Mansun日記 第20章 (1998年9月)

MANSUN CONCERT REVIEW

(18 September 1998, On Air East, Shibuya)

16:48.53 渋谷ドトールにて

 今日は時間が余って困る。《この辺、プライバシーに関わるので一部削除》 なにしろ寝ていない。おまけにまだ夜型の生活パターンが尾を引いてる上、興奮でよく眠れないし。本当は今日こそぎりぎりいっぱいまで寝て、体力万全でMansunに臨みたかったのに。しかし、ここまでぼーっとしてしまうと、疲れたとか眠いとかいうのも感じなくなってくる。というか、興奮しすぎて今は脱力しているところ。もちろん本番で生き返るのは間違いないから心配はしてないけど。
 そこで、まずタワーに行って、Dazed & Confusedの最新号を見つけて買う。これまでは通勤途中にタワーがあったから必ずタワーで買ってたけど、ここが890円で、洋書屋が1200円だから、たいして割安感はないか。ただ、洋書屋は入荷冊数が少なくて、たいていクシャクシャなのに、レコード屋のはきれいなんだよな。直接購読をしないのも、航空便で送られてくると本が汚れるから(おまけにうちの郵便受けには入りきらないので、いちいち本局まで取りに行かなくてはならない)という理由。本といえば、Mansunの初のバイオが出るというので、もうちゃんとインターネットで注文してある。こういうのは最近、日本に入らないことが多いので。しかし早いなー。かなりの大物でも、本なんか出てない人が多いのに。それだけ需要も大きいってことか。どうせちゃちな作りの、いい加減な本だろうが、Mansunならなんだっていい。
 あ、5時だ。あと2時間、あと2時間で本物に会える! でもまだなんだかぴんとこない。まあいいや、そのぶん、本番で爆発するから。
 ちなみに私の今日の衣装は、「Paulのシャツそっくり」(と自分で思っている)のカーキ色のアーミー・シャツと、それに合わせたミリタリー調のパンツ、その下にこの前買った“Grey Lantern”のチビTシャツ。それに前髪を横に流し、ふわふわにカールした髪(私は天パーなので、ほっとくと自然にこうなる)を一房、目にかけている。わかる人にはわかる、お手軽Paul Draperクローン!〈わかる人にも説明しないとわからないって!〉
 あー、すてきなTシャツ売ってるかな? 今度のツアーはツアーパンフも作ったのだが、売ってるといいな。とか言って、本物見れればそれでいいじゃないか!

20:31.06 ○○線車内にて

 今、帰りの電車の中。ふーっ‥‥と言うと、あまり興奮しなかったようだが、とりあえず順を追って。
 ドトールを出たあと、Beamのレコファンへ行く。6時半くらいに入れればいいやと思って。古本のコーナーでSuedeの初来日パンフを発見。もちろんBernard在籍時のだ。この時は私はまだSuedeの魅力を知らなくて行けなかったのだが、これは今となっては貴重品。1750円だった。

 6時にレコファンを出て、ゆっくり歩いてOn Air Eastへ向かう。ドトールでは比較的冷めていたのだが、このあたりから心臓がドキドキドキドキいって止まらなくなる。あ、なんなんだ、これは? 何ってもちろん惚れてるからに決まってるが、今からこんなに胸が痛くて、本物見たらどうするんだ? 
 着いてみるとまだ入場の最中だった。番号は400番台だ。やっぱり早すぎたか。私はなにしろ入手したのが遅かったから整理番号は888番(末広がり)。どんどん人が減ってきて、最後の入場だった。ひえー! いちばんどん尻! これは下手すると前へ行けないか?という不安が胸をよぎるが、そこは根性さえあれば大丈夫と自分に言い聞かせて中へはいる。
 こうなったらあわててもしょうがないので、例によって誰も買ってないTシャツを物色。黒のチビTシャツ、赤のチビTシャツ、紺の半袖と3種類あり、すべてMansunロゴ入り。よかった。“Six”のスリーブだったらちょっと恥ずかしかったから。黒のはOn Air Eastのロゴ入りで、それもいやなので赤いのを買う。期待のパンフはなかった。ちぇっ。
 それからロッカールームに行くと、ここはほんの形ばかりの数しかなく、すべて使用中。えー! 私は仕事帰りの重いカバンに、Dazed & ConfusedとSuedeのパンフの入った袋、それに雨模様なので傘まで持っているのに! 若者たちはあきらめて出て行くが、もうこうなったら何でも来いの私は、財布だけ抜いて、カバンと荷物はロッカーの上に放置。あとから、通帳と印鑑と保険証も入ってるのに気づいたが、もうMansunファンを信じるっきゃないよ。〈なんで一切合切持ち歩く?〉
 それで身軽になって会場へ入ると、なんだ、思ったほど込んでないじゃない。ていうか、「死んでもPaulのそばで」という人は案外少ないというか。そこで、例によって正面よりややずれたあたりに入る(正面は人が固まるので、この方がシンガーに近づけるし、よく見えるのだ)。こないだは知らないのでStoveの側だったのだが、今日はちゃんとボーカル・マイクが立ってるのを確認してChadの側に入る。顔はともかく、あのギター・プレイは近くで見る価値があるからね。この時すでに7時半をまわっていた。
 あとは開始までひたすら体力温存。床に座り込んで待つ。ウォームアップ・テープはClashとSex Pistolsのメドレー。おおー! これはまるで私のためにあつらえたような‥‥。それにパンクってことは、もしかしてライブでは、アルバムとは打って変わったワイルドでアグレッシブなMansunが‥‥少なくともこないだはそうだったもんな。うわー! たちまちこみ上げるアドレナリン! だめだだめだ! それは演奏開始と同時に放出するんだから、ここでむだ遣いしちゃだめ!〈なんか卑猥な言い方(笑)〉と自分に言い聞かせ、目をつぶって必死にこらえる。
 そのうち、だんだんまわりがぎっしりになってきたので立つと、ステージではローディーが最終調整の最中。これはもうすぐだな。すると不粋な「お客様へのご注意」のアナウンスが。いらん! いつ始まるのかとわくわくするところがいいんだから、「まもなくコンサートを開始します」なんて言うな! 外人が‘Mansun from Chester!’とかコールするのは好きなんだけど、そういうバンドってめったになくなったな。と、まもなく音楽がはたとやみ、電気が消える。ワー!とならないんだな、これが。なんとなく、みんながもそもそと前へ進む感じで。

 ここで客質についても言わせてもらうと、サイテー!の部類。客は(なにせPaulのあの美貌だし、最近日本の雑誌にそれがやたら露出しているので)コギャルばっかりかと恐れていたが、確かにそういう人々もいるものの、意外と男の子が多い。それもひとりで来ているような子が。なぜか男の子のルックスのレベルはかなり高く、かわいい子が多いのはうれしいが、ちょっとおとなしすぎないか? もっともPaul本人もそうだから文句は言えないが、ギグでは意味もなくハイ・テンションなやつも必要なんだがな。
 それに外人ゼロ! これはめずらしい。時によるとまわり中白人だらけってこともあるのに。変だなあ。イギリスじゃあれだけ人気あるのに。そういや、今回はチケット取るのがむずかしかったんだっけ。もしかしてチケット取れたのは(機動力のある)コギャルと(情報収集能力のある)おたくばっかりか?(かくいう私も後者だが)
 とにかく客がやけにおとなしい。もちろん、前の方は押し合いへし合いしているが、なんか遠慮深くて礼儀正しいのだ。だからといって楽だったかというとそうでもなくて、カバンが当たってけっこう痛かったし、女の子の厚底靴で踏まれて足が痛かったけど。しかし、ひじが当たって「あ、すいません」なんて言われたのは初めてだ。踊らない人が多いし、始まるやいなや「なにこれー!」とか言って逃げ出す女の子もいるし。そうじゃなくても、カバンや傘もってスタンディングに来るアホは許せない。
 さてはこいつら素人だな! 当然ながらボディ・サーフィンなんかゼロ! なんかやっぱり周囲が白けてるとこっちも白ける。いや、べつに白けてるわけじゃなく、うれしそうな顔はしてるんだが、その表現方法を知らんらしい。これじゃ受けてないように見えるんじゃないかしら? かわいそうなPaul。とか言って、本人はもっと無表情だから何も言えんが。
 などと、冷静に観客を観察している暇があるのでおわかりのように、またも最初でイキ損ねた。くそー! 前回もあの親子にたたられたし、なぜかMansunはオーディエンスに恵まれない。
 だいたい、あんたらも、そんなふうにパラパラっと何気に出てこないで、オープニングぐらいもっと盛り上げなさいよ。と、今度はMansunに当たってしまう。だいたい、オープニング・ナンバーが“Negative”っていうのは、なんか暗いし地味すぎないか? 私はてっきり“Being A Girl”で景気良く始めるのかと思ってたのに。2曲目はその“Being A Girl”(シングル・バージョン)だが、ほんとシンプルだなー。というわけで、いささか醒めた目でステージ上のバンドを観察する。
 まずは目の前のChad。髪切ったらほんとにかわいくなったなー。もともと顔はかわいいんだけど。なぜかこうするとあごもそれほど目立たないし、太さも目立たない(もちろんシャツのボタンを上までかけているので、胸毛は見えないし)。ちょっと痩せたかもね。やっぱりかわいいよ、この人。それでこれだけのギターを弾けるなんて!
 そしてPaulに目を転じれば‥‥はー、きれいねえ‥‥

22:24.51 自宅にて
 ただいま帰宅。シャワーを浴びてからパソコンに向かっている。どこまで行ったっけ? Paulのルックスのことか。 はー、きれいねえ、と、月並みな感想しか書けないが、いつ見ても本当にきれいだ。この人はまったくアラのない美少年で、ということはつまり、どこといって特徴がない美少年ということでもあり、最初しょっちゅう顔が変わると思ったのもそのせいかもしれない。◆は「アラはある」と言うが、生で見るとそんなのほとんど見えないよ。しかし、実は美というものはどこかに過不足があってこそ際だつものなので、その意味ではおもしろみのない美形。ただひとつ、この人の容貌で異彩を放つのはあの目、あの目だけなのだが、せっかくの目が髪で隠れて見えないよー!
 というのも、右目に髪をかけているのは写真で見たとおりだが、ライブだといつもは横に流している前髪がくしゃくしゃに乱れて、全部目にかかってしまうのだ。私の大好きなパターンだが、しかしもったいない。それに彼は歌うときは目を固く閉じているし、ギターを弾くときはうつむいているし、どっちもしていないときは後ろに引っ込んでしまうので、やっぱりあの目が見えない! ああー! やっぱり動けないように縛り上げて、あごをぐいとつかんで持ち上げて、あの目をのぞき込みたい!
 しかし目は見えなくても、やっぱりきれい。象牙のような白い頬に、キラキラ光る金色の髪がふわっとかかったところなんか彫像のように美しい。あ、そういえば気になる髪の色だが、やっぱりライトが当たると金色に見えるが、これはライト・ブラウンというんだろうな。今はStoveが(ナチュラルの)金髪、Chadは今は普通のブラウンだが、Paulはちょうどその中間の色合い。
 しかしあの肌といい、髪といい、やっぱりお人形みたいだなあ。シンガーは(特にこういう色白の人は)歌ってればいやでも顔が紅潮してくるものなのに、ましてこの人は渾身の力をこめて歌ってるのに、顔は白磁のように蒼白なまま。ほんとに血が流れてるんだろうか?
 お洋服は、またあのシャツだったら笑ってやろうと思っていたが、さすがに今回はお召し替え。細いピンストライプの入った黒いシャツを着ている。しかしあいかわらず地味ななり。容貌はじゅうぶん派手だからいいけど、色白で明るい色の髪だから、この子は明るいきれいな色の服を着ても引き立つと思うのだが。そういや、これだけ派手な容貌なのに、いつでもどこか寂しそうな感じがあるのはなんでかなー。べつに無表情だからっていうだけじゃなく、もともと寂しい印象の顔立ちなのだ。
 体もやっぱり細いなあ。あの細い肩、細い腰(そこから下は見えず)。とはいえ、Neil Codlingみたいな、さわっただけでこわれそうな、「中味が入ってるとは思えない」という細さじゃなく、しっかり身の詰まった体なのも以前から指摘している通り。あー、脱がしてみたい! しかしこれで5’8”ってのは絶対サバ読んでるぞ。私より大きいってことは絶対ない。だって手とか足とか短いもの。手足の長さは身長に比例するので、私くらいの身長があれば絶対に手足は細長く見える。まして、あの人はあんなに細いんだから、もっと長く見えて当然。目測5’6”ってところでしょうか。でも隣のChadやStoveから見ると、そんなに小さい感じしないな。すると胴だけ長いのか? ひー!
 ちなみに気になる表情だが、前回ほど固く見えない。もちろん笑わないが、あれほどお人形のように無表情じゃない、といってもちょっとは人間らしく見えるってだけだが。だいたい今度はちゃんとしゃべるし。もっとも最初と最後のあいさつと、‘Thank you!’(1曲終わるごとに、叫ぶように「サンキュッ!」と言う)だけだが。曲目紹介さえしない。向こうじゃちゃんとするので、これはどうせ言ってもわからないと思ってるのか?
 それに歌うときの苦しそうな表情はあいかわらずだが、歌い終わるとちょっと表情がゆるむ。決まったときは小さく控えめに「よしっ!」とガッツポーズをして「やった!」という顔をするし。よっぽど感情表現は苦手なようだが、それだけでも大きな進歩。Mary Chainはどうかな?‘Thank you.’以上しゃべれるようになったかな? もっともこの人たちがペラペラしゃべったり、ニコニコしたりしたら幻滅だけど。《とかなんとか言ってたがー‥‥》
 しかしなあ、あのPaul Draperをこれだけ近くで生で見てるってのに、(しかもこれだけきれいなのに)それほど感動がないのはなんでだろ? 見るまではあんなにドキドキしてたのに。いや、感動してないわけじゃない。だけど、なんかこうムラムラくるものがないんだな。というのは前回といっしょ。やっぱり見て(ルックスだけでも)感動したのは誰かといって、初めてのMary Chainとか、Roddyとか、Jesus Jonesとか、あとNeil Codlingか。Mansunはなまじ毎日写真やビデオで見てるせいで、見慣れちゃったんだろうか? 〈それを言ったら、Suedeの方がずっと視覚情報は多いじゃない〉 それもそうだな。スター性とかカリスマ性に欠けるんだろうか? いや、それは十分すぎるほどあるしなー。変だなー。ま、他人とは思えないというところへは行っちゃってるけど。
 些細なことだが、前はミネラル・ウォーター飲みながらやってたのに、今回は曲間ごとに大きなプラスチック・カップに入ったビール(としか見えないんだが。色からして)をガブガブ飲んでいたのが気になった。あんなに飲んで大丈夫なのか? まさかウーロン茶じゃないよなー。酒強いのかな? 私はステージで酒(ないしはドラッグ)を飲むのは反対なのだが。集中力乱れるから。(ちなみにタバコはOKよ。かっこいいし、べつに演奏には影響しないから。もっともシンガーには本当はいけないんだが) ましてここはChadが酒で失敗してるから気をつけてほしいんだけど。だいたい太るし。《このあと読んだインタビューでは中国茶を飲んでいると書いてあったので、あれはやっぱりウーロン茶だったみたい。それもそのはず、あれだけのコントロールの鬼がステージで酒なんか飲むはずないのだった》
 悪いけど、StoveとAndieは見てません。私から遠いせいもあるけど、PaulとChadだけで手一杯で、とてもじゃないがそんな余裕ないので。

 ここらで音楽についても。びっくりしたのはちゃんと聞こえる!〈あたりまえだろが〉 いや、つまり前回とくらべて、音の解像度がいいんでびっくりしてるの。Paulの歌も細部まではっきり聞こえる。Chadのギターもバッキングボーカルもくっきり。むしろリズムが引っ込んでる感じだったな。いや、やっぱりコンサートでもリスニング・ポジションは大切ね。今日は真ん中だったので(結局Paulにひかれて正面へ来てしまった)良かったのかも。
 それでわかったのは、うまいじゃないかー! Paulは声がないとか音程甘いなんて誰が言ったんだよ! 隅々までしっかり声が出てるし、音程なんかぜんぜん外さないじゃないか。ちょっと苦しいかなと思ったのはいちばん高い高音部だけで、それでもなんとか声をふりしぼって出し切ったぞ。少なくともあのブートレッグよりもずっとうまい。あまりにうますぎ、安定しすぎてレコードそっくりに聞こえるくらい。そういや、テレビ出演のほうのブートレッグ聴いてて、そんなこと言ってたな。やっぱりこの人はすごくうまいシンガーなのだ。日によって多少はむらがあるようだが、体よわいんだから勘弁してやれよ。
 でもほんとにまだ成長途上なんだな。「今度見るときは絶対もっとうまくなってる」とは言ってたが、本当だった。まあ、これだけギグばかりいっぱいこなしてれば、いやでもうまくなるはずだけど。前も言ったように、Paulは前回はギターを片時も離さなかったが、今はギターを持たずにマイクの前に立つことが多い。この人はかなり弾けるのだが、やはり歌に専念したほうが歌の出来もよくなるみたい。だいたい“Six”の歌はむずかしいのばかりだし。
 そこで今回のギターはChadが全面的に受け持つ。これがもおー!っていうくらいいい。特に彼のボトルネック。あのキュイーーンとのびる音がたまらない。ギター・ソロもたっぷり聴けてうれしい。(もちろんほんとのプログレじゃないので30分はやらないが、その代わり、けっこうこまめにやる。その間Paulはお休みだが、見るからにひ弱そうなので、息をつく間を与えてあげるのはいいみたい) この手のギタリストは絶えてなかったものだが(Suedeがたまにやるくらい)、私はこれが好きなんだよー。
 ここではたと気がついたんだが、そういや、今回はあの轟音ギターが炸裂!ってのがないぞ! 前回はほぼ全篇それだったのに。音はやっぱりかなりでかいのだが、妙に音がすっきりして整頓され聴きやすい。レコードみたいに聞こえるのはそのせいもあるだろう。これはリスニング・ポジションだけの問題じゃなく、本当に音が変わったみたい。「パンクっぽいのかも」という予想は完全に外れ。むしろアルバムの印象そのものの、繊細で緻密な音作り。
 そのひとつの原因は、Paulがあまりギターを弾かなくなった。つまり2本から1本に減ったせいだろうが、そのChadのギターもずいぶんきれいな透明感のある音になった。私が感動した“Legacy”のあの出だしのギター。あの音が基本なのだ。これは私にはちょっとさみしい(これは誰が書いてるか、もうだいたいわかったでしょ)。成長すると失われるものもあるけど、あれもそのひとつなのかなあ。

 というところで「新しいMansun」の弱点も見えてきた。ずばり言おう。コントロールされすぎなのだ。“Six”というアルバムがもともとそうだったから、よけいそれを感じるのかもしれないが、あくまで頭で考えた音楽という気がする。肉体表現より頭のほうが先に立ってしまい、だから見ている方も一気に行くどころか、つい冷静に分析してしまう。
 というのは、私がJesus Jonesに対して言った悪口だが、だいぶタイプは違うものの、それは確かにMansunにも当てはまる。そういやPaulの様子も、ちょっとMikeに似てるか? クールというだけではない。このバンドのコントローラーがPaulなのは一目瞭然だ。それが証拠に、何もしてないとき(今回はやけにこれが多い)のPaulは、ぼさっとしているわけでも、Neil Codlingみたいに床のしみを鑑賞しているわけでもない。舞台の袖に引っ込んで、演奏するバンドをじっと見つめ、ちょこちょこローディーを呼び出しては何か(ローディーの真剣な表情からして世間話ではないのは明らか)を指示している。Mikeじゃないからまさか「反省会」はやらないと思うが、いかにもショー全体の進行に気を配り、ちゃんとうまくいっているかどうか確認してる感じなのだ。
 まあ、おかげで完璧なショーだったのは間違いないですけどね。“Six”のリビューじゃ「これ、ほんとにライブでできるのか?」「ましてライブじゃ、曲の構造をおぼえているだけでも大変だと思うけど」とか言ってたが、もちろんちゃんと間違わないばかりか、あの複雑なタイトル曲をレコード通りにやってのけたのには舌を巻いた。
 しかしその「コントロール」によって失われるものは確かにある。そうか、SelectがGlastonburyのリビューで攻撃していたのはこのことだったんだな。例の「沈みがちな雰囲気の中で必死にポゴを踊ろうとする観客にくらべ、バンドに情熱が感じられない」っていうやつ。私はまたPaulの無表情と無愛想のことを言ってるのかと思ったが、違ったみたい。そうじゃなくて、Paulは前回より愛嬌があるが、音は確かに冷たくなった。完成されて美しいけれど、あのたぎる情熱とやみくもでがむしゃらな感じは確実に薄れた。やっぱりこれも成長とともに失われるもののひとつで、Mansunは他のバンドの5年分を1年でやっていることを思えば当然なんだけど。もしかして前回、私は非常に貴重なものを見てしまったのでは? まあ、いいけどね。やる気と情熱だけはあふれるほど持ってるバンドはいっぱいいるけど、MansunはMansunだけだから。ただ、この点でライブ・バンドとしてのMansunはSuedeには絶対勝てないだろうな。なにしろBrettはあの年であの乱れようだからね。〈まだそんな年じゃない!〉
 ああ、この上ぜいたくを言うのもなんだけど、これでこの人が本気で我を忘れて乱れるのが一目見れたら! あの人があの仮面のような無表情をかなぐり捨てて、あのいかにも頑固そうな自我が崩壊するのが見たい!〈Brettだってべつに自我が崩壊してるわけでは‥‥(苦笑)〉 これはやっぱりあれだな。身動きできないように縛り上げて、ひたひたと‥‥〈やめやめ! 勝手な妄想に走るな!〉

 じゃ、やめるけど、これで私がイケない理由もわかりましたね。つまりそれにはPaul自身が醒めすぎているのだ。オーディエンスがギグの質を左右するというのはいつも言ってるが、同時にこちらはバンドに完全に同調しちゃってるもんだから、向こうの気分がストレートに伝わってくるのだ。それで本人がぜんぜんエロチックな気分になってないんだから、こっちもイクにイケないわけ。〈じゃ、なんだよ? Brettはステージでよがってるっていうわけ?〉 全身でよがってるじゃないか。うれしそうな顔して。しかし、ギグには「イッたもん勝ち」という法則もある。べつに彼が感じてなくてもいいもん。私だけ勝手にイクから。〈おいおい‥‥〉
 というわけで、最初の30分ほどは冷静に見て、冷静に感動していたのだが、やっぱりせっかくMansunに来たのに、このままじゃつまらないという気がしてきた。確かにオーディエンスの質は悪いが、今回ははっきり見える、はっきり聞こえる、踊るスペースもあるという最高の環境。これでイケなきゃ嘘じゃない。だいたい私はMansunはレコード聴いてるだけでもイキそうになるし。だったらその音楽に集中すればいいのだ。あとダンスね。やっぱり突っ立ったままイクのはむずかしい。まわりがほとんど踊ってないのが痛いが、まわりなんか無視すれば見えなくなるのだ。(曲の頭はいちおうポゴ・ダンスが始まりそうになるのだが、すぐに止まってしまう。実際“Six”の曲は、緩急の変化が極端で、リズムがコロコロ変わるので非常に踊りにくいのだが) というわけで、後半は私は(私だけかも)全曲を踊り通した。“Taxloss”や“Drastic Sturgeon”や“Stripper Vicar”や“Take It Easy Chicken”を立ったまま見てるなんて信じられないわ。〈それってさっきのSelectの言ってた「必死にポゴを踊ろうとする観客」そのものなんじゃないですか?〉 あら、ほんとだ。でもその気持ちは痛いほどわかる。
 そうやって踊っていると、ほら、だんだん来た来た。それがピークに達したのはアンコール。前回は1曲だけだったアンコールは4曲もやる大サービス(ただ、そのかわり本篇がずいぶん短い気がしたが)。曲は“Legacy”“Everyone Must Win”“Drastic Sturgeon”“Take It Easy Chicken”という超強力なラインナップ(もちろんMansunはどの曲も強力だが)。特に私は“Everyone Must Win”があるのを忘れていた。とにかく今いちばん好きなMansunソング。これはやっぱりオープニングにぶつけるより、こうやってクライマックスに持ってくるほうが盛り上がる。この演奏がまた最高で、ああ、もうだめ! イキそう。いくー!! 〈なにひとりでよがってるんだよ?!〉 だから「私は美に欲情する」って言ったでしょ! それでこの世にMansun以上に美しいものはないんだから、Mansun以上に私をかき立てるものはないんだー!
 はあはあ‥‥というわけでその後のことはしばらく空白で、いつ終わったのかも気がつかなかった。気がついてみると、(クラブ内はけっこう涼しかったにもかかわらず)全身ずぶ濡れで、膝がガクガク笑っていた。最近運動不足なので、Mansunに備えて体力つけなきゃと、うちで踊ったり、ジョギングまでしていたのに。〈そこまでやるか?〉 だって途中で息があがってへばるとやじゃない。ただ、私はどうも膝が弱点で、走っててもすぐに膝が痛くなるんだよな。〈年寄りくさいこと言わないでくれー!〉

SET LIST

1. Negative
2. Being A Girl
3. Mansun's Only Love Song
4. Stripper Vicar
5. Shotgun
6. Wide Open Space
7. She Makes My Nose Bleed
8. Six
9. Taxloss

(encore)
10. Legacy
11. Everyone Must Win
12. Take It Easy Chicken
13. Drastic Sturgeon

 というわけで、当初の目的は達成したのだが、〈なんの目的だよー!〉、実はまだある! Mansunはもう一晩追加があるのだ。といっても、宣伝もしない、チケットも売らない、完全なシークレット・ギグ! 明日リキッド・ルームで。この情報はMansun Heavenで読んだのだが(日本の情報をイギリスから知らされるなんて、ここがいかにもインターネット)本当だろうか?
 どうしようかなあ。明日は--CENSORED--だし、体はもう悲鳴あげてるし、今夜もほとんど寝られそうにないし。〈Mansunのシークレット・ギグを知ってて行かないなんて恥じゃない!〉 だってまだ本当かどうか信じられないんだもの。〈嘘でも行ってみるのがファンってものだろ!〉 それもそうだなあ。よし、明日はいったん帰って仮眠すればなんとかなる。行くぞー!