Mansun日記第19章 (1998年8月)

Mansun “Six” Album Review

Part Two

(前章からの続き)
◆ というところでパート1は終わり。パート1がこれだとパート2はどうなっちゃうんだろという一抹の不安もあるが、とりあえず、インタールードはChadの曲で“Witness To A Murder (Part Two)”
▲ Part Oneはどこにもないのに‥‥
◆ 繊細な生ギターに男女のオペラ・ボーカル、そこにTom Bakerの語りが乗る。
▲ はあ〜、もう何を言ったらいいのか。
◆ 美しいじゃない。この詩もすてきだし。

But my conscience is intact
I can deny everything
I'm waving into blind eyes
それでも私の良心は無傷のままだ
私はすべてを否定できる
私は盲目の目に向かって手を振る

◆ というラストの部分が特に好き。
▲ しかし、徹底した被害者意識と全否定の立場は貫いてるのね。
◆ 音楽は完全にポジティブだからいいじゃないか。
▲ しかし、これとBiran Jonesの死がどこでどう結びつくの?
◆ 前半のヴァースはそれのことでしょう。「深い、塩素の息」とかいうのもプールを連想させるし。
▲ ほんと、この人たちの詞はよっぽど想像力と連想力に富んでないとわかんないな。しかし、これだと彼は誰かに溺死させられたように読めるよ。
◆ そういう噂もある。
▲ Biran Jonesにはまったく関心ないんだけど、溺死といえば‥‥
◆ おっと、またトラウマに。ここはあまり深く考えないでいいよ。
▲ 個人的にはオペラ・ボーカルはなくてもよかったと思うけどな。
◆ これはPaulが歌ってもよかったね。
▲ こんな声出るか?
◆ 出るからすごいんだ。それに語りもPaulでもよかったのに。こんなおやじよりPaulの語りのほうがずっとセクシーなのに。私、本当に美声のシンガーはしゃべりを聴くのも好き。

◆ そこでパート2のトップは“Television”。これまたどうでもいいようなことだが、私はこういう‘1, 2, 3, 4!’というカウント・インで始まる曲が好きです。
▲ あー、やっぱりこっちのほうが聴きやすい。これも相当不思議だけど、まだ意図はわかるし。
◆ これを「聴きやすい」で片づける気? この世にも美しい悲痛なファルセットを?
▲ ファルセットもきれいだけど、ヴァース部分は地声に近い低い声で歌っていて、これがまたぎょっとするほどセクシーだよね。
◆ 元々の声がいいからねえ。その甘く優しい低音から、いつもの歌声(ややこわもてのするロック・ボーカル)、そして透明な天使のファルセットへの移行がすばらしくて、七色の音域も健在だねえ。
▲ 声を楽器のように使うというのは、ファーストでも感心したけど、どうしてひとりでこんなにいろいろな声が出るんだか。顔見て同一人とは思えないと言ってたけど、声聴いても別人のように変わるよね。
◆ おまけに曲も変幻自在に変わって行くし。陽炎のように美しく、はかなくて捕らえどころがない曲で。
▲ 歌メロもきれいだねえ。Paul Draperの最大の持ち味である、胸をしめつけるようなメロディが遺憾なく発揮されている。
◆ ああー、きれいな声だー。ああ! 特にファルセットへ入る部分なんか、全身が総毛立って、背筋がゾクゾクする!
▲ 歌だけでそういう体験させてくれるバンドはそうはいないよね。
◆ しかもこの人の歌はほんの余技だってことを忘れないでよ。他に歌えるやつがいなかったから、やむなく彼が歌うことにしただけで。
▲ 信じられないな。おわー! 後半のギター・ソロはまるきりプログレ!
◆ おお!
▲ ここではギターでやってるけど、これは往年のプログレ・バンドのシンセの音だし、メロディだよ。
◆ うっとり‥‥
▲ エンディングのファルセットがまたすごい。なんだ、この声は! これって男性に出る高音の限界じゃないか? これまででいちばん高い声の出るロック・シンガーはBilly Mackenzieだったと思うけど、それに匹敵しないか?
◆ (いやな顔して)なぜすぐにそうやって自殺者を引き合いに出す?
▲ (自分でもぎょっとして)そういう意味じゃなく! 単に才能の問題として!
◆ ならいいけど。しかしそれってすごいことじゃない。歌だけでも歌聖Billy Mackenzieに匹敵! これならほんとにオペラも歌える。
▲ だけど、最後ドラマチックに決めが入ったところで、わざとつぶれたような変な声で終わるのがいかにも。
◆ 照れ隠しだと思うな。あまりに決めすぎるのも恥ずかしいという。Sky Newsのサンプリングもそういう外したユーモアのひとつだろう。
▲ 私はこれ、ユーモラスというよりけっこうこわいけどな。美しいけど、強迫的な恐ろしさのある曲。
◆ ああ、すごい! Mansunはすごい! “Cancer”よりこっちのほうがいいじゃない!
▲ それはファーストでも言ってたな。もう絶対これ以上のものはあるまいと思うと、次々それ以上のものが出てくる。
◆ だったらまだあるのか? うそー! さすがにこれはつい音楽に圧倒されてしまったが、歌詞は?
▲ テレビの歌。
◆ 投げないでよ!
▲ だってそうだもん。なんかテレビに精神を支配されることについての、静かだけど恐ろしい歌。
◆ これが“1984”かな?
▲ たぶんね。それとスリーブの男の子は明らかにこの歌の主人公だ。フロントは勉強してて、バックはベッドでテレビを見ているでしょ。どっちもこの歌の中にある場面だから。
◆ なるほど。スリーブに使われてるってことは、やはり重要な曲なわけね。それで目がないのはどういうことなの?
▲ 私に訊かないでよ! ‘If I do too much gak (sits my one big eyeball)’というコーラスに鍵があるような気がするんだけど、‘gak’というのがわからない。辞書にも載ってなくて。(ちなみにインターネットのありがたいところは、歌詞集に載ってないコーラス部の歌詞までワーディングしてくれるところ)
◆ この人の歌詞も辞書引きながらじゃないと読めないのよね。まして耳で聴いてもさっぱりだし。これで歌詞がなかったらお手上げ。
▲ 難解なボキャブラリーでもRicheyに匹敵すると。
◆ Manicsのほうがまだわかったわよ。テレビにも恨みあるのかな?
▲ ていうか、好きなんじゃない? “Prisoner”とか“Dr Who”とか出てくるところをみると。私はテレビ恐怖症だから生理的にこわいと感じてしまうけど。
◆ 好きなものはこわいんだよ。Mansunこわい。
▲ 「まんじゅうこわい」みたいだ(笑)。

◆ (明らかにテレビ終了後を思わせる)ホワイト・ノイズを残して前曲が終わったあとは、ビープ音をはさんで、英国国歌がちらっと出てくる。
▲ 向こうでも番組の終了後は国歌が流れたりするんでしょうか。
◆ そして曲は“Special / Blown It (Delete As Appropriate)”へ。
▲ どこまでがタイトルなんだよー。曲の区別もむちゃくちゃだが、タイトルも狂ってる。
◆ あいかわらず言葉遊びも好きだねえ。Delete As Appropriateというのは、Delete As Inappropriateのもじりでしょ。これってPaulがこのアルバムでいちばん好きだって言ってた曲だよね。
▲ 前のにくらべるといくぶん地味な感じがするが。
◆ これもいいよ。Mansun一流の流れるような流麗なメロディが魅力で。Chadのギターは泣きに泣いてるし。ああ〜!
▲ これってインストゥルメンタル?
◆ いや、イントロが長いだけ。普通ならあとに持ってくるギター・ソロをイントロでやっちゃうわけね。
▲ ああ、やっぱこれもいいなあ。
◆ だから全部いいって。
▲ これは歌詞もよくわかるよ。いわゆる「業界ソング」、つまりポップスターとしての自己言及の歌だ。
◆ となれば、否定的内容になることはお約束なんだが。
▲ だからスーパースターとしてsomebody specialになれたはずなのに、すべてをblown itしてしまって、delete as appropriateになってしまったという話。
◆ なるほど、タイトルのまんまか。わかりやすいけど、これまた救いがない。
▲ でも思ったほど暗くない。
◆ だって何もかもぶちこわしでもう終わりだって歌なのに?
▲ でもこれって、Mansun本人のことじゃないでしょ。
◆ そりゃそうだけど。あり得る未来かもよ。
▲ その方がましだ。なまじ成功なんか手に入れても‥‥
◆ あー! またトラウマが!
▲ ManicsやClashのこの手の歌がなんでつらかったかというと、彼らの苦悩がもろに反映されていたからで、その点、これは絵空事だから気が楽。
◆ でもなんか悲しいよ。「ぼくは自分のしてきたことすべてをぶちこわしにしてしまった」とか「ぼくは人を幸せにすることもできたのに」なんて歌うのを聴くと。
▲ だってMansunにはありえないことじゃない。

Just one more greatest hits tour for the devotees
The same old faces came
They love their summer spectaculars
熱烈なファンのためのもう一回のグレーテスト・ヒッツ・ツアー
やってくるのはいつも同じ顔ぶれ
みんなの好きな夏のスペクタクル

◆ とかいう、オーディエンスに対する冷笑的な見方もこの手の歌のクリシェと言えるけど、Mansunみたいなバンドがそんなこと口にするなんてショック! 仕事だけが生きがいだと公言し、あれだけファンを大切にして、勤労奉仕みたいなツアーを続けている人が。
▲ だからMansunのことじゃないって!
◆ でもPaulの歌は彼自身の気持ちの吐露だって言ってたし、まったく心にもないこと書くか? これって夏のフェスティバルのことだよね。もしかしてGlastonburyのステージで、そんなことがちらっと心をよぎったのかも。
▲ とにかく、「ああ、ツアーは楽しいな。お金もいっぱい儲かるし、ファンの顔を見ると元気がわいてくる」なんて曲を書くわけにはいかないだろ。
◆ それは確かに。あれ、いきなりブチッと終わってしまった。
▲ 普通ならここに入るべきギター・ソロを頭に持ってきたので、こうなるのね。
◆ むちゃくちゃな構成だな。

▲ しかし、A面の異常さにくらべると拍子抜けするくらいまともだよ。こっちは「ポップ・サイド」か? 既発の2枚のシングルもこのあとに続いてるし。
◆ ほんとだ。このあとは“Legacy”と“Being A Girl”で、もう終わりなのー?
▲ 「もう」ってことはないでしょう。これだけあれば。
◆ 確かに。“Legacy”1曲でも「げっぷが出るほど濃い」とか「聴いてると胸焼けがする」とか言ってたけど、これなんかまだ淡泊なほうだった
▲ おまけにそれが13曲! しかもその中には10分近い曲が何曲もあるし。死ぬー!
◆ しかし何度聴いても美しい感動的な曲だよなー。
▲ 最初はそうは言ってなかったと思うけど。むしろ気に入らないみたいな口ぶりだった。
◆ あれは撤回! 聴けば聴くほどすごい曲だと思うようになった。
▲ 曲をちゃんと聴く前にあのビデオを見てしまったのもよくなかったな。
◆ だからMansunは1回や2回聴いたって真価はわからないんだってば! だからもっと時間を置いてからやろうって言ったのに。
▲ だって聴いちゃったら、なんか言わずにはいられないじゃない。
◆ だったらもう少し中味のあること言えよ。
▲ それじゃ歌詞の話でもしましょうか。これもしてなかったから。
◆ うん。
▲ これがついに出たって感じのあれ。
◆ あれって何よ?
▲ 絶望、病気、狂気、疎外、孤独、倦怠、アパシー、ディプレッション、Mansunの歌詞にはまるでお約束のように、ありとあらゆる否定的要素があるけど、これだけはないと思っていた自殺の歌。
◆ うそ!
▲ 何も自殺でなくてもいいか。だったら「死」の歌。
◆ うーむ、タイトルからしてそんなんじゃないかと察してはいたが‥‥
▲ でも、

Life is wearing me thin
I feel so drained, my legacy
A sea of faces just like me
人生がぼくをすり減らす
ぼくは干上がってしまったような気がする
ぼくの遺物
ぼくと似たような顔の群

▲ というサビはやっぱり自殺願望の歌のように聞こえるな。要するに生きていくのは耐えられないってことでしょ。でも「死んでしまえばもう何も気にならない」(Won't be here so I don't care)し、「君が死んでも誰も気にしない」(Nobody cares when you're gone)ってのが結論なわけ。まるで‥‥(涙声になって)まるでRicheyその人が書いたかのようだ。
◆ ああ、もう! 私の唯一の喜びにして希望であるMansunのリビューだってのに、いちいちトラウマ引っぱり出すのやめてよ!
▲ 私は一生これにこだわり続けるよ! 彼がいなくなって気にする人間もいるっていう証拠に。
それに、これこそまさにRicheyが感じていたことじゃない。そうでなかったらあんなことできるはずがない。
◆ だからってPaulもそうだとは言えないでしょ!
▲ そう思う?
◆ あたりまえでしょ。歌に書いたこといちいち実行してたら身が保たない。
▲ Richeyは本当に実行してしまった。
◆ だからPaulはRicheyじゃないって!
▲ そうだよね?
◆ そうだったら! 心情的に近いところにいる人であることは間違いないが。
▲ えーっ!(また泣く)
◆ しかし、Paulが何かとRicheyにくらべられるのは変だと思っていたが、これ聴いてよくわかったっていうか。ねえ、ファーストにそんなのあったっけ?
▲ そういえば‥‥難解で狂っていたのは元々だけど、ここまで全面的に陰鬱で絶望的で否定的な歌詞ってのはファーストには1曲もなかった!
◆ なのに今回はすべてこれ。ということはPaul Draperにいったい何が‥‥
▲ (蒼白になって)成功への道を驀進するバンド、それとは裏腹にますます救いがなくなっていく歌詞、無理な作り笑い‥‥もしかして、これがPaulの“The Holy Bible”???
◆ そんなことあるわけないじゃない。
▲ ほんとに?
◆ Trent Reznorはあんな歌詞書くけど、まだ生きてるじゃない。
▲ あまり慰めになってませんが(苦笑)。
◆ だからほら、アンビバレンスよ、アンビバレンス! Richeyは不幸にして言行一致の人だったけど、この人は口ではケロケロと嘘つくから。さっきのツアーの話もそうでしょ。
▲ だって本音かもしれないって言ったじゃないか。
◆ だから誰だってそういう矛盾した気持ちを持ってるわけで。(▲をなだめようと必死になって)それにPaulとRicheyには大きな違いがある。Richeyにとって音楽はなんの救いにもならなかったけれど、Paulには音楽だけが救いだという
▲ (ぱっと顔が明るくなる)そうだ! そうだよね。音楽さえあればいいんだ。音楽のためなら死んだっていいんだ。
◆ なんかあんたも矛盾したこと言ってないか?
▲ それにこれって本来私の好きなタイプの音楽だし。ますます好きになってしまった。
◆ そんなんでいいのか?

◆ というわけでラストは“Being A Girl”です。
▲ それにしても、いちばんこのアルバムらしくない、異色の曲を最後に持ってくるとは。
◆ ほんと。予想完全に外れた。もしかして全部こういうのかと思ってた。
▲ そんなはずないとは思っていたが、ここまで濃かったとは。
◆ でもこれはこれで楽しい曲だよね。
▲ 「わかりやすい」というだけでもありがたいという気がしてくる。
◆ あれ?! まだ終わりじゃないよ。続きがある!
▲ だからそれはボーナス・トラックの“I Care”でしょ。
◆ 違うって! これは“Being A Girl”の続きだよ。
▲ ほんとだ! してみるとシングルの“Part One”というのは本当だったのか。
◆ あくまで前半部分だけだったのね。あのMansunがラスト・ソングをそう簡単に終わらせるわけはないと思っていたが。
▲ その手を使うなら、このアルバムは1曲につき5曲はカットできるぞ。
◆ これがまた終わったかと思うと際限なく続く(笑)。典型的な3分ポップと思っていたが、実はこれも8分もある壮大な組曲で。
▲ かっこいい! この変奏はかっこいいよー! あの単純な曲がこんなにふくらませられるなんて! もしかして、パート1がぐちゃぐちゃなのは、単純とはほど遠い曲を、さらにつぎはぎしてくっつけあわせたせいかもしれないな。
◆ でたらめやってるように言わないでよ。
▲ Paul Draperなりの論理はあるんだろうけど。あの人の頭、中開けてどうなってるのか見てみたいわ。
◆ でもこれをラスト・ソングにして正解。内容もかなり肯定的なほうだし。
▲ 「女の子になりたい」ってのが?(笑) 最後はなぜかMarxの話になるけど? 「カエルに大洋が理解できないのと同じく、ぼくには幸せというものが理解できない」なんて言ってるけど?
◆ もういいんだ! Mansunならなんだっていいんだ!
▲ 開き直り。あら? 最後にかわいい小さな子供の歌が入ってる。
◆ これはChadの甥っ子だそうだ。Clashのやった手口じゃないか。
▲ へー、やけにかわいい終わり方

◆ そして“I Care”だが、これも何度聴いてもいいなー。イントロのギターだけでも涙が出る。
▲ 私はこういうのはきらいなんだがな。アルバムというのはちゃんと構成を考えて作ってあるし(Mansunは考えすぎという気もするが)、特にエンディングは大事なのに、そこによけいな蛇足を付け加えるというのは。
◆ 永遠に終わらないでほしい、というのは私がMansunのレコードを聴くたびに思うことなんだ。ループになっててまた1曲目に戻るともっといい。
▲ 死んじゃうよ!
◆ まあ、現実にこれからそういう聴き方すると思うんですがね。CDプレイヤー、リピートにして。
▲ ひー!

◆ それじゃ結論と行きたいんだけど‥‥
▲ Mansunは天才だ! わからないやつは頭が悪いんだ!
◆ そういう自分も頭かかえてたくせに。
▲ だからものすごくいいってことはわかるよ。ただ、まだそれを整理して言葉にすることができないだけで。
◆ やむをえないことだが、詞に話が偏りすぎたきらいもあるな。だったら、私がもうちょい意味のあるまとめしてあげる。全体にファーストは歌のアルバムだった。ところがここでは歌は引っ込んで、ギターが全体を引っぱって行ってる感じがする。
▲ たしかにインストゥルメンタル部分がやけに長いよね。それがPaulの言う「ライブ的」ってことなのかな?
◆ こんなの本当にライブでできるのかって気もするがね。
▲ それをやるから天才なんじゃないか。あ! そういえば、Mansunのライブってこういう感じだった。ほら、“Ski Jump Nose”が“The Chad Who Love Me”で始まったり、その途中にまた“The Lyrical Trainspotter”が放り込まれてたり。
◆ そういやそうだ。それをスタジオでもやってしまったということか。
▲ それを思えば、私が初めてライブを聴いてとまどったのも当然というか。今度のギグで確実にひとつだけ言えることは、Mansun本人も何倍も大きく成長しているはずだけど、私も成長してやっとあれがわかるようになったというか、絶対に前よりよく聞こえるはずだし、感動するはず。
◆ たった今、わからないと言って頭かかえてなかったか?
▲ 最初だけだ。最初だけ! それが証拠にもう平気になっちゃった。(神経たまらんとヒイヒイ言ってたくせに、また最初から聴いている) これはライブの文脈だよ、うん。実際、この曲はすべてツアー中に書かれたものだし、あのノリで作ってしまったに違いない。
◆ (首をかしげる)しかし、こっちのほうがはるかに複雑だし、むずかしくないかい? 作るのも演奏するのも「ヴァース、コーラス、ヴァース、コーラス」のほうがずっと楽だと思うけど? ましてライブじゃ、曲の構造をおぼえているだけでも大変だと思うけど。
▲ その辺が天才の天才たるゆえんであって、常人とは頭の構造が違うからしょうがないのだ。
◆ そういうもんか? とにかくギター・オリエンテッドというのは嘘じゃなくて、その意味じゃChadが主役。コンセプト的にも今回はChadっぽいなとは思ってたんだけど。
▲ コンセプトなんかないって言ってたじゃない。
◆ でもアルバム1枚聴き終えるとやっぱり浮かんでくるものってあるじゃない。
▲ それって何よ?
◆ なんか曼陀羅みたいな、でなきゃこのスリーブみたいな、混沌の中の宇宙秩序っていうか。
▲ なるほど、いかにもだが。
◆ とにかくここでのChadのプレイ、“Fall Out”のギター・ソロ、“Cancer”のギター・ソロ、“Television”のギター・ソロ、“Special / Blown It”のギター・ソロ、“Legacy”のリフ、これだけ取っても歴史に残る名演っていうか、私の永遠のフェイバリット・ギタリストに数えるのになんの抵抗もない。曲も書けるし、詞も書けるし、歌もけっこういいし、ピアノ(たぶん)もうまいし、これであごさえなければねえ‥‥
▲ この期におよんで顔のことなんか気にするな。
◆ それにファーストではどこにいるのかわからなかったStoveとAndieも自己主張を始めたし。
▲ “007”が?(笑)
◆ それだけじゃなく。Andieは最初からうまいと思ってたけど、ここでははっとするようなプレイも多々あるし。その意味じゃManicsには勝ったぞ。あそこは未だにJamesだけで持ってるから。
▲ 勝ち負けは関係ないと思うが。だいたいSeanはうまいよ。でもそれはいいことだ。何もかもPaulにおんぶするんじゃないのは。
◆ というか、バンドも成熟してきたんだよ。最初はDraper / Chadラインだけで持ってたじゃない。Stoveはド素人だし、ドラマーは何度も変わったし。それがやっとグループらしくなってきたというか。今度のギグは絶対去年とは違うぞ。
▲ う。それを思うと武者震いが。
◆ とにかくMansunは始まったばかりの、まだ発展途上のバンドなんだからね。これからどこまで大きくなるか‥‥

(ここで★が乱入)
★ 待った待った待った! それで終わらせる気?
▲ やっぱり来たか。
◆ だって今の時点で言えることっていったら‥‥
★ これがどんなにすごいアルバムか、あんたたちわかってるの?
▲ すごいってことだけはわかってるけど、言葉が見つからなくて困ってるの。
★ これはれっきとしたポップ・ミュージック解体の試みだよ! まるで自分たちがせっかく丹精込めて作ったものをチェーンソーでギタギタにぶった切ってるみたいな。
▲ かっこいいじゃん。
★ だけどそれって自分が立ってる土台を解体していることで、足場が崩れたらあとは落下のみというケースもありうるんだよ。
◆ (眉をひそめて)Mansunのリビューでそういう不吉なこと言わないでよ。
★ だっていやでも思いだしちゃうんだもん。シングルを聴いた時点から“Cha Cha Cha”に似ているという予感はあったけど、アルバム聴いたらますますその確信が深まって。
▲ 今度はEMFかよ。だって“Cha Cha Cha”は超傑作なんだろ。だったらいいじゃない。
★ それとともに、バンドに完全に終止符を打つ命取りのアルバムでもあった。
◆ (あわてる)縁起でもない!
★ それにEMF以前にこの手の「前衛」に捨て身で挑んだバンドといえば、いやでも10CC脱退後のGodley & Cremeが思い浮かぶ。どっちもそれ以前は圧倒的な大衆人気を誇る、完璧な「ポップバンド」だったことも似てるし。
◆ それはMansunもそうだけど、いくらなんでもセカンドで‥‥
★ おまけにそうやってものにしたアルバムは前代未聞の傑作だったにも関わらず、誰にも理解されず、世間には完全に見捨てられたのも同じだった。
◆ (だんだん不安になる)スケールはやや劣るが、Duranの“Seven & And The Ragged Tiger”もそうだったな‥‥担当者(Duranは●、EMFは★)も最初聴いたとき、わけわからなくて取り乱してたのも同じだし。
▲ Mansunがこれで見捨てられるなんてことがあるわけない! 世間が見捨てても私は見捨てない。
◆ それを言ったらEMFだってG&Cだってそうだったけど‥‥
▲ あんたまで弱気にならないでよ。
★ 聴いてるときは自分もまごついてたくせに。百戦錬磨の▲でさえそうだからね。“Grey Lantern”でファンになった人がこれ聴いてどう感じると思う?
▲ だからこれがわからないやつはMansunのファンでいる資格なんかない!
★ この世界でトップの座に這い上がることがどれだけむずかしいか、そこからすべり落ちるのがどんなに簡単かってのは、これまでさんざん見てきたよねえ。その点、Mansunはこれ以上ないくらい幸先のいいスタートを切ったんだけど。そしてもし、この細切れの断片をきちんとプロデュースして普通のフォーマットで出せば、もうスタジアムへまっしぐらのはずだったんだけど‥‥
◆ その道は完全に断たれたね‥‥
▲ 私はMansunにスタジアム・バンドになんかなってほしくない! カルト・バンドで十分だ。Readingのトップビルなんかいらない! Brit Awardsもいらない! Manicsはそれをすべて手に入れたけど、私はちっともうれしくなんかないし、こんなことならいっそ解散‥‥(はっと口をつぐむ)
◆ 解散してくれたほうがよかったの?!
★ 興奮のあまり口がすべったな。
▲ うう‥‥よくない。よくないけど、Mansunにはその轍は踏んでほしくないんだ。
★ でも売れなきゃ即お払い箱、解散もありうる世界なんだよ。
▲ Mansunが売れないわけないー!
◆ それはそうだと思うけど、私も。
★ でも、さっきも言ったように、このアルバムにちりばめられた無数の断片を独立した曲として録音して‥‥甘いポップ・チューンでも、ハードなギター・ソングでも、しっとりしたアクースティック・バラードでもいいけど‥‥残りのアイディアは次以降のアルバムのためにとっておいたら‥‥
◆ ‥‥半端じゃなく売れただろうな。
▲ だけどそれができないのがPaulなんだよ! 頭に浮かんだものはその場で形にしてしまわないと、アイディアがあふれかえって気が狂っちゃうって言ってたじゃないか。
◆ サガですな。
★ サガっていうか業っていうか、だいたいこういうものは、その手のデーモンにとっつかれてなくちゃできないけど。その意味じゃ、この時点でこれをやっちゃったのは良かったかもね。なまじトップに上りつめたあとだと、かえって傷も深い。だってトップに上ったあとは落ちるだけじゃない。EMFもDuranも、そういう意味じゃサード・アルバムという最悪の時期にそれをやっちゃった。頂点をきわめて、そろそろ下り坂に入ったところで、墓穴を掘ったからね。
▲ Manicsはサードで“The Holy Bible”を作ったぞ。
◆ サードってのはそういうことがやりたくなる時期なのかもね。
★ ManicsももしあそこでRicheyがああいうことにならなかったら、あれで見捨てられていたと思う。
▲ よくそういうことを平然と言えるわね!
★ だって事実だもの。
◆ Beatlesがスターのままでいられたのは、それをやるのを“Sgt Peppers'”まで待ったからか。
★ あれだけ功なり名遂げてしまえばね。かえって天才と賞賛される。Manicsだって今ならどんなキチガイみたいなアルバム作っても大丈夫よ。
▲ ふん!
◆ ファーストを聴いただけでも、とてつもない早熟な天才と思ったけど、Mansunは進みすぎてるっていうか。
★ だから早々に燃え尽きちゃうんじゃないかと心配してるの。
▲ そんなことない! 並みの人間ならそうなるかもしれないけど、Paulに限ってそんなことない! だいたいこれは無理して作ったものじゃない。彼の頭から出てくるアイディアをそのまま形にしただけで。
★ それは実によくわかりますけど。ほとんど音楽版「意識の流れ」だもんね。
◆ でもちょっと惜しいよなあ。ほんとにメロディにしろ、ギター・リフにしろ、詞にしろ、死ぬほどいいもの(このたったひとつのフレーズを一生でも聴いていたいと思うような)が山のように入っているのに、それが8小節ごとにぶった切られてるってのは。
▲ 本当の名盤ってのはそういうもんだ。もっと聴きたいと思うくらいでいいんだ。
◆ ほんとに1曲をアルバム1枚の長さやってくれればいいのに。それでWedding Presentがシングルでやったみたいに、毎月1枚ずつ、13か月続けてアルバムを出す。
★ そんなことしたらほんとに過労死しちゃうよ!
◆ (恨みがましく)共同プロデューサーのMark‘Spike’Stentはなんとかできなかったのか? Paulひとりで作ってるならともかく。
◆ だったら、今度はもっとちゃんとしたプロデューサー入れて、この混沌をきちんと整理できるような‥‥
▲ (いらだって)あんたたち、これが気に入らないとでも言うの?! これが失敗作だとでも??
◆ ‥‥(肩をすくめる)
★ 偉大な失敗作ではあるけどもね。
▲ バカ言っちゃ困る! これはロックの歴史に残る、稀代の傑作だよ! 批評家がなんと言おうと、ファンがどう思おうと。“Grey Lantern”もそうだったけど、これはあれを何倍にもスケールアップして凝縮したようなアルバムじゃないか。
★ 最初聴いたときと言うことが違うじゃない?
▲ 最初は圧倒されて何がなんだかわからなかっただけだ!
◆ 9月7日がこわい。どんな批評をもらうのか、果たしてどれだけ売れるのか。
▲ そんなの関係ないよ! これだけ‥‥これだけ‥‥(言葉を捜すが見つからない)‥‥すばらしいアルバムに、セールスも批評も関係ない。真の芸術作品はそれ自体の生命を持ち、それ自体の宇宙をもった、独立した存在なんだから、他人がどう思おうとかまうもんか!
◆ ほとんど唯我独尊状態(笑)。
★ 唯Mansun状態だね。
◆ 出てきたときからモンスターだとは思っていたけど‥‥
▲ バケモノだな、こいつらは。
★ というところで終わったように見えるでしょうが‥‥

(ここへ●も登場)
● いつまでやってんのよ? それどころじゃないでしょう!
◆ せっかくだからあんたも何か一言いいなさい。
● 私はPaulのやることならなんでもOKよ。それより明日なんだよー! 本物に会えるんだよー!
★ というわけで、結局このリビューは長引いて9月17日になってしまいました。
● ああ、どうしようどうしよう?(と言って駆けまわる)
★ どうしようったってどうしようもないでしょう。
▲ Manicsも出ちゃったしよー!
◆ しかしなんちゅう時期だ。今日は‥‥《仕事のグチなのでカット》‥‥のに、忙しくて仕事どころじゃない。
★ 普通は忙しくて音楽どころじゃないということになるんでは?
● もう何がなんだかわからなーい!
▲ でも、今日仕事の帰りに古本屋に入ったら、いきなり有線から“Legacy”が流れてきてさ。文字通り、身も心もとろけそうになった。
◆ こういう感じ方するバンドもほかにないよね。うれしいとか興奮するとかいうんじゃなく、何か感じる以前に体がとろーと溶けていくような。
● それが生で!
★ ということは、今夜はもう同じ空の下にいるんだなーと。
● キャイーン! 仕事さえなければホテルへ追っかけもやるのに!
◆ あんたいくつなんだよ?
● 心は完璧に16才。
★ っていうか、16才の時にこんな感じ方したことなかった。
▲ 惚れに惚れた頂点で見るっていう点じゃ、LondonのMary Chain以来だな。
● 頂点じゃないわ。まだまだこれからよ!
◆ ってことで、続きはコンサート後に。