「音楽ビジネスのそういう部分を理解して通り抜けることは大切だけど、
そんなくだらないことにはまってはいけない。
だってそんなのは音楽を創ることとは全く正反対のことだよ。
エネルギーを全部吸い取られちゃうって。
でもそれを通り抜けるのも大切だ。やらなきゃいけないことだからね。
最近は良くなってきてると思うよ。
僕らも前は誰も信じてなくて、何もかも自分たちでやってたから。
今は素晴らしいマネージャーがいて、彼がそれをやってくれてる。
僕らがスタジオで音楽を創ってる間に、
ビジネスのめんどくさいことを片づけておいてくれるんだ。」
Sigur Rosにとってより危険なのは、彼らが何かを決めるときには
第三者がとやかく言うことが常について回るということである。
自分たちのメッセージが何よりも大事だと考える他の多くのアーティストのように、
Sigur Rosは、絶えずメディアに対する自分たちの要求と、
自分たち自身の無垢な考えとを一致させようと考えている。(ここらへん難解)
「物事を決めるのは難しいことだね。
僕らはあまりコマーシャルをしない。ちょっとだけだ。
例えば、僕らはAmnesty Internationalにフリーで音楽を使わせてあげたことがある。
あれは本当に良かったし、僕ら自身も使ってもらえてとてもありがたく思った。
今度は映画にも使ってもらえるんだ。映画はコマーシャルよりもうれしいね。
自分たちの曲を何かの話に結びつけてもらえるのはコマーシャルで歌うよりもずっといいし、
しっくりくると思うんだ。でもやっぱりそういう事を決めるのは難しい。
もちろん他の人と同じように、僕らも失敗はたくさんあるよ・・・」
彼が言っているのはもちろん、自称Sigur
Rosの熱狂的ファンのキャメロン・クロウ監督の
映画"Vanilla Sky"に、彼らの曲を2つ、目立った形で使ってもらったことについてだ。
この映画は批評家たちからかなり酷評され、彼らのうちの何人かは
クロウがどれだけポピュラー・ミュージックを濫用しているか分かった、
というようなことを口々に言った。
「その映画を前もって観ておかなかったことを少しだけ後悔してるんだ。
あれは個人的に、僕にとっては間違いだった。
使ってもらうと決める前にぜひ観ておきたかったんだけど、
彼らは時間がなくて急いでて、僕らに見せることは出来なかったんだ。
公開されてから観たんだけど、僕はあの映画が好きじゃなかった。
100%合っていない物に結びつけられるのは辛いことだよ。
自分の全てをかけてやっている時に、誰かが自分の曲を持って行って
それをうまく合わないものに結びつけられる・・・
でも最後の曲はすごく良かったと思うよ。うまく使われてたと思う。
それにもちろん、多くの人々が僕らの音楽に出会えるっていうのもすごく大事だね。
あれを無視することは出来ないでしょ。」
興味深いことに、Sigur Rosが最近参加してきたフィルムの中で
一番良いのは、彼ら自身のビデオだ。
初めに出たのが、星をちりばめたように光る素晴らしいクリップ、"Svefn-G-Englar"である。
このクリップにはダウン症の演劇団の人々が出演していて、
音楽に合わせてスロー・モーションでゆらゆらと揺れている。
「彼らをテレビで観て、美しいと思ったんだ。
僕らは心の底から彼らと一緒にビデオを作りたかった。
彼らはいつも正直さで溢れていて、ありのままなんだ。その純粋さで演じるんだよ。
あれは僕らにとっての初めてのビデオで、
よくあるようなロックンロールな感じ姿勢で演奏なんてしたくなかった。
僕らはビデオの中に出たくなかったんだ。
ミュージシャンの姿を見たからってそんなの何にもならないから。
ビデオは音楽をよりふくらませるためのメディアであって、
かわいい人たちを見るためのものじゃないんだ。」
さらに圧倒されるのは、最近の"Vidrar
Vel Til Loftarasa"のクリップだ。
このビデオでは幼少時代の一連の小さな事件についてが描かれていて、
サッカーの試合中に2人の少年が交わす、目が眩むようなキスでクライマックスに達する。
ゲイであることを公表しているBirgissonにとってこのビデオは、
孤立した者として成長することで起こる様々な困惑を表すいい機会だと言う者もいる。
「前に一度、ゲイ・マガジンにこう訊かれたことがあるんだ。
『ゲイであることはあなたの音楽に影響を与えますか?』
僕は『いや。もちろんそんなことはないよ。』と答えた。
でもその後電話を置いて考えてみたんだ。考えることは大事だからね。
小さい頃に自分がゲイだと気付いたとき、僕はそのことについて考えることはなかった。
考えたくなかったんだ。僕が自分の人生を完全に音楽を通して生きているように、
その頃もいつも音楽をやっていた。そういう疑問が自分の頭の中に浮かび上がったときは、
『あぁ、考えるのはやめて音楽をただやろう。』っていう感じだった。
僕は音楽の中で生きて、音楽の中で呼吸してたんだ。」
「もちろん、他のみんなは心から理解してくれてるよ。
思慮がある人々は、それがひとつの生き方に過ぎないっていうことを知ってるんだ。
いくつかのメディアが僕らのことをゲイ・バンドと言っても、僕はそれを面白いと思うね。
バンドはこのビデオをつくることについても本当に順調だった。
僕らは何もかも一緒にやって、うまく行くように専念していたんだ。」
バンドはまた、彼らの新しいプロジェクトに専念している。
Jonsiは北アメリカにすぐに戻れるかもという見込みに興奮しているようである。
「僕らは今までアメリカに行ったことがなかったんだ。正直に言って、
アメリカではいつでもみんなマクドナルドを食べてるのかと思ってたぐらいだよ(笑)
でもすごく気に入ったんだ。人々はとても素晴らしいし、オープンだよね。
それってすごく大事なことだと思う。」
「トロントのこともよく覚えてるよ。僕らはあそこで2回演奏したことがあるかな?
最初のコンサートは海の近くの変なクラブでやったことを覚えてる。
地元の友達とサッカーもしたんだ。すっごく楽しかったよ。」
「バンドにいるっていうのは、成長してる子どもでいるようなものなんだ。
いつでも、どんな日でも絶えず学んでいる。
もちろん失敗もたくさんあるけど、それからまた学んで、進み続けるんだ。」
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