僕は、声が裏返りそうになるのを押さえつつ、

「橋本…和宏です。」

と答えた。僕の顔は相当赤くなっていたに違いない。

そんな僕の動揺を知ってか知らずか、彼女はこう言った。

「私は、佐藤由真っていいます。橋本、さん、いつもこの電車に乗ってますよね。

私、いつも気になってたんです、もし、良かったら…」

「ああ、それは僕に先に言わせて!僕の方こそ、君に一目惚れして、寝坊の癖も忘れて、

この電車に毎日乗ってるんです。もし、良かったら夏休みも僕に会ってもらえませんか?」

僕が一気にまくしたてると、彼女は真っ赤になって俯き、

「声、大きいです…。 でも、私も好きでした…。」

と消え入りそうな声で答えてくれた。気付けば、周りの人みんなが、

ニヤニヤ笑いつつ僕たちを見ていたけど、僕には、そんなこと問題じゃなかった。

人生最良の日、そんな気恥ずかしい言葉が、良く似合う日だった。



夏休みまでの数日、僕たちは並んで吊革につかまり、由真は本を読まずに、お互いの

ことを話した。由真は僕より一つ年下で、隣町の女子校に通っていることがわかった。

本が大好きで、ラブストーリーのようなドラマティックな出会いに憬れていた、

なんてことも話してくれた。



そして一学期最後の日、いつも通り、8時2分の急行に乗った。

いつもの場所に由真はいて、僕に笑顔を見せてくれる。8時2分の急行とは

今日でしばらくお別れだけど、この笑顔とは、この夏ずっと一緒に過ごせる予定だ。

さっそく僕たちは、夏休みの計画を小声で話しはじめた。



これが、僕の運命の目覚し時計との出会いだった。

この時計がずっと僕の側で時を刻んでくれればいいな、と思っている。



-完-