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るりりりり・・・るりり・・ 決して似ないのを承知の上で、僕は小鳥のマネをする。君の目が開かないから、僕は色々な事を試している。スパイダーが言っていた。君はもう死んでしまったって。 「この子は心を奪われたのです」 胸に空洞ができたら死んでしまうように、僕らは心なしで生きてはいけない。永遠に眠っている事とそれは死んでいる事はどう違うだろう?僕には等しい。君がここに居ない、という意味で。 僕の小さな光は弱々しく息をしているだけ。だから僕はまた歌をうたう。君が興味を持って目を開けるかもしれないって信じているんだ。けれどいつもは優しいスパイダーが、それを見ると不機嫌そうに眉をしかめる。 「もう諦めなさい。代わりをみつけるのです」 「誰がこの子の心を連れていってしまったの?」 スパイダーは、その問いかけには答えてくれなかった。ただ、厳しかった目が、何かを哀れむように伏せられた。
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始めは些細な事で気にとめる者はほとんどいなかった。 「あら?あの良い香りのキャンドルはどこへ仕舞ったかしら?」 しかし日を追うごとに失くし物は増えていった。 「入浴剤も、キャンディも、ハート形の物は消えてしまったわ」 『自分の不注意から』と思う努力も限界があった。それらが全てハート型の物ばかりという事実を前に、とうとう誰もが平穏でいられなくなった。ハート型は彼らにとって命の形であり神聖な形であったから。 「とても良くない事・不吉な事が進行しているように思えてしかたがない」 トカゲが、彼にしては精一杯の感情を込めて唸った。その傍らでカエルは普段にも増してまくしたてている。 「一体なんだっていうんだ!」 カエルが騒ぐのも今回に関しは頷けた。皆が一様に胸に留めていた疑問を、カエルは吐き出さずにいられなかった。 「トランプのハートがどうすればセットで消えちまうんだ!?」 不安はやがて、恐怖に成長した。
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代わりの物を見つけよう。君が失くした心の代わりになるような物を。 「およしなさい。そんな事・・・!」 厳しく嗜めるスパイダーの声。振り返ると、そこには悲しそうな表情の彼がいた。 「何故そんなに悲しそうな顔をするの?」 僕はキャンドルに明かりを灯すところだった。温かな炎が君を照らす。僕はそれをうっとりと眺めていたかった。 「そんな事をしても、その子は目を開けませんよ」 「わかってるよ。クイーンもキングも、この子の目を夢から覚ませられなかったんだ。それでも僕は・・・」 「表は大変な騒ぎになってます」 僕は言葉をのみ込んだ。スパイダーが心配しているのがわかったから。けれども僕は君をひとりで放っておけない。
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トカゲはハートの形の物を盗んだ生き物を探していた。彼はいつものように散歩中のスパイダーを捕まえて言った。 「やぁ、スパイダー。不審な生き物を見てはいないか?君はこの家の事を隅々まで知っているだろう」 「私は確かにこの家の隅々まで知っていますが、不審な生き物は見かけていません」 トカゲは引き出しの方をチラリ、と見た。 「私は、物の行方よりも、犯人に悪意がなかったのか、悪意があったのかどうかを知りたいのさ」 トカゲは引き出しの中の鼠を疑っているのかもしれない。 「あなたは小さな鼠を疑っているようですが、誰にも気付かれないよう短時間のうちに物を運び込むだけの体力が、彼にあるとは思えません」 スパイダーは嘘は言わなかった。実際、鼠にハート形の物を持ち出せたはずはない。では引き出しの中にあった物は、誰が持ち込んだのだろう。
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ハートの形を持ってきていたのは小鳥だった。ある日、鼠が歌を歌っていたら、突然小鳥が現れたのだ。『僕の歌が聴こえたもんでね』小鳥は笑顔でそう言った。 「まったく下手な歌だ。聴いてられないよ」 小鳥は涼やかな声で笑った。鼠は恥じいるようにうつむいた。 「まぁ、そんなに悲観する程の事でもないよ。そう、悪くない。僕はきみの声はすきみたいだ」 この日も小鳥はくわえてきたハート形のチョコレートを彼のために運んできた。しかし、鼠は首を振って受け取ろうとしなかった。 「もう良いんだ。ハートの形を集めたってあの子は目をさまさない。これ以上は物で引き出しが溢れてしまうよ」 「ねえ」 受け取り拒否されたチョコレートをついばみながら、小鳥は言った。 「きみは、外に出たほうが良いと思う。なんなら、彼女も連れていけばいいさ」
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皆の見ている前で、小鳥はハートのチョコの容器をくわえてゆっくりと空から舞い降りると、そのまま地に伏して動かなくなった。カラン、と空の容器が地面に転がった。 「引き出しから出てくる所を見たわ・・・」 誰かのつぶやきが、光速で全員の胸の中を侵食した。 「モンスターだ」 「鼠だ!オレンジの鼠!」 取り返しがつかない絶望をにじませて、弱々しくスパイダーは頭を振った。『小鳥は自分で食べたチョコレートで死んだのです!』そんな事を言っても、もはや誰も納得しないだろう。 「小鳥がモンスターの可能性は?ハートを盗んだのは小鳥かもしれないのですよ」 「あのオレンジ鼠を連れてきてくれ!スパイダー。そうすればどいつがモンスターだかハッキリするだろうよ!」 スパイダーは青い顔をして引き出しに入っていった。そして小さな鼠に言った。 「皆が、オレンジの鼠を連れて来いと私に言うのです」
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「小鳥のせいにする事は難しい。もう彼は死んでしまって、皆次は自分の番じゃないかと酷く怯えているからです。皆オレンジ鼠を処刑するつもりです」 「・・・小鳥のせいにも、あの子を差し出すつもりもないよ。僕が行く」 「いけません!彼女を差し出しなさい。そうすれば皆安心するでしょう。あなたが生け贄になる必要はない」 僕は少し笑った。できるわけがなかった。 「あなたは、オレンジ色をしていない。普通の鼠だ。彼らが探しているのはあなたじゃない!」 「僕がやったんだ。彼女は関係ない。だってずっと眠ってた。そうだろう?僕は最近引き出しに住み着いたんだ。君から皆にそう言ってほしい。」 「あなたを逃がしてあげます。家の外に出るのです。そうすれば・・・」 「ねぇスパイダー、今まで色んな事を教えてくれてありがとう。彼女を助けてあげて」 「僕を皆の所に連れていってほしい」
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僕は引き出しから初めて外の世界に出た。 「あれはオレンジ鼠じゃないぞ!」 スパイダーの糸を辿って引き出しから出てきた僕を彼らは驚愕の眼差しで見守った。僕は息を吸い込むと、宣言するように大きく叫んだ。 「僕がハートを盗んだんだ!」 皆が恐ろしい目をして僕に近付いてくる。怒号が、悲鳴が、頭の中を飽和状態にする。暴かれてしまった、僕の秘密。もっと君を引き出しの奥にしまっておけば良かった。うっかり見られてしまったのは僕のせいだ。だって君は、何も抵抗さえできない。眠っているのだから。 「やめてください!そんな事に私の糸を使わないで!」 乱暴に台の上に押し上げられる。折られた時計の針に括りつけられた。君に似ているオレンジの色をした火が放たれる。一瞬、夢を見た。君がいる夢。優しい夢だった。 僕はどうして泣いているんだろう。ああ、君が見ている。君のいる所へ、行けたらいいな。
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小さな鼠は灰になると、皆は散り散りに各々の住処へ引き上げた。灰の中に赤いハートが残されていた。ひとつもキズがない、美しいハート。 「あなたが好きだったのですよ。私も、おそらく小鳥も」 力なくつぶやくと、スパイダーはハートを大事そうに拾いあげて、引き出しへと向かった。
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