岡山市に住む野口志穂さんのところに、その宅配便が送られてきたのは冬の
寒い日の午後でした。
野口さんは熊本県出身で、地元の大学を卒業したあと岡山の薬品メーカーに
就職し、現在はマンションで一人暮らしをしていました。その宅配便を受け
取ったときは、また母親がお米や果物を送ってきてくれたのかなと思いました。
ところが、送り主の欄は空欄になっていました。
不思議に思いながら早速、箱を開けてみた野口さんは、中を見て少しギョッと
しました。まったく同じ形の人形が二体、並んで入っていたのです。
小さな女の子を模した人形でした。フランス人形ふうではなく、日本人の人形
に似ています。目は茶色で髪は黒く、体長は五十センチほどで、どちらも
真っ白なドレスを着て、黒い靴を履いていました。まるで今にも動き出しそう
なほど、生々しく精巧にできた人形でした。
気味が悪くなった野口さんは、手紙でも添えられていないか箱の中を探して
みました。
しかし、手紙類も何もなく、入っていたのは人形だけでした。
職場にも家族にも、こういうものを送りそうな人はいなかったので、たぶん
大学時代の友人たちのイタズラだろうと思った野口さんは、とりあえず人形を
箱から出して、調べてみることにしました。
人形は思ったよりも重く、腕も足も柔らかで、プラスチックの一種のような
ものでできているようでしたが、よくは分かりませんでした。
メーカーの名前も、品質表示も何も付いていません。どこでどういった目的
のために作られた人形なのかも、まったく不明でした。
「新手の押し売りかな・・・」
先に商品を宅配便で送りつけ、不用意に受け取った者に代金を請求するという
悪質な業者がいると聞いたことがありますが、もしかしたら、それに似た手口
なのかもしれません。
人形はけっこう値が張るもののようです。
不安になった野口さんは、友人に確かめてみようと思い、電話をかけてみま
した。
しかし、誰のところにも人形は送られていませんでした。また、人形を送る
ようなイタズラもするわけがないと言いました。誰も嘘をついているとは
思えなかったので、念のために、家族や会社の同僚たちにも電話をしてみま
した。しかし、どこにも人形は送られておらず、また、送ったという人も
いませんでした。
「いったいどういうことなんだろう・・・」
それ以上思い当たる人もいなかったので、野口さんは疑問を残したまま仕方
なく人形を箱に戻そうとしました。
しかし、また窮屈な箱に入れてしまうのもかわいそうな気がしました。顔の
表情なども、見ているうちにだんだん可愛く思えてきたこともあって、
汚さないように飾っておけばいいだろうと、送り主が分かるまで二体とも
ベッドの横の椅子の上に座らせておくことにしました。
それから数週間後のある日のことでした。
野口さんは、同じ町内に住む上司と、会社の社員食堂で昼食をとっている時に
こんな話を聞きました。
最近、野口さんたちが住んでいる町の周辺で、子供の交通事故が多発している
といいます。どのケースも、子供が一人になった時に、誰かに背中を押されて
車道に突き出され、車にはねられたらしいということでした。
「もう五件も起きてるらしいよ。そういう事故が。うちのもまだ小さいからね、
心配だよ。怖いね、最近はまったく」
被害に遭った五人のうち二人は、背中を押される直前に、女の子らしい二つの
影を見たと言っています。そして、そのうちの一人は、女の子たちが後ろで
笑っている声を聞いたといいます。
野口さんは、ふと部屋にある、依然送り主が分からない人形たちのことを
思い出しました。
「まさか・・・」
自分でも不気味だと思ったその疑念をすぐに打ち消しました。
そして、その十日後のことでした。
その上司の子供が、同じような事故に遭ってしまったのです。やはり、女の子
二人に車道に押し出され、車にはねられたといいます。
「いや、軽傷で済んでよかったよ。それにしても、どこの女の子なんだろうな、
まったく。うちの子は、二人とも黒い靴を履いてたと言ってたけどね、それ
だけじゃ分からないしね」
そう上司が話すのを聞いて、野口さんはサッと血の気が引くのを感じました。
このごろ人形の様子がおかしいなと思い始めていたところでした。ときどき
帰宅した時に人形の座り方が微妙に変わっていたり、服が乱れているように
思えることがあったからです。
もしやと思った野口さんは、その夜、仕事が終わるとすぐ家に帰り、人形たち
を調べてみました。
そして、それぞれの靴を見たとき、全身の血が凍ってしまうような恐怖を感じ
ました。
靴の裏に、明らかに外を歩いてきたように、うっすらと土が付き、ところどころ
に小さな砂がめり込んでいたからです。
その人形たちが、まだ犯人だと決まったわけではありません。しかし、これ以上
部屋に置いておくのも怖かったので、野口さんは、すぐにその人形たちをゴミ箱
に入れ、翌朝ゴミとして出してしまおうと、玄関先まで持っていきました。
その夜、野口さんは奇妙な夢を見ました。パジャマのままどこかのコンビニへ
行き、人形たちの入った箱を宅急便でどこかに送る夢でした。届け先は自分の
まったく知らない住所と名前でした。勝手に手が動き、伝票にスラスラと書き
込んでいました。
翌朝、目が覚めると、異常にのどが乾いていました。キッチンへ水を飲みに
行った時にゴミ箱を見た野口さんは、次の瞬間、床にへたり込んでしまい
ました。
昨夜人形を入れたゴミ箱が、空になっていたからです。人形は二体ともなく
なっていました。辺りを探してみましたが、やはり人形はどこにもなかった
のです。
野口さんは、そのとき夕べ見た夢を思い出し、すぐ自分の足の裏を見てみま
した。すると、裸足で外を歩いてきたかのように、真っ黒になっていました。
「あれは、夢じゃなかったんだ・・・」
野口さんは真っ青になって、人形をどこに送ってしまったんだろうと、届け先
の住所と名前を必死で思い出そうとしましたが、結局何も思い出せません
でした。
人形たちが再びどこかで、子供たちを車道に突き飛ばしているんじゃないかと
思うと、野口さんは今でも気が気でないといいます。