音の環境を自然科学・社会科学・人文科学のあらゆる側面にわたって総合的に見据える概念」であるサウンドスケープ(Soundscape)の提唱者である。

今回の発表では、シェイファーの現在までの活動の変遷を通じて、彼がサウンドスケープ概念にたどり着くまでの歴史を概観し、シェイファーという作曲家への理解を深めることを目標とする。


、シェイファーについて


レイモンド・マリー・シェイファーは、1933年、カナダのオンタリオ州で生まれた。トロント音楽院で作曲やピアノを学ぶかたわら、マクルーハン Marshall McLuhan(1911-1980)のゼミに参加し、「聴覚社会から視覚社会へ」という思想に影響を受ける。また、作曲および音楽思想においてケージ John Kage(1912-1992)の影響を受ける。

1956年から61年にかけてヨーロッパでフリーのジャーナリスト、およびBBC放送のインタビュアーとして活動した後、61年にカナダに戻り、現代曲を始めあまり演奏されない作品を上演するための組織「十世紀のオーケストラ」を結成し、その初代会長となる。1963年から65年までニューファンドランド・メモリアル大学の専属音楽家を務め、65年からはサイモン・フレイザー大学で教鞭をとる。68年には、同大学に新設されたコミュニケーション学科で、当時としては先駆的な、騒音被害に関する授業を行った。

1972年には、音響学・地理学・心理学・都市学・美学を結合した新たなジャンルである「音楽生態学」の調査に乗り出す。これが後に「世界サウンドスケーププロジェクト (World Soundscape project)」となる。

1975年にサイモン・フレイザー大学を辞任、郊外の北オンタリオに転居するが、その後もゲストスピーカーや客員教授として活躍、現在に至る。




、シェイファーの音楽作品と著作

シェイファーの音楽作品は、おおよそ4つの時期に分類することができる(表を参照)。


@、古典主義的な作品を書いた、作曲家としての最初期。代表作は、ハープシコード協奏曲(1954)。


A、1960年からのおよそ5年間、12音技法や不確定性などを導入し、自らの新しい音楽書法を模索した時期。カンタータ “Beruf”(1961)や “Xanzoni for Prisoners”(1961−2)が代表作であり、この時期に模索したものの集大成として、1965年にCBCの委託を受けて作曲した「流体的な音楽と映像による詩」”Loving”(1963−6)が挙げられる。


B、1966年に始まったサイクル ”Patria”(1966-) に代表される、従来の「音楽」「コンサート」という制度にたいする批判となりえるような作品が作曲された時期。空間性が導入され、歌曲における歌詞は不明瞭かあるいはまったく新しい言語が使われた。Aの時期の延長と考えられるが、後の「環境音楽」につながるような発想の音楽が多作されたのが特徴。


C、1979年に発表された “Music for Wildness Lake”(1979)によって劇的に展開された、儀式および全感覚芸術としての作品が作曲される時期。



また、シェイファーの著作には、以下のような特徴が見られる。


1、シェイファーの初期の著作は、「音をクリアに聞きわけられる力を鍛え、音に対する感受性を強くする」という目的で書かれたものが多い。1975年に発表された<教室の犀 >までは、そのような傾向が顕著に見られる。


2、サウンドスケープという言葉が最初に著作に使われるのは、1967年に発表された「イヤー・クリーニング」の中である。しかしこの著作の中では、後に使われるような用法では使われていない。1969年の著作<新しいサウンドスケープ>の中において、「音の環境の総合的概念」という用法が始めて使われる。


3、1977年の<世界の調律>、1982年の<サウンド・エデュケーション」>という本は、「音」を中心にわれわれの生活そのものを検証することを目的としている。


シェイファーの著作と音楽作品の時期を比較すると、以下のような特徴が分かる。


1、音をクリアに聞き分けられる力を鍛えるといる目的の本は、音楽作品のAおよびBの時期に書かれている。<パトリア>サイクルが作曲され始めた時期(1966)と<新しいサウンドスケープ>が書かれた時期(1967)を考慮すると、Bの時期に作曲された作品の基本的理念と<新しいサウンドスケープ>の理念は、ほぼ同一のものと言っていいだろう。


2、サウンドスケープという思想の集大成である<世界の調律>(1979)は、<野生の湖のための音楽>(1977)とほぼ同時期に書かれている。よって、シェイファーの「サウンドスケープ」という考え方は、<野生の湖のための音楽>によってようやく作品に具現化されたと言っていいだろう。



、今後について

今回は、シェイファーの音楽作品と著作についてまとめを行った。今後は、「サウンドスケープ」概念が集大成され、それが音楽作品となった1977〜79年付近についての詳細な資料収集・考察を行いたい。




                                        



参考文献

R・マリー・シェーファー『世界の調律 : サウンドスケープとはなにか』鳥越けい子(ほか)訳 平凡社 1986年

R・マリー・シェーファー『サウンド・エデュケーション』鳥越けい子訳 春秋社 1992年

・マリー・シェーファー『特別インタビュー:マリー・シェーファー、最近の活動を語る』『音楽芸術』第53号pp44~49 日本音楽雑誌 1996年

・『ニューグローヴ世界音楽大辞典』 講談社 1993〜95年

Sadie,Stanly.ed.The New Grove Dictionary of Music and Musicians.29 vols.2nd ed. London:Macmillan,2001



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