<続>異国見聞尺八余話 (8)
倉橋義雄B氏との対話 倉 橋 義 雄
と思っていたら、もうひとりの倉橋義雄氏が最近またぞろ動 き始めているらしい。このあいだも、何やら1人でブツブツつ ぶやいていたよ。 「ええかげんにせー。テロがなんやねん。戦争がどうやねん。 アメリカ人に同情したらアカンぞ。アメリカ人なんか、笑い飛 ばしたれー」よほどアメリカ人を恨んでいるのかな?いや、そ うじゃない。倉橋B氏、実はアメリカ人に劣等感をいだいてい るという、もっぱらのウワサだ。 「な、何やとー、こ、このオレが、れ、劣等感だとー」ほら きたB氏、この怒りようは、まさに劣等感の裏返しだ。 「アメリカ人の、どこがえらいねん?」 日本人より体が大きいでしょ? 「むむ・・・・」 日本人より指が長い。 「むむむ・・・・」 日本人より英語がうまい。 「ぎゃふん」 日本人より尺八がうまい。 「それは聞き捨てならぬぞ。大男総身に何とか・・・・あんな大 メシ喰らいどもに繊細な感受性があってたまるものか」 そう言う貴方だって、大メシ喰らいで感受性に乏しい。 「とほほ」 日本人にできてアメリカ人にできないことってありますか? 「もちろんある。たとえば正座。半分以上のアメリカ人は正 座できないオロカ者だ」 正座は健康に悪いのでは? 「何を言う。背筋をピンと伸ばして、正座はいちばん健康に いいのだ」 でもヒザには悪いでしょ? 「それは肥満のせいだ」 体の構造で物理的に正座できない人もいます。本人の責任で はありません。 「食い過ぎは本人の責任だ」 正座しないと尺八は吹けないのですか? 「あたりまえだのクラッカー。正座して初めて尺八にふさわし いまろやかで力強い息が出る」 でも肥満体の人に正座を強制するのは、あまりにも酷な話。 「ふん、オレが腹立たしく思うのは、キャツら、つべこべと もっともらしい理屈をこねて、自分の非を認めようとしないこ となんよ」 と言いますと? 「『正座せー』と言うたら『しません』とくる。『背筋が 伸びるから必要なんだ』と言うたら、アグラかいて背筋だけ伸 ばして『これでいい』とぬかす。『そんなんアカン』と言うたら 『ホワイ?どうして?』『正座は形が美しいのだ』そしたら急 に中腰になって『これも美しいでしょ?』うーむ、まったく日 本の伝統文化をバカにしている」 正座は美しいのですか? 「あたりまえだの・・・・いや、このあいだミニスカートの女の 子がアグラかいて尺八吹いてた。それはそれで美しかった」 きゃ、エッチ。 「何でもかんでもホワイ?ホワイ?ホワイ?つい腹が立って 『うるさい、それが日本の伝統だ』と言うたら、待ってました とばかりに手をたたき『逃げた逃げた。日本人は議論につまっ たら伝統に逃げる』とくる。本当に悔しいぞ」 ちゃんと説明できないのは貴方が勉強不足なのでは? 「伝統というものには説明できない要素もある」 貴方が本当に日本の伝統を守りたいのなら、ちゃんと勉強し て、その存在理由を誰もが納得できるように説明すべきですよ。 相手が納得しないことは押しつけるべきではないし、うまく説 明できないような要素は本当に守るに値することかどうか・・・・ 「おや、キミもえらそうなこと言うねえ。後輩の分際でナマ イキだぞ」 後輩がえらそうなこと言ってはいけないのですか? 「あたりまえだの・・・・それが日本の、で、伝統だ」 貴方はラッキーですね。ホワイ?と訊いてくれる人がいるか ら、貴方だって小さな頭脳で一応考えようとなさる。いままで 当たり前だったことも、考え直さないといけませんからね。 「そんなものかな?」 ただし、「アメリカ人は・・・・」と十把一絡げに考えるのは良く ないですよ。アメリカ人だっていろんな人が・・・・ 「はい分かってます」 倉橋B氏、悲しげにうなずいて立ち去った。私との議論にも 破れ、木枯がひとしお身にしみているように見えた。
|