いくつ目覚ましを掛けても朝起きられない男がいた。ドラのような立派な音がする目覚しでも駄目で、さらにそれを金のタライの上に仕掛けても駄目だった。
ある時は、道端で拾った古いリール式のテープレコーダに、電源出力付きのデジタルタイマーをセットし、時間が来るとリールが回転し、その先にあるカーテンが開く
、そんなたいそうな仕掛けを作ったこともある。カーテンはちゃんと開いていていたが、しかし、彼が目覚めた時には昼の太陽がまぶしく輝いていた。
そうしたある晩、駅前を通りかかると、見慣れぬ露天商が古本を広げていた。
その男は本の虫ではないが、食事中とか、眠る前には何か本を読まないと落ち着かない性質だったので、そうしたちょっとした合間にも読めるような本が転がってないか、探してみた。
するとタイトルは忘れたが、こうすれば必ず起きることができるといった内容の本が目に入った。たいした内容ではないだろうと思いつつも、その本を買って帰り、気が付くとその本を読み終えたところであった。
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その本には、眠る前にこのように自己暗示をかけると、思い通りの時間に起きられると、書いてあった。
そして、さっそく試してみると、ものの見事に起きることができた。朝5時に目覚ましをセットすると、5分ちょうど前に目が覚めた。
次の日も、その次の日も。
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4〜5日が過ぎ、彼は鏡を覗いて驚いた。顔は青黒く、目はくぼんで、ウサギのように真っ赤であった。
その話を聞いた友人は、しばらく考えたのち、ビデオカメラを貸してやるから、コマ撮りで、眠る前から目が覚めるまでの様子を録画してみろ、と勧めた。
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その晩、さっそくビデオをセットし、眠りに就いた。
そして翌朝もまた、目覚ましをセットしたちょうど5分前に目が覚めた。
そしてビデオを巻き戻し、再生し始めて、じきに驚愕へと変わった。
なんと彼は寝付いてものの10分と経たない内に布団から起き出し、目覚まし時計の前に延々と座わり始めた。
そしてセットした5分前が来ると、冬眠から覚めたごとくに動き出して、目覚まし時計のベルの停止ボタンを押したのである。
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それから何年か後のある晩、駅前を通ると、別の見慣れぬ露天商が中古雑貨を売っていた。
そして、男の目に、ある品物が飛び込んできた。
そこには『睡眠時計』と書いてあった。『セットした時間に、眠りに就くことができます』。