三月三十日
昼は暖かい。まだまだ夜は寒い。あと二日で四月だというのに。困ったもんだ。おやすみなさい。
三月二十九日
ライブ楽しかった。出来はようわからんけども。しかしブッキングの人にも言われたことだが、伝えるとか表現するとかいったことはすごく難しい。確かにライブハウスのステージに立つには気合いが足りんのかもしれん。少なくとも現状では第三者にはなかなか伝わらんのだろう。技術の向上も大事やし、ライブに臨む態度にも改善の余地があるのかもしれぬ。まあよくわからんが。次やる時には少しでも良い方向に変わるとよいなあ。などと他力本願的に思ってしまう所がいけすかない。でも今日は楽しかった。おやすみなさい。
三月二十八日
明日はライブやね。楽しくやらんまいけ。
三月二十七日
昨日スマイル練に向かう途中、調布の駅で何やら別れを惜しむ風のカップルに出くわした。電車に乗ってきたのが彼氏のほうで、彼女が見送るほう。感動の場面だ。彼女は泣いてたが彼氏のほうは冷静に見えた。ところがどっこい、電車が走り出してホームを離れると彼氏もハンカチ片手に遠くを見ながら少し泣いた。潔かった。もらった。まさか花粉症ではなかろうて。そんなオチはいらん。なんにせよ甘酸っぱい季節ですな。早く桜咲かんかね。
三月二十五日
追いコン終わった。この二日間も、二年間も、あっという間だった。最後まで楽しい思いをさせてもらった。ありがとうございました。軽音に入るきっかけになった人たちが、最後の舞台で自分にベースを任せてくれる。こんなありがたいことはない。だから、勉強あるんにバンド組みすぎとかいうことはどうでもよかった。やってよかった、全部。自分の演奏自体はひどかったが。まったくもって下り坂。がんばらねば。まあ先輩が楽しんでくれたならよし。それにしても、こういうのの余韻にはすこぶる弱い。まいった。エレカシがしみる。
三月二十三日
追いコンが半分終わった。和義はいつになく緊張して申し訳なかった。こんなふうに緊張するあたり、なんでか時間の流れを感じる。人はあんま変わらんが状況はいくらでも変わるもんやなと思う。よし。明日もがんばられー。おー。
三月二十日
東京に戻ってきた。一人だけの家はやはり寂しい。しかも実家から帰ってくると必ず鉛筆の芯のにおいがする。困ったもんだ。おやすみなさい。
三月十九日
実家にあったアジエンスというシャンプーを使ってみたら、これがすごい。髪がストンってなる。もともと柔らかいのがさらに柔らかくなった。普段はソフトインワンを愛用する自分にとっては未体験ゾーンである。「結っても跡がつかないくらい芯からしなやかな髪」が売り文句らしいが、これでは柔らかすぎて結ったらしっかり跡がつきそうだ。チャン・ツィイーおそるべし。
早いもので、明日で帰省も終わりである。ほんと早い。
三月十八日
ゆうべ富山に帰った。迎えを待つあいだ空港の喫茶店で勉強しとったら、店員さん同士がめちゃめちゃ富山弁でしゃべっとった。おしゃれな喫茶店なんに富山弁。よかった。いっそ空港や機内のアナウンスも富山弁にしてしまえ。「機内では携帯電話は使わんといてね〜頼むちゃ〜」なかなか微笑ましい。
今日は秀吾とボーイズハートに行った。最近の西町はめっきり人が少なくなって店的にも大変らしい。実際に通りを歩いてけっこう実感した。ドトールだけは盛況やった。なんなんだ。とにかくがんばれ西町。あと、総曲輪通りの「たらふく」という定食屋はおすすめです。量が多いし味も良い。母子家庭で苦労が絶えない親子が営んでいる涙ぐましいお店なので(想像)、ぜひ皆さん一度行ってみてあげて下さい。
三月十六日
弟の俊紀が高校受かったようです。明日帰る予定だったので結果によっては憂鬱な帰省になるとこだったが、まあよかった。兄は胸をなでおろしたよ。母親はもっとだろう。どの高校に行くかなんてのは、本質的には全く問題ではない。ただ親の心配は理解できたからできれば良い結果になるように祈った。おめでとさん。やりたいことめいっぱいやって、楽しい高校ライフをエンジョイしていただきたいもんです。自分もがんばらねば。などと言っておいてこれから深夜練ですが。でも楽しくやれそうです。
三月十五日
おとといはピロウズを見た。うまくてかっこよかった。でもなんとなくダサイ感じがまたよい。アットホームな感じもまたよい。ハイブリッドレインボウは名曲だ。俺もダウンで速く弾けるようになりたい。
ゆうべは四月から社会人になるバイトの先輩と酒を飲んだ。いつの間にか酔ってしまい面目なかった。
今夜はバイト帰りに、矢川駅前で人目をはばからずに泣く女性を見つけた。びっくらこいた。ハンカチをさりげなく貸してあげる自分の姿がとっさに浮かんだが、すでにしっかり自分ので拭いておられた。実際のところハンカチを持たぬ女性はそんなおらん。結局、自分に対する気持ち悪さだけが残った。その人は彼氏と喧嘩中らしく、ぼろぼろ泣きながら電話に向かって「キライ、キライ!」と言っていた。お前さん、それめちゃめちゃ大好きやん、と思った。誰かのことで涙が出るというのは、ほんとに好きなんやと思う。ええじゃないかええじゃないか。お二人さんがんばってうまいことやってくれい。じゃあそんなわけでおやすみなさい。
三月十二日
明日はピロウズのライブではないか。楽しみだ。高谷の友達の女の子ありがとう。かなりアンサイクらしいがそんなことは関係ない。感謝。どんなもんか、しっかと見極めてみよう。いや、そっちでなくてピロウズをね。
三月十一日
バイト帰り。雨は止んだが、霧で軽く視界がかすむくらいに湿気が多い。こういう感じは好きだ。からっとした冬晴れも気持ちよいが、いかんせん肌がパリパリになる。その意味で、今夜みたいなふっくらモイスチャーな空気はひっじょうに優しい。気分を良くして、いなげやでスーパーカップを買う。その足でえらい久々に多摩川に向かう。河川敷からの景色は、遠くに見えるモノレールの線路の灯りがいい感じにぼやけてムーディーであった。
帰ってから、借りっぱなしのナンバーガールを聞く。鉄風と、あとやっぱオモイデがかっこよい。
三月十日
そういえばレディオキャロラインのライブを見に行けることになった。あとブッチャーズも。秀吾ありがとう。考えてみると、ミッシェルのライブに結局一度も行くことがなかった自分にとっては、初めてウエノを生で見る機会である。おまえ、それってめちゃめちゃ楽しみじゃねえかこの野郎、ということにさっき気づいた。話を聞いたのは昨日のくせに変な時間差で心が弾んで、眠れない。困ったもんだ。
三月九日
最近気づいたことだが、東急線の座席は気持ちよい。適度な固さがよい。南武線のはよろしくない。柔らかすぎる上に何だか座席がすごく熱い。この温かさは決してさっきまで座っとったおじさんのものではない。そう信じたい。
最近気づいたことだが、矢川駅前商店街のキャッチコピーは「やがわはわがや」らしい。ちょっと感動した。なんせ説得力がある。否定のしようがない。逆から読んでも同じ。考えた人の功績は当然大きいが、この場合、「矢川」という地名そのもののポテンシャルの高さを称えるべきではなかろうか、と自分は思う。やっぱいいわー矢川。
同じようにしてスマイルメンバーのポテンシャルを測ってみた。「荒井」→「いらあ」わけわからん。「中田」→「だかな」なんだかなー。「山田」→「だまや」ホワイトソース作って失敗した、みたいな。どいつもこいつも冴えんのう、と思ったら独り気を吐く漢がいた。「高谷」→「やかた」さすが。例えば「高谷の館」なるものがあったら、とりあえず石川県にある「松井秀喜野球の館」よりは行ってみたいかもしれない。どっちもそうでもないが。くだらなくて申し訳ない。
今日はリザードでライブした。過酷なセットリストながらものっそい楽しかった。ビデオ見たらパルチザンが楽しげやった。あと全体的に荒井は昔の曲のほうがよい気がする。他にも思うことはあるがめんどいのでやめる。こないだの企画のビデオも早く見たいのう。
三月三日
昨日もらった天ぷらを生協のうどんにこそこそ入れてみた。これが大正解。にやにやした。昨日もらったどら焼きは図書館でこっそり食ってみた。うまかった。よし。
今日はひな祭りらしい。そりゃめでたい。何がめでたいのかはよく分からんが。午前五時、雪はだいぶすごい。朝練に行けるだろか。音とりもうちょいがんばろう。違った意味で練習に行けぬ。事変楽しみやのう。
三月二日
けだるい体にわかめうどんはやさしい。バイトはしんどい。しかしこんな日に限ってもらい物は大漁だ。天ぷらにどら焼きに食パン。いい世の中や。
明日の夜から土曜まで雪らしい。どうせならがっつりいけ。フレー降れー雪。
三月一日
ついに風邪ひいた。夜から熱が出た。なんとなく予感がした。やはり時流に逆らうことは難しいらしい。困ったのう。
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