誰かが僕にキスをした。 novels by 笹木 一弥



事件が起こったのはある飲み会の二次会でのことだった。



その日は、ネット上の音楽好きの集まり、「L.O.M (love original music)」の

第3回オフ会だった。3回目ともなると、メンバー同士かなり打ち解けて、

個人的な悩みなんかも話題に上るようになってはいたが、相変わらず相手の素性も、

本名さえも知らない、ネットならではの友人関係だった。



L.O.Mの主催者は自称セミプロミュージシャンのD(ディー)。ルックスも声も

それなりにいいが、今ひとつ華のない男だ。オリジナルの曲にも同じような印象を受ける。

運良くデビューできたとして、なかずとばずだろうな、という気がする。

サブリーダー的な存在なのが洋。サークル一の理論派で、その辛口批評は

プロ評論家も顔負け、と言われている。メンバーの中でも一番年上(たぶん)だから、

それも仕方ないか。

その他のメンバーは今時の軽い大学生を地で行くケンヤ、可憐な少女、といった

イメージでこの場にあまり似つかわしくない奏菜(かな)、そして僕、ロンだ。



一次会は安めの居酒屋で、ビールを大量に消費しつつ、日頃の音楽談義に

一層の花を咲かせていた。酒があまり飲めない僕は、どんどん熱くなってくる語りを

ちょっと引き気味にみていた。もともと僕は、何も考えずに音楽を聴く方で、

L.O.Mに参加してからもサイト上で交わされる論議に加わることはほとんどなかった。

L.O.MのROMメンバー、ロン、なんて早口言葉みたいな呼ばれ方をしている。

それでも僕は彼らの考えを認めていたし、自分の音楽活動に生かせるよう取り入れてもいた。

彼らはそんな僕の姿勢を受け容れてくれていて、応援もしてくれる。

だからこそ僕はここのメンバーに留まっているのだった。