● VL70m音づくり入門講座 (講師:Kirino) |
VL70-mはVA(Virtual Acoustic)方式と呼ばれる音源のひとつです。一般的な音源が単純な波形を組み合わせて音色をつくったり(アナログやFM音源)、記録された波形を再生することで音を出す(PCM音源)のと異なり、VA音源は、電子回路の中に仮想の管楽器や弦楽器を設計し、その楽器が鳴る様子を計算でシミュレートすることで音を出します。この原理上、生管楽器系の音が得意であり、WXやEWI等でブレスやベンドをリアルタイムにコントロールすると他の音源では得られないような生管楽器に近い音色変化が得られます。この特徴からVL70-mはウインドシンセで生管楽器系の音が欲しい場合非常に有効な音源です。WXシリーズの推奨音源となっていますがWXに限らずEWIシリーズでも全く問題なく、驚くほどスムーズに演奏できます。EWIユーザーの方にもぜひ一度試していただきたい音源です。
VL70-mのスペックについてはヤマハサイト内のWebカタログを参照ください。またヤマハサイト内でVA音源講座が公開されています。非常に詳しく、かつわかりやすく解説されていますので是非ご一読ください。VA音源の原理・特徴、エディターソフトを使った音色編集などについてはそのVA音源講座で紹介されていますので、ここではVL70-m本体だけで行う音色編集のさわりについてお話しすることにします。
VL70-m本体で行う音色編集は基本的にプリセット音色の設定をいじることで行います。実際の編集作業は
という流れになります。内部メモリには64個まで記憶できます。
次に、設定するパラメータは大まかに三種類、
(1) CONTROL EDITと呼ばれる、主にVA独特のパラメータを任意のMIDIコントローラにアサインする項目。
(2) カットオフ、レゾナンス、EG、EQ、ビブラート、ポルタメント等アナログシンセ的な項目。
(3) リバーブ、コーラス、バリエーションエフェクト、ディストーションの4つの内蔵エフェクター(XG規格準拠)
に分類できます。(2)、(3)については一般的な音源やマルチエフェクターと同じ感覚で音づくりができます。VL70-mは生楽器音色の他に矩形波やノコギリ波的な音もプリセットされていますのでこれらの音色を元にすれば(2)、(3)のパラメータのみによるアナログシンセライクな音づくりが可能です。アナログシンセやエフェクタのいじり方はJWSAで別に解説されていますので、ここではVAの特徴である(1)のパラメータ群について述べます。
(1)のパラメータ群は生楽器をシミュレートする音源の構造上、他の音源にはない独特のパラメータになっています。そのパラメータを列挙すると以下のようになります。なおVA音源では管楽器のほかに弦楽器のシミュレート音も持っていて、各コントロールの効果が微妙に異なるのですが、ここでは音色の大部分を占める管楽器系音色の場合について解説します。
このうちA,C,D,Kは一般的なシンセサイザーに装備されているものと同様のパラメータです(そういう理由から同じVA音源でも、VLプラグインボードの場合はA,C,Dのパラメータはプラグインボードのエディット項目とは別の分類にされています)がその他の項目はVA独特のもので、"かっこ"内に示した、管楽器におけるそれぞれの状態をシミュレートしています。これらの項目は個別に任意のMIDIコントローラ(ピッチベンド、ベロシティ、アフタータッチ、ブレス他CC#01〜95すなわちコントロールチェンジ全部)に割り付けることができ、にその変化カーブと最大量も個別に設定することができます。これらのパラメータをうまく設定してやると、
等々のことができます。サンプリング方式の音源ではここまで複雑な音の変化を得ることは不可能でないにしろややこしい設定が必要になりますが、VA音源の場合比較的簡単にこれらの効果が得られるのが利点です。ここらへんの音色変化の仕方は、生管楽器からウインドシンセに移ってきた方にはかなりそそられるのではないかと思います。
各パラメータが音に与える影響はおおよそ次のようになります。
なにやら仰々しい名前のVAパラメータですが、何のことはない単に音量・音程・音色・倍音を変化させるだけのものですね。もっとも同じ数値を指定してもプリセット音色によって変化の度合いが違い、場合によってはパラメータをいじっても全く音に影響がなかったりするのがやっかいなのですが、おおよその傾向はこの通りです。残りの(2)、(3)のパラメーターはお馴染みのアナログシンセとエフェクターと同じですから、シンセにある程度慣れている方ならこの傾向さえ覚えてしまえばVL70-mの機能をフルに使った音色編集ができるわけです。なお筆者のサイト"WX5 workbook"にて、VL70-mプリセット音色の全てのパラメータを簡単にブラウズできる"VL70-m Parameter Sheet"がダウンロードできます。音色編集に大変役立ちますのでぜひ使ってみてください。
それでは実際に簡単な音色編集をしてみましょう。基本的にプリセットからの変更点のみ記載します。なおどちらの例についても、コントロールデプス(CtrlDpt)とカーブ(Curve)の最適値はコントローラや演奏者の個体差により若干ずれますのでこの例をもとに自分が演奏しやすいよう微妙に調節してください。
1. プリセット音色からPr2-007"LiteAlto"を選びます。ややノイズ混じりの軽い感じのアルトサックス音色です。
2. ちょっと音が軽すぎる印象なのでイコライジング(EQ)で高域・低域を少し上げます。
3. 音をさらに明るくするため、ブレスによるフィルターの開きを大きくします。
4. ブレスによる音量変化の幅が小さいように感じるので、幅を広げます。
5. ここがミソ。スロートフォルマントを有効にして、ブレスを強めに吹いたときに音が割れてファズトーン(倍音を含む音)が出るようにします。
6. このままだとブレスを少し強くしただけで音が割れてしまうので、思いっきり強く吹いた時だけ割れるようにカーブを調整します。
7. 後はお好みでエフェクトを調整します。とりあえずリバーブをROOMに、コーラスを少しかけて、バリエーションエフェクト(ディレイ)は無効にしてみました。
8. 最後に音色を保存するのを忘れないように([EDITボタン]→[STORE])。
♪音色デモ LiteAlto.mp3 (108kb) : 初期のデビッド・サンボーンもどきでWX5で吹いてみました。
1. プリセット音色からPr2-049"JazFlute"を選びます。その名の通りアタック感のあるジャズフルートです。
2. もう少し音を鋭くするためにイコライジング(EQ)で高域上げます。
3. ピッチベンドコントローラ(アップ側)でアンブシュアをコントロールします。アンブシュアだけで音程をコントロールしたいので、アップベンド側=PB Ctrlは無効(ゼロ)にします。この音色の場合、アンブシュアを上げると音程が階段状に高次倍音に上昇し、EmbUpprDpt =127の場合思い切りアップベンド操作すると運指は同じでも1オクターブ上の音が出ます。またEmbUpprDpt =50〜60にすると倍音と倍音の間の不安定な状態となり「ビエ〜」という音になります。この「ビエ〜」という音を演奏に効果的に使うと良いでしょう。またPB Ctrlでかけるビブラートより Emb CCでかけたビブラートのほうがより自然で魅力的なビブラートとなる効果もあります。
4. ピッチベンドコントローラ(ダウン側)でアブソープション(Abs)をコントロールします。この音色の場合アブソープションを下げると音程が下がり、音色も暗くなります。アブソープションだけで音程をコントロールしたいので、ダウンベンド側のPB LowCtrlは無効(ゼロ)にします。PB LowCtrlで音程を下げるより、Abs CCで下げたほうが音程とともに音色も変わるのでより本物のフルートに近い変化が得られます。
5. ブレスノイズも加えてより粗い感じを出します。
6. グロウルをかけてみます。この音色の場合グロウルによりフルートのフラッタータンギングを再現できます。空いているコントローラにGrl CC Noを割り付けます。ここではWX5を、ホイールからコントロールチェンジNo.(CC#)16/17を送信する設定にして、グロウルをCC#17に割り付けてみました。演奏中ここぞというときにホイールを回すと「トュルルルル」という音が出るわけです。割り付けるCC#は17でなくても、CC#81(WX5のHigh Dキーで出力可能)でもいいですしCC#5(ポルタメントタイム、EWIのグライドセンサーの出力)でも構いません。お使いのコントローラと好みにより選んでください。
6. とりあえずこれだけでOKです。保存するのを忘れずに。
♪音色デモ JazFlute.mp3 (140kb) : ブラジ〜ルなイメージでWX5で吹いてみました。途中の「トュルルルル」という音がグロウル、一番最後4つの音がアンブシュアを上げたときの「ビエ〜」という音です。
どうでしょう、なかなかおもしろいと思いませんか?音色編集といっても何も難しいことはありません。まずはこの例のようにプリセットに何かの効果を付け加えるところから始めて見てください。ちょっといじるだけで、VL70-mは全く違った表情を見せるはずです。
さて音づくり入門はこれでおしまいですが、おまけとしてウインドシンセでVL70-mを使っていくうえでのポイントをいくつかあげたいと思います。
VL70-mに対し「リアルな生楽器音というけれど、思ったほどでもないような。」という意見を聞くことがあります。う〜ん、確かにいくら生楽器音が得意といっても、所詮シンセはシンセですから本物と同じ音が出るわけではありません。過度の期待は禁物ですね。しかしこの価格でこの数の生楽器がこのクオリティで出せる音源は他にないと思います。本物の生楽器と並べて比較してしまえば違いがあるのはどうしようもないですが、ウインドシンセでうまく「演奏」すれば、ちょっと聴いただけではシンセと気づかなくらいのことはできます。歌伴の間奏等でちょっとテナーサックスが欲しい、とかボーカルの対旋律にフルートを絡ませたい、とか打ち込みでつくったバッキングのブラスセクションに生っぽさを加えたい、といったちょっと控えめな目的で使用するぶんには充分すぎる音色を出してくれます。もっともメロディーや、フロントで長いアドリブソロをするようなときにはさすがにアラが目立つことがありますがこんな場合は生楽器再現の音色ではなく、現実には存在しない楽器=生楽器みたいなシンセ音色で勝負すると良いと思います。私のお気に入り音色のひとつは"AirSax"という浮遊感のあるサックス系音色なのですが、これは決してサックスではないけれどサックス系に聞こえるシンセリードという不思議な音色です(トム・スコットもこの音色でバラードを録音(※)しています)。あまり生楽器再現にこだわらず、こういうVAにしか出せない独特の音色を活かしていけばVL70-mの可能性はどんどん広がると思います。
※:CD / Tom Scott & L.A.Express "Smokin' Section" 9曲目"LOST AGAIN"、他
VA音源が本当に魅力を発揮するのはウインドシンセのようにブレスやベンドといった複数のコントローラを同時に「リアルタイム・コントロール」した時です。それらコントロールにより微妙に音色が変化し、より「リアル」な音になります。単に鍵盤を叩いたり、シーケンサーでノートオンだけを打ち込んで鳴らしただけでは、たいした音は出てきません。むしろこういう場合はPCM音源やサンプラーのほうがリアルな音がするでしょう。すなわちVA音源でリアルな音を出すには、演奏者のテクニックが非常に重要です。とにかく練習しましょう! ・・・と言うのは簡単ですが、すぐに上手くなるものでもありません。ここは電子楽器の強みを活かして音色編集によって音源側の設定を演奏者のクセに近づけることを考えてみましょう。コントローラと演奏者の相性をあわせて演奏しやすくするわけです。前述のVA独特の各パラメータ群のうち、プレッシャー(Prs)、アンプリチュード(Amp)、フィルター(Fil)あたりのカーブ(Curve)をプリセットより多少プラス/マイナス側に動かしてみてください。吹奏感が変わってそれだけでだいぶ吹きやすくなる場合があります。必要に応じ同時に「デプス(Dpth)」も増減してみてください。また演奏技術に自信のある方はピッチベンドの幅を大きくしたり、スロートフォルマント(Thr)やダンピング(Dmp)をブレスコントロールできる状態にしてみてください。ブレスにより倍音や音程が変化し、より変化に富んだ演奏ができるでしょう。はっきり言ってVL70-mのプリセットのパラメータは、誰が演奏してもとりあえず鳴るようにかなり無難なセッティングがされており、そのために音源本来のポテンシャルがかなり犠牲になっています。自分の演奏方法・技術にあわせて微妙にチューンアップするだけで表現力は格段に増すことでしょう。
VL70-mの決定的な弱点としては、いわゆる「1VCO」相当なのが最大原因でしょうかEWI音源等アナログシンセにくらべると音が弱いというかバッキングに埋没しやすい点があります。ギンギンのエレクトリック系フュージョンでアナログシンセ的な音色でソロを吹こうなんてときはちょっと頼りないかもしれません。まあこの点は太い音がウリのアナログシンセとくらべる事自体が酷です。こういった演奏をするときは素直にアナログ音源を選んで、VL70-mはもう少しメロウな曲、アコースティックな曲に使うと良いでしょう。ハーモニカ音色などはブレスとベンドをうまく使えばどの音源よりもすばらしい演奏ができると思います。
音の弱さを改善する一つの方法は、別の音源と音を重ねることです。手持ちの音源(DTM音源でも、旧い音源でも、なんでも良いです)の音を重ねて見てください(ミキサーが必要)。音色はとりあえずはVL70-m側の音と同じような音色で良いでしょう。VL70-mをメインにして、もう一方の音源を控えめに加えてみましょう。これだけでもかなり音の弱さが改善されるはずです。慣れたら、いろんな音色を重ねて見てください。オクターブずらして重ねるのも良いでしょう。またVL70-m単体でも、ディレイやコーラスエフェクトを(控えめに)かけたり、ピッチチェンジエフェクトをShift
= 0にしてかけたり、EQをかけたり(FIL & EG EDITでBassおよびTrebleをプラス側にする)とアンサンブル中で音を立てるのに役立ちます。
これを読んだ皆さんがVL70-mの音色編集に少しでも興味を持っていただければ幸いです。VA音源は他方式の音源に較べユーザー数が少ないこと、さらに独特の耳慣れないパラメータの為か音色編集があまり積極的に行われていないようです。そのため音色編集の定番テクニックといったものは全く確立されていません。このJWSAを通じVLユーザーみんなでそのテクニックを編み出していければ、と思っています。
2001/12/01
● VL70m音づくり入門講座 (講師:Kirino) |