〜2000/01




神戸流血事件
00/01/31
こんなにも寒いと、暑かった日の思い出がよみがえる。 高校生の夏休み、ロードレーサー(競輪選手が乗るような自転車)を 買った。時を同じくして知人はマウンテンバイクを買っていた。

輝く銀の車輪! 軽量化のため、カゴや泥よけやチェーンカバーや、 それはいるだろうって物まで徹底して取り除いたシャープなボディー! そして、あれ程までに、ムダをそぎ落として軽量化を図っておきながら、 8割は必要ないのになぜか装備されている重厚な歯車群、24段ギア!

この御機嫌な相棒にまたがり、ポケットに少しの金と勇気をつめれば
もうどこにだって行ける。あの日の夏の太陽はそう教えてくれた。

そう、灼熱の日差しの真っただ中、僕達は憧れの神戸を目指す。

神崎川沿いに西へ。塚口〜尼ヶ崎間に差し掛かっただろうか。 帽子も被らずに、息を切らす程走り続け、少々のぼせてきた。 汗を拭うハンカチをふと見ると鮮血で朱に染まっている。 鼻血だ。運悪く商店街の入り口だ。

夏である。タンクトップのお姉さんや、部活帰りの女子学生が 多々俳諧している。目が語る。「やだ・・少年、さかってる。」 違う!違うってば!なんとか冷静に冷静に…私はいつだってこういう 局面はクールにスマートにごまかし…もとい切り抜けてきたはずだ! すると少し 離れたところに「福祉会館」がある。福祉ってくらいだ。きっと助けてくれる。

ところが誰もいない。公共施設が夏休みか? まあむしろ好都合、水道を見つけ シャツ・ハンカチ・顔を洗う。シャツは陽射しですぐ乾くさ。

一命は取り留めたものの、この日より神戸は僕にとってとても遠い場所になってしまった。 白昼夢王は思う。もしかすると幻の街なのかも知れない。誰もが憧れつつたどり着けない神秘の街。 電車でいけよ



00/01/16
日付けは前後するが、昨年12/30神戸シアターポシェットにて 年末マラソンライブなるものが開催された。クックレコードさんからも 何名か出場するので、当初は観覧のみの予定で神戸に向かう。異人館通りで 少々迷い、うろこの館の受付のお姉さんに道を訪ね、なんとか到着。

さて到着すると、当日一曲のみ飛込参加、というコーナーがあることを教えていただく。 とりあえずステージを見学すると、手入れの行き届いた綺麗なグランドピアノが 鎮座している。理由つけてコイツに触るには出場するしかない。すぐさま登録する。 後のことなど考えず・・・

さて、いざステージにあがるというとき微かに目眩を覚える。バンドでライブのとき キーボードは脇役だったので(バンドの体系で随分違いがあると思うが)人が大勢いても ひどく客観的に冷静に事務的に演奏できたのだが、ピアノソロだ! 自分が中心にいる!

さて、何言ったかあまり憶えていないが、挨拶した後ピアノのほうへ向かった訳だが 太ももに力が入らない。今までにない経験だ。腰をかけ、鍵盤に指を乗せると、 右手が驚くほど振動。震えというより麻痺してシビレているようだ。音を試すフリで キーを押下するが、具合にひどくムラがある。アメリカ工場の品質並みだ。ふと気付くと 両足首が、大地の胎動を体現しているのか、普段の私では出せない瞬発力と持続力で震える。 ひとり冷静な左手。ええい!始めてしまえ!

いざ弾き始めると、結構指が動いてくれる。自ら驚嘆。明らかな弾き間違いもあるが、 思わず表情に出ない改心の笑みが。下手なりに長いこと続けた御褒美にと、神様のイキな 計らいなのかと。さすがに足は使い物にならないので、ペダル操作は諦めて、踵から乗せて おくだけに。

この演奏後の大きな達成感と、ほのかな寂しさ、感無量。放心状態で迎える新年。
遅れながらこの機会を与えてくださった皆様に感謝します。



00/01/05
大晦日は梅田スカイビルのカウントダウンのイベントに男ばかり4人で 繰り出す。会場ではスペインから来たバンドが歌っている。悪くないのだが、 司会のお姉さんがしきりに「3・2・1・オメデトウ」はスペイン語では こうですよ、と教えていた(グラシャス?だっけ)。
「さあ、カウントダウンの時は皆さんいっしょにスペイン語で…」
おいおい、日本での年明けは日本語でカウントさせろ。私の機嫌・テンションは急降下。

案の定、企業スポンサーをつけないイベントは盛り上がりに欠け、呆気無い幕切れ。 この白けた虚無感にはアルコールが特効薬だ。混雑する繁華街は避け、 isami宅で飲むことに。パーティーゲームを行い、負けた者は前もって決められた お題目(過去の懺悔や秘密)を告白する、という罰ゲームでひとしきり盛り上がる。

酒もすすみ、どんどん罰ゲームもエスカレート。次第に暴露系から 物理的アクション系になってゆく。おおそうだ吉野屋は年中無休。


「吉野屋美食倶楽部の刑」
 …負けた者は、吉野屋で玉子のみ注文、喰う

このインパクトある客で、正月に出勤している店員のレクリエーションを 図ろうとしたのだが思惑が外れた。東三国には鎌田神社なるものがあり、 この東三国駅前店は参拝客で空前の繁盛。行列が出来るほどの勢いだ!
その修羅場で、負けた彼は一人吉野屋に向かう。勇者だ!勇者降臨!
勝組は向いの通りから眺め、笑い過ぎってぐらい笑う。初笑い。
次の罰ゲームは
「ミレニアム元日デビューの刑」
 …負けた者は、駅前で弾けもしないギターで路上ライブ

この中でギターを満足に弾ける者はいない。 小雨ぱらつく中、負けた彼の歌声が響く。ギターは、ギターではない気味の 悪い音色で響き渡る。初詣帰りの人々が行き交うが、誰も目を合わせない。 彼も勇者だった!

他にも
「サザエさん捏造計画の刑」
 …ローソンで買い物、レジで「財布忘れました」と謝る

などあったが、人に迷惑かけるのは…ということで実施されなかった。

こうして私の新年が始まる。



99/12/29
私独自の仮説,それがコマンド論。
人間は生まれた時に使用可能なコマンド回数を持っている。身体を操作 するたびに消費されて,これがゼロになるとき,その人は死ぬわけだ。
コマンド回数は脳細胞といっしょで増えはしない。減る一方。

例えば,腕を上げる動作にしても,脳の指令に神経に筋肉に・・・
ちょっとした動作でもコマンドの減少は著しい。だから初期値は天文学的数値だろう。 血液の運搬とか消化器官の仕事もすべてコマンドの消費によって行われる。 物事を深く考えることも脳の仕事なのでコマンドを大量消費する。

大ケガをするとカラダを直そうとして急激にコマンドを消費する。 ゼロになることもあるねぇ。ケガで死ぬってのはそういう時さ。

この説によれば,長生きの秘訣は,出来るだけゆっくり動き、のらりくらり, の〜んびり過ごし,出来るだけ物事を難しく考えずに,のほほんと生きる, ということになる。

ただ,この考えと真っ向から対立する論を唱えているヤツがいるゥ!
憎いその名はぁぁアインシュタイン! 勝ち目ねえなあ・・・



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99/12/02
世間では随分前のことになるのだろう、ミュージシャンM氏が幻覚剤 所持で逮捕された。その時のマスコミの発言の一部がどうも引っ掛かって しょうがない。
「そういえば曲調がサイケデリックになったとファンが言ってました」 ホントかよ。いつ聞いたんだよ。私は微塵も感じなかったぞ。

これはあくまで私の勝手な解釈なのだが、 ファンはM氏に、いつまでも「純粋な少年の心」で歌うことを望んだ。 しかし、もういい年であり世間のせちがらい部分をたくさん知り、 なかなかまっすぐ純粋に詩を書いたりできない。

そこで幻覚剤を服用して思う存分大騒ぎ。お祭り騒ぎが終わったら しばらく空っぽの状態、ピュアな状態、「少年の心の状態」に戻る。 その状態で曲を作っていたのではないだろうか。

覚醒剤の力を借りて曲を作るタイプと対照的な方法だ。 覚醒剤所持は問題だが、自分で曲を聴きもせず適当な発言で 作品まで否定するマスコミを、みんな100%信じてるのかい?



風物詩? 何を悠長な・・・
セ ミ

セミが恐い。昔は素手でも掴めたのに。確か中学生時分、工作の時間、 彫刻刀で木彫りをしているときに、脳裏に浮かぶ。天啓がごとき。 「何でアイツら(せみ)、ああも安々と木材を貫通できるのだ。人間の  皮膚など、ひとたまりもない・・・」

蚊は本来、花の蜜を吸っていた。しかし、生き物の血液の方が はるかに栄養があることを学び、あのように増殖した。

もし減少の一途をたどるセミの中に、一族の末路を憂い、果敢に吸血に 挑む冒険野郎がいて,偶然出くわしたら・・・ いや、卵を生むため、 雌の方が高密度の栄養を欲するな。そんなシュガーの危険な接吻を受けたら。

多分彼女、背中を狙ってくる。そんな気がする。それはもう激痛だろう。 手がなかなか届かない。勢い、地面を転げ回る。「クシャアァッ」と スナック菓子系のサクサク音で恋は終わる。いや、情念のデカイ針は ちぎれて突き刺さったまま。シャツは血とセミの白い内臓でどろどろ。

ああ、なるほど。体のサイズゆえ、挑戦者はことごとく退けられる。 集団で来られると相当やばいけど。まあ、あの子ら、友情薄そうだし。



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