『紅泡の祈りは西の空へ』

 ああ、紅の衣を纏い
 瑠璃の火を待つこの夕べには
 ああ、深い水の底へ
 月の明かりを、ねぇ持ってきて
 ああ、産まれるわ
 御簾姫様が紅い泡の子を連れてきた
 ああ、揺れる、揺れる幻
 私が眠る水の部屋まで

  羽ばたけ鳥よ、西の空へ
  あまねく山の時を翔べ

 ああ、白い、白い月の
 浮かぶ夕べにあなたと会える
 ああ、見える姫様の手と
 泡の子結ぶ紅色の櫛
 ああ、瑠璃の火が水に溶けた
 姫の部屋を白く染めて
 ああ、夢に、夢に見たわ
 あなたと眠る月夜の夢を

  命ください、月のうさぎ
  優しく撫でる風の娘
  羽ばたけ鳥よ、西の空へ
  あまねく山の時を翔べ





『黒鞠、聖域の黒き巫女』

 黒い瞳の少女が妖しく笑いかける
 人の世を儚みながら愉快そうに
 黒い巫女装束、不吉なその姿に
 人の身には解せぬ笑みを浮かべて

 遥か頭上にある水面を見上げながら
 月の幻を追う異形の瞳

  神に仕えし妖の巫女は
  神さえ知り得ぬ未来を告げる

 黒い水を泳ぐ大きな魔性の背に
 護られし神域はただ厳かに
 少女は微笑んで黒い水を泳ぐ
 美しきその姿は闇に紛れる

 黒い瞳の少女が妖しく笑いかける
 人の世を儚みながら愉快そうに
 忘れられた場所で暗闇をはみながら
 穢れたこの身を棄て空へと昇る日を夢見てる





『秋風を待つ日々』

「瑠璃の弓で胸を射抜け」と
 棘の道で囁く巫女よ
 山に叫ぶ、「生きて帰れ」と
 いつも見てる産土の夢

「ここにいるよ」

 胸押さえ星見る、御簾姫の水の巫女
 血を浴びて火を浴び、秋風を待つ日々に

 玉髄飾り、神酒を一口
 巫女の鈴で木霊は眠る
 翡翠の花、鏡の向こう
 影を抱いてうずくまる巫女

「ここにいるよ」

 嬰児と脈打つ懐かしい故郷へ
 ほおずきも弾ける、剣を取れ、水の巫女
 胸押さえ星見る、御簾姫の水の巫女
 血を浴びて火を浴び、秋風を待つ日々に

 肺の火燃やし、秋風を待つ日々





『夕霧に惑う』

 眠る私の夕闇の色
 螺旋を描く風と見る夢

  紅い螢石を抱く巫女よ、雫撒いて
  青い瑠璃の火を待つ姫に泡の玉を

 私、惑わす夕霧の色

 星をめぐらせる銀盤をまわす
 御伽の国の私は誰だろう、沈むように


 眠る水晶、蛇は迎える
 泡の子供を姫に授ける

  鳥の亡骸を抱いて、夢を纏う娘
  紅く霧に包まれた眠る鳥居の上

 私が水の巫女となる時

 欠けた月の昇る夜には
 玉髄の呼ぶ声に星明かりの糸を引く水の姫
 星をめぐらせる銀盤をまわす
 御伽の国の私は誰だろう、沈むように





『水神楽―供犠の姫君―』

 紅の夢を見る、蒼く澄み切った水の中
 闇に散る光の葉、揺れる水面に溶けていく
 厄に賭した身と穢れを知らぬその瞳
 安寧の一時を神と遊びし水神楽
 紅が舞い踊る、蒼く閉ざされた水の中
 朽ちて逝くその灯、触れること叶わずに

  嗚呼、美しき音を立て
   水面に堕ちた月が震える
  嗚呼、哀しみに染まる声
   瞼を閉じて静かに祈りを捧ぐ

 紅の夢を見る、蒼く澄み切った水の中
 駆け落ちる光の矢、触れた水面に弾け行く
 永久に堕ちる身と心亡くしたその瞳
 安寧の一時を神と遊びし水神楽
 紅が舞い踊る、蒼く閉ざされた水の中
 染まり行くその命、溺れ惑う常花の色

  嗚呼、愛おしき者の名を
   声に出せぬまま呼び続ける
  嗚呼、水に腐し崩れいく
   哀れなる身を只々月に嘆き、眠る





『夕闇、眠る鳥居の上』

 朝を迎えに行く、宵待草の辻へ
 秋風の遠音、夕焼けに聞いて
 夢見の水辺で月明かり浴びましょ
 巫女が手を振り呼ぶ紅い泡の子を

 芒の穂に光る血潮の色の星を
 水飴のような泉で洗う
 眠りの広場で瑠璃の火灯しましょ
 眠る鳥居の上、朝を待つ巫女よ

 砂の澪を辿る、秋風の待つ場所へ
 西の空仰ぎ夜を行く鳥と
 白糸纏わす瑠璃の水底から
 朝を迎えに行く御簾姫の巫女よ





『椿娘は紫に咲く』

 ふわふわわ‥‥青白い光飲み込んで
 ゆらゆらら‥‥赤く浮く、私の花よ
 きらきらら‥‥飛び散るわ、翡翠の粉抱き
 水の玉、弾ませて姫様を待つ

「ここにいるよ」
 椿の色の夕間暮れ、私、溶けて
 夢に見た緋の水へ両脚広げて根を張るわ
 赤い夢、見続けていたい


「ここにいるよ」
 椿の色の夕間暮れ、私、溶けて
 ふわふわわ‥‥赤色の光飲み込んで
 ゆらゆらら‥‥花びらは淡い紫
 夜の歌くださいな
 花、落ちる前に姫様へあげますわ
 私の花を





『巫女が望んだ夕霞』

 紅い泡と紅い想いを集め笑う水の姫神
 紅く霞む遠い景色を瓜に詰めて届けて欲しい

  蒼く暗く深く澄んだ水の底は
  夕暮れの紅い色
  届くことは無くて巡る暦見つめ
  幾重にも流れ見る

 花を散らせ、夜を迎えよ
 恋慕一輪、黄昏に散れ

  秋風が運ぶ色彩、水底へ届けて欲しい


 暦止まり霧に包まれ、白い森で迷い続ける
 夕陽浴びて舞え水神楽、霧を払い紅い霞を

  巫女よ

 砂の澪を辿り迎えよ、姫が愛でたあの夕霞

  棺の中の朝の陽を神酒で清めて癒すように
  秋風が運ぶ色彩、水底へ届けて欲しい





『月蝕遊戯、人形の香り』

 月が闇を纏う
 黒に沈む私は影を失って溶け込んだ
 蝕まれた月は私を照らせない
 今宵限りの夢を見て
 闇に濡れて花を咲かす
 何度も何度も繰り返す
 月蝕に紛れた人形の遊戯

 闇が月を孕む
 欲に染まる私は愛を裏切って咲き誇る
 蝕まれた月が私を踊らせる
 今宵限りの人と寝て
 闇に隠れ花を開く
 何度も何度も繰り返す
 月蝕に仄かな人形の香り

 あなたの腕の中
 高い甘い声で鳴く私は好きでしょう?
 白い頚を曝け出して
 乱れ揺れて、綺麗に濡れる





『爽暁の梓巫女』