世 阿 弥 語 録



世阿弥(1363年〜1443年)の伝書の中から

活き活きとした言葉を選んでみました。



◆日ごろの言動においても品格があって
姿も優雅な人をすぐれた演戯者としての才能を備え
伝統を正しく継承している達人というべきではなかろうか。

秘伝によれば、総じてあらゆる物事は
陰と陽の和合する境地こそ成功(成就)だと知るべきである。

五十以後にいたるまで芸の花を
失わないほどの演者には
どんな若さによる芸の花を持った演者でも勝つことはないであろう。
ただこの若い演者におくれをとるというのは
そうとうに上手な演者が
芸の花を失ってしまったために負けるのである。
草木にたとえていえば
どんな名木といわれるような木であっても
花の咲いていない時の木を鑑賞する人がいるであろうか。
舞台における花であるのに花がなくなってしまったことも覚らずに
昔の名声ばかりに頼っていることは
老齢の演者の大きな誤りである。

たとえ身につけた技術の幅はせまくとも
ある一面において花を咲かせるということを身につけた演者であれば
その一面についての良い評判はそれなりに長くつづくであろう。
それに反して技術的には幅が広く
演技者自身が自分の芸にずいぶん花があると勝手に思っていたところで
その花を観客に感じられるものとするための工夫がなければ
山里の咲いた花や藪の中の梅などが
見る人もなくむだに咲いているようなものである。

たとえ相当なところまできわめた名人・上手であっても
こうした芸の花についての工夫のない演者は
そのときは上手として世間にとおっていたとしても
花がのちのちまで散らないでいるということはありえない。

全般的な芸の力からすれば上位の演者であっても
ある一面だけ取り出せば
下手の得意な芸におよばないことがある。
しかしこれも
ただ相当に上手だといわれる程度の演者についていえることであって
真に技術と研究をきわめつくした上手であれば
どうしてあらゆる面にわたって勝れていないことがあろうか。
多くの場合研究心がなくなって
自分の芸に慢心することになりやすいためなのだ。

上手の場合は
自分の名声に頼ってしまうのと
技術的に達者であるということで欠点がかくされて
本人も自覚しない。
下手の場合は
もともと研究心がたりないのだから
欠点を覚らない。

上手も下手も
たがいに他人の意見に耳を傾けて反省してみるべきだ。
しかしほんとうに技術を積み重ねた演者ならば
この自他の長所・短所といったものを
客観的に知っているはずである。

どんなにおかしな縁者であっても
もし良い点が見出せたとしたら
上手もそれを学びとって
自分の中に生かすべきである。
これが上達のための最良の方法である。

◆良い所を知らないということは
悪い所を長所と思ってしまうことである。

上手でさえ思い上がった心があれば
演戯はたちまち下がるものだ。
まして未熟な者が
勝手に慢心をするなどということは論外である。

◆上手は下手の手本であり
下手は上手の手本であるということを
よくよく考えあわせて研究すべきである。

稽古に対しては厳しくなければならない
しかし
人間としては頑なであってはいけない。

高度な技術と深い人生経験をふまえた演者は
身につけた真の花が
どうして咲くのか、どうして散るのか
といった花の理論を自覚しているから
その人の心のままである。
ただ、むやみに理屈っぽく考えないで
実践の上で把握すべきである。

芸術における花というのは
心の働きによって咲くものであり
種はあらゆる面にわたっての技術というべきである。

ことに舞台芸術である能は
すぐれた先人の芸をうけ継いでゆくのだといっても
天性の才能ならびに
自分で把握し創造する行為が必要なのであるから
ことばですべてを説明することはできない。
先人の芸風を稽古によって
人間の心から心へと伝承して得られるのが
芸能の花なのだから
そのために書いたこの伝書を
「風姿花伝書」と名づけたのである。

上手が鑑賞眼の低い観客を感心させえないのは
これは観客のいたらなさではある。
しかし、ほんとうにあらゆる芸を身につけて
しかも、創造的能力を持った演者であるならば
こうした鑑賞眼の低い観客に対しても
感動をあたえるように能を演じるはずである。
この芸術的な創造精神と演戯者としての卓越した技術とを
兼ね備えた演者こそ
花を体得した人というべきである。

自分の基本となる芸を確立してこそ
それ以外のあらゆる芸に対する客観性も持ちうるし
はっきり価値判断もできるはずである。

常に初心の時代に能に対していたような新鮮さを忘れず
しかも、その時々の花を失わぬように身に持って
その演能の時節や場所に応じて
鑑賞眼の低い観客にも
なるほど面白いと感じさせるように演じること
これが演者側の幸福を増大させるのだ。

どんな観客の場合でもつまらないと思わせないことが
芸術的にも人間的にも
高い境地に達した演者というべきであろう。

世俗的な考えに走って
観客におもねるような行動や物欲にとらわれることになると
これは能がすたれる最大の原因となってしまう。

そうした私心にこだわらず
芸に打ち込んでこそ
世間のあらゆる人が感動するような
妙なる花を開く原因になるのだと思って努力すべきである。

たいした作品でなくても
どこかに上手な演者が工夫をこらす手掛りさえあれば
面白く見せることは可能である。

能というものは上演する時期や状況によって
その作品が生かされたり、殺されたりするものなのだ。
一概に悪い作品だからといって捨ててしまってはいけない。
こうしたことは
上演する者の心づかいによるのである。

芸術にかぎらず、すべての物事をつうじて
順当な流れを知ってうえで
逆説的な見地が考えられるべきであって
逆から順へと進むことはありえない。

強さとか幽玄というものは
あらかじめ別個に存在しているものではなく
演戯が対象の本質に忠実であれば
それにともなって生まれてくるもので
弱さとか荒さとかは
役に扮する演戯がどこか間違ったために
出てくるものと知るべきである。

また、技術的にはそれほど達者でもなく
身につけた演目も少ない演者
いわば初心の人なのだが
これが晴れの舞台においても優秀な能を演じて
観客にも大いに賞讃をうけ
そのときどきによる演能に出来・不出来のないのは
演者としての技術より以上に
能の本質を把握しているためなのであろう。

能とは何かということを認識する心によって
考えをつくしてみれば
芸能の花を咲かせる根元を知ることができよう。

花というものは
どんな草木にも咲いているものではなく
四季の中でそれぞれ咲くべき季節に咲き
人々はそれを珍しく感じるから賞翫するのである。

散ってしまうからこそ
ふたたび時期が廻ってきて咲くと珍しいのである。

ひとつのものに安住しないで
常に新しい表現を求めていれば
自然に珍しさが生まれてくるわけである。

いかに珍しさを求めることが必要だといっても
ただ単に奇をてらって
常識ではまったく考えられないような
珍奇な表現をつくりだすことではない。

草木の花の場合でも
去年咲いた種からふたたび咲いたのであって
まったく別のものではない。

花といったところで具体的な稽古の対象としてあるわけではない。
多くの演目の稽古をつくし
研究をきわめて
すべての能を身につけてゆく中から
どうすれば珍しさが生まれるのかを心得るのが
花を知ること
なのだ。

「巌に花が咲いたような」

謡において「節」というものは決められた形であって
それに対して
「曲」というものは上手な演者が
それぞれ独自な考えによって創り出すものである。
動きについても、いわゆる
「手」は教えられた基本の技術であって
それをつうじて表現される
「情緒」は
上手の演者が個人個人で打ち出すものである。

種があれば、毎年その季節になれば美しい花を咲かせられるのであって
能においても
過去の演能をつくりあげた思考や技術の源泉を忘れないことが必要である。
くれぐれも、若い時代から現在まで
その時期時期での初めての経験<初心>を忘れてはならない。

観客の心に予期されていない感銘をあたえる趣向が
芸能の花といわれるものなのである。

家といっても、血統や家柄ではない。
芸能の正しい伝承がなされることが家なのである。
単に専門家の家に生まれたというだけでは
後継者ではありえない。
芸道を知るということが
真の後継者の資格であるのだ。

(日本の名著10 世阿弥「風姿花伝」より)




世阿弥「花鏡」より


一調・二機・三声
(音曲の謡い出しにあたって)
音の高さは呼吸の緊迫感に移して保持し
声はそのようにして保持された音の高さに合わせて出し
謡の文句一字々々は唇の動きによって
明瞭に分節させて発音しなければならない。

動十分心、動七分身
(心は十分に動かし身体は七分に動かす)
心に思う大きさよりは身体の動きを
惜しみかげんに演戯すべきである。
そうすれば
七分に動いた身体が演戯の基本的な構造をかたちづくり
十分に動いた心は演戯の情緒的な表現効果となって現れて
観客に面白い風情を伝えるであろう。

強身動宥足踏、強足踏宥身動
(身体を強く動かす時には足は柔らかく踏みならし、足を強く踏む時には身体を静かに動かす)
これがすなわち
演戯の視覚的効果と聴覚的効果が
同一にならない効果であって
対象的なものが融合する効果を生んで
面白い風情を感じさせるのである。

先聞後見
(まず言葉を耳に聞かせ、しかるのちにそれに応じるしぐさを眼にみせる)
まず耳からはいる言語的な表現を先立たせ
そのうえでしぐさ的な表現をいくらか
遅れてあたえるようにすべきである。
そうすれば
耳から得られた心象が視覚的な表象に移って行く瞬間に
いかにもひとつの演戯表現がみごとに
完結したという印象を生むのである。

まず能くその物に成り
さて能くその態を似せよ
(まず演じるべき対象になりきって、そのなりきった姿ですべての演戯をすべき)
その基本的な姿になりきったうえで舞をも舞い
演劇的なしぐさや謡も
すべてその姿の内部から
出てくるように演じなければならない。

舞は声を根とする
(舞の美しさは音楽的なものを基盤とする)
たとえば舞の直前には「一声」と呼ばれる謡があるものだが
その「一声」の余韻に乗ってまさに舞に移ろうとする境目に
えもいわれぬ舞の魅力があらわれてくるものである。
またひとさしの舞を舞い終わる場合にも
舞の余韻は謡の音楽的な情緒の中に
融け込むようにしておさまってゆくべきものである。
そもそも舞と歌とは
その根源をいえば神聖な内臓から
生まれ出たものだといわれている。
内臓は五臓からなりたっているが
その五臓から出る息が五色に分かれて
いわゆる五音・六調子となったのである。

目前心後
(眼で前を見ながら、さらに心の眼を自分の背後に置く)
もし他人のまなざしをわがものとして
見ることができるならば、そこに見えてくる表象は
演者と観客が同じ心を共有して見た
表象だということになる。
それが出来た時
演者は自分自身の姿を
見とどけえたわけであるが
自分自身の姿を見とどけたのであれば
左右前後、四方を
見とどけたということになるはずである。
しかしながら人間の肉眼は
目前と左右までは見ることができても
自分の後姿を見とどけたためしはないであろう。
だが、能の演者は
自分の後姿まで自覚していなければ
思わぬところで表現が通俗になるものである。
したがって
われわれは他人のまなざしをわがものとし
観客の眼に映った自分を同じ眼で眺め
肉眼の及ばない身体のすみずみまで見とどけて
五体均衡のとれた優美な舞姿を保たねばならない。
これはとりもなおさず
心の眼を背後において
自分自身を見つめるということではないのだろうか。


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薪 能

平成17年8月14日
国営昭和記念公園
<伝統芸能を味わう会>



狂言「清水」



「羽 衣」



不思議な音曲が流れる

麗らかな春の朝、漁を終えて三保の松原に上がった漁師白龍は
松の枝にかかる美しい衣を見つけ家宝にしようと持ち帰ろうとする。




すると衣の主である天女が現れ




衣を返すように懇願する。
それは天界に戻るために必要な天の羽衣なのだった。
白龍は悲しみに暮れる天女の姿に心を打たれ
羽衣を返すことにするが
代わりに天女の舞楽を見たいと望む。




羽衣を身につけた天女は、夕焼けが辺りの山々を染める中
天女舞を披露しつつ、天上へと飛翔し
天空の彼方へ消え去るのだった。





わらべうたにも「母がよ」という
羽衣伝説が子守唄として唄われています。
大切に伝えていこうと思った。


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