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『BLEACH SESSIONS』(輸入盤)
ニルヴァーナ

Tupelo Recording Company (TUP BS CD 666)

  2001年の暮れ、いきなり何の前触れもなく『BLEACH SESSIONS』と題されたニルヴァーナのアルバムがリリースされた。ザラッとした質感から考えるに、いったん反転した『ブリーチ』の写真を再び反転し直しただけのジャケット・デザインで、注意して見ないと『ブリーチ』と見分けがつかないこのCDは、よく見ると曲目表記にスペルミスまである限りなく怪しい代物である。しかし、これを聴いた瞬間、自分は思わず大笑いしてしまった。それくらい、本作に収録されている音楽は最高だった。
 ここでは、詳細なデータがCD内に全く記されていないため、なんだか得体の知れない『BLEACH SESSIONS』の内容について、個人的に分かる限りの情報と推測を以下に書いておこう。手元にある現物には確かにサブポップのロゴマークも入っているが、正確な発売元はテュペロ・レコーディング・カンパニーというところのようだ。このインディー・レーベルは他にもジョウブレイカーなどの作品を扱っており、これだけ堂々とサブポップのロゴを張り付けて売っているのだから、一応ちゃんとした企業なのだろう。会社の所在地はアメリカらしいが、CDには何故かメイド・イン・EECと記載されている。僕は過去にも、発売元が不明確なニルヴァーナのCDシングル(※“スリヴァー”と“ダイヴ”に加えてライヴ音源2曲を収録)を手に入れているが、これも商品番号が「TUPCD25」であることから、同社がプレスした商品とみていいと思う。そして、このシングルにもメイド・イン・イングランドという文字だけがハッキリと銘記されているのだ。あくまで憶測でしかないが、このレーベルはニルヴァーナ初期の非アルバム音源に関してヨーロッパ圏もしくはイギリスでだけ特別にリリースの権利を有するような契約をサブポップと交わしていたのかもしれない。
 ご存知の通り、ニルヴァーナの記念すべきデビュー・アルバム『ブリーチ』は、88年の12月にジャック・エンディーノのプロデュースのもと、エンディーノ所有のレシプロカル・スタジオにてレコーディングされた。この時、バンドもレーベルも、次作『ネヴァーマインド』の制作費の200分の1にも満たない606ドル17セントのスタジオ代を支払うことができず、ジェイソン・エヴァーマンという男に肩代わりしてもらっている(※ジェイソンはその後わずかな期間セカンド・ギタリストとして在籍し、演奏はしていないが『ブリーチ』にはメンバーとしてクレジットされた)。そうした経済的にも時間的にもキツい条件のもとで敢行されたセッションから、大量のアウトテイクが生み出されるとは考え難い。したがって、『BLEACH SESSIONS』に入っている音源のほとんどは、同年1月にメルヴィンズのデイル・クローヴァーをヘルプのドラマーに迎え、同じくエンディーノによって録音されたデモテープである可能性が高い。通称「クローヴァー・セッション」と呼ばれるこのデモは、テープが足りなくて途中で切れてしまった“PEN CAP CHEW”に、“IF YOU MUST”という2曲の未発表曲を含めて全部で10曲。そこに、公式には未確認だが『ブリーチ』セッション時のアウトテイクらしい“ブルー”、“ミスター・マスターシュ”、ヴォーカルの入っていない“シフティング”の3曲と、88年の7月から9月にかけてデビュー・シングル“ラヴ・バズ”を制作した際B面用に録音されたが採用されなかった未発表曲“BLANDEST”を加えると、『BLEACH SESSIONS』に収録された14曲(※アナログは10曲)とピッタリ一致する。
 ただしクローヴァー・セッションの音源は後になって、“フロイド・ザ・バーバー”と“ペイパー・カッツ”の2曲(※CDでは“ダウナー”も加えた3曲)は『ブリーチ』に、そして“ビーズワックス”“メキシカン・シーフード”“エアロ・ツェッペリン”“ヘアスプレイ・クイーン”“ダウナー”の5曲は92年にリリースされたコンピレーション盤『インセスティサイド』にもそれぞれ再録されている。この原稿を書くにあたって、都合3枚のCDをとっかえひっかえしながら聴き比べてみたのだが、おそらくは同じテイクであるのに一瞬別モノかと思ってしまうほど、サウンドの印象はアルバムごとにまるで違っていた。クローヴァー・セッションが録音された日の晩、バンドの音を気に入ったジャック・エンディーノは自分でミックスしたテープを何本か作り、サブポップのジョナサン・ポーンマンをはじめ数人の知り合いに配っており、『BLEACH SESSIONS』に収録されたのは、そのエンディーノによる一番最初のミックス・ヴァージョンなのかもしれない。ちなみに『ブリーチ』に収録されるにあたって、“ペイパー・カッツ”にはバッキング・ヴォーカルが加えられるなどミックスがやり直されたのは確かだし、『インセスティサイド』でもハウイー・ウェインバーグによるマスタリングが施されていることも付記しておく。
 それにしても、何より注目すべきなのは、正規盤かどうかも疑わしい『BLEACH SESSIONS』の音が、当然ラフではあるものの、『ブリーチ』にも『インセスティサイド』にも負けない荒々しい迫力を持っているという事実だ(※むしろ『ブリーチ』のCDにはデジタル・リマスタリングの必要性を感じてしまった)。決して状態がよくはないはずの元の音源をそのまま商品化したのではショボい音になってしまうから、きっと音圧を高める処置なども行なわれているのではないかと思う。また、レア音源を集められるだけ引っかき集めた海賊盤とは違って、88年にレシプロカルで録音された音源だけを既発のものと被らないように丁寧に整理している点や、単に時系列で並べたのではなく、ちゃんとアルバムの構成を考えて曲順が組み立てられていることなどからも、このアルバムが深い愛情を持ってプロデュースされた「作品」になっていることは間違いない。つい、クリストが関わっているのでは?と邪推してしまうほどだ。まだ持っていないファンの方には一聴をお勧めする。

2002年1月 鈴木喜之


※本稿は、ロッキング・オン誌に掲載された記事に、手を加えたものです。

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