第324回 日曜地学ハイキング

初冬の長瀞をたずねて

1998/12/20  地学団体研究会 埼玉支部

今回のテキストに引用した文献
・埼玉県立自然史博物館(1985)野外観察会「長瀞のおいたちを探るV」
・須藤和人ほか(1983〜1984)秩父地方の地質研究史(1)〜(4).地学教育
・堀口万吉編著(1986) 「日曜の地学1 埼玉の自然をたずねて」.築地書館
・斎藤靖二(1992)「自然景観の読み方8 日本列島の生い立ちを読む」.岩波書店


見学ポイントの案内

(1)旧親鼻橋南詰
 親鼻橋(おやはなばし)の700mほど上流の荒川右岸(下流に向かって右手の岸)の岩と対岸そして河床に,昔の橋脚の名残があります。ここがかつての親鼻橋の跡です。この岩から下流の高砂橋までの荒川ぞいは,国の名勝・天然記念物として指定を受けています。ハンマーの使用や岩石の採集はひかえて,十分に観察を楽しんでください。
 この旧親鼻橋のたもとの大きな岩は,普からよく知られている紅簾石片岩(こうれんせきへんがん)の岩体です。 紅簾石を含んでいる層は,光沢のあるピンク色をしていますが,たくさん濃集している部分は赤紫色になっています。
 美しく赤紫色にきらめく紅簾石片岩は,三波川結晶片岩地域ではしばしば特徴的にあらわれる岩石です。このような紅簾石をふくむ結晶片岩の存在は,今から121年前,世界で初めて日本から報告されました。
 ナウマンのあとを継いで帝国大学理科大学(現東京大学理学部)の教授になった小藤文次郎による,四国徳島県眉山(大滝山)での発見が世界で最初のもので,その後,日本各地の結晶片岩地域でも見いだされました。紅簾石の発見を報告した論文では,ここ親鼻橋の露頭についても書かれています。
 岩体の上には,直径2m以上と50cmあまりのみごとなポットホール(甌穴=おうけつ)が2つあります。岩盤には,北西−南東方南と北東−南西方南にのびる2系統の割れめ(節理)が発達しています。ポットホールのある岩盤の面は,現在の荒川の川底より10mも高いところに位置しています。かつて,この面が川底だった時代に,できたものです。

 ポットホール(甌穴=おうけつ)
 川底のくぼみに小石がはまり,うずまき様の流れによって次第に岩盤が削られると,ポットホールができます。長瀞付近では,水面よりかなり高い位置にポットホールがみられることから,この地域の地殻(ちかく)が上昇したことがわかります。

(2)皆野中学校下の川原
 皆野中学校下の川原には,黒っぽい岩石があります。この岩石が蛇紋岩(じゃもんがん)です。下に落ちている石や岩肌をみましょう。表面は,緑色を帯びたものが多いですが,内部の新鮮な部分は,黒色に近い色をしています。ところにより,繊維状になったもの(クリソタイル,石綿)も認められます。

 平賀源内と火浣布
 平賀源内(1728〜1780)はエレキテルを作ったことでよく知られていますが,これは彼の業績のほんの一部であり,実際には本草学・戯作・油絵・鉱山開発・陶器製造など,驚くほど多方面にわたってその才能を発揮した人物でした。
 源内は,埼玉とは鉱産物関係の結びつきが深く,大滝村中津川で金や鉄の採掘を試みたり,県内産の石綿を原料に火浣布(かかんぷ)を製造したりしています。
 火浣布とは,火に投げ入れてよごれを落としたと伝えられる耐火性の布のことです。源内は石綿をこより状によって,この布を織り上げました。
 記録では,源内は原料の石綿を両神山の山中で発見したとされていますが,地質学的には,両神山に石綿が産する可能性はほとんどありません。県内で,布を織れるはど良質の石綿が産出したことが知られているのは,栗谷瀬橋の蛇紋岩体くらいです。源内は,児玉郡美里町から両神山に向かっていますから,途中で皆野を通ってもおかしくありません。そこで,このとき栗谷瀬橋の蛇紋岩体から石綿を採集したと考える方が合理的でしょう。

 ここから対岸のがけを遠望しましょう。ここから続く蛇紋岩体が広く露出しています。森のなかの分布を調べた結果,この蛇紋岩体は結晶片岩中に入りこんだ「餅盤(べいばん=ラコリス:お供えもちのような形に入りこんだ火成岩体)」と考えられています。

(3)栗谷瀬橋付近の通学路
 栗谷瀬橋(くりやぜばし)を渡り電気屋のむこう側から川原におりる通学路を下りましょう。道路北側の斜面は林におおわれていますが,蛇紋岩がたくさん崩れてきています。
 道路下の川岸には大小様々な岩石が落ちています。蛇紋岩のほかに,白い方解石が網目状に入りこんだ蛇灰岩もみられます。10年ほど前には滑石も普通にみられましたが,最近ではあまり見られません。滑石は,灰白色〜淡緑灰色をしたすべすべする岩石で,良質のものは,石細工などに用いられます。蛇紋岩体の周囲には,石墨片岩や石英片岩が露出し断層やしゅう曲が見られる所もあります。

 蛇紋岩とその仲間

かんらん岩 かんらん石や輝石を主成分鉱物とする火成岩。かんらん石と輝石の割合,輝石の種類などによって細分される。造山帯の貫入岩体として多くみられ,変質して蛇紋岩になりやすい。マントル物質に最も近い岩石の一つと考えられている。


                   先の皆野中学校下の川原で採取

蛇紋岩 かんらん岩中のかんらん石や輝石が変質したさ結果,蛇紋石の集合体となったもの。



                   先の皆野中学校下の川原で採取

石綿 繊維状をした蛇紋石(クリソタイル)は石綿として用いられた。クリソタイルは電子顕教鏡で見ると微細な中空パイプ状をしており,柔軟で熱に強い。かつて,この性質を利用し,耐火材や防音材がつくられたが発ガン性が認められ,最近は使われなくなった。通常,蛇紋岩中に脈状に産する。
                   先の皆野中学校下の川原で採取

滑石 たいへん軟らかい鉱物で魂状・葉片状。純粋なものは白色で真珠様光沢があり,粉末には脂感がある。マグネシウムに富むかんらん石や輝石・蛇紋石などが変質してできる。


                   先の皆野中学校下の川原で採取

蛇灰岩 蛇紋岩の中に網の目状に方解石が入りこんだもの。その外観から鳩糞石(はとくそいし)ともよばれる。装飾用石材として用いられ,栗谷瀬橋付近でもかつては採掘されていた。

                   先の皆野中学校下の川原で採取

◎化学式からみた変質の過程
 5MgSiO(かんらん石)+4H0→2MgSiO(OH)(蛇紋石)+4MgO+SiO
 2MgSiO(OH)(蛇紋石)+3CO→MgSiO10(OH)(滑石)+3MgCO+3HO

(4)梅乃屋
 小藤文次郎とならんで秩父地域の地質研究に深く関わった人物に,神保小虎がいます。明治末期から大正期にかけて東京大学理学部鉱物学科の教授をつとめた神保は,秩父地域の研究を進めるかたわら,地元の有志を校外生として迎え入れ,啓蒙普及活動を行いました。また,「長瀞の岩畳は,我が国の地質学者が一生に必ず一度は行きて見るべき・・・・・・」と説いて,この地域を紹介する巡検案内書(秩父長瀞地方の地質遊覧案内,1922.上武鉄道株式会社(現秩父鉄道)発行;東京より日帰りの地質見学遊覧,1923.秩父岩石化石陳列所発行)も手がけました。
 この「梅乃屋」旅館は,神保が巡検で訪れたさいの常宿で,校外生との交流の場でもありました。庭先には,当時,神保の指導のもと校外生によって建てられた「秩父岩石化石陳列所」があり,巡検の学生や地質学者が立ち寄ったということです。
・下の写真は,須藤和人ほか(1983〜1984)から転載。

(5)旧親鼻橋南詰
 この付近の川岸には,濃い緑色をした緑泥石片岩が露出しています。岩の表面をよく見てください。緑泥石片岩のなかには,磁鉄鉱や黄鉄鉱の結晶をたくさん含むものがあります。ルーペで結晶を観察しましょう。

 磁鉄鉱 Magnetite (FeO
 暗灰〜青黒色,金属光沢をもつ不透明な八面体ないし十二面体の結晶。強く磁気をおびているものが多い。名の由来は,マケドニアのMagnesiaという地名または,くつのくぎとつえの金具が地面に強く引かれたので鉄鉱石を発見したと伝えられる羊飼いMagnesといわれる。

    写真の磁鉄鉱は旧親鼻橋南詰の上流で採取

 黄鉄鉱 Pyrite(FeS
 淡真鍮黄色光沢をもつ不透明な正六面体・五角十二面体ないし正八面体結晶。硫酸製造に必要なSOを発生させる原鉱となり,その焼きかすは鉄鉱として利用される。摩擦すると火花を放つので,ギリシア語のpur(火)から名づけられた。

(6)秩父鉄道「上長瀞」駅前の川原
 上長瀞駅前の通りが川岸の通りに突き当たったところを,川原におりていきます。川原には先程の緑泥石片岩と暗褐色のスチルプノメレン片岩がみられます。ここでは,岩石のしま模様(片理)が直線的に曲がっている部分があちこちでみられます。このような変形構造を「キンクバンド」といい,結晶片岩中にしばしば発達します。
 緑泥石片岩やスチルプノメレン片岩中には,黄鉄鉱の結晶が認められる部分もあります。

(7)虎岩付近
 自然史博物館前の川原におりると,ひときわ赤味をおびた岩が見えます。表面の模様が虎の毛皮のように見えるので,「虎岩」とよばれています。虎岩をつくる岩石は,スチルプノメレン片岩という結晶片岩の一種です。かっ色の部分がスチルプノメレンからできており,肉眼で見分けられるほど大きな結晶もあります。白色の部分は石英や長石からできています。
 虎岩のしま模様は複雑にうねっており,これを「しゅう曲」といいます。この付近のものは,波が横にたおれた形の「横臥しゅう曲」というタイプのものです。
 上流側に露出する緑泥石片岩との境界も,横臥しゅう曲の形態をとっています。境界をたどってみましょう。虎岩の裏手へまわると,南北性の小断層が発達し,岩石がずれているようすがわかります。また,緑泥石片岩中には,磁鉄鉱の結晶をたくさん生じている部分もあります。


長瀞の結晶片岩にみられる地質現象

 皆野町から長瀞町にかけての荒川ぞいに見られる結晶片岩類には,さまざまな興味深い地質現象を観察することができます。なかでも,片理・節理・ 断層・しゅう曲は,みごとなものがみられます。

片 理 このコースに広く露出している岩石は,変成岩の仲間の結晶片岩という岩石です。
岩石が熱や圧力を受けると,岩石を構成する鉱物が新たに結晶し直したり,別の鉱物に変わったりします。これを再結晶作用といいます。とくに高圧(数千気圧)のもとでは,圧力の方向(一般には重力の方向)に対して垂直の方向に鉱物が面状に配列し,片理をつくります。これが肉眼では,しま模様に見えるわけです。


節 理 片理が,岩石が地下深くおしこめられることによって形成されるのに対して,節理は,地かくが上昇する時に,その地表に近い部分が水平方向に引っ張られたために形成されたものと考えられています。ちょうど,もちを焼くと,ふくらむ直前に表面に小さなひびがたくさんできる現象と似たようなもの,と考えてよいでしょう。
 長瀞付近では,東西および南北にのびる節理のほか,北西−南東にのびるものや北東−南西にのびるものなどがあり,これらの節理が荒川の流路決定に大きくかかわっているものと思われます。

断 層 両側の岩石にずれを生じている割れめを「断層」といむいます。岩石に大きな力が加わり,岩石の強度がその力に耐えきれなくなった時点で岩石が破壊され,断層が発生すると考えられています。この時に,それまで岩石中にたくわえられていた歪(ひずみ)エネルギーが放出されるため,地震がおこるともいわれています。断層面にそって,両側の岩石が引きずられて曲がっていることもあります。

しゅう曲 しゅう曲には,いろいろな形態のものがあり,その成因についてもさまざまな考え方があります。
 硬い岩石も,地下深い所では,高い圧力と温度によって液体のような挙動をすることがあると考えられています。長瀞でみられるしゅう曲も,おそらくこのようにしてできたものでしょう。


 結晶片岩とその顕微鏡観察
 造山運動の過程で岩石に巨大な圧力や熟が加えられると,岩石を構成する鉱物の種類や岩石の構造が変化し,変成岩がつくられます。こうしてできる変成岩は広い範囲に分布するため,広域変成岩とよばれ,結晶片岩はその代表的な岩石です。結晶片岩は,構成鉱物の種類によって細分されますが,鉱物が一定方向に並ぶことによって生じる面状の構造(片理)を共通の特徴としてもっています。鉱物の形や配列のようすは,岩石を薄片にすると顕微鏡でみることができます。今回観察する結晶片岩は,鏡下では次のように見えます。
 下の3枚の写真は,岩石の薄片(岩石を0.03mmほどの厚さにしたもの)を偏光顕微鏡で観察したもの。埼玉県立自然史博物館提供。

(1)スチルプノメレン片岩

 束状または放射状に伸びている結晶がスチルプノメレンで,肉眼でも鏡下でも黒雲母に似ています。無色の部分は,斜長石や石英がうめています。

(2)緑泥石片岩

 緑泥石は板状あるいは片状で細長く,方向性があります。点々と見られる柱状の鉱物は緑れん石です。無色の部分は,斜長石や石英です。

(3)紅れん石片岩

 柱状や粒状をした紅れん石が一定方向に並んでいます。無色の部分はほとんど石英でしめられ,正確には,紅れん石石英片岩というべき岩石です。


結晶片岩の分類

 結晶片岩の大分類
 色 分類源岩(もとの堆積岩)
緑色緑色片岩火山砕屑物
黒色黒色片岩泥質岩

 鉱物による分類
 色  主成分鉱物 岩石名
濃緑色緑泥石緑泥石片岩
うぐいす色緑簾(れん)石緑簾石片岩
褐色スチルプノメレンスチルプノメレン片岩
黒色石墨片岩石墨片岩
ピンク紅簾石紅簾石片岩
えび茶色赤鉄鉱赤鉄片岩
透明石英石英片岩
白色絹雲母絹雲母片岩
緑白色滑石滑石片岩
乳白色方解石石灰質片岩
青色藍閃(らんせん)石 藍閃石片岩

三波川変成帯


埼玉県立自然史博物館の紹介

・下の写真は,須藤和人ほか(1983〜1984)から転載。

 この博物館は,1922年設立の秩父鉱物標本陳列所,後に秩父鉱物植物標本陳列所,1949年設立の秩父自然科学博物館などの伝統をひきつぎ,国内最初の県立自然史博物館として1981年に開館しました。茶色のタイルづくりの建物は、長瀞の自然景観にマッチしています。
 「埼玉の自然とその生いたち」をテーマに、埼玉の自然とその生いたちについて,化石や岩石,動物や植物など多くの資料により,分かりやすく展示・解説しています。
特に,パレオパラドキシアとアケボノゾウの復元された骨格,カルカロドン・メガロドンの顎骨とその生体模型は人気の的。さらに動物のはく製に触ることのできるコーナーもあります。
 また,2階の展示ホールは年3回の企画展・特別展が行われます。
 観察会や科学教室などのイベントもあります。年度はじめにでるイベントインフォメーションやホームページで情報を入手しましょう。

入館料:中学生以下・65歳以上/無料.一般/100円,学生・高校生/50円.
Tel.0494-66-0407 Fax.0494-69-1002
自然史博物館のホームページはこちら


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