SOFT WORKS - The Soft Machine Legacy
@ 恵比寿 ザ・ガーデンホール



 8月9日(土)夕刻、台風の大雨の中恵比寿ザ・ガーデンホールに向かうと、会場は既に大量のファンでごった返していた。まず第一に、これだけの集客力があること自体に驚かされる。この日と前日の2公演がソールドアウト、翌10日にも追加公演が組まれているという。観客の年齢層は40代にピークがあり、30代後半にもなだらかに降りてきているようだ。ロバート・ワイアットを欠き、「ソフト・マシーン」という名称を権利関係で使えずに Soft Works と名乗っているのだろうと想像する。チラシの「SOFT WORKS」という文字の上にご丁寧に小さく「ソフト・マシーン」とルビが振ってあるのもご愛嬌だろう。

 そのチラシから引用すればこの企画は「今注目のカンタベリー・ミュージックの最重要グループであり、ピンク・フロイド、キング・クリムゾンと並ぶ'60年代後半英国プログレッシヴ・ロック・シーンの立役者でもあるソフト・マシーンの代表的メンバーが集結!!」ということになる。とはいっても僕自身はこのバンドにはほとんど接点がない。ソフト・ワークス名義で発売された新作 "ABRACADABRA" はもちろん、ソフト・マシーンのアルバムも1枚も聴いたことがないし、来日メンバーで名前に馴染みがあるのは第1期UKに参加していた Allan Holdsworth (Guitar) だけだったりする。その他のメンバーは Elton Dean (Sax, Piano)、Hugh Hopper (Bass)、John Marshall (Drums) の3人だ。

 そんなわけでこの夜のライヴも全曲生まれて初めて聴くものばかりだったのだけれど、結論から言えばそういう出会い方自体は悪くない。むしろ理想的なのではないか。生演奏で初めて聴いた曲が気に入ればその曲の入ったレコードを買い、部屋でも聴こうと思う。そもそもコンサートとはそうやってレコードを売るためのプロモーションだったはずだ。もっとも、今の僕にはこの夜の演奏は「すぐにレコードを買いに行きたい」と思わせるタイプのものではなかった。会場を出るにあたって頭に残ったメロディはひとつもなかったが、それはコンサートの出来とは関係のないことで、ライヴそのものは確かな技術と演奏力に裏打ちされた質の高いものだったと思う。会場を埋めた筋金入りのカンタベリーロック好きたちも概ね満足していたようだ。Hugh Hopper がMC担当だったようで、1曲ごとに次の曲名を紹介していたところによると、ソフト・ワークス名義での新作からはほとんど全曲を演奏、ソフト・マシーン時代の曲についても "Facelift""Kings & Queens""Moon In June""As If" などを取り上げ、会場から盛んな拍手を受けていた。

 カンタベリー音楽を語るにあたり「ジャズ・ロック」という表現を用いることが多いが、この日の演奏を聴く限りでは相当「ジャズ」側に寄っている印象を受けた。2つのジャンルに境界線を引くことに特に意義があるとも思わないが、インストのみということで少なくとも Yes のような歌ものとは全く異なるし、ELP のようないかにも「ロケンロー」的なギミックも皆無で、やけに淡々と小難しいフレーズを積み重ねる演奏が印象に残った。例えば John Marshall のドラムソロなんて、年齢の割には相当ダイナミックで切れ味も鋭いものだったのだが、やはり「ロック」という感じではなかった。立ち位置をジャズ側に置くことは加齢による肉体の衰えをある程度カヴァーすることにもつながるが、意図してそうしたというよりは彼らの趣味がもともとこのような音楽スタイルだったのだろう。

 4人の中では Allan Holdsworth だけがやや浮いていたように思う。他の3人とはほとんどアイコンタクトもせず、一聴して彼と分かる独特のトーンのギターを延々と弾き続けた。Elton/Hugh/John との距離感が緊張感を生み出していたかといえばそうでもなく、不思議と暖かい雰囲気ではあったのだが、これでは初期 UK の中でも浮きまくっただろうなとは思う。他に印象に残ったのは Elton Dean のエレクトリック・ピアノ。僕は鍵盤楽器の音色としてはローズに代表されるエレピが非常に好きなのだが、この日の Elton も時に控えめに、時に叩きつけるようにあの独特の円やかなアタック音を響かせていた。途中で気がついたのだが、Elton がエレピを弾いている間は Allan のギターがギターらしいフレーズを弾いている。逆に Elton がサックスを吹いている間は、Allan のギターはギターシンセサイザーっぽい鍵盤風のフレーズを弾いているのであって、専任の鍵盤奏者がいないバンドでありながら一聴するとそう気づかせない、うまいアレンジメントがなされていた。

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 ライヴの感想以外に気づいたことをいくつかメモしておく。ガーデンホールという会場には初めて訪れたが、学校の講堂のような縦長の四角いホールで、音響は良いのか悪いのかよく分からなかった。パイプ椅子よりはもう少しマシな可動椅子を大量に並べて客を着席させていたが、床はほとんど段差なしの平面だけに、後ろの方の席ではステージが見にくいと思われる。この夜はついに最後まで誰一人席を立たずにじっくり座って観る公演だったからよかったようなものの、全員が立ったりしたら小さな女の子はつらいだろう。また、プログレのライヴ独特の居心地の悪さのようなものがこの日も感じられた。例えば曲間の静寂を破って奇声を上げる男性や、僕の隣の席で暗闇の中ノートに膨大なメモを取り続けていた男性などだ。彼は1曲終わるごとに誰よりも早く拍手を始め、誰よりも遅くまで手を叩き続けていた。その叩き方というのがことさらに音を響かせる耳障りなものだったので、少々気が散ってしまったのだった。開演前から間違って僕の席に座りこんで一生懸命メモを取っていたのを見ると、彼は熱心なソフト・マシーンのファンで、ライヴを前によほど緊張していたようだ。座席を指摘すると早口でしきりに謝りながら席を移ってくれたが、僕自身は隣の席でも特に問題はなかったので、邪魔せず黙っておいてあげれば良かったかな、とやや後悔した。

 図らずも先週のミック・ロック写真展と2週連続で恵比寿ガーデンプレイスに出かけることになった。渋谷以南は自分の行動エリアではないので、これは比較的珍しいことだ。オープン時の喧騒を記憶する自分にとっては、一定の年月を経ていい感じに人数の減ったガーデンプレイスはやや新鮮だった。映画館あり、美術館あり、コンサートホールあり。小ぢんまりとしたエリアに各種の芸術を楽しめる環境が整備されているというのは理想的だ。もし近くに住んでいれば、夕暮れ時や週末の昼下がりなどに出てきて、ベンチで風に吹かれながら文庫本を読むのもいいだろう。タワーレコードやHMVのような大型輸入盤店こそない街だが、自転車があれば渋谷はすぐだし、ガーデンプレイスのすぐそばにはTSUTAYAもある。今すぐ移り住もうとまでは思わないが、諸条件が揃うなら人生の一定期間をこういう街で生活してみるのも悪くなかろうと思われる。

(August, 2003)

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