突然、Fの携帯が鳴った。
B研のスローハンド、Sからだった。
「来月の創立記念日ヒマ?遠足行こうよ」
この一言が全ての始まりだった。
11月16日。
この日は青山学院が創立された日である。
記念日として全キャンパスが休講となるため、遊びに行くには都合がよかったというわけだ。
SはFに一年生を誘うよう言った。
しかし、Fは「もう俺たち四年生ですよ。とにかく引退しちゃってるんだし、あんまり部会なんかも顔出してませんからねぇ」と軽く難色を示した。
「じゃいいよ、俺がする」
Sは名簿を見て、一年生に片っ端から電話を掛けた。
女の子に電話を掛けるような際に覚える、ある種の緊張感があった。
だが、それに応えるように一年生はノリがよかった。
多くの一年生が参加することになった。
この時点での参加人数、7人。
ある月曜、4限の講義を受けるためTは12号館の教室にいた。
Sもいた。
SはTの顔を見るなり、「11月の16日、予定空けといてね。遠足行くから」
Sはいつも唐突だ。
知り合って三年以上経つが、Tはその唐突さに未だ慣れない。
少し怯みながらも、返事をした。
「もちろん、行きます」
つい、顔がにやけてしまっていた。
同じような物事を考えている人間がいるのが世の常。
だからこそ歴史は繰り返されるのであろう。
少し違う気もするが、B研の現役幹部たちもSと同じような計画を立てていた。
ある女性幹部が、東京ディズニーランドへの遠足計画を立てていたのだ。
それを知ったのは、Sが現役B研部員Hへ誘いの連絡をした時だった。
「その日は確か…AさんがディズニーランドへB研で行くとかおっしゃってますよ」
「じゃあHくんは行けないな。ディズニーランド行ったほうがいいよ、ほら、もうすぐ幹部になるんだし」
Hは一呼吸置いて、はっきりと言った。
「いや、俺はSさんについて行きます」
今時珍しい熱血漢だな、と、Sはショートホープの煙をふぅと吐き出しながら苦笑した。
青山祭が大成功のうちに幕を閉じ、冬の気配を随所に感じ始める頃、幹部職が三年生から二年生に無事引き継がれた。
それからSは後輩らに遠慮し、積極的に誘うことをやめる。
前に参加すると言っていた一年生たちにも、TDLに行ったほうがいいのではないかと打診した。
しかし、一年生はS発の遠足に行くと、頑としてその意思を変えることはなかった。
それに応えるべく、Sは緻密な遠足計画を立てる。
二年前は合宿係だった者の面目躍如といったところである。
ちなみにSは、合宿の前金が自身の口座に振り込まれたが、アルバイトの給料と勘違いし少しばかり使ってしまった経験がある。
それを返上するかの如く、「るるぶ」やインターネットの情報を読みあさった。
創立記念日を間近に控えた11月12日、Sから参加者にメールが届いた。
「16日の遠足は、長瀞へ紅葉狩りとハイキングをしに行きます。動きやすくて体温調節しやすい服装で来て下さい。温泉にも入るのでバスタオルも忘れずに。費用は5000円くらいです。あと夕飯はステーキ食い放題ね」
このメールを受け取った多くの者が、当日までの数日間、楽しみで寝られなくなった。
ただNは、「長瀞」の読み方が分からなかった。
当日、午前8時。
渋谷駅に集まったのは10人の野郎だった。
一年生はKU、KO、KI、A、M。
二年生のH。
三年生のT。
四年生のN、F。
そして発起人である五年生四年生Sの面々だ。
Sが家の車に乗って、少し遅れてやって来た。
レンタカーを一台借り、Sの車との二台に五人ずつ分乗して出発した。
関越道を目指し、練馬に向かって走り出す。
途中、二台の間に外車が強引に割り込み、信号で二台は切り離されてしまった。
次に会うのは高坂SAである。
関越道を走行するSの車内では、ディープパープルの「ハイウェイ・スター」が大音量で流れていた。
「ベタ過ぎると思ったけど、やっぱり高速に合う曲だな」
Sの発言に皆が頷いた。
高坂SAで合流後、花園ICに向かって二台はランデブーを始める。まるでワルツのように。
「昔あったよなあ、そんなCMが。『街の遊撃手』なんてね」
Fのこの発言は、若い一年生には全く通じなかった。
(※YouTubeで検索してみたらありました。http://www.youtube.com/watch?v=ybEBjdMi334&mode=related&search=)
花園ICを降り、長瀞町へと国道を走る。
少しすると、荒川の渓谷が目に飛び込んできた。
「うおっ、すごい」とA。
「ああ〜、けどまだまだ紅葉やないと。この時期なら普通もっと黄色くなっとるけぇ」
Nが九州訛りで言った。
「せやな、まだ早かったみたいやの〜。今年は遅いんとちゃうん?」と、Fもつられて関西弁丸出しの返事をした。
「そうですねぇ。けどこんなもんと違いますか」とHもそれとなく関西訛りになった。
10時半、あるうどん屋に到着。
11時開店ということなので、そこらへんをうろうろする。
Sは近くにいたおばあさんに観光スポットを訊ね、他の連中はクリコンの話などをしていた。
すると、うどん屋が少し早めに開店して下さることになり、店内に入る。
秩父地方独特の「ずりあげうどん」を食べるため、店員から少し説明を聞く。
いよいよ食す。
この麺の感じは独特のものだ。
ちなみに食べ放題なので、腹一杯食べた所で次の目的地へ。時刻は正午。
その前に一枚パチリ。
長瀞駅前を少し見てから、渓谷に向かう。
たくさん川下りの案内所が出ていた。
長瀞駅舎
「平均年齢高いっすねえ」
Fの呟きにSが笑いながら「そりゃ若者はあんまり来ないよ」と言った。
KUが「冥土の土産だろ」と悪ガキっぽい表情と口調で不謹慎な事を口にすると、皆が声を出して笑った。
特徴ある岩石を踏みながら、川沿いを歩く。
やはり紅葉狩りにはまだ早かったようだ。
とりあえず、小休憩。
目の前をいかだが通っていく。
乗船客が手を振ってきたので、思わず振り返してしまう。
時間が許せば乗りたかったなあ、とSが呟いた。
そして宝登山に向かって歩き始める。
Sの「ここが最後の補給地点だから。飲み物とか買っておいた方がいいよ」との一言で、コンビニに立ち寄り補給活動。
いよいよハイキングコースへ。
日頃運動不足気味のB研部員にとっては、キツイ。
しかし一年生は若さなのか、話しながらもしゃかりきに登っていく。
上級生はいくらかの歳の差でこんなにも違うものかと、息を切らして苦笑するだけだった。
途中、中腹あたりで一服。
叫んでみればきれいな山びこを響かせた。
「いい感じのリバーブがかかったみたいですね」
機材好きのHらしい発言だ。
山と煙草が似合う男。
再び山頂に向けて歩き出す。
別のハイキングの団体とすれ違う度に交わす挨拶がとても心地良い。
厚木キャンパスのあった時代はともかく、キャンパスが青山と相模原の二大体制となった今では、「山登り」が非日常的なものであるからこそこういう感情を抱くのかもしれない。
大体一時間ほどかかったろうか、山頂に到着した。
しばし飲み物を飲んだり、写真を撮ったりしてまったりと過ごす。
まったりゆったり。
景色は少し霞んでいて、くっきりとは見えなかったのが残念であった。
登ってきた夫婦と思しき中年の方に声を掛け、シャッターを押してもらうようお願いする。
男性が、「は〜いいくよ〜、3+3は?」とカメラを構えて言った。
Fが「2!」と大真面目に答えた。あり得ない。
すかさず、後ろにいた連れの女性が「2じゃないじゃん!」と突っ込んで、皆が爆笑した瞬間にシャッターを押したため、皆一様にいい笑顔の写真である。
この掛け合いはアドリブ的な全くの偶然だったと思うが、あの人たちに声を掛けたための偶然の産物がこの写真である。
この後、山を下るのだが、獣道のようなルートをわざわざ選択した。
「上級者向け」「東名右ルート」「男の花道」と各人によって呼称は様々だが、とにかく明らかに近道だったからである。
途中、落ち葉に足下をすくわれて転倒しかける者が殆どだったが、無事降りてくることが出来た。
時間はおおよそ30分もかかっていないだろう。登りの倍以上の早さである。
近道にて脱出成功。
下山し、宝登山神社をお参りする。
皆でおみくじをひいてみた。
筆者は「学問 危うし。」だった。当たってます。
境内を出ると、そこには一本だけ見事に黄色に染まった銀杏の木があった。
その辺を散策し、とりあえず写真を撮る。
しかしまあ、何やってんだい。
皆がこんな写真をしばらく撮ってきゃっきゃっとはしゃいでいた。
この鳥居前では、車に乗った女性が写真を撮り終わるまでわざわざ待って下さった。ありがとうございます。
長瀞駅前で見た秩父鉄道の車両。ワンマン車なのか…。
そして、温泉へ。
少し古い感じの温泉だったが、ハイキングの疲れを癒すことができた。
温泉の成分のためか、浴場に入った瞬間滑ってこけそうになったのは筆者だ。スベるのは慣れているのだが。
そんなこんなで肌もスベスベになり、風呂上がりのコーヒー牛乳を飲もうとしてぶちまけてしまった。
蓋にツマミが付いていなかったのが原因だ。その蓋を外す針が用意されているのを見落としたのが最大の原因なのだが。筆者はスベってばかりである。
しばらく休憩した後、温泉を出た。
温泉の前での一枚。
心なしかお疲れ気味?
紅葉がライトアップされている所があるそうなので見に行く。
そこにいた関係者の方の話によれば、例年より10日ほどピークが遅いそうである。
しかし、そのピークを想像するだけで楽しい。
また来てみたいと誰もが思った。
帰りは田無のステーキ食べ放題の店に行き、一人数枚をぺろりと平らげた。
23時頃店を出て、そこから東西方向の人間に別れて車に乗った。
流れる街の明かりを見ながらウトウトしていると、車内に流れる「ラバー・ソウル」がやけに胸に沁みた。
終
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