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無限懲罰房 第9話 【TEXT TOP】

囚人が突然表情を変え手に持っている鎖を強く握り締めた瞬間、無限懲罰房内の温度が一瞬だけ著しく変化したように感じた。
その変化は暑くなったのか寒くなったのか判断がつかない…それほど瞬間的な出来事だった。

鉄球は瞬きをする間に私の視界から消え、まるで名のある武人によって放たれた強烈な一撃であるかの如くすさまじい速さと勢いで私に向かって飛んできた。
人間とは思えぬ恐るべき手さばきだ。 今まで攻撃する機会を伺っていたのか…そんな事を考える間もなく私は間一髪のところで鉄球をかわした。
背後で鉄球と壁がぶつかり合う音が聞こえる。手加減したのかあまり大きな音ではなかったが、やはり囚人は私に対し攻撃の意思があった事がハッキリした。
私は囚人が鉄球を引き戻して第二投目を投げる準備をしようとするスキを狙い囚人との間合いを一気に狭め、
手に持っていたツルハシを囚人の脳天に叩き付けた。

囚人は耳障りな断末魔の叫び声をあげた。

その叫び声もまた、人間離れしていた。
囚人の頭からはとめどなく血が流れてゆく。暗がりでハッキリとは確認出来なかったが、
黒く濁ったドロドロとした不健康極まりない血液である事は間違いなかった。
この断末魔の叫びは下宿全体にもこれまでにないぐらい響き渡った事だろう。
血液が次から次へと吹き出してゆくにつれ囚人の叫びは勢いを失い、
やがて例によって人間の言語であるのかどうか判断しがたい言葉を発してその場に崩れ落ちた。

何ともいえないどんよりとした空気と静寂。
3ヶ月間にわたり不気味な音と振動で下宿やその付近住民を恐怖に陥れてきた諸悪の根源である無限懲罰房の囚人は死んだ。
今日までの彼自身の生存手段や、柱についての謎を残して。
今回の物件は私に純粋な好奇心を与えてくれた大変貴重な素材であり、
それらの謎が囚人が死んだ事により永遠に謎となってしまった事は気がかりでないはずも勿論ないが、
私は当初の目的であった「化け物の正体を突き止め不気味な音と振動を取り除く」という女将の依頼を無事達成した事だけを考える事にした。
女将の要望通り「化け物」は退治したのだ。私はそう自分に言い聞かせながら深呼吸し、何気なく無限懲罰房内を見回した。

ふと、先程囚人が投げた鉄球が叩きつけられた壁の箇所に動物の死骸があるのが目に付いた。

ネズミの死骸だ。
どうやら私がかわした囚人の鉄球に運悪く当たったらしい。原形はかろうじてとどめていたが、
人間ですら即死は免れないであろうあの一撃を喰らい身体中がグシャグシャに潰されていた。
何気なく死骸に近寄って見てみる。ドブネズミにしては歯と爪が鋭く発達しているような感じで、
間近でよく見るとハムスターのようでもあり災害の時などに大量発生するような下等生物のネズミとは少し違う印象を受けた。

少しの間そのネズミの死骸を見ていると、もう一匹同じ種類のネズミが現れた。私が手にしている薄明かりでしか確認出来なかったが、
死骸よりもその風貌がただのドブネズミではない事が一目で分かった。ネズミはキョロキョロと辺りを見回すと柱の方へ走っていった。
私はふと思った。
囚人は普段このネズミを捕らえて食料としていたのではないか。生食いにならざるを得ないが、何もない独房の中ではネズミも重要なタンパク源だ。
刑期を終え意地でも生きて娑婆に出たいという尋常ならざる執念を持ちながら、ネズミの肉で命をつなぎ生きながらえてきた
……あくまで想像だが凄まじい話だ。だとするとさっき私を狙って放たれたと思っていた囚人による鉄球の一撃は、
実はこのネズミを狙っていたのか?ネズミを狙った鉄球の軌道上にたまたま私がいただけなのか?食料を確保しようとしていただけなのだとしたら……

ふと我に返ると、いつの間にかネズミの数は数十匹に達していた。無限懲罰房の床がネズミでいっぱいになるを見て、
私は違和感とこれ以上にないほどの邪悪な感覚を覚えた。何故いきなりこんなに数が増えたんだ?そして何故…全てのネズミが柱の方へ向かっているのだ?
なおも増え続け柱の方へ向かってゆくネズミの大群を見て、私はハッと気付いた。

独房内に立つ美術品・工芸品のような柱とは、元々何らかの災いを封印する為に作られた神霊的なものなのではないのか。

奇妙な形のこのネズミはその柱を喰らいつくす邪悪な存在だったのではないのか。

そして囚人は、ネズミから柱を守る事を服役中の任務としていたのではないのか。

更にその事実が心霊的な迷信として時代と共に風化し、
関係者は刑務所の閉鎖と同時になし崩し的に無限懲罰房の存在自体をこの世から抹殺しようとしたのではないか。

そしてもっと別な諸悪の根源が、この独房の下に……。

既に数千匹に達したであろうネズミの大群は、もはや囚人の攻撃を気にする事なく次々と柱に向かっていった。
私がツルハシでネズミを叩き潰しても到底全滅させられる数ではなかった。柱は既に元あった4分の3ほどがネズミよって食われ、
邪悪な感覚がより一層増大していた。

「無限懲罰房の真の囚人」は今まさに数百年数千年の時を経て、世に解き放たれようとしていた。

あとがき

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