1.楽器の選択をする前に

 他の多くの楽器についても言えることだと思いますが、特にトランペットについてはその楽器の選択肢は多種多様で、初心者のみに関わらず頭の悩めるところです。僕自身トランペットやマウスピースを色々加工したり買い替えたりと自分で何をやっているのか理解に苦しむことがたびたびありました。挙げ句の果てに楽器を駄目にしてしまう始末で結局別の物を購入したら問題が解決したと言うことも少なくなかったです。
 まあ一般的(私的)に考えた場合、奏者自身の問題の解決を楽器に求めることが常だと思います。僕も生徒が楽器に対する不満をもらすときに「それは君自身の問題だ。ちゃんと練習したら。」と言いたいんですが、自分にも後ろめたいところがあるのでそこはぐっとこらえて腹の中にしまっています。

 ところで楽器の選択についてですが、新しいものを購入する時に本体にしてもマウスピースにしてもとにかく時間をかけてじっくり試すことです。一度にたくさんのものをむやみやたらに試すより、ある程度似たような物に絞った方が良い結果を得られると思います。特にマウスピースは手当たりしだい吹いてしまうと唇が八方美人状態になり結局選択に困ることになると思います。僕自身のやり方としてはウオーミングアップも何もしないである程度ターゲットを絞ってから試奏します。それも普段どおりの手順でウオーミングアップをしてから実際に色々なポイントをチェックしながら吹きます。楽器屋さんに嫌がられるかもしれませんが時間をじっくりかけて粘るのが楽器を選ぶのに失敗をしないポイントだと思います。もちろんちょっと吹いてこれだという物にあたることもありますが、即決しない方が無難だと思います。トランペット本体に関してはある程度これだと決めてから別の楽器店に同じモデルを吹きに行くぐらいのことは当然すべきだと思います。

 それと選択に関して他に重要なポイントとしては吹く前になるべく先入観を捨て去ることです。出来ることなら目隠ししたいぐらいです。特にマウスピースに関しては番号や記号を見るより実際吹いて判断すべきです。トランペットにしてもボアサイズやその他の情報をあまりきにせず普段どおり吹いた方が良いと思います。たとえばラージボアとかミディアムラージとか言っても各メーカーでサイズが全く違うしミディアムでも他ブランドのラージより息の通りの良い物もあるしラージでも同様に楽な物や抵抗感の強い物もあります。楽器の重量にしてもどの部分が重いかによってその個性が変わってきます。

 たとえば代表的なモデルを例に取って見ると、僕達の世代では「Bach180ML」は重くて反応が鈍くどちらかと言えばクラシック向きの楽器だと言われていました。僕もそう言った先入観があり最初にプロ用の楽器を購入するときに頭の片隅にもありませんでした。実際27才になるまで一度も吹いたことがなかったのです。しかし実際はバルブの部分は多少重いが楽器そのものの肉厚はそれ程にぶ厚くなくベルのそれに関しては標準の厚さだと言えるでしょう。実際ニューヨークのラッパ吹きの間ではクラシック奏者以外の評価でも最も使いやすく楽な楽器に上げられていました。また重心もヤマハとかに比べるとベル寄りなので同じ重量でも重く感じます。

 在米当時に僕の楽器のメンテをして頂いていたバックで勤続40年のPeppy(故人)というおじさんに聞いた話ですが、彼のアトリエのあったミッド・タウンのレコーディング・スタジオ専用ビルに来るラッパ吹きの85%はバックだと言っていました。まあそれはちょっとバックひいきが過ぎるにしても僕自身の見たところでは50%以上はあったと思います。

 現在では楽器そのものが多様化しているので、一つのブランドに集中することはなくなりましたが、バック神話はいまだにあると思います。別に僕はバックの回し者ではないですが、前述のことからもこの楽器が標準であることはある程度言えると思います。「Bach180ML」は「Yamaha6335H」の初期モデルから「Yamaha Xeno」の初期モデルまで15年吹いてきた僕にとって非常にコンパクトで明るくサウンドも軽めに感じられ吹奏感も非常に楽です。しかし人によっては全く正反対のことを言う人もあることも事実です。

 たとえばランディー・ブレッカーは「Yamaha8335H」が「Bach180ML」より楽だと言っています。楽器そのものに関してそんなことは絶対ありえないと僕には思えるのですがあくまでトータルなものだと考えればそれも有りかなと思います。ちなみに古い世代のアメリカ人にとってヤマハのイメージは「軽い」という先入観があるのも事実です。それに米国ではヤマハのカスタムはバックよりはるかに高価なので重いモデルの普及が遅く昔のイメージを払拭出来ない原因でもあるのでしょう。必ずしもランディーが先入観に惑わされているということではないのであしからず。

 また、マウスピースと楽器本体とのコンビネーションも非常に重要です。たとえば僕が初めてモネの重いモデルを試奏したとき当時メインで使用していた僕のマウスピースは「Bach1X」だったわけですが、そのあまりのきつさに僕は閉口してしまいました。しかしヘビータイプのマウスピースに替えて吹いてみるとそれ程、違和感やきつさは無く、むしろ音切れやハイトーンなどは普段の僕の楽器より良かったぐらいでした。外観は「XENO」よりはるかにごつい感じでしたが実際スライドを抜いて比較してみると管そのものの肉厚はほぼ同じでした。皆さんも現在使用している楽器より重いものを試すときはマウスピースも重いタイプのもので試してみるのも一つの手段かも知れません。

 自分に自信がある人もない人も指導者(先生)がいる方は遠慮せず楽器購入の際は同行して頂きましょう。指導者のいない人はプロの方に頼んだ方が良いと思います。結局つまらない楽器を買ってしまうと高い授業料を払ってしまうことになると思います。皆さんがあこがれるような有名な方でも快く受けてくれると思いますよ。

P.S )ひょっとしたら自分の人生を変えてしまうかも知れない楽器の選択はくれぐれも慎重に。