27.「’09/04〜05」にっぽん丸・南米と南洋の楽園クルーズ〜5〜

{ペルー/マチュピチュ 編}  



さてさて、いよいよ「マチュピチュ」です〜


寒さに震えながらも何とか眠ったようですが、朝6時出発なので5:30に何とかベッドから出ました。
以前はクスコ市内の駅からもマチュピチュ行きの列車が出ていたようですが、現在はクスコ市内から車で20分程の「ポロイ駅」の発着になっています。
駅に着くとまだゲートは開いていません。しばらくするとアチコチから観光客が集まって来ました。






ポロイ駅舎




いよいよ乗車です。
列車は「ビスタ・ドーム」という豪華列車で、屋根にもガラス窓が付いていて美しい景色が見られます。
また、行きも帰りも軽食が出ました。



ヨーロッパの列車の雰囲気だなと思っていたら、イギリス系の鉄道会社との事



列車内の様子





多分鉄道の歴史が書いてあるポスター



脇を流れるウルバンバ川




頭上にも雄大な景色が



途中の駅、どこだったかな〜?





しばらく車窓からの景色をご覧下さい


















いよいよアグアス・カリエンテス駅に到着です。
「マチュピチュ」までは、ここから更にバスで20分ほど急な坂道を登って行きます。
どのドライバーさんもメチャ運転が上手です。


駅の切符売り場




お土産屋さんの間の狭い路地を抜けてバス乗り場へ




バス発着所





いよいよ出発〜




曲がりくねった山道を行きます
(ちなみに、これは「マチュピチュ」から撮った写真です)

 






着きました〜







マチュピチュの入り口ゲート





ゲートを抜けて5分ほど急坂を登ると、、









あの風景が〜〜〜!


























 





「マチュピチュ」はインカの遺跡で唯一スペイン軍の破壊を免れたとの事です
そもそも170人足らずのスペイン軍に何故インカ帝国が滅ぼされてしまったんでしょう。
スペイン人が持ち込んだ大砲や鉄砲などの火器と30頭弱の馬、インカ帝国の内乱、インカ帝国に支配されていた国々の抵抗も要因だと思いますが、天然痘によってインカの人々がバタバタ倒れていき人口が全盛期の半分にまで(一説によると10分の1にまで)激減したのも大きな理由のようです。



マチュピチュをバックに



ありゃ〜 マチュピチュが見えん〜




見張り小屋らしい



「マチュピチュ」の風景に、なくてはならない「ワイナピチュ(若い峰)」。
山の頂上付近にまで元は花壇だった段々畑があり、石組みの遺跡も残っているそうです。
また、「マチュピチュ」とは「老いた峰」の意味だそうで、天空都市「マチュピチュ」を挟んで「ワイナピチュ」の向かいに「マチュピチュ」と言う山もあります。



とりあえず、ご覧下さい〜


 




まさに天空の都市










上から見ると、かなり絶壁の段々畑





















マチュピチュへの入り口




この山が「マチュピチュ」だったかな?





マチュピチュの三方に段々畑があるそうです








探検するさとみ









太陽の神殿
石造りなのに見事な曲線!




硬い石で大きな石を割ったらしいです



高山病に効くというコカの木





クスコはかなり寒かったですが、マチュピチュは汗ばむほど暑かったです。

再び、ひたすらご覧下さい











確か角が正確に東西南北を示している石だったような、、




棚(かな?)が、きれいな台形です
この形、クスコの太陽の神殿でも見たな〜









家々の屋根は藁で出来ていたらしいです









高所恐怖症のはずのさとみの足が、、




ある家の窓から覗いてみました




インティワタナ、日時計らしい
触るとパワーがもらえるとの事で、触りました









観光客用に何頭かリャマが放牧されています





元からある巨石を上手く利用しています







何軒かの家は屋根が再現されています




ここで拍手をしたらコダマしました











遠目からコンドルの神殿




何に使われたか色々な説がある石臼





水が張ってあって鏡のようでした







コンドルの神殿、地面の石がコンドルの頭で




後ろの岩がコンドルの翼に見えます





随分歩いたので見張り小屋があんなに上に




ガイドさんの説明中にお行儀良く休憩





ここにもリャマが






周りは険しい山と深い谷です






そろそろ出口に向かいます






あそこは何だろう?



ちょっと見てこようっと




おっと危ない



ちょっと怖かった〜




下に駅が見えます






かなり歩いてお腹が減った後は「マチュピチュ」の入り口のすぐそばにあるホテル「サンクチャリー・ロッジ」でのビュッフェ・ランチです。この立地の良さから宿泊代も高く、半年前(1年前だっけ?)から予約が一杯という有名なホテルです。
でも、早朝や夕方のマチュピチュを見られるので、価値があるかも。
ランチの味はまあまあかな?  とにかく混んでました。










そろそろ帰る時間です。
再びバスに乗って駅へ。
暑くなりそうだったので荷物になるだろうと、行きにさとみがコートを預けておいたんですが、受け取る時に預かり賃を5米ドルも取られました。


のどかな駅付近



ホテル・レストランも沢山あります




再び「ビスタ・ドーム」へ




帰りの車中では民族舞踊やファッションショー(販売する為)もあります
確かに良い品物でしたが、ちょっとお高いかな






裕一郎さん撮影の列車風景






「マチュピチュ」を見て、心は大満足です。
しかしクスコのホテルに戻った頃に体調が最悪になって来ました。



(お食事中の方は後から読んで下さい)



気温も低く、広過ぎるのがかえってアダになり相変わらず寒〜〜〜い部屋に戻りました。
まずさとみがひどい下痢になり、ベッドに倒れ込みました。
僕も胃がムカムカし下痢になりましたが、何か食べたほうが良いかと街に食料とビールの買い出しに出かけました。
30分後に帰っても、まださとみは横になったままです。
その内にトイレに行ったきりしばらく戻りません。
どうやらモドしてきた様子ですが、逆にそれで少し楽になった様でした。
そして、しばらくするとようやく眠りについた様子です。
僕も買ってきたハンバーガーを食べる気もおきず、とりあえず寝るために缶ビールを2本飲みました。
しばらくすると、僕にも同じ症状が、来た〜!
「こりゃ〜 明日からのプーノ・チチカカ湖ツアーは無理だな〜」と思いました。
明日の朝7時にホテルを出発してバスでプーノまで9時間以上もかかるんですから。
僕も胃のムカツキは収まってきて、いつの間にか眠った様です。



翌朝6時に今回のツアーをお願いした「ミッキーツアー」さんの緊急連絡先に電話をしました。
・shige「昨夜、マチュピチュから帰ってから二人とも最悪の体調になってしまい、今日からのプーノ・チチカカ湖ツアーに行けないかも知れないんですが、その場合リマに今日行く事も考えているんですが」
・ミッキーツアーさん「どんな症状ですか?」
・shige「こうこうこういう症状なんですが、、食当たりでしょうか?」
・ミッキーツアーさん「あ〜、それは高山病ですね」
・shige「出来ればチチカカ湖には行きたいので、出発直前まで様子を見てみます」
・ミッキーツアーさん「分かりました」



さとみが起きて来ました。
どうやらさとみも僕も悪い物を全て出した為か、最悪の状態からは脱したようです。
・shige「チチカカ湖、どうする?もし調子悪ければリマに行こうか?」
・さとみ「なんか大丈夫そう」
・shige「じゃあ、行ってみるか」



で、とりあえず出発する事にしました。
ホテルに迎えに来たガイドさんも心配してくれて「大丈夫ですか?高山病にはミネラル飲料も効きますよ」。
「ミネラル飲料?」 
詳しく聞くと日本のポカリ・スエットの様な飲み物と分かり、ペルーだとゲータレードがあるとの事。
バスのターミナルまで送ってくれたガイドさんは、バスのガイドさんに私達の状態を伝えてくれました。
バスのガイドさんも「何箇所かで止まるから、その時にミネラル飲料を買った方が良いですね」



てな感じで、ちょっと不安を感じながらプーノ行きバスツアーの出発です。

 

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